第一章 春の点検
旭ヶ丘住宅の防災訓練は、四月の第三日曜と決まっている。三十四年、同じ日にやっている。
集会所の椅子を並べるのは、いつのころからかわたしの役になった。パイプ椅子が四十脚ある。そのうち十いくつかは脚がぐらつく。ぐらつくほうを後ろに回して、前には状態のいいものを置く。前に座るのは決まって年配の人だからだ。
九時前に、小柳さんが来た。自治会長で、七十一になる。
「森田さん、早いねえ」
「お互いさまですよ」
小柳さんは脇に紙袋を抱えていた。中から黒いバインダーを出して、長机の上に置いた。表紙に市の名前と、長い題名が印刷してある。
避難行動要支援者名簿。
「今年からこれ、森田さんに持っててもらおうと思って」
「わたしが」
「防災担当でしょう」
「でも、去年までは小柳さんが」
「わたしはもう、字が読めんのよ」
小柳さんは笑って、バインダーを押してよこした。厚みは二センチもない。
開くと、一枚目が市からの通知だった。二枚目から名簿になっている。
氏名。生年月日。住所。電話番号。避難支援を必要とする理由。緊急連絡先。
欄が六つ並んでいて、それが一人につき一行。
旭ヶ丘住宅で載っているのは、十四人だった。
一行目は一棟の松永さん。八十四歳。理由の欄に「下肢機能障害・車椅子」と書いてある。緊急連絡先は息子さんの携帯。
二行目は二棟の吉野さん。九十一歳。「独居・要介護2」。連絡先は娘さん。
三行目、四行目と、知っている名前が続いた。三十四年も住んでいれば、たいていは知っている。
十一行目で手が止まった。
理由の欄と、緊急連絡先の欄が、どちらも空いている。
名前と生年月日と住所だけが入っていて、あとは白い。
*
九時半に、市の職員が二人来た。防災課の人だという。ひとりは若い男の人で、もうひとりは女の人だった。
若いほうが前に立って、紙を配りながら説明をはじめた。
「この名簿はですね、災害対策基本法という法律に基づいて、市のほうで作ることになっているものです。自力で避難するのが難しい方を、あらかじめ把握しておく、という趣旨のものになります」
小柳さんが、うん、うん、とうなずいている。毎年聞いているはずだけれど、毎年うなずく人だ。
「平常時から町会や自治会のみなさまにお渡しできるのは、ご本人の同意をいただいた方の分だけです」
「同意がない人は」
わたしが聞いた。
「市のほうで持っています。災害が起きたとき、あるいは起きるおそれがあるときは、同意の有無にかかわらずお出しします」
「起きてからじゃ遅いでしょう」
「そういうご意見はいただきます」
若い人は、嫌な顔をしなかった。慣れているのだろう。
「載せる載せないは、ご本人が決めることになっていますので」
わたしはバインダーを開いたまま、十一行目のところを指で押さえていた。
「この、理由と連絡先が空いてる人がいるんだけど」
女の人のほうが、少し身を乗り出して見た。
「ああ」
「これ、書き忘れ」
「いえ」
「じゃあ、なに」
「書けない方も、いらっしゃいますので」
「書けないって、どういうこと」
女の人は、そこで一度、口を閉じた。
「いろいろですので」
それだけだった。
わたしはもう少し聞こうと思ったけれど、小柳さんが「そろそろ外に出ましょうか」と言ったので、そのままになった。
*
訓練は一時間で終わる。
消火器は水の入った練習用のもので、班長が順番に持って、赤い三角のコーンに向けて噴く。担架の組み立てをやって、毛布で人を運ぶやり方をやって、最後に消防署の人の話を聞いて解散になる。
参加は四十二人だった。去年は四十八人。おととしは五十三人。
名簿に載っている十四人のうち、外に出てきたのは三人だけだった。松永さんが車椅子で来て、二棟の田辺さんが杖で来て、三棟の佐久間さんが娘さんに付き添われて来た。
あとの十一人は部屋にいる。
