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その女、お嬢様にして仮面のヒーロー 〜弟を奪われた少女は、お嬢様の仮面で怪物を殴る〜  作者: H.B.Archives


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14/14

第14話 [2020:11:12 11-05][四年前2]

[2020/11/12 11:05]


 人は必ず死ぬ。そして、死は突然やってくる。


 僧侶の唱える念仏を聞きながら、摘んだ香を焼香台に落とす。手を合わせた先に飾られた遺影には和やかに笑う若い男の姿、元は集合写真なのだろう。

 

 少し画像が粗かった。


 頭を下げた遺族には目を合わせられなかった。


 転落事故で亡くなった孝也の担任の通夜を終えた私は孝也を先に帰らせて、葬儀場近くの古びたカフェでコーヒーを飲んでいた。


 ブレンド一杯七百円、代官山とか表参道にありそうな値段設定のそれをちびりちびりと舐めながら、伽藍堂の店内で入り口の鐘が鳴るのをひたすら待った。


 やがて待ち人が来た。


「悪い悪い、ちょっと道が混んでてよ」


 久我だった。


 キャンプにでも行ってきたかのような装いだった。


「すごい荷物ですね」

「この格好だと、あっちこっち行っても怪しまれないんだよ」


 子供一人分はありそうなリュックを床に転がした。


「それで?話ってのは?」

「・・・それよりも、その、相談した件、どうでした?」

「・・・・・ああ」


 スマートフォンの画像を見せてくる。書類を直接写したものだった。高木賢治。十一歳。脳挫傷。頭蓋内損傷。頭部外傷。


 亡くなったとされていた孝也の同級生、その死体検案書だった。


「ピンピンしてんだろ?」

「ええ」

「脳挫傷レベルの怪我が気のせいだったなんてあり得ないだろ」


 一度は亡くなったとされる高木少年だったが、奇跡的に息を吹き返したらしい。事故から二週間経ち退院した高木少年は、今では元気に学校に通ってすらいた。


 奇跡が起きたんだと家族や学校関係者は随分と湧いていた。孝也も仲が良かったみたいだから嬉しそうだった。


 でも、死んだ人間は生き返らない。


 もしそうだとしたら、それは人間ではない。


 私は、散々無視していた久我の電話を取った。


「どう、思います?」

「黒だろ。そっちこそどうするつもりだ?」


 少し突き放したような温度を感じた。


「・・・どうしたら、良いですかね」


 無理もない。散々非協力的な態度を貫いてきたのだ。


「・・・別に、怒ってる訳じゃねえよ。それで?用って何だ?」


 いよいよ身近なところまで迫って来た外星人の魔の手を考えれば、いつかはと考えていたが、この街からの脱出もあまり猶予がないのかも知れない。


 どうにか、久我たちの手を借りる事はできないだろうか?


 その事を話すと久我は渋い顔をして腕を組んだ。


「・・・お前、爺さん婆さんとかは」

「父の方は天涯孤独ですし、母の方も、頼れそうな人は近場で」


 何の解決にもならなかった。


「そんな簡単な話じゃないぞ、これは」

「久我さんのところで雇ってもらう事はできませんか?」

「三流出版社のうちに・・・」


 私は、たぶん、誤魔化しを許さない目をしていたのだろう。


「・・・未成年だろ、お前」

「情報込みでも、ですか?」

「思考エレベーターか、そっちは、どうにかなりそうでもあるんだよな」


 売り時を間違ったか、


「どうにか、なりませんかね」

「・・・多少の礼金出したり、どこかしら紹介するのが精々だと思う」

「それで構いませんから、お願いします」

「あんま期待しないでくれよ、俺の方でもあたってみるけど」


 何にも頼んでないのに千円札を置いて立ち上がる久我に頭を下げる。やがて、入り口のドアの鐘を鳴らして出てゆく彼の後ろ姿を見送りながら奥歯を噛み締めた。


 ヒーローが窮地の時に助けがあらわれるのは、それはヒーローにその価値があるからだ。


 助けて来た命の数、討ち取ってきた敵の数、そしてこれからの期待の全てが価値となって、その喪失という受け入れ難い損失の補填を周囲に強いるんだ。


 私は、無価値だった。


※※※

[2020/12/12 19:27]


 それは子供という名の牢獄だった。


 街灯が照らす間の闇を走る。一定のリズムで吐く息、流れる汗が初冬の寒空に揮発する。住宅街から街へ、夜のランニングというには少し長く、遠いルート。


 いくら治安が良いとされる地方都市だって、女の一人歩きは危険かない訳ではなかった。


 補導だってされかかった事がある。


 でも、私はむしろ危険を探していた。


 繁華街の傍を抜けて再び住宅街へ、弟の小学校がある方を目指す。私は走りながら目を皿にして危険を探していた。


 どんな危険を?


