第211話 あたしは解釈違いだから
リサは、あまりにもあっさりと自分の秘密を明かしてみせた。
自分の前世、かつて何者であり、今は誰であるかを赤裸々になんでもないことのように彼女は全てを話した。
オレには、こんな勇気はない。
たとえ記憶が完全だったとしてもリサのように全てを話すなんてことはできたかどうか。
尊敬するほかない。前世のころから肝が据わっていたが、これほどのことを眉一つ動かさずやり遂げてみせるとは……さすがはゴールデンひまわり……! アンチ掲示板に1人で乗り込み、あそこの住人をすべて論破した胆力は健在だ!
加えて今の彼女の人格はあの『朽上理沙』と融合している。
『BABEL』の作中でも最強の『男前』美少女とも言われている彼女の性質、性格、魂と合一化しているんだ。こと根性という点では作中どころか、この世界でも指折りだろう。
オレと彼女の最大の違いは、そこだ。
オレは未だにこの肉体に宿っていたはずの『蘆屋道孝』の魂と融合できていない。
というより、その魂を知覚さえできていない。これまで修業時代も含めて何度も試しては見たが、ことごとく失敗している。
自身の内的世界の理解と掌握は術師、異能者の基本だ。それがなぜだ……?
…………そこに何かの手がかりがある。第六感がそう囁いているが、どうやってもたどり着けない。パズルの最後のピースが見つからないような、そんなもどかしさだ。
「――とまあ、あたしが3人目の転生者で、候補者ってわけ」
そうして手短に、かつ、必要な情報を漏らさずにリサは己の過去を明かした。
思わず拍手をしたくなるほどの見事さだ。
対して、オレの情けなさよ。オレにリサと同じ勇気があればもっと早くみんなに真実を言えたのだろうか……、
……もっとも、言い訳にはなるが、早い段階でオレの正体を明かしたとしてそれで状況が良くなっていたかどうかは別の話だ。
「10人足らずのメンバーの中に、転生者が2人……いえ、『ミコタアケコ』も含めれば3人ですか……いったいどんな確率……運命のいたずらだとでもいうのですか……」
「朽上さんがゴールデンひまわりさんで、道孝くんとは前世から親友で、ゲームの達人なんだ……すごい! 今度対戦しよう!」
ともかく、告白を聞いたみんなの反応はそれぞれだ。
リーズは真面目に運命を嘆いているし、凜は凜でいつものマイペースが炸裂している。
……正直助かる反応だ。オレも同じ立場だったからわかるが変に気をつかわれるよりもこっちのほうが何というか安心できる。いつもと何も変わらない、と。
一方で――、
「――なるほど。そういうわけでしたか」
「前世からの親友……強敵、だね」
「思わぬ伏兵、ですね」
アオイと山三屋先輩はなんか警戒している。
いやまあ、敵として見ているとか、本気で警戒しているとかそういうわけじゃないのはわかるけども。
でも、あれだぞ、無用な心配ってやつだぞ?
オレとリサはもちろんのこと、前世でのオレとゴマさんの間にはそういうロマンチックな関係はなかった。親友であり同志であり戦友ではあるがな……!
思い起こされるのは、オレとゴマさんの戦いの記録。
不毛と知りつつもアンチを撃退したり、逆に厄介オタクになった仲間を更生させたり、2人で『BABEL』の考察をまとめた同人誌を出すために徹夜で原稿を書いたりした。
そこにあったのは、『情熱』と『友情』だ。色っぽさとか甘酸っぱさとそういう感じのものとは無縁だった、と思う、たぶん。
てかあれだ、今大事なのはそこじゃない。
この告白に対して、朽上理沙の親友が、つまりは谷崎しおりが何を思うか。大事なのはその一点だ。
実際、泰然自若のように見えるリサが谷崎さんの反応だけは常に意識しているのが、オレには分かる。リサはそれを隠そうしているが、前世からの付き合い、オレばかりは気付いてやらないと……、
そうして、リサは覚悟を決めるように頷いて谷崎さんに視線を向けた。
「その、黙っててごめん。親友失格だよね、こんなの」
朽上理沙とも、ゴールデンひまわりとも思えぬ弱気な声色。握り込んだ量の拳が小刻みに震えていた。
これ以上ないほどに気持ちが理解できる。できれば打ち明けたくない秘密を、もっとも打ち明けたくない相手に話すには、自ら首を切り落とすような覚悟がいる。
「――うん。ずっと黙ってられたら、さすがに怒ったよ」
そんな覚悟を谷崎さんは俯いて受け止める。その声には何の感情も乗っておらず、それゆえ、たまらなく恐ろしい響きがある。
