閑話休題 せめて優雅な食卓を(3)【終】
なんとか少尉を落ち着かせてコロが一安心したころに地上げ屋達はやってきた。
「おうおう、今日こそは土地の権利書渡してもらおうか。」
そう言って店内に入るなり地上げ屋の一人がテーブル席の椅子を乱暴にけ飛ばした。
「あんたら、また来たのか。」
そう言って店主は青い顔をした。受けた暴力の影響だろうか、その肩は震えているようだった。なるほど、こいつらのせいか。コロは犬歯をむき出しにして威嚇しようとした。そのせいでもっと注意をしておかなければならない人間への注意が一瞬それる。その隙に要注意人物である少尉はごろつきどものところへスタスタと歩いていくと不自然なまでの笑顔で立ちはだかった。彼の身長は成人男子の平均に比べて少し低いために自然とごろつきたちが少尉を見下ろす形となる。そんな構図などお構いなしに少尉はごろつきたちに話しかけた。
「やあ、君たち。」
「なんだ、てめえは。」
「この店の客だよ。君たちにお礼を言おうと思ってね。」
「礼だと。」
少尉はそう言って男の二の腕を無造作に掴んだ。少尉の真意が掴めずに男が困惑していると少尉は不自然なまでの笑顔で言い放った。
「そう、これから行うのはお礼だよ。」
そう言って少尉は持ち前の万力のような握力を強めていく。異常に気付いた男が振り払おうとしても全く微動だにしなかった。どころか握りつぶされるのではないかというくらいに掴んだ力は強まっていく。
「全く、なまっちょろい細腕だ。徴兵にはちゃんと参加したのかね。」
「・・離せ。」
「離してください、だろう。」
痛みと恐怖で青い顔をしているごろつきに少尉は笑顔で言った。はたから見ていたリムリィがコロの袖を引っ張る。
「コロ兄さま、しょーいどのが少し怖いです。」
リムリィの言葉に反応せずにコロは呆然と眼前の光景を見ていた。なんてことだ、少尉殿があの頃に戻っている。戦時下にコロはあの笑顔を一度だけ見たことがある。普段とは違い、邪気のない何か吹っ切れたような笑顔。実はあの表情をしている時の少尉殿は一番怒っているのだ。あの笑顔の時に接敵した敵兵達はどうなったか。コロはそれを思い出した。そして奥歯がかたかたと震えている自分に気づいた。
「てめえ、離さねえか。」
仲間の異常に気付いたごろつきの一人が少尉に殴りかかる。少尉は器用にそれを避けると足払いをした。瞬間、男が派手にうつぶせに床にころがる。少尉は男の側に歩み寄るとその後頭部を渾身の力で踏みつけた。男が短い悲鳴を上げて気絶したのを見極めた後にもう一度その頭を踏みにじった。その様子にその場にいた誰もが恐怖で押し黙る。
「少し勘違いしているようだから教えてやる。」
少尉は笑顔のまま、ごろつきたちに話しかける。
「別に君たちが仕事をする分には構わないさ。私たち公僕はそうやって一所懸命仕事をする血税で生きているのだからね。」
少尉が一歩前に出ると男たちが後ずさる。
「しかし私も人間だ。たまに貰った休みぐらいはストレスなく自分の思うように過ごしたいと思う時もある。」
そう言って少尉がもう一歩前に出ると男たちが後ずさる。男の一人はすでに恐怖から涙目であった。
「君たちの行為はそんな私のささやかな幸せを邪魔したんだ。」
熟練した武道家がそこにいれば少尉の体から発せられる凄まじい殺気に気づけただろう。だが、男たちはそんな殺気を察することはできない。ただ蛇に睨まれたカエルのようになっているだけだ。
「いわばこれは戦争だ。」
そう言って少尉は頬まで吊り上がった三日月のような口元のまま、ネコ科の肉食獣を思わせるしなやかな動きで男たちに襲い掛かった。少尉の格闘術はえげつなかった。人体の急所を的確に狙い、容赦なく打ち抜くのだ。そして組み付いた相手には肩の関節を容赦なく外して痛みを与えることでその戦意を喪失させる。場慣れしているどころではない。あっという間にごろつきたちを無力化させると懐から拳銃を取り出した。そして床にころがる頭目らしき男の口に無造作に銃口をほおりこんだ。
「〇×△□!?」
声にならない悲鳴をあげる男に構うことなく親指で撃鉄を起こす。
「選べ、黙ってこの場を立ち去るか、畜生道からやり直すか。」
このままいれば間違いなく殺される。恐怖のあまりに男はその場で失禁して気絶した。
「おい、寝るんじゃない。私は答えを聞いているんだ。」
気絶した男の頬をぺちぺち叩きながら苛立つ少尉の様子を眺めながらコロとリムリィは決してあの人だけは怒らせないようにしようと深く心に誓ったのだった。
◇
ごろつきたちを追い払ったあと、少尉は念願のらうめんを食べていた。店主は骨折していたが、らうめんを食べさせない場合に起こりうる生命の危機のほうがやばいと言い聞かせて激痛の中で厨房に立ったわけである。
「うまいうまい!」
少尉はそう言いながら「ずぞぞぞっ」と音を立ててらうめんをすする。麺をすすり終わると丼を持ち上げてスープの最後の一滴まで飲み干すと「ぷはあっ」と満足げに息を吐いた。すでにカウンター席の少尉の机の前には5杯目になろうかという空の丼が積み上げられている。
「おかわりっ!」
「お客さん、もう勘弁してもらえませんかね。」
足にくる鈍い痛みをこらえながら店主が泣きをいれるが、結局その日に残っていた材料がなくなるまでらうめんを作らされる羽目になったのだった。




