11 蜜蜂界一の美少女?
『魔女、色々知っている。西の森のずっとずっと奥、山の…』
リーラはいたって普通に何気なく僕に爆弾を落としてくれた。
「ちょっと待て!この森に人間はいないんじゃないのか!?」
『人間、居ない。居るのは魔女だ』
僕が詰め寄ると、リーラは不思議そうに首を傾げるだけだった。まさか、この世界の《魔女》は人間じゃないのか?
「…もしかして、魔物なのか?魔女という種族だとか?」
『魔物、違う。魔女だ。この森、一人だけ』
埒が開かない。リーラやラピスと話していると時々生じる思考のズレだ。これ以上聞いても同じ答えが帰って来るだけだろう。
笑顔と美しい姿でつい忘れがちになるが、彼女達は魔物なのだ。考え方が僕と少し違うのだ。ひょっとしたら僕のことも、あくまで《リンタロー》という生き物であって、《人間》だと思ってないかもしれない。
とにかく、この衝撃の情報は早急に確認する必要がある。人間であれ、魔女という魔物であれ、何か知っているかもしれないのだ。
翌日から魔女の住む森への行く為の対策を練ることになった。
困ったことに、リーラ達からいくら聞いても『西のずっと奥の山の麓』という答えしか持っていないらしく、この遺跡から魔女が住む場所までの距離がわからなかった。
この3週間、僕は毎日森を探索して日帰りできる範囲の地理はかなり把握している。探していた川も、遺跡から北東へ1時間半ほど行ったところにあった。だが、森の中で夜を明かしたことはない。花ちゃん達でも夜は危険な為、地面にしっかり根を張って密集して過ごすほどなのだ。
『西の森のずっと奥』へ行く為には日帰りは無理だ。森の中で野宿する必要があるのだ。
何度も言うが僕は最弱なのだ。頭を抱え、悩む僕の肩をセバスが叩いて励ましてくれた。そして任せろと言うように、剣を鳴らした。
そうだよな。このまま遺跡に留まっていても何も始まらない。行くしかないんだよな。
正直、見通しは真っ暗だが、僕は旅の準備をすることにした。
準備とはいっても出来ることはほとんどない。まだ少し残ってる、吹き上げ式と打ち上げ式の花火をリュックサックの外ポケットに入れ、木刀代わりになる適当な枝を探したりするくらいだ。
食糧になるかと、魚や肉を干して保存食モドキを作ってみた。けれど塩がないのであまり日持ちするとは思えない。基本的に森の中で狩りをしてり木の実を採取しながら進むしかないだろ。
水はどうするか。ペットボトル一本で足りるわけがないのだ。そういえば、牛の胃袋とかを水筒にしてる民族もいるって何かで読んだな。花ちゃん達に頼んでレッドボアでも狩って作ってもらうか?
あれこれ考えていた僕に、リーラが真っ白い枝を差し出してきた。なんだ?と思っていたら、それを僕の左の手首に巻き始めた。
「これは?リーラの木の枝?」
『違う。我の木に住むヤドリギだ』
「ヤドリギ?木に寄生するって植物の?」
そんなの居たのか?とリーラの木を見るが、同じ白なのでわからなかった。この世界のヤドリギは、寄生した木に擬態どころか完全に同化してその木の特性をも引き継ぐんだそうだ。
リーラは僕の手首に細い枝を何やら複雑に巻いて、あっという間に腕輪を作り上げた。枝で造ったにしてはゴワつく感じもなく、重さも違和感も全くなかった。腕輪になった瞬間、白かった枝は普通の木の色になった。
なんでこんなものを?と訝しく思っていたが、説明されて驚いた。
なんとこの腕輪はリーラのドライアドとしての能力を引き継いでいるんだそうだ。木の中に物を入れられ、しかも時間経過はほとんどない。
つ、つまり、これはっ!
「アイテムボックス来たーっ!」
そう。異世界の超定番便利アイテムだ!
