魔界での邂逅
地獄の門を抜け、ルナとレッドは魔界ノ扉へ戻る道を歩いていた。
ケルベロスの姿は、もう遠くに見えない。
『ケルベロス、結局門の外まで送ってくれたね』
レッドが振り返りながら言う。
『ええ……』
ルナも小さく笑った。
『色々あったけど……
悪い事ばかりじゃなかったわね』
タヌキム。
ゴブリン。
ミシェル。
サッハーク。
ドロシー。
ケルベロス。
魔界ノ扉へ来てから、また多くの者と出会った。
そして、その先で新たな女神ノ涙を見つけることができた。
『名残惜しいけど……
女神ノ涙も手に入ったし』
ルナは胸元へ手を添える。
『ここの異変は儀式のせいだったし。
今のところ、呪いと異変は関係ないみたいだけど……』
古代ノ扉でも異変は起きていた。
魔界ノ扉でも、悪魔たちが一斉に戻れなくなる異変が起きた。
少なくとも今回の原因は、魔界犬たちが行っていた儀式だった。
それでも、完全に安心することはできない。
『早く女神ノ涙を見つけ出さないと』
ルナは時計へ視線を落とす。
『本当に世界へ影響が出るかもしれない』
『うん』
レッドも頷く。
『次の扉に急いだ方が――』
『……そうは、いかないわ』
静かな声が、二人の行く手を遮った。
『!』
前方に、一人の少女が立っている。
短く波打つ紫色の髪。
青紫の薔薇のような飾り。
紫を基調とした衣装。
古代ノ扉で女神ノ涙を奪おうとした少女。
『ヴァイオレット……』
ルナの表情が強張る。
『どうしてここに……』
『私たちの居場所がわかったの?』
ヴァイオレットは、手にした紫色の宝珠を静かに見下ろした。
『……女神ノ涙を扱えるのが自分だけだと思わない事ね』
ルナの目が見開かれる。
『刻ノ少女……』
ヴァイオレットは、淡々と続けた。
『あなたの代わりは……
いるのだから』
『何を……』
ルナは一歩前へ出る。
女神ノ涙を知っている。
刻ノ少女を知っている。
そして、まるで自分と同じ側の力を知っているかのような言葉。
『答えなさい!』
杖を握る手に力が入る。
『あなたは何者なの!?
なぜ女神ノ涙を知っているの!』
『……答える必要はないわ』
ヴァイオレットはルナの問いを切り捨てた。
そして視線を、ルナが持つ女神ノ涙へ向ける。
『その女神ノ涙……
渡しなさい』
『……っ!』
レッドがルナの前へ出た。
『女神ノ涙は渡さないよ』
『……何度も言わせないで』
ヴァイオレットの周囲へ紫色の魔力が集まり始める。
『あなたたちに女神ノ涙を集めさせるわけにはいかない』
前回と同じ言葉。
けれど、その声に宿る決意は以前より強い。
ルナも杖を構えた。
『だったら――』
『また、止めるだけよ』
二人の間で、灼けた風が吹き抜ける。
ヴァイオレットの魔力が大きく広がった。
ヴァイオレットが手を振ると、紫色の魔法陣が大地へ浮かんだ。
その光から、魔物たちが現れる。
『引く気は、ないのね』
『もちろんよ!』
ルナは杖を掲げた。
鏡ノ扉の光が開き、英雄たちが召喚される。
黄金の翼を持つ英雄。
黒い帽子を被った術士。
さらにもう一人の英雄が、レッドとルナの前へ並んだ。
ヴァイオレットは一歩も動かない。
代わりに、紫色の魔力が地面を這う。
魔物たちが左右から飛び込んできた。
レッドが正面の一体を剣で受け止める。
鋭い爪が刃を擦り、火花が散った。
もう一体が側面へ回り込む。
黄金の英雄が翼を広げ、突進を押し返す。
その瞬間、ヴァイオレットの宝珠が光った。
黒紫色の衝撃波。
英雄たちの足元へ魔法陣が広がり、一斉に魔力が噴き上がる。
『っ……!』
レッドが歯を食いしばる。
前回より、攻撃が速い。
迷いがない。
ヴァイオレットは本気で女神ノ涙を奪うつもりだ。
『負けないで!』
ルナの刻ノ力が戦場へ広がった。
魔物の動きが一瞬だけ遅れる。
黒帽子の術士がその隙に魔法を放つ。
紫の光が一体を弾き飛ばした。
黄金の英雄も空へ舞い上がる。
だが、ヴァイオレットはすぐに防壁を展開した。
光の一撃が紫色の壁へぶつかる。
激しい閃光。
防壁は揺らいだが、砕けない。
『レッド!』
『うん!』
レッドが地面を蹴る。
英雄たちが魔物の注意を引きつけている間に、ヴァイオレットとの距離を詰める。
剣を振るう。
ヴァイオレットは宝珠から生み出した刃で受け止めた。
二つの力がぶつかる。
一度。
二度。
三度。
レッドが押し込む。
だがヴァイオレットは、表情を変えない。
突然、足元の魔法陣が光った。
『レッド!』
ルナの声。
レッドは咄嗟に後ろへ跳ぶ。
直前までいた場所を、紫の柱が貫いた。
間一髪。
そのままヴァイオレットが追撃する。
ルナは杖を強く握る。
『止まって……!』
刻ノ力。
ヴァイオレットの動きが、ごく僅かに遅れた。
その一瞬に、レッドと英雄たちの攻撃が重なる。
黄金の光。
術士の魔法。
レッドの剣。
ヴァイオレットの防壁へ亀裂が走った。
『……っ……!』
ついに彼女が後退する。
周囲の魔物たちも光へ消えていった。
戦いは終わった。
だが、ルナは杖を下ろさない。
『女神ノ涙は渡さない!
