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第68話  境界へ戻る者

第68話


境界へ戻る者


前書き


王都の空気は、確かに変わっていた。


表面は平穏。だが、その下では何かが動いている。

行商人ロークは、それを肌で感じていた。


そして彼は理解する。


これから必要になるのは、

王都でも、大都市でもない。


境界にある、あの宿――蒼月亭だと。


彼は再び山道を越え、境界の村へと向かう。


その途中で出会ったのは、

静かに生きるもう一人の“境界の住人”だった。

山道は静かだった。


木々の間を抜ける風の音。

遠くで鳴く鳥の声。


ロークは馬を引きながら歩いていた。


境界へ続くこの道は、人の往来が少ない。

だからこそ、安全でもあり、危険でもある。


その時だった。


前方の木立の向こうに、人影が見えた。


細身の体。

無駄のない動き。


腰に差した剣。


ロークはすぐに思い出した。


「……確か、蒼月亭にいた」


声をかける。


女は立ち止まり、こちらを見た。


「ええ」


短い返答。


リディアだった。


相変わらず、無駄な言葉を持たない。


ロークは少し笑った。


「どこ行くんだ?」


「王都に買い出し」


それだけだった。


必要な情報だけ。


だが、ロークは眉をひそめた。


「王都か……」


一瞬、考える。


そして言った。


「今、王都はきな臭い」


リディアの目が、わずかに細くなる。


「何かあったの?」


「表向きは何もねえ。だが……空気が違う。兵の動きも多いし、鍛冶屋も閉まったままだ」


リディアはしばらくロークを見ていた。


嘘を言っているかどうかを、測るように。


そして――


「……ありがと」


それだけ言った。


ロークは肩をすくめた。


「情報屋の仕事だ」


リディアは軽く頷き、そのまま歩き出した。


音もなく。


まるで森の一部のように。


ロークはその背中を見送った。


(あの女……)


ただの剣士ではない。


それは最初に見た時からわかっていた。


境界の空気に、完全に馴染んでいる。


それは、普通の人間にはできないことだった。


ロークは再び歩き出した。


やがて――


森が開けた。


廃村。


そして――


蒼月亭。


以前来た時よりも、さらに“村”になっていた。


広場では、何人もの人間が動いている。


柵を直している者。

畑を耕している者。

水路を掘っている者。

建物の壁を修理している者。


笑い声が聞こえる。


金槌の音が響く。


水の流れる音がする。


ロークは立ち止まった。


(……本当に作りやがった)


ただの避難場所ではない。


拠点だ。


生きる場所だ。


その中心に――


蒼月亭がある。


「また来たのかい?」


声がした。


ミレーヌだった。


腕を組み、こちらを見ている。


ロークは軽く手を上げた。


「ああ」


そして、真顔になった。


「話があるんだ。いいかな?」


ミレーヌはロークをじっと見た。


品定めするように。


そして――


「構わないよ」


短く答えた。


ロークは蒼月亭の扉を押した。


中は、以前より整っていた。


床は磨かれ、テーブルは揃い、空気は温かい。


ここはもう、“廃村の宿”ではない。


本物の宿だ。


ロークは椅子に座った。


ミレーヌは向かいに立つ。


「で?」


ロークは少し間を置いた。


言葉を選ぶ。


「王都が動いてる」


ミレーヌの表情は変わらない。


だが、目だけが鋭くなった。


「クローディアかい?」


ロークは首を振った。


「いや……それだけじゃねえ」


そして続けた。


「鍛冶屋が閉まったままだ。武器の質も落ちてる。兵の動きも増えてる」


ミレーヌは黙って聞いている。


「何かが始まる」


ロークはそう言った。


「まだ見えねえが……確実に動いてる」


沈黙。


蒼月亭の中に、風の音だけが響く。


やがてミレーヌが口を開いた。


「それを、どうしてあたしに?」


ロークは笑った。


「決まってる」


そして言った。


「ここはもう、“ただの宿”じゃねえからだ」


ミレーヌは何も言わなかった。


だが、その目はすべてを理解していた。


境界の宿。


それは、世界の外側にある場所。


だが同時に――


世界の中心になり得る場所でもある。


ロークは椅子にもたれた。


「俺は、ここを拠点にしたい」


はっきりと告げた。


「行商人として。情報屋として」


ミレーヌは少し笑った。


「最初から、そのつもりだったんじゃないのかい?」


ロークも笑った。


「バレてたか」


蒼月亭の外では、カイが金槌を振っている。


村は生きている。


そしてロークは理解していた。


ここが――


これからの“交点”になることを。

第68話では、行商人ロークが正式に蒼月亭へ戻り、“境界の宿”を拠点として認める決断をしました。


王都の異変。

閉ざされた鍛冶屋。

質を落とす武具。


それは世界の均衡が崩れ始めている兆しです。


そして同時に、蒼月亭が新しい拠点として成長していることも明らかになりました。


修理屋。

女将。

剣士。

そして行商人。


異なる役割を持つ者たちが集まり始めています。


蒼月亭は、ただの宿ではありません。


世界と世界を繋ぐ“節点”として、動き始めています。


あと、すれ違ったリディアの買い出しもこの後スピンオフ投稿します。18時の予定です。

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