 決まっている。


 宇宙人だ。


 ふと、立ち止まる。頭上から照らす街灯の光、その傘から一歩踏み出して暗がりに耳を澄ませた。どくどくと脳の血管を走る血流の音がおさまってゆき、入れ替わるように遠くから車道を走る車の音が聞こえた。


 私は、救われる価値のない無価値な存在、でも、だからこそ、その存在価値を示せば久我達も考えを改めるかも知れない。


 シグやステアー達が無事だったら、彼らの手を借りられたかも知れない。でも、今困っているのは、多分、私が彼らを助けられなかったからかも知れない。


 それができたかは関係ない。


 結果が全てだ。


 悲鳴が聞こえた。


「ッ・・・来た!」


 待ち望んでいた悲鳴だった。


 息が苦しくなるくらい息を吐きながら駆けた。ちかちかと白む視界の中で自然と笑みを浮かべた。


 たぶん、人には見せられない笑みだった。


 空気が変わったのを感じた。温かい、というよりも、空気の流れが澱んで風を感じない、そんな雰囲気、


 何処だ・・・何処だ・・・、


「助けて、助けて!」


 助けを呼ぶ声がした。


「ここだ!私はここに居るぞ!」


 天に向かって怒鳴った。


「ッ・・・助けて!」


 裏返った男の声、塀に覆われた角を曲がると街灯の光を返す鋭い何か、ナイフか・・・、


「たすっ、ひぃ」


 男が脇を通り抜けた。


 ・・・通り魔か、


 通り魔かよ!


 どす黒い憤怒で視界が白む。衝動と駆けた勢いのままに後ろ回し蹴りで襲いかかる人影の正中線を射抜いた。


 重さを予期して振り抜いた足だったが、しかし、軽い、ぶよりとした水風船みたいな感触を残して吹っ飛んでゆく。


「逃げろ!ここは私が!」


 男の姿はなかった。


「・・・良いんだけどさ」


 でも、そうやって逃げてばかりいると、いつか誰も助けてくれなくなるんだ。


 私みたいに。


 ざまあ見ろ。


 どこかもどかしく立ち上がる通り魔はフードを被って着膨れしてるように見えた。フードの奥の覗く二つの目玉がギョロリと私を睨む。


 カチ、カチカチカチカチ・・・、


 何の音だろう、魚の鱗みたいな青銀が覆う顔面の半分を占める大口には針みたいな牙が並んで、カスタネットみたいに上下に打ち鳴らされていた。


 ナイフだと思っていた袖口から覗く鋭い何かは、あれは鰭か、


 文句なしのクリーチャー、私は当たりを引いた。


 カッカッカッ・・・、牙を打ち鳴らして威嚇する魚怪人に、気づけば私はつうと涙を流していた。


 恐怖ではなかった。本当に追い詰められた人間は絶望も恐怖も感じる事はできない。そして、私は追い詰められている。

 