やっぱりあるんだ~と、思わずその場で小躍りしてしまった。
『あいてむぼっくす?』
僕の反応にリーラは若干引いて、聞き慣れない名称に首を傾げながらも使い方を教えてくれた。
このヤドリギの腕輪は、腕輪の形はしているが、ちゃんと生きているんだそうだ。腕輪に擬態させて、僕に寄生させているのだ。僕の魔力をわずかに吸収しているが、その量は微量で全く害はないらしい。物の出し入れは、頭の中でイメージすれば簡単にできた。そして、僕が生きている限り枯れることはないそうだ。
リーラの能力を引き継いだといっても、やはり本物ではないので、森を創るドライアドの能力までは無理なようで、せいぜい木の中に物を入れる能力くらいだけなんだそうだ。
容量も、本物のドライアドが創った森の広さと比例するのに対して、ヤドリギはせいぜい宿ったドライアドの体積程度らしい。
それにしても、これはありがたい。
リーラ本体の大きさは、周囲の数十メートル級の木々よりは小さいが、それでも高さは10メートルほど、幹は大人二人で抱えるくらいはあるのだ。その体積分を腕輪一つで持てるのだ。
腕輪をナデながらニヤついてしまう僕に罪はないだろう。
魔女探しの旅には、リーラとラピスは同行しない。リーラは本体が木なので、長く離れることが出来ないのだ。自分が創った森の中なら森の木々を媒介にして本体ごとの移動ということが出来るが、西の森は他のドライアドの森なので勝手な移動は出来ないのだそうだ。なので、この遺跡に残ることになる。
リーラの木に住むラピス達もだ。
けれど、花ちゃん達の何株かは付いてきてくれるそうだ。花ちゃん達は、自分の種をより遠くに運ぶことが出来るので、嬉しそうだった。誰が同行するのか、集まって人選…花選している。花の種類がいくつかあるので、満遍なく編成したいらしい。
そして最後にラピスが、女王候補だという蜂を僕の元に連れてきた。
『昨日、蛹から羽化させた』
大きくなった群れを分蜂するために大切に育ててきた女王候補の一匹だと言う。本来ならあと数ヶ月は幼虫のままでいさせるのだが、数匹いる候補のなかで何故か一番気弱で争い事の苦手な性格になってしまったらしい。そこで僕の旅に同行させて、心を鍛えたいんだそうだ。
女王候補達はいずれ候補同士で戦わなければならないそうだ。勝者だけが新しい群れを作ることを許されるからだ。強い候補同士で戦い、勝つことに意味がある。弱い固体がいるというのは候補全体を弱体化させてしまうからとても困るんだと、ラピスが難しい顔で説明してくれた。
なるほど~。野生の生き物って大変だよな~と、僕の掌の上で腕をくんで立つラピスの後ろからそうっと覗いてる蜂を見た。
ラピスよりも若干薄いが綺麗な青い目と合うと、彼女はラピスの後ろに隠れてしまった。内気な蜂らしい。社会性のある魔物だからなのか、彼女達は時々本当に人間のような仕種をする。
『どうだ。美しいだろう。長く生きてたくさん子を産んだが、この子に敵う者はいない』
どうやら大変な美少女らしい。だが、僕にとっては、ちょっと大きいだけの蜂だ。蜂の美醜なんてわかるわけがない。
「は、ははは…。美しい…のか。名前付けた方がいいのかな?」
ラピスのように上半身だけでも人になれば、美少女っぷりがわかるかもと期待して聞いてみたが、ラピスは首を横に振った。
『必要ない。戦いに勝って女王にならなければ死ぬだけだ。死者に名はいらぬ』
彼女達はレギオビーネという名の蜜蜂なので、そこから取って《ビーネ》と呼んでやってくれと言われた。了解してビーネに向かって「よろしくな」と笑いかけると、彼女はラピスの後ろからちょっとだけ顔を出して、ペコリと頭を下げた。その姿は確かに可愛いらしかった。
『こら。この子が美しいからといって、手を出すなよ』
どうやって手を出すんだよ。大きさや異種族云々の前に、昆虫じゃねーか。
ラピスは悪戯っぽく笑って、ビーネに、気をつけるんだよとかなんとか言っている。ビーネは満更でもないのかモジモジ恥じらっている。だが、ありえないから。昆虫に発情するなんて、色々末期症状だろうが。
ビーネは僕の腕輪の中に巣を作り、そこを拠点にするそうだ。まだタマゴを産んで群れをつくることのできないビーネに、ラピスは3千匹のお供を付けてくれた。戦闘蜂千匹、巣の掃除やビーネの世話をするためにの育児蜂500匹、蜜を採集する働き蜂1500千匹だ。この蜂達はビーネだけではなく、僕の身も護ってくれる。つまり僕と《共生》関係になる。だから蜂達の腕輪からの出入りは、僕の意思ではなく蜂達の自由意思でできるようにした。
かなりの数を群れから出すんじゃないかと心配したが、この程度の数は群れの極々一部だし、すぐに増えると言っていた。
一体、群れ全体で何匹いるのだと聞いたら、ニヤリと笑って答えてくれなかった。
結局飲み水は、蜂達が提供してくれた蜜蝋でタンクを作り、それに涌き水を汲み、腕輪のアイテムボックスに入れて運ぶことにした。
《魔女》の情報をリーラから聞いてから1週間。西の森や山の地理、魔物や植物の種類等、彼女達が知ってい情報をできるだけ詳しく教えてもらった。そして全ての準備が整った。
異世界に来てから約一ヶ月。転移してきた場所を離れていよいよ森の奥へ向かう。この大陸の全容が解ればいいんだが。《魔女》がリーラの言うように色々知っていることを願うしかない。
翌朝僕は、リーラと居残り組の花ちゃん達とラピスの一族に見送られて、寝ぐらにしていた遺跡から旅立った。




