[2025/4/20 17:23][仮面のヒーロー]
[2025/4/20 17:23][かすみ野国際駅前]
灰まみれの疎らに禿げた頭蓋、うろのような洞穴を晒す眼窩から鬼火の瞳が私を見下ろしていた。
体高三十メートルには及ぼうかという白亜の巨人、コンステルは痩せ細った手足に反して胴体はぶくぶくと肥え太り、小さな頭部は顔の半分を埋め尽くす乱杭歯が並ぶ口に粘ついた笑みを浮かべていた。
日が傾いていた。
オ゛ッ、オ゛ッ、オ゛ッ、オ゛ッ・・・、
握り拳を額に当てた。
「・・・あれから、色んな事があったね」
孝也との束の間の邂逅を経て、再びあの街、夢か現かも定かでない故郷に戻った私は随分と苦労して、私自身が囚われていたアパートの一室に辿り着いた。最初から隠蔽が困難な街中は除外していたけれど、それでも随分と時間がかかってしまった。
そうするべきだって思ったんだ。腐乱や白骨遺体になってるのを覚悟したけれど、ようやく見つけた私は事切れる間際だった。こんな偶然とも思ったが、未来を知る白い男の手配だろう。
私は私自身にオーバーライトしてこの世に舞い戻ってきたのだ。
「コア・ポゼッション」
網膜、視界の裏から生じた光が眉間にかけて抜けてゆき、グローブに包まれた拳の中に今や私のたった一つの命が、セルメタルが生じる。
突き上げた拳の中には光が宿っていた。
光は脈動するようにどんどん強まってゆく。
白亜の巨人は光に動揺した様子で、あの低すぎる声で大気を揺るがせていた。多分、私がこれを持っている事に怒っているのだと思う。
奴らは、コンステルはセルメタルに自我を移した自分達を特別視しているようだから、
しかし、なんてことはない、安っぽい命だ。
「コール!ワンミッション!オーダー!」
空に怒鳴るとともに空へ奔る光の柱、見えなくかるくらい空高く、きっとカーマンラインすらも超えて宇宙へ、
コンステルは唸り、私へ拳を振り上げたが、しかし、その拳が振り下ろされることはなかった。光が収まると同時に空から飛来した何かは巨人の拳へ直撃、鈍い轟音とともにその拳を消し炭に変える。
眼前にそり立つ白銀の円柱、全高およそ二十メートル、巨人の高さに迫るそれは強い白色の火花とともに燃え落ちて、やがて内側から立ち塞がる人影を晒した。
「来い!」
細っそりとした、朱に染まった騎士みたいな人影は命令に呼応して跳躍すると背後に着地、片膝を着いて、神々しいまでに金色の、悪魔みたいな鉤爪を私の前に広げた。
手のひらを踏み台に右腕を駆け上り、嘴みたいに開いた胸部装甲の暗がりに飛び込んだ。
オ゛オオオオオオッ・・・、
咆哮とともに襲いかかる巨人を騎士ががっぷり四つに組んで受け止める。凄まじい衝撃だったが、手元は自動的に電気椅子みたいなコックピットシートへ己の身体を拘束してゆく。
「よし」
球形の内側に一気に光が点った。ガラスみたいに機体を透かして映す展望モニターの中で、醜く顔を歪める白亜の巨人だけが”リアル”だった。
閉じゆくハッチの隙間からコンステルを睨んで嗤った。
「驚いてくれて何よりだよ」
私はヒーローだ。でも、孝也だけのヒーローだ。
正義でも悪でもなく、だからこそ、いくら模しているとはいえ、あの子も好きだったマスクドライダー・ブレイズは名乗れない。
それに、ブレイズはバイクには乗ってもロボットには乗らないから、だから、私はブレイズじゃない。
私はノヴァ、マスクドライダー・ノヴァ、
ここから先は本当のオリジナル、
「・・・燃えろ輝け超新星」
全身に電流が走り視界がきりかわる。自身の肩から直接、金色の鉤爪と朱の右腕が伸びて、巨人を押しとどめていた。
機体の神経へ切り替わったのだ。
「終わりを告げる残光よ」
金色の鉤爪が赤黒い雷を宿しつつ赤熱、巨人の左肩をバターのように溶かして焼き潰した。
ウォッ、オ゛ッオオオオオオ・・・、
痛みに悶えながらたたらを踏んで退がる巨人へ、頼むから、最後まで口上を述べさせてくれよと笑う。
「エンドフレア・マキナ、ここに見参」
赤熱した手刀を脇へ引き絞る。
私はコンステルが浮かべる表情を目にして、マスクの奥で涙を流していた。憐れみや怒りではなく、今さら恐れに震えている訳でもない。
それは一種の”感動”だった。
パトラッシュが死んでもここまで涙は出ない。でも、その醜悪な白面に浮かべる表情もまた、怒りや恐れでもなく、避けられぬ未来の訪れを前にした、言うなれば”虚無”だった。
受け入れきれない絶望を前にした時のそれで、痛いくらい、その気持ちが良くわかった。
だから、涙が出るほど嬉しかった。
「天に座す、星屑の輝きを見よ」
震える唇で最後まで言って、赤熱した鉤爪を心臓に放った。
※※※
[2025/4/21 12:29][茨城県南西部][かすみの国際総合高等学校][職員室]
冗談じゃないですわ、
「そう、冗談じゃないぞ?白石、お前、今年は留年できないんだからな?」
分かってるのか?睨め上げる安藤に「はあ、まあ」などと答える。適当な相槌を打つ私に安藤教諭は困惑した様子だった。
「・・・おいおい」
安藤は心配そうに視線を私に向け、言った。
「本当に大丈夫なんだろうな?お前、いつもの調子はどうしたよ」
・・・・・・・・・、
・・・いつもの?
