第10話 最強たる所以
「イリアちょっといいか?」
「レイス。殿下との話は終わったのですか?」
将校たちに何やら指示をとばしているイリアを捕まえて話を聞くことにする。これからどういう動きをこの軍がするかによって俺も動き方を変えないといけない。
「まあな。それよりもこれからお前たちはどういう動き方をするつもりだ?」
「とりあえずはここに迫ってきている敵軍を蹴散らして何とか前線を押し戻す予定です。そうじゃないと話になりませんから」
押し戻すとは言っても魔法士はほとんどいないこの軍ではおそらく不可能だ。イリアだってそれは理解しているはず。だからこそ、彼女の手は震えているのだろう。こんな時くらい弱音を吐けばいいのに彼女はいつものように気丈に振舞っている。
「魔法士もいないのにどうするつもりだ? こっちの軍には魔法士が十人くらいしかいないだろうが」
「それでも、何とかしないといけないのが軍人というものです」
「難儀だな。お前らも」
確かにイリアの言う通り現場に出たからには無理な状況でもなんとかしないといけないのが軍人であり騎士であり兵士なのだ。ここで止められなければ自分たちが守ろうとしている国が焼かれるのだから。
「そうですね。でも、あなたも私たちの気持ちがわかるはずでしょう。いえ、一番理解してるのかもしれませんね」
「かもな。じゃあ、前線に出そうとしている兵士を全員下げろ。流石にブランクが長いからな。範囲を絞れる自信がない」
イリアが前線に出て死ぬくらいなら、過去の主君に似たアルカを殺させるくらいなら俺が戦場に立ったほうが百倍マシだ。もう身近な誰かが死ぬところなんて見たくない。久しぶりに本気ってやつを出す時なのかもしれないな。
「まさか、レイス」
「そのまさかだ。俺が攻めてくる兵士と魔法士をできるだけ蹴散らす。お前らは俺が魔法を撃った後に正面突破しろ。そのまま敵の本陣まで制圧出来たら御の字だな」
「いいのですか? あんなに戦うのを嫌がっていたのに」
「この状況でそんなことも言ってられないだろうが。いいから早く前線に出てるやつらを下がらせろ。殺しちまうから」
手加減なんてできない。当たり前だ。三年間も攻撃用の魔法を使っていなかったんだから。さて、今から魔力を高めておくか。下手な攻撃魔法だと攻めてくる兵士全員を押し返すことはできない。だから、本気で。自身が出せるすべてを出して敵を焼き尽くそう。
「わ、わかりました。殿下にもこのことを伝えておきます」
「頼んだ。じゃあ、俺はここら辺が見通せる丘に陣取っておく。兵士が引け次第魔法を撃つから何かの合図を出してくれ」
十数分後にイリアからの合図が出てきて、俺は精神を統一して魔法の詠唱を始める。
「〈雷神よ・我が敵に神罰を与えよ・神の審判をこの地に降ろせ〉」
俺が昔、自分で作った固有魔法〈フォールンケラス〉。雷を超広範囲で振らせる魔法。魔力の消費はアホみたいに多いがその分しっかり効果的な殲滅魔法だ。この魔法を使える人間は俺しかいないから敵軍の混乱も激しいだろう。特に魔法士はこの魔法の対策に思考を割かないといけないから判断が遅くなる。
「これで穴は作れたな。じゃあ、もう一仕事するとしますか」
今の魔法で敵軍に出鼻は挫けたし、前線に出張ってきていた部隊に大ダメージを与えることはできただろう。でも、これだけじゃ足りない。魔法士が全くいないこっちの軍は魔法士一人に蹴散らされてしまう。そうなってはせっかく大ダメージを与えられたのにそれが無意味になってしまう。
「〈雷神よ・我が身を巡りて・舞え〉」
〈ケラウノス〉。これも俺が編み出した固有魔法だ。自分に雷を落として反射神経などを跳ね上げる魔法だ。〈フォールンケラス〉よりは消費が少ないけど、こちらも中々魔力を消費する。流石の俺も魔力は無制限じゃないから早めに終わらせないといけない。
「さて、前線に出ている魔法士を間引きして手助けするかな」
先ほどの集団魔法で三十人ほど魔力を使ったはず。つまり、相手の魔法士が数十人いると仮定したら残りは二十人。その人数を間引きできれば戦況は完全にこちらに傾く。
「魔力残量的にこの魔法を使える時間は三十分が限度だな。とっととやらないと」