どうしても諦めないなら……っ!』
ヴァイオレットは荒い息を整えながら、ルナを見る。
『……諦めないなら、何かしら?
私を……』
そこで、ルナの言葉が止まった。
本当に倒すのか。
命まで奪うのか。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、迷いが生まれた。
ヴァイオレットは、それを見逃さなかった。
『覚えておくといいわ』
紫色の瞳が、ルナを射抜く。
『一瞬の迷いが……
取り返しのつかない事になるの』
ルナの顔が強張る。
『私は……もう、ためらったりしない』
ヴァイオレットは宝珠を胸へ寄せた。
『……服従なさい。
あなたの代わりに、私が全部終わらせるわ』
『……させないよ』
レッドが、ルナの前へ立った。
『君が何と言おうと……』
剣を握り直す。
『僕はルナを――
ルナの願う未来を守る!』
『……』
ヴァイオレットの瞳が揺れた。
『……あなた……は……』
何かを言いかける。
だが、その言葉は続かなかった。
『……今日はここまでね』
ヴァイオレットの周囲へ、紫色の光が集まる。
『また……
会いましょう』
光が弾けた。
次の瞬間、彼女の姿は消えていた。
『レッド!』
ルナが駆け寄る。
緊張が解けた途端、レッドの膝が僅かに崩れた。
『ごめん……』
苦笑する。
『安心したら、気が抜けて……』
『もう……』
ルナは胸を撫で下ろした。
『びっくりさせないで』
けれど、すぐに表情を曇らせる。
『……ううん、違うわね』
『私が油断してたからいけないの』
『……ごめんなさい』
戦いの最後。
ヴァイオレットを前にして、確かに迷った。
『私は……』
ルナは時計へ手を添える。
『私の使命は、何に変えても女神ノ涙と世界を守る事なのに……』
『ルナ』
レッドはゆっくり立ち上がった。
『君は、ちゃんと使命を果たしてるよ。
落ち込む事なんてない』
そして、優しく続ける。
『迷ってもいいんだ。
君の事も、君の願う未来も――
僕が一緒に守るから』
ルナは驚いたようにレッドを見る。
しばらく何も言えなかった。
やがて、ほんの少しだけ表情が和らぐ。
『……僕はもう大丈夫』
レッドは笑った。
『女神ノ涙も守れたし、刻ノ大地に帰ろう。
使命を果たしに……
行くんでしょ?』
『……ええ!』
ルナは強く頷いた。
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二人が去ったあと。
静かになった魔界へ、再び紫色の光が揺らめいた。
ヴァイオレットが一人、そこに立っている。
彼女は、二人が消えた方角を見つめていた。
『……レッド……』
小さく、その名を呼ぶ。
『刻ノ少女に願われし英雄……』
紫色の瞳が伏せられる。
『あの子は……』
その続きは、誰にも聞かれなかった。
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それぞれの意志で動く者たち。
揺れる少女。
支える少年。
彼らの旅路は、
動き出して間もなく――。
集められた女神ノ涙は、
第三の空白を埋める。
幾多の世界に起こりし異変
其処では絶大なる力が
刻ノ少女と英雄の前に現れる
その力を打ち砕くのは
重ねられし刻ノ力
進む足取りの先に
新たな出会いが待つだろう
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