#1 追放された鍛冶師は、壊れた剣の声を聞く
「――お前は、もう必要ない」
王都最強と謳われる冒険者パーティー、《白銀の翼》。
その専属鍛冶師だった俺、レオンは、ギルドの会議室でそう告げられていた。
「……理由を聞いても?」
「理由?」
リーダーのガルドは、呆れたように笑った。
「分かっているだろ。お前の作る武器は地味なんだよ」
テーブルの上には、俺が整備した剣や槍が並んでいる。
どれも装飾はない。
派手な魔力も放たない。
だが、壊れない。
刃こぼれしない。
使い手の癖に合わせて重心を調整し、魔力の流れを整え、戦闘中に性能が落ちないように作ってある。
俺にとっては、それだけだった。
「今度、王国騎士団が新しい魔導鍛冶師を紹介してくれるんだ」
仲間の一人が、申し訳なさそうな顔をしながら言った。
「そいつは炎をまとった剣を作れるらしいぞ」
「雷を落とす槍もだ」
「……そうか」
俺は、自分でも驚くほど冷静だった。
薄々、気付いていた。
最近、俺の仕事は減っていた。
武器を新しく作る仕事より、壊れた武器を直す仕事。
折れた剣を繋ぎ、欠けた魔導具を直し、暴走した装備の魔力を調整する。
誰もやりたがらない仕事ばかりだった。
「修理なんて、誰でもできる」
ガルドが言った。
「お前は鍛冶師として半端なんだよ。新しい武器を作る才能もない。戦えるわけでもない」
その言葉に、俺は少しだけ笑った。
「……分かった」
引き止める気はなかった。
ここで俺が「俺がいなければ困る」と言ったところで、誰も信じないだろう。
彼らにとって俺は、壊れた装備を黙って直す便利な職人。
それ以上でも、それ以下でもなかったのだから。
「じゃあ、今まで世話になった」
俺は工房に戻り、自分の道具だけをまとめた。
ハンマー。
ヤスリ。
小さな魔力炉。
そして、師匠から譲られた古びた片眼鏡。
これだけあればいい。
俺は王都を出た。
行き先はない。
ただ、一つだけ分かっていた。
もう二度と、自分の仕事を「誰でもできる」なんて言わせない。
◆
三日後。
俺は辺境の村、ベルグに辿り着いた。
「鍛冶師……だって?」
村の入り口で出会った老人は、俺を見るなり目を丸くした。
「ええ。一応」
「一応じゃない。今すぐ来てくれ!」
なぜか腕を掴まれ、そのまま村の中央まで連れて行かれる。
そこには、小さな工房があった。
正確には。
――かつて工房だった場所だ。
屋根は半分崩れ、炉は壊れ、工具もほとんど残っていない。
「うちの鍛冶師は、魔物にやられてしまってな」
老人が言った。
「残された武器も、もう限界だ。修理できる者もいない」
工房の隅には、折れた剣や欠けた槍が山のように積まれていた。
普通の鍛冶師なら、新しいものを作った方が早いと言うだろう。
だが。
俺は、その中の一本の剣を手に取った。
錆びている。
刃は欠けている。
柄も割れている。
だが、俺には分かった。
「……これ」
片眼鏡をかける。
魔力の流れを見る。
すると、錆びた剣の内部に、細い光が見えた。
「まだ死んでない」
「え?」
「この剣、壊れてるんじゃない」
俺は刃を指で弾いた。
キン――。
鈍いはずの剣から、澄んだ音が響く。
「魔力の流れが詰まってるだけだ」
老人が首を傾げる。
「直るのか?」
「直すだけじゃない」
俺は、初めて少しだけ笑った。
「……元の性能に戻せる」
その夜。
村に魔物の群れが現れた。
「ゴブリンだ!」
「数が多い!」
村人たちが慌てて武器を取る。
だが、彼らの剣はボロボロだった。
槍は曲がり。
盾には穴が空いている。
「こんな装備じゃ戦えない!」
誰かが叫んだ。
その時。
工房の扉が開いた。
「武器を寄越せ」
俺は言った。
「全部だ」
「今から作るのか!?」
「作らない」
俺は、村人たちから壊れた武器を受け取った。
そして、魔力炉に火を入れる。
ゴォォォォ――ッ!
赤く染まる炉。
ハンマーを握る。
一度。
二度。
三度。
武器を叩く。
だが、俺はただ鉄を叩いているわけではない。
耳を澄ませる。
金属の音を聞く。
魔力の流れを読む。
「そこじゃない」
カン!
「お前は、まだ折れていない」
カン!
「壊れたんじゃない」
カン!
「……間違った形にされただけだ」
最後の一撃。
その瞬間。
折れていた剣の内部から、青白い光が走った。
村人たちが息を呑む。
錆びていた剣が、ゆっくりと元の姿を取り戻していく。
刃こぼれは消え。
歪んでいた魔力の流れが整う。
そして。
「……なんだ、この剣」
村の若者が震える手で剣を握った。
「軽い」
「それなのに、力が入る」
俺は別の武器を手渡した。
「使ってみろ」
村の外から、ゴブリンたちが迫る。
若者たちは恐る恐る前に出た。
そして。
一振り。
ズバァッ!
ゴブリンの武器ごと、刃が叩き斬った。
「な……!?」
村人たちが叫ぶ。
俺は炉の前で、次の槍を叩いていた。
「急げ」
「まだ直していない武器が山ほどある」
その夜。
ベルグ村は、魔物の群れを撃退した。
そして翌朝。
村人たちは、工房の前に集まっていた。
「鍛冶師さん」
老人が深く頭を下げる。
「この村に、いてくれないか?」
俺は、工房を見上げた。
壊れた炉。
錆びた工具。
そして、まだ直されていない大量の武器。
――悪くない。
王都では、俺の技術を誰も理解しなかった。
なら。
ここで証明すればいい。
壊れたものは、終わりじゃない。
誰かが「もう使えない」と捨てたものにも、まだ価値はある。
俺はハンマーを握り直した。
「分かった」
「この工房を使わせてもらう」
「ただし」
村人たちを見る。
「ここにある壊れたものは、全部直す」
武器だけじゃない。
工房も。
防具も。
魔導具も。
そして。
いつか、この村そのものを。
「俺が――もう一度、使えるようにしてやる」
こうして。
最強パーティーから「役立たずの修理屋」として追放された俺の、
壊れたものを最強へと“戻す”鍛冶師生活が始まった。
そして、この時の俺はまだ知らなかった。
王都に残した《白銀の翼》が、
俺の整備していた武器を使った最初の遠征で、
取り返しのつかない失敗をすることになるとは。