・・・ああ、そうだった。
ギュイーンと腰のプロペラが回って全身にお嬢様が行き渡ってゆく感覚、私が、私こそが桂花院、咲良子、乙女道を極めしお嬢様にして、陰に潜み陰を狩るマスクドライダー、
「白石?」
思い出せ、思い出せ、
・・・・・おほほ、
おほ、おほほほ、
氷雨色の縦ロールを指先でたなびかせ、白サテンのショートグローブに包まれた指先を左右に振った。
「せんせ、忘れてますわよ?桂花院、桂花院咲良子とお呼び下さいまし」
ちっ、ちっ、メトロノームみたいに揺らした指先にリズムをつけると安藤は呆れた遠い、それでいて少しホッとしたような目で言った。
「とにかく、俺にだって出来る事と出来ない事がある。単位足りない生徒を卒業させる事は俺にも出来ない」
分かったか?分かったならさっさと行け、手をしつしっと振る安藤へ、少し迷いながら「ごめんあそばせ」と縦ロールをたなびかせて踵を返した。
良い先生なのだろうな、少なくとも生徒というだけで赤の他人の自分を匿って、看病してくれた。少しは下心とかあるかなと思ったけれど、そんな気配はちっともなかった。
まあ、仮にそうだとしても文句は言えないくらい世話にはなった。
別れた奥さんとの間に娘さんが居るらしい。
彼には全部話している。
教室に戻ると帰り支度をしていた四ノ宮が駆けてくる。
「だ、大丈夫だった!?」
「へ?」
「急に呼ばれたから、この前のこと」
しばらく、随分と考えて「ああ」と思い出す。そう言えば少し前に四ノ宮に絡んでいた男子生徒をぶん殴って停学をくらいかけた事を思い出す。
「あれはとっくに片が付いてますわ」
「よ、良かった」
「古文の宿題の未提出、回り回って安藤先生のとこに行ったようですわ」
「不味いじゃん!」
胸を撫で下ろしたと思ったら、今度はワタワタと慌て始める。
「古典の葉糸先生、めっちゃ厳しいよ」
「今週末まで待って頂ける事になりましたわ」
「へ、へえ、珍しい・・・・・でも、大丈夫?結構量あったけど・・・」
「未着手ですわ」
「不味いじゃん!」
本日、二度目の不味いじゃん、頂きました。
「・・・平安時代の恋愛至上主義のメンヘラ女の戯言なんて、私、生理的に無理で」
「でも宿題ならやらなきゃ、手伝うよ?」
本当に、本当に迷って、
「なら、ご好意に甘えようかしら」
と言った。
「でも、どこでやろうか、私んち、お兄ちゃん達が煩くてあんま向かない感じだし・・・」
兄弟か、囚われかけた何かを振り払うように言った。
「・・・なら、私の家、来る?」
かつて家族と住んでいた一軒家、貸していた家族が転勤とかで出て行ったばかりだった。それまでずっと安藤の家に居候していたから、
ああ、そうか、
そう言えば、一人暮らしは初めてだった。
「・・・今日、親居ないから」
「な、なんか、エッチだね」
「え・・・あ・・・」
親どころか家族すら居ないのだが、それを言ったら気を遣わせるかなと余計な一言を付け加えてしまった。
どうしよう、死ぬほど恥ずかしい、
「・・・桂花院さん、かわいい」
「う・・・」
誤魔化すように「お泊まりも可ですわ」と華麗に踵を返しかけて、あっと思い出す。
「そ、掃除機だけ、かけさせて貰ってもよろしいかしら?」
「そりゃもちろん、私も着替えとか取りに行かないとだし」
家には何かと物騒な代物を放ったらかしにしたままだった。
最寄りのスーパーで落ち合うことにして、じゃあと別れて帰路に着いた。パニエの内側で震える携帯、取ると『ごきげんよう、お嬢様』と軽い調子の男の声が響いた。
『送って行こうか?』
すぐ隣に黒いセダンが徐行して並走する。開いた窓から手招き、
「急いでるんだろう?」
私の胸元にはブローチに見せかけた通信機とGPSが内蔵されている。二十四時間、三交代制で監視させていて、前に取った不覚に備えていた。
セダンの後部座席に乗り込むと、緩やかな加速を見せつつ進む車の中でボソリと「で?」と何かを急かす。
「態々迎えに来たって事はパトロンのおじ様方から何かあった?」
「・・・あんたの切り札、ありゃ流石に不味かったな」
静止衛星軌道上に一時的に生成した転送ゲートを介しての物質投下、あの機体も含めて、その気になれば単独で国家転覆すらも狙える力だが、身内にあらわれて、ようやく実感が湧いたか?