でも、オレは谷崎さんを信じている。
オレの知る彼女にはその度量と優しさがある。それをあてにしたり、頼るだけではいけないが、相手を信じるのは友情の第一歩だとオレは思う。
「だいたいさ。気付いてたし、リサちゃんがなにかわたしに秘密にしてることくらい。でも、いつか話してくれると思ってたし、それがいまだったってだけ」
谷崎さんが顔を上げる。そこにあるのは、オレの信じた通りの「仕方がないなぁ」というはにかんだ笑顔だった。
「だから、いいよ。謝られることなにもないけど、リサちゃんのことだから謝らないと気が済まないだろうし……わたしは、いいよ。だって、そういうのを許すのが親友だしね」
「しおり……!」
たまらず駆け出すリサ。彼女はまっすぎに谷崎さんに駆け寄り、正面から抱き着いた。
頬には綺麗な涙が一筋伝っている。心の底から気持ちが理解できる。それどころか、今リサの流している涙の温かさまでオレには感じれられた。
よかった、本当に。
「うんうん、いい子いい子」
谷崎さんがリサの頭をなでなでしている。
さながら深窓の令嬢とその愛犬のウルフドッグって感じだ。実際、赤い尻尾がパタパタと左右に動いている。喜びすぎて獣人化してしまっていた。
というか、「くぅーん」とか聞こえてくるし、獣人化どころか犬化してないか……? いや、気持ちは分かるよ。オレももし犬になれるのなら谷崎さんに甘えてみた――ごほん、アオイがこっちを見ている、とうとう心が読めるようになったのかもしれない。
……ともかく、安心した。心の底から祝福するよ、リサ。友情に勝る宝はないとよく言うが、今はその言葉に大賛成だ。
「というわけで、これで比較検討できる転生者のサンプルケースが二人になった。これなら、自分を観測するだけじゃ得られない情報を得られるじゃない?」
「あ、うん、そうだな。そこから解析を進めれば、確かに『逆行転生』をどうにかする方法も見つかるかもしれない……」
あくまで理論上は、ではあるものの、決して不可能ではない。
……実現可能性という点ではオレの『八人目の魔人となってその権能でミコタアケコの呪いをどうにかする』も五十歩百歩ではある。そもそもオレが本当に魔人の力を制御して今の世界を保全できるかも怪しいところだ。
…………そう考えれば、ギリギリまであらゆるプランを探るのは極めて妥当かつ合理的ではある。
それに、リサとオレの魂の状態を比較すれば、オレと彼女の違いが分かる。
そこが明らかになれば『転生』という機能を理解できるし、理解できれば干渉が可能になる。凜の言う通り、壊れたセーブデータを修理して無限リトライを解消することもできる、かもしれない。試してみる価値は十分にある。
「それでしたら、わたくしからも提案がありますの」
リーズが言った。
リーズからの提案……か。彼女はミコタアケコの救出に関しては中立の立場だ。そんな彼女からどんな意見が出てくるのかはとても気になる。
「そもそもの原因は、さる悪魔との契約なのですよね?」
「ああ。きっかけはそうだ。異能そのものは繰り返しの中で成長したものだろうが、発端はそこだ」
『99事変』においてミコタアケコは世界を救うために『大悪魔』と契約を交わし、魔人『英雄』を呼び出した。
そのための代償として差し出したのが『存在の終わり』だ。だから、彼女は永遠に『逆行転生』を繰り返している。
「悪魔との契約は取り返しがつかない、異界探索者にとっての常識です。ですが、それはあくまで表向きの話。転生者同様我々が悪魔との遭遇例が少ないからそう思い込んでいるだけ、ということもありえます」
「……逆に考えれば、悪魔との遭遇例の多いやつらなら違う結論を出すかもしれない、ってことか」
オレの確認にリーズが首肯する。
道理ではある。実際、オレも怪異の中でも『悪魔』と分類される存在についてそう詳しいわけじゃない。
無論、原作での描写や設定資料に乗っていた設定、原作者のインタビューでの言及はすべて頭に入っているが、それでも悪魔に関する情報は少ない。
…‥こうして考えると妙な話ではある。
悪魔と言えば怪異の中でも代表的な存在だ。だというのに原作者はその話をしたり、設定を明かすのを避けていた、気がする。
単に考えてなかっただけと仮定してしまえばそこまでだが……わざわざ500ページもある設定資料集を出すような原作者が考えてないなんてことありえるか……?
