第11話 瀕死のルルア
「イリアお疲れ」
「レイスですか。いや、あなたのおかげで本当に助かりました……なんであなたが殿下をお姫様抱っこしてるんですか?」
ジト目で睨みつけられても……俺頼まれただけだし。俺が責められるようないわれは全くない気がする。というか、ここまで働いたんだからむしろ褒めて欲しい。
「私が頼んだんだ。イリアの所にいち早く行きたかったしな」
「そういう事でしたか。レイスは粗相をしませんでしたか?」
「俺は犬じゃないぞ」
酷い言いようだが、こうやって二人が話している姿を見ると関係が良好であることが伺える。イリアも普段よりも砕けた表情を浮かべているし、物腰が柔らかい。慈愛に満ちた目でアルカの事を見ていた。
「知ってますよ。本当にありがとう。あなたがいなかったらこの結果は無かったでしょう。約束通り、一生養ってあげます」
「マジで!? よっしゃあ! 頑張って働いた甲斐があったぜ! ほんとの本気で養ってくれるんだよな? 俺に悠々自適なヒキニート生活を謳歌させてくれるんだよな?」
「いきなりめっちゃ早口になりますね。嘘はつかないので安心してください。実際問題、レイスはそれだけの働きをしてくれたんですから」
いつになく優しいイリアに少し気味の悪さを覚えたが、そんなことよりも俺がヒキニート生活を一生送る事が出来る事の方が嬉しすぎて気にもならなかった。いや、そんなことを気にしている余裕はない! 今すぐにでも家に帰ってベッドにダイブしたい。
「レイスは定職に就いていないのか?」
「ああ。三年前からイリアの家で居候をさせてもらっているな。ようはニートだ」
「レイス! 殿下になんて口の利き方をしてるんですか!」
「イリア、そんなに怒ってると皺ができるぞ? それとレイスにはため口で話すことを許可してるから怒らないでやってくれ」
怒ってきたイリアをアルカが宥めてくれる。ナイスフォローだぞアルカ。俺は心の中でアルカにサムズアップしながら口角を吊る上げる。
「そうそう。許可はもらってるからな。そんなに怒らないでくれ。あと、先に言っておくが俺がため口で話していいかって聞いたわけじゃないからな」
勘違いされて俺がイリアに叩き切られでもしたら目も当てられない。せっかく、一生ヒキニートとして生活できる権利を得たのに殺されたらヒキニート生活を謳歌できなくなるじゃないか。
「で、ですが……」
「良いんだよ。私にはイリアくらいしか同年代で話せる人がいないし、みんな私の事を王女としてしか見てくれないからな。レイスみたいに私をただのアルカとして接してくれる奴は貴重なんだ」
アルカは楽しそうに口角を上げてイリアを説得していた。王女という立場をうらやむ人間は多々いると思うが、王女は王女なりの悩みというのを抱えているのかもしれない。そう言えばあいつもそんな事をたまに言ってた気がするな。俺がいる時しかそう言う愚痴みたいなものをこぼさなかったわけだけど。
「殿下がそうおっしゃるのなら。レイス、殿下もこうおっしゃられているから咎めはしないけどくれぐれも無礼なことはしちゃだめですよ」
「わかってるって。そもそも、俺がアルカと関わるのなんかこれで最後だろ。俺は約束通り戦争を終わらせた。これからはイリアの家でヒキニートに戻るんだからな」
「そんな約束をしたのか?」
「はい。どうしてもレイスの協力が必要でしたので。本当はもう二度と誰かと戦うのなんかごめんだって言って聞かなかったんですよ。そこで、この戦争を終わらせることが出来たら一生ニートをしても良いという条件で戦ってもらったんです」
イリアがアルカに丁寧に説明をしている。こんなに丁寧な物腰のイリアを見るのが珍しくて、少しだけ背筋がぞわぞわしてしまう。普段の俺に接する態度はもっと荒いのにアルカに対しては物凄く丁寧な物腰だ。一瞬別人ではないのかと疑ってしまうほどに。