全速力で走って戦場に向かう。そこは俺の魔法でクレーターのようになっている大地があった。クレーターの中にはボロボロに焼け焦げた肉の塊が山のように折り重なっていた。
「俺がやったんだよな」
いつまで経っても、人を殺すこの感覚にはなれない。魔法を使うと一瞬で数百、数千の命がチリのように消えていく。こんなのに慣れてしまったら俺はきっと人ではいられなくなるのだろう。
「こんなことを考えるのは家に戻ってからでいい。今は雑念を捨てろ。今はできる限り、イリアのために。できるだけ戦況が有利に運ぶように行動するだけだ」
頭を振って雑念を吹き飛ばす。余計なことを考えていると戦場ではあっという間に殺される。俺だけが死ぬのは別に構わないけど、俺がしくじると今前線に出ているイリア達が危険に晒されてしまう。しっかりと魔法士を間引かないとな。
「なっ!? 貴様どうやってここに!?」
「さてね」
魔法士の背後を取っては切りつけ背後を取っては切りつけ。そんな作業のようなことをしていると前線に出てきていた魔法士の大半を削ることができた。これだけ数を減らすことができればイリアやアルカがいたら対処はできるだろう。二人はテラソルス王国で指折りの騎士だ。魔法も使えるし最低限どうにかできるだろう。
「はぁはぁはぁ。流石に疲れるな」
経過時間およそ30分。ケラウノスの発動限界時間ギリギリで俺は本陣まで戻ってきた。先ほどのように兵士たちが大量にいるわけでもなく、閑散としたものだった。まさか、全員前線に突入したのか?
「レイス! 無事だったのだな」
「アルカ、お前はいかなかったのか?」
「行こうとしたらイリアに止められた。一国の王女が最前線に飛び込むなんて正気じゃないってさ」
「それを言うなら、この場に来ている時点でダメな気がするんだがな」
まあ、イリアの言いそうな事ではある。それを言うなら一国の公爵家当主が最前線に出るのもいかがなものかと思わなくもないが、それを言っても意味がないか。今はあいつが無事に戻ってくることを祈るしかない。もう魔法も使えないしな。
「しょうがないだろ。陛下に行けと言われたんだ。断れるはずもないだろう。それよりもさっきのあの魔法は何なのだ? 見たことも聞いたこともないぞ!」
「そりゃそうだろ。あれは俺が作った固有魔法だからな。見たことも聞いたこともないだろうさ」
初めて使ったのは三年前の戦争が初めてだし、それ以降使ってもいないから知ってる人間はほとんどいないだろう。
「にしてもおかしいだろ! あの魔法の威力は超級魔法クラスだ。超級の魔法を一人で使える人間なんて聞いたことが無いぞ」
魔法には初級、中級、上級、超級、集団魔法が存在する。初級は魔法を習い始めて間もない初心者が勉強用に使う魔法であったり生活魔法の類であったりする。中級は一般的に軍用で使う魔法で一番戦場で使われる魔法だ。上級は個人で使う限界と言われていて、この魔法を一人で使えるだけでもてはやされるようなクラスだ。超級は個人で使えない魔法で基本的に集団で使うことが前提とされているが必要人数が五名以下とされている。
集団魔法は五名以上の魔法士が一斉に使う魔法の総称だ。
「まあ、確かに俺がさっき使った魔法は超級に該当するだろうな」
「なんでそんな馬鹿げた魔法を一人で使えるんだ! そんな化け物聞いたことが無い」
化け物とは酷い言われようだ。でも、ここでアルカと話をする以外にやることは無いし話してやってもいいだろう。こいつは言いふらしたりしなさそうだしな。別に言いふらされても困るような事じゃないしな。
「俺は昔から雷系統の魔法しか生まれつき使えなかったんだよ。でも、その代わり雷系統の魔法の消費魔力が極端に使えなかったんだよ」
普通、魔法を使える才能のある人間はどの属性でも扱うことができる。得手不得手はある。しかし、俺は雷系統以外の魔法を一切使えなかった。炎を水も風も光も闇も。雷系統以外の魔法はどれだけ努力しても何一つ使う事が出来なかった。
「そんなことあるのか? 普通魔法を使える人間であるならば全属性を使えるはずだぞ?」
「それが俺には出来なかったんだよ。なぜかは俺にもわからない」
