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第66話 境界に現れた男

エルフと人間が同じ卓を囲み、笑い合う場所がある――。


そんな噂を、行商人ロークは酒場で耳にした。


境界の奥、地図にも記されぬ廃村に現れたという宿――蒼月亭。


信じるには荒唐無稽すぎる話だった。


だがロークは、噂を追うことを生業としていた。


そして何より、危険と未知こそが、彼の歩みを止めない理由だった。


その日、彼は一人、境界の森へ足を踏み入れた。

森は静かだった。


風の音すら、何かを警戒しているように低く抑えられている。


ロークは馬の手綱を引きながら、慎重に進んでいた。


「……本当にあるのかねぇ」


独り言が口から漏れる。


境界の奥に宿があるなど、普通はあり得ない。


人間は寄り付かない。

エルフは人間を警戒する。

魔族領も近い。


商売になるどころか、命を落としても不思議ではない場所だ。


だが――


森が開けた。


そこに、村があった。


朽ちた家々。崩れた柵。

だが、その中心にだけ――煙が上がっている。


「……まさか」


蒼い月を描いた看板が、風に揺れていた。


蒼月亭。


確かに存在していた。


ロークはゆっくりと馬を進めた。


そして、次の瞬間――


笑い声が聞こえた。


酒場の扉は開いていた。


中では、人影が動いている。


ロークは足を止め、そっと中を覗いた。


そして、息を呑んだ。


エルフがいた。


それも一人ではない。数人。


そして、その隣で――


人間が笑っていた。


レオン。


レン。


フィオ。


セラ。


A級パーティ《黎明の風》。


「……なんで、ここに」


ロークは彼らを知っていた。


情報屋として、名前も、実力も、評判も把握している。


王都でも名が知られ始めた若手の有望株だ。


その彼らが――


エルフと、同じ卓で酒を飲んでいる。


「あり得ねえ……」


ロークの常識が、静かに崩れていく。


その時。


「そんなところにいないで、入りなさい」


女の声がした。


振り向くと、女が立っていた。


黒髪。鋭い目。細身の剣。


ただ者ではないと、一瞬でわかる。


「客なら歓迎するよ」


リディアだった。


ロークは、ゆっくりと両手を見せた。


「……ああ。客だ。泊まれるか?」


「泊まれる」


短い答え。


だが、その声に迷いはなかった。


ロークは蒼月亭の中へ足を踏み入れた。


空気が違った。


酒の匂い。料理の匂い。

そして、人の匂い。


生きている場所の匂いだ。


カウンターの向こうに女がいた。


「いらっしゃい。蒼月亭へようこそ」


ミレーヌだった。


ロークは席に座った。


「……噂を聞いて来ただけだ」


「そうかい」


それだけだった。


詮索はしない。


それが、この場所の流儀のようだった。


しばらくして、料理が出された。


一口食べる。


「……うまい」


思わず呟いた。


嘘がない味だった。


周囲では、エルフとレオンたちが笑っている。


違和感が、次第に薄れていく。


その時、ロークの視線が止まった。


壁際に並ぶ武器。


ナイフ。盾。籠手。


どれも修理されたものだ。


ロークは一つ手に取った。


「……これ、直したのか?」


「はい」


振り向くと、青年が立っていた。


カイだった。


ロークは刃を見た。


継ぎ目がわからない。


バランスもいい。


「……すげえな」


素直な感想だった。


カイは少し照れたように笑った。


「修理屋ですから」


ロークはしばらくその武器を見ていた。


そして、静かに置いた。


その夜、ロークは蒼月亭に泊まった。


よく眠れた。


翌朝。


ロークは馬に荷を積んだ。


ミレーヌが声をかける。


「もう行くのかい?」


「ああ」


ロークは蒼月亭を見た。


まだ、廃村だ。


まだ、小さな宿だ。


だが――


何かがある。


「……面白え場所だ」


ロークはそれだけ言った。


そして、森へと消えていった。


まだ、この場所を拠点にするとは決めていない。


だが――


彼の中で、何かが動き始めていた。

第66話では、行商人ロークが初めて蒼月亭を訪れました。


噂を確かめるためだけに来た男は、そこで“あり得ない光景”を目にします。


エルフと人間が同じ卓を囲み、笑い合う場所。


そして、命を預けられるだけの修理技術。


まだロークは、この場所を拠点と決めたわけではありません。


だが彼は、この境界の宿が持つ“価値”を確かに感じ取っていました。


やがて彼は再び戻ってきます。


行商人として。

情報屋として。

そして――蒼月亭と世界を繋ぐ者として。


物語は、静かに新しい流れを迎え始めています。

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