それが悪いと言っているのではない。出られないから名簿に載っているのだ。ただ、毛布で人を運ぶ練習をしているとき、わたしはその十一人の部屋の位置を、頭の中で数えていた。
二棟の三階が二人。三棟の四階と五階に三人。四棟が四人。五棟が二人。
エレベーターは、一棟と四棟にしかない。
*
片づけが終わって、集会所の鍵を閉めたのが十二時過ぎだった。
帰りに四棟に寄った。
十一行目の人は、四棟の三〇八号の湯浅さんだった。六十五歳。独居。それ以外の欄が白い。
湯浅さんは、去年の秋に越してきた。挨拶には来なかった。廊下で会えば会釈はする。それだけの付き合いだ。
呼び鈴を押すと、少し間があって、ドアが十センチほど開いた。
「自治会の森田です」
「はい」
「あの、防災の名簿のことなんですけど」
「名簿」
「湯浅さん、載ってらっしゃるんですよ。市のほうの名簿に」
「そうですか」
「それでね、理由のところと、緊急連絡先のところが空いてるんです。書いといたほうがいいですよ。いざというときに、誰に連絡したらいいかわからないと、こっちも困りますから」
湯浅さんは、しばらく黙っていた。ドアはそのままの幅で止まっている。
「書くことが、ないんです」
「え」
「連絡するところが、ないので」
「ご兄弟とか」
「ないです」
「じゃあ、前の会社の」
「森田さん」
湯浅さんは、はじめてわたしの顔を見た。
「けっこうです」
ドアが閉まった。鍵のかかる音がした。
わたしは階段を下りながら、それはそうだろうけど、と思っていた。
ないならないで、いいのだ。ただ、空いたままにしておくのがよくない。空いていると、誰も来ないということになってしまう。せめて自治会、と書いておけば、誰かは行く。わたしが行く。
そのつもりで言ったのだけれど、伝わらなかったらしい。
言い方が悪かったのだろう。次はもう少し、やわらかく言おうと思った。
バインダーを抱えて五棟の前を通ったとき、軽トラックが一台、停まっていた。
引っ越し屋の車ではない。レンタカーの札が付いていた。
荷台に段ボールが積んである。数えたわけではないけれど、十個あるかないかだった。それと、布団袋がひとつ。小さいテーブルがひとつ。洗濯機はなかった。
若い女の人が、段ボールをひとつ抱えて階段を上がっていくところだった。
肩に子どもの上着を掛けている。
その後ろから、小さい女の子がついていった。四つか五つくらいに見えた。手すりをつかんで、一段ずつ上がっている。子どもはたいていそうやって上がるものだけれど、その子は左手だけで手すりをつかんでいた。
二人とも、こちらを見なかった。
わたしは声をかけようかと思って、やめた。荷物を持っている人を呼び止めるものではない。
日を改めればいい。
*
家に戻る前に、五棟の一階の郵便受けを見た。
集合郵便受けは、五十二個ある。ひとつひとつに小さい窓があって、そこに名前のシールが貼ってある。手書きの人もいるし、テプラで打った人もいる。剥がれかけて、下から古い名前が透けているものもある。
三十四年ぶんの名前が、そこに重なっている。
五一二の窓は、白かった。
シールがないのではない。何も貼っていない。剥がした跡もない。
新しく越してきた人が、その日のうちに表札を出さないのは、べつだん珍しいことではない。荷ほどきが終わってからでいい。一週間後でもいい。
わたしはそう思って、バインダーを抱え直した。
抱え直したときに、指が十一行目のあたりに触れた。
理由の欄と、緊急連絡先の欄が、白いままの行。
*
夕方、洗濯物を取り込みながら、五棟のほうを見た。
五階の、端から二番目の部屋に、明かりがついていた。
カーテンはまだ掛かっていないようだった。裸の蛍光灯が見えて、その下を人が横切るのが二度見えた。
一度は大人で、一度は子どもだった。
郵便受けの、五一二の窓だけが、白かった。