「む~レイス程の魔法士がヒキニート生活なんてもったいない。どうだ? 私の専属騎士になる気はないか? もちろん報酬はかなりいい値で出すし立場もかなり良くなると思うぞ?」
「非常にありがたい提案だが、遠慮させてもらう。俺の主君は生涯でただ一人だけだ」
「レイス、殿下の誘いをそんなにすぐに断らないで」
頭を押さえながらイリアはため息をつく。だが、いつも見たいに怒っている感じではなく呆れているような感じだ。俺の事情を知っているからこそ、強くは踏み込んんで来ない。その気遣いには感謝しかなかった。
「……過去に何かあったのか?」
「過去に何かなけりゃ俺はこうやってヒキニート生活なんか送ってねぇよ。知りたきゃ後でイリアからでも聞いてくれ。それよりもだ。この後お前たちがどうするのか聞いておきたい」
一応、ここでの戦闘は終わった。再度ルナセリアが攻めてくる可能性はあるだろうが、今すぐどうこうなるわけではないはずだ。数十人の魔法士を一気に失ったルナセリア側の損害は大きい。しばらくは安全なはずだ。
「またレイスは……まあいいです。この後私たちは負傷した兵士や傭兵と共に一度王都に帰還します。レイスもついてきますよね?」
「当たり前だ。俺にはこんな戦場に用は無いからな」
これでやっと平穏な生活を送れる。俺が表舞台に立つのはこれで最後かもな。でも、それでいい。一度《《主君に捨てられた騎士》》なんかがいつまでも戦場に立っているべきではない。主君を守るはずの騎士が主君を失ってもなお戦場に立つなんて間違っている。守るべき人を守れなかった時点で騎士としては落第だ。
「わかりました。私と殿下は指揮官たちに今後の指示を出してから馬車に戻ります。レイスは適当に馬車の方にでも行っていてください。帰りの護衛を任せたいので」
「へいへい。それくらいはついでだから良いぜ。じゃあ、後処理頑張ってな」
二人に腕をひらひら振りながら馬車の方へと進んでいく。今いる場所が敵陣地だった場所だから馬車までは相当に距離がある。が、ケラウノスを使うほどの魔力も残っていないから徒歩で戻るしかないんだよな。
「こんなことなら最後まで二人と一緒に居るべきだったか。ミスったな」
凸凹と魔法で抉れた地面を踏みしめながらしみじみそう思う。ここまで地面が抉れるほどの魔法が飛び交っていたのか。俺がちゃんと前線に立ったのは傭兵としての一度だけ。後は俺の魔法で吹き飛ばして動揺している連中を狩っただけだ。
「そう言えば、あの傭兵団はどうなったんだ」
イリアが勝手に入団させた傭兵団。確かリティス傭兵団とか言ったか。世話になったワケでもないし、特段思い入れがあるわけでもない。だが、どうなったのか気にならないわけではない。
「アレは……」
少しナイーブな気分になりながら俺が戦場を歩いていると、地面に水色の何かが転がっていた。こんなところに水色の物体が埋まってるのか? いやいや、それは無いだろ。こんな目立つものを持ってくるわけがない。
「まさか、人か?」
嫌な予感がしてすぐに水色の物体に近づく。近づけば近づくほどそれが人の形をしているのがわかる。そして、この髪色はここら辺の地域ではかなり珍しい。つまり……
「ルルアか?」
傭兵として戦った一日だが、顔を知っている奴がこうやって死んでいるのを見るのはやっぱり気分が良いものじゃないな。
「だから、戦場なんか好きじゃないんだ」
俺がどれだけ強くても、その場が戦場である以上は必ずどこかで命が散っていく。どれだけ強くなっても、世界最強と言われるようになっても戦場に立つ限りは死からは逃れられない。本当に……
「……たぁすけ……」
「生きてるのか!?」
諦めてその場を後にしようとしたが、その瞬間か細い声が耳朶を打った。か弱いのに生きたいという意思が強く込められた声だった。
「ったく。戻らないといけないな」
俺は生憎治癒魔法を使えない。この場ですぐに治してやりたいんだが、俺には出来ない。ならば、できる奴の所に連れて行くしかない。