そういう事もあって、雷系統の魔法であるならば消費魔力が極端に少なくなるわけだから俺は複数の固有魔法を編み出した。普通の魔法士であれば燃費が悪すぎて使えないような魔法だが、俺にとっては別だ。消費魔力が軽減されてるから燃費が悪くてもポンポン使える。ケラウノスだって普通の魔法士が使えば三分も持続しないくらいには燃費が悪い。
「なんだそれ……羨ましいぞ」
「そうでもない。お前たちが当たり前に使う治癒魔法を俺は使うことができない。怪我をしたら終わりの戦いだ。魔法士であれば怪我をしてもすぐに治すことができるだろう? でも、俺はそれができないし、イリアみたいに風魔法の応用で空を飛ぶこともできない。不便で仕方ないよ」
雷系統の魔法は戦闘では無類の強さを発揮するが普段使いは全くできない。日用で使おうとしても全く使えない欠陥魔法だ。ヒキニート生活を心から望んでいる俺からしてみれば厄介で仕方がない。
「そういうものか。でも、言われてみれば不便かもしれないな」
アルカとイリアが共同で魔法を使えば低燃費で超級に匹敵する破壊力のある魔法を使えると思うんだが、それは今度言ってみるとするか。それよりも今は戦況がどうなっているかが気になる。遠視魔法があればいいんだが、俺は生憎使うことができない。
「アルカ、遠視魔法は使えるか?」
「使えるが、どうしてだ?」
「前線の様子を見てみてくれないか? イリアが無事か気になる」
かなり魔法士は間引きしておいたが、完全に勝てる戦場というのは存在しない。万が一と言うのがいつでも存在しているのだ。
「使えるぞ。見てみる。〈万里を見通せ〉」
アルカは短く詠唱をして片手で作った丸を覗き込む。光系統魔法〈リフレクトスコープ〉。光を屈折させて遠くの景色を見ることができる初級魔法。俺には扱えないがアルカはすぐに戦況を確認して満足そうに頷いていた。
「イリア達は問題なく敵の本陣を落とせたみたいだぞ。私達もさっそく向かうか」
「何言ってんだ。まだ残党がいるかもしれないだろうが。アルカはおとなしく本陣に居ろって。俺はイリアの所まで行ってくるから」
ここで残党に遭遇してアルカに何かあったらこの戦は負けになってしまう。それに、俺がいながらイリアの主君を守れなかったとなったら事だ。アルカにはこの本陣でおとなしくしていてもらおう。
「むぅ~私も行きたい! こんなところで一人で待ってたくない! 私も連れてけ!」
アルカはどうやらかなりお転婆なお姫様みたいだ。イリアも大変な主君を持ったものだ。まあ、それは俺も言えたことではないわけだが。
「はぁ。わかった。でも、歩いて行くわけじゃないからアルカを抱えていくが良いか? 不敬罪とかにしないよな?」
「レイスは私の事を何だと思ってるんだ! そんなことしない!」
プンプン怒りながらアルカは俺に抗議してくる。ちょっとかわいいな。やっぱり、似てる。
「わかったわかった。じゃあ、行くぞ」
アルカをお姫様抱っこする。想像していたよりも軽くてびっくりするがすぐに気を引き締めてケラウノスを唱える。残りの魔力は少ないが、数分使う程度ならば大丈夫だろう。この後に大規模な戦闘をする予定もない。というか、あったとしても残りの魔力量だとどう頑張っても戦闘なんて出来そうにない。
「凄く速いな。レイスは戦場でこんな景色を見てるのか?」
「いや、今の状態はアルカに無理がないレベルで抑えてある。これ以上の速度を出したらお前がグロッキーなことになるからな」
常人が耐えられる限界すれすれを狙った速度を出している。きっと、これ以上速度を出したら普通に吐くだろうし下手したら気絶する。気絶したアルカを抱えてイリアの前に行こうものなら普通に切れられる。
「ふ、普段のお前はこれよりも速い速度で走っているのか?」
「ああ。こんな速度で走ってたら補足されるからな。補足されたら警戒される。警戒されたら奇襲の意味が無いからな。人の目に留まらないくらいの速度で走ってるな」
普段の速度の四分の一くらいの速度で走っている。速度を落としたほうが魔力消費量も少なくなるし。この速度でもかなりの距離があった敵陣が見えてくる。陣地にはテラソルス王国の旗が掲げられており、こっちの軍が勝利したことは明らかだった。こうしてサリア平原での戦争はテラソルス王国軍の勝利で幕を閉じた。