そもそも存外、そんな連中で世の中は溢れている訳だが、
「上の連中はすぐにでもあんたを拘束するつもりだぞ」
「はあ、拘束・・・何を考えるのかしら」
「さあな、俺だってお役人のお偉いさんの考えなんてわからんよ」
理由を考えて、すぐに答えに行き着いた。私は彼らにとって精々、出資先の一つの小間使いに過ぎない。しかし、力を見せたことでパワーバランスが崩れることを怖がっているのだろう。
この期に及んで、本当にしょうもないことを気にする。一気にまともに相手をする気が失せた。
「一つ、確認しておいて欲しいのだけれど」
「何だ」
「お歴々は私と戦争をしたいのかしら」
「ッ・・・」
二年前、私が地獄の底から舞い戻ってきたあの日、既にスプリガンは組織としては壊滅状態だった。だから私は、二年前から、一人っきりで戦いを始めたのだ。
「私はそれでも構わないのだけれど」
一人だったのだ。一人になったとしても、また一から始めるだけ。
コンステルを討ち滅ぼす道程で、誰がどこで死のうが構わない。でも、邪魔をすることだけは何人たりとも許さない。
「確かめといていただけるかしら?」
「・・・ああ、だから、あんたも早まった真似は」
「それは、あなたの”元”上司の方々に伝えていただきたいわね」
「必ず、伝える」
特に意味なく意味深な微笑みを浮かべると男は肩を強張らせた。
セダンが停まる。ああ、麗しの我が家、まだ帰ってきたって感覚にはなれないけれど、車を降りながらこんな時になんて言えば良いのかなと悩んだ。
ありがとうという雰囲気でもなかった。
「おい、短期はくれぐれも・・・」
「分かってる、分かってるから」
適当に後ろ手に締めて、パニエの内ポケットに手を突っ込んで家の鍵を探す。
ブーと折り畳みの携帯がメールの着信を告げる。
四ノ宮からだった。
『十八時頃になるかも!』
「はいはい、了解っと」
送信したところで再び着信、
『本当に泊まっても大丈夫?』
ふっ、と少し笑いながら『よろしくてよ』と返す。
玄関を開けて「ああ、しまった」と思わず素に返った。廊下を狭くするダンボールたち、他の部屋も、流石に人を呼べる家ではない。一通りを両親の寝室だった部屋に押し込み終えた頃には汗だくになっていた。
約束の時間まで、あと、三十分ほど。
「・・・シャワー浴びるか」
バスルームに入るとベリーショートの目つきの悪い女が全裸で私を睨み返してきた。
「うわ、えっぐ・・・」
腕も脚も太いワイヤーを撚り合わせたようで、割れた腹筋から乳房にかけて少しずつ脂肪の厚みを増してゆくが、鎖骨に辿り着く頃には普段はドレスで隠している三角筋と僧帽筋が存在を主張し始めていた。
全身を覆う傷跡の数々も相まって、お嬢様というよりもアマゾネスのようだった。
レバーを捻るとシャワーヘッドから冷たい水が出て頭から被った。
ああ、また間違えた。
水滴の跳ねる鏡に手をあてた。指先から伝わる熱が少しずつ鏡を曇らせる。
シャワーの温度が上がり始めた。指先を口角にあてて、曇りゆく鏡に”笑顔”を向ける。
「お姉ちゃん、頑張るからね」
それだけ言って、軽くえずいた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
咲良子の物語を最後まで見届けてもらえて嬉しいです。