「痛いかもしれないけど、我慢してくれな」
地面に転がっていたルルアを抱きかかえて、今まで歩いてきた道を引き返す。俺が知る中で一番治癒魔法が上手いのはイリアだ。彼女に見てもらえばこの重症もなんとか治るかもしれない。全身に酷い火傷。複数個所に裂傷がある。火傷したおかげで出血が止まってるのか。
「もし、火傷してなかったら失血死してたかもな。運がいいのか悪いのか」
か細い呼吸を繰り返すルルアを抱えて全力で走る。彼女に振動が伝わらないように意識しながらもできるだけ早く走る。治癒魔法とは言え死んでしまったら治すことはできない。この世界に死者を蘇らせるような魔法は存在しない。
「頼むから生きててくれよ。ここで死なれたら目覚めが悪い」
世界の平和とかそんな大層なものを俺は全く望んでいない。だって、俺がどれだけ望んでも世界を平和にすることは不可能だから。俺は世界平和を望まない。だけど自分の手の届く範囲の人はできる限り助けたい。そう思うんだ。
「イリア、こいつを治してやってくれ!」
全力で数分走ってつい先ほどいた敵陣地側に戻ってくる。すでにここにはテラソルス王国の国旗が掲げられていて、敵の陣地が完全に落ちたことを証明していた。ここならばそこまで周囲を警戒しなくても済むから安心できる。
「レイス? どうしてあなたがここに。本陣に戻ったはずでは?」
「引き返して来たんだ。そんなことは良いから早く治してやってくれ。長話をしてると死んでしまう」
全身火傷に大量出血をしてるんだ。生きているのが奇跡といっても過言じゃない。早く治してもらわないと手遅れになる可能性がある。
「わ、わかりました。あっちに医療テントを設営させてるから中に運んでください」
「任せてくれ」
大急ぎでテントの中に行って中の病床に寝かせる。全身がボロボロで酷い状態ではあったが幸いな事にまだ息がある。イリアの魔法ならばこの状態からでも無事に治すことができるだろう。ここまで運んだら俺にできることはもうない。
「あとは、任せてください」
寝かした後にイリアがすぐに駆け付けてきてくれて魔法を唱えてルルアの傷を治し始めてくれる。さっきまで焼けただれていた皮膚が見る見るうちに治っていく。相変わらずイリアの治癒魔法の効き目はすごい。現役時代に何回も治癒魔法使いの世話になったことはあるけど、イリアのように手際が良くて治った後が残らないほどの腕前の人物には今まで会ったことが無い。
「にしても、この子はどうしたんですか?」
「さっき拾ってきたんだ。敵軍の集団魔法で吹き飛ばされたんだろうよ。もしかしたらまだ生き残りがいるかもしれないから捜索させた方がいいかもな」
「わかった。後で命令を出しておきます。それよりも、わざわざあんな焦った顔で頼んでくるなんてこの子はレイスの知り合いですか?」
「知り合いって言ったらそうなのかもな。お前が勝手に俺をぶち込んだ傭兵団で先輩だった人だ。一緒に居た期間は短かったけど、見殺しにはしたくなかったんでな」
こいつには酷い目に遭わされた。最終的には盾みたいに扱われたのは今でも許す気はないけど、だからと言って助けれる命を助けない理由にはならない。こいつに文句を言うのは傷が治って元気になってからでも遅くはない。死んでしまったら文句すらいえないんだから。
「なるほど。治し終わったら呼ぶからあなたは私の代わりに殿下の護衛をしておいてください。何も無いとは思いますけど、レイスが護衛をしてくれるのなら安心ですので」
「それくらいはするさ。アルカはどこにいる?」
「おそらくここの陣地内を歩き回ってらっしゃるだろう。昔から落ち着きのない方なんです」
だろうな。あの感じは本当におてんば娘って感じだったし。まあ、そんなことをイリアに言ったら怒られそうだから言わないけどさ。さて、そうと決まればとっととアルカの事を探すとするか。