…………気になる。だが、今は確認のしようがない。であれば、自分の目と耳で確かめられることを優先すべきだ。
「…………悪魔に詳しいとなれば、『殉教騎士団』か。『螺旋図書館』の資料を当たるのも手だが……どっちが確実かは難しいところがあるか」
……殉教騎士団が普段相手取っているのは西洋圏の怪異だ。その中には当然、悪魔も含まれている。経験値という意味では二千年以上の蓄積がある。
だが、蓄積があっても殉教騎士団に異端者に対する慈悲なんてものはない。事情を理解したとしても協力してくれる可能性は皆無だ。
もしくは、『螺旋図書館』にはありとあらゆる情報が集積されている。再びあの異界を探索して悪魔についての情報を収集することも可能ではある。といっても、螺旋図書館から特定の情報を引き出すのは至難の業なのだが。
一方、オレの知らない契約の解除方法があるのなら、ミコタアケコを解放できるということでもある。
先ほどの転生のシステムに干渉するプランとかけあわせて確実性を増すことも可能だ。
「あるいは、その悪魔の名前を特定し、呼び出すという手もありますわよ」
続く、リーズの提言には感心させられる。オレともあろうものが一番シンプルな方法を忘れていた。
契約のことは契約した本人に確認するのが一番手っ取り早い。ミコタアケコを追跡するのは難しいが、かの『大悪魔』の名前には実は見当が付いている。呼び出す方法についてもそれこそ調べるあては無数にある。
問題があるとすれば――、
「もっともこれは最終手段でしてよ。相手は大悪魔、こちらに契約の意思が無くとも危険性は変わりません」
オレが言うまでもなく釘を刺される。
まあ、限りなく正しい理屈だ。相手はまず間違いなく『不可知域』に属する怪異。正面からやり合うとなると今の戦力でも対抗できるとは断言できないし、借りに倒せたとしてもそれで万事良しとなるかには疑問符がつく。
「だが、有効な手でもある。相手が悪魔なら交渉次第だしな。ありがとう、リーズ。さすがだ、君の知識と判断力には尊敬を覚えずにはいられない」
「と、当然ですわ。わたくしはこの部隊の副隊長、ほかのメンバーにはない才能があるからこそこのポジションを任されているのです。相応しい働きをいたしませんとね」
照れつつも鼻高々なリーズ。
原作で想定外の事態にあたふたしていた彼女はもういない。だが、これがリーズの本質だ。彼女の判断力、知識、頭脳を活かす環境が原作の世界になかっただけだ。
……オレのやったことにも意味があったってことだ。
そう思うと勇気が出る。たとえ思い込みに過ぎなくとも、自己弁護でしかないとしても、これがオレの原作改変の結果なのだろう。
それに、足踏みしているように見えて、着実に俺たちは進んでいる。
なにせ、解決不能と思えた問題に三つもアプローチする方法を見つけたんだ。少なくとも希望は十分すぎるほどにある。
ぜんぶみんなのおかげだ。オレ一人じゃ自分を放り捨てる以外の方法は思いつかなかった。
「――ねえ」
「お、おう」
気付くと、至近距離にリサがいた。
赤い髪がキラキラと輝いて、美しい瞳の中にはオレだけが写り込んでいる。
覚悟を決めたような、それでいて柔和なその笑みには原作の朽上理沙の凛々しさとゴールデンひまわりとしての包容力が同居していた。
「一つ言っておきたいんだけどさ」
ずいっとリサの顔が近づいてくる。
ヤバいんじゃないかと思ってアオイの方を見るとこんな時に限ってそこにはいなくて、少し遠くで彩芽と話していた。
潤んだ唇が綺麗だ。少し赤らんだ頬が普段の印象とは違う萌えを――、
「えと、なに――っ!?」
そうして次の瞬間、唇を奪われる。
瑞々しい感触と、他人の体温が押し付けられて呼吸どころか時間さえも止まりそうだった。
…………こんなこと、あるの?
え? マジ……?
「ハーレムは解釈違いだから。でも、諦める気、ないから」
口唇が離れると同時に、リサが爆弾を落としていく。
さすがにその意味を理解できないほどオレも鈍くはない。でも、衝撃度で言えば今日一日でも最上級の一撃だった。
まず感じたのは驚きで、次は喜び。もうすでに身に余るどころではない好意を受けているのに、この気持ちは未だに色褪せない。
………オレってやっぱり最低なのかもしれない。




