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千年の神子  作者: 真咲
chapter 1 -追憶-
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01.鞍祇 琴子



 『選ばれた人間』なんて、世界に存在する何億の人間の中の、一体何人のことを示しているのだろうか。

 

 

 人はいつだって、ありふれた日常、平凡な毎日を、意味も無く繰り返し、日々を淡々と過しているのだ。

 

 

 

 

 無論、少女 ――――――――― 鞍祇琴子もまた、例外ではなかった。

 








 








 








「琴子ー、今日カラオケ行くんだけどさ、あんたも行かない?」

 

 放課後のチャイムが校舎に響いて数分後、ちょうど鞄に筆箱や教科書を詰め込んでいる途中で、そんな声が掛かった。

 琴子はふと顔を上げ、ついで、どこか困ったように苦笑してみせる。

 

「ごめん、今日バイト」

 

 短く告げれば、途端、「えーっ、またぁ?」と非難の声が上がった。

 

 

「あんた、いっつもじゃん。なに、そんなに極貧なワケぇ? いーじゃん、バイトなんてさぁ、親に小遣いせびれば!」

 

 茶髪に縦巻きのパーマ。きっちり施されたメイク。綺麗にネイルアートされた爪で髪をかきあげ、まさにイマドキの『女子高生』であるクラスメイトが顔を顰める。

 琴子は、彼女の台詞にほんの一瞬だけピクリと眉根を寄せ、しかしすぐに笑顔を繕った。

 

「あはは。極貧通り越して、赤貧だから。でも…そーだね、親にせびってみるのもいいかも」

「そうそう! 絶対そうしたほうが良いって!」

 

 軽やかに笑うクラスメイトたちに再び苦笑して…けれど、心中では冷めた視線を向け、琴子はじゃあねと手を振り、教室を後にした。

 

 

 気分は、これ以上ないくらい、最悪だった。

 

 

 長い廊下は、帰宅する多くの生徒や、部活やクラブへ向かう生徒で溢れている。

 

「親にせびれ…?」

 

 

 

  ――――――――― ふざけんな。

 

 

 

「あんな親の金、死んだっているもんか…」

 

 抑えきれない怒りに顔を歪ませて、琴子は両手を硬く握りしめた。

 








 








 








 琴子は両親が死ぬほど嫌いだ。

 

 彼らに頼って生きたいとも、彼らの脛をかじって生きたいとも思わない。

 彼らの世話になるくらいなら、『死んだ方がマシ』なのだ。

 

 琴子の両親は、そろって海外赴任している。家にはめったに帰ってくることはないし、帰ってきても、一時間も留まることはない。

 

 俗に言う、『仕事人間』なのだ。

 

 互いを愛し合っているわけでも、尊敬し合っているわけでもない。彼ら夫婦は、互いのことを、『利害が一致したビジネスパートナー』くらいにしか考えていないのだろう。

 そんな両親だからこそ、琴子に対する彼らの関心は、皆無に等しかった。

 物心つくころから家政婦に面倒を見てもらっていた琴子は、5歳になるまで、自分の母親は家政婦としてやってきているその人なのだと信じて疑わなかった。

 けれど、彼女は『母親』ではなかった。

 初めて自分の『母親』の話を聞いたとき、琴子は『母親』に会ってみたくなった。幼稚園で、友人たちを毎日迎えにやってくる『母親』。

 小学校に上がってからは、運動会や授業参観などで、『両親』に暖かな視線を向けられ、照れくさそうに笑う同級生たちが、うらやましくて仕方がなかった。

 琴子は、こまめに両親に連絡を取った。毎日学校であった出来事をメールしたし、遠足や季節の行事ごとで撮った写真を手紙と一緒に送ったりもした。ただし、電話だけは家政婦から止められていたので、一度もしたことはなかった。

 

 『旦那様も、奥様もお忙しい方々ですから…』

 

 そういって、困ったように笑う家政婦の言葉を、琴子は重く受け取っていたのだ。両親を、困らせたくなかった。両親を、煩わせたくなかった。

 

 そのかわり、彼らに認めてもらいたくて、彼らに構ってもらいたくて、勉強やスポーツを頑張った。

 

 

 優秀な成績をのこせば、彼らは自分を誇らしく思ってくれるだろうか?

 彼らは、自分に声をかけてくれるだろうか?

 

 

 琴子は常に、そんな甘い幻想を抱いていたのだ。

 

 幸い、習い事や塾、家庭教師などといった面で、両親は惜しみないほどの金を出してくれたので、琴子はできることは何だってやった。

 おかげで、成績は優秀、スポーツは万能、ヴァイオリンやピアノ、絵画や英会話、果ては華道や茶道、日舞など、様々なジャンルに手を染めた。

 

 

 けれど、彼らが琴子を省みてくれることは、結局一度として訪れなかった。

 

 

 

 琴子が中学を卒業するとき、琴子は両親に愛されることを、『諦めた』。

 

 

 無駄だ、と悟ったのだ。

 

 結局、どんなに努力を重ねても、どんなに思慕を募らせても、彼らは琴子を『愛して』は、くれない。

 

 

 彼らは『好きに生きればいい』と琴子に言った。

 有り余るほどの金を使って、けれど、自分たちの仕事に支障をきたさなければ、どこで何をしようと、構わないのだと。

 

 

 

 

 中学の卒業式。

 琴子は、受話器越しに始めて聞いた両親の声と、その言葉に、世界中でたった独りきりになったかのような、孤独感を感じた。

 

 

 

 

 誰も、あたしを愛してはくれない。

 誰も、あたしを認めてはくれない。

 

 両親にすら、愛されないあたしを、他人がどうして愛してくれようか?

 

 

 

 都内一の偏差値を誇る高校への進学を蹴って、琴子は自宅から一番近いそこそこの高校へ入学を決めた。

 

 

 

 このまま、適当に高校生活をすごし、適当な大学に進学し、適当な会社に就職し、適当な人間と結婚して…。

 

 そうして、適当に生きて、適当に死んでゆくのだと ―――――― 。

 

 そんなぼんやりとした未来を、琴子は見据えていたのだ。



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