 早急にこの街からの脱出手段を講じなければならない。その端緒が、今、目の前に、


「神様、ありがとう」


 魚怪人が四つん這いになって、ゆっくりアスファルトに寝転がる。


 何を、


 しかし、答えはすぐに示して見せた。びちり、びちりと跳ねて、何度目かにふわりと宙に浮いて泳ぎ始める。


 息を吸い込んで、叫ぼうと思った。


 悲鳴ではない。雄叫びを、しかし、


「ッ・・・」


 宙にうねる魚怪人の姿が急拡大、咄嗟にガードを上げる。鋭い風のような気配が通り過ぎて、振り返ると鰭を鎌のように掲げた魚怪人が宙に揺蕩っていた。


 鎌の刃先に僅かに血が滴っていた。


「・・・」


 左の前腕にひりつくような痛みを感じた。袖が切れて滴った血が中を濡らしていた。頸動脈を狙ったか、ガードを上げなければ命を取られていた。


 しかし、浅い。何より軽い。


 鋭さはあるが、体重の軽さもあって刃を押し切れていないんだ。宙に浮いてるせいもあるだろう。


 これなら、


「来い!相手になってやる!」


 鎌鼬のように襲いかかる魚怪人をガードして受けて強引に掴み取ろうとする。しかし、素早くあと一本のところで捕まえ損ねてしまう。


 あっという間に全身を切り刻まれてしまう。腹に受けた時はヒヤッとしたが、腹筋を切り破るには至らなかった。


 鍛えていてよかった。それに、目が慣れてきた。


 来い・・・来い!


 しかし、澱んでいたはずの風が一息吹きすさぶと、魚怪人は宙に浮かんでキョロキョロ辺りを見渡すと、すぅっと高度を上げてその場を離れようとする。


 くそ、


 逃げるなっ、くそっ!


「逃げるな!逃げるな、卑怯者!逃げるな!!」


 寒さと痛みと失血に薄れる意識の中で、ひらひらと空を回遊し離れゆく魚怪人を追いかけた。


※※※

[2020/12/24 21:32]


 退院自体は三日でできた。


 しかし、それ以上に警察の聴取が長引いた。全身の裂傷、失血による意識不明で病院に運び込まれば当たり前に事件性有りだろう。


 孝也が見舞いに来てくれた。生意気な弟が泣きべそかいていて、キスして揶揄ってやろうとしたら全身の痛みに悶絶する羽目になった。


 半日だけでもICUに居たにしては脅威的な回復速度、と言いたいところだが、実のところは医者に土下座したからだ。退院させてくれと、精神が不安定な母、そしてたった一人で向かい合ねばならない弟の存在、気づけば私の方こそ泣きべそをかいていた。


 母は迎えに来れないから、担任の安藤に迎えに来て貰った。何か言われるかなと思ったけど、でも、恐る恐るかけた電話でも彼は淡々と、でも気遣わしげに、


 だから、おっさんなのに女子高生にモテるんだろうな、


 軽く震えたスマートフォンにLINEのメッセージが入る。


『大晦日はこっち来る?』


 祖母の家に居る弟からだった。病気がちで入退院を繰り返しているから、その見守りという名目で、実態は気の触れた母と一緒に居るよりはというのと、それと、


「そのつもり、っと」


 夕暮れが照らす住宅街の道路で、白い息を撒き散らしながら画面をタップした。外していた、防寒というには少し無理のあるグローブをはめ直して、また、走り始める。


 身体が重かった。怪我のせいでろくに身体を追い込めていなかったから、でも、そのせいだけじゃない。


 物理的に重いんだ。ぶかぶかのウインドブレーカーの下にはバイク用のアーマーシャツにネットから買い集めたプロテクターを纏っていて小山のようになっていた。


 音をたてないように上下の動きを減らして、それでも速度を緩めずに一定の速度を駆けてゆく。繁華街を折り返して孝也の学校、いつものルートへ、


 前回は危うく死にかけたが、それでも手応えは感じていた。感じたのは準備の不足、あと一歩、強く前に踏み出せたら、と。覚悟とかではない。


 武装するべきだったんだ。


「おい」


 背中から声をかけられて脚を撓めた。腰を沈め、百八十度切り返しながらタックルの姿勢をつくる。


 どんな相手が来ても全力で仕掛けに行けるように、そのためのプロテクターだ。


「待て、待て、俺だ」


 久我だった。


「・・・何やってんだよ、お前」

「何って、パトロールですよ、パトロール」

「そんな不審者丸出しの格好でか?」

「銃刀法は犯してませんよ」


 大抵の武器は使い手に熟達を要する。身近なものでは逮捕されるリスクを犯す割には決定力に欠ける。剣道部のフリして木刀を持ち歩くことも考えたが、試しに振って叩いてみたが、なかなか難しかった。


 何より、一番使い慣れた私の武器は手と足だ。


「・・・何となく、やりたい事はわかるがな」

「なら仲間に入れて下さいよ。実戦経験だってあるし、命かける覚悟だってある」

「そんな奴、いくらだって・・・」

「いや、そんな事はないはずです」


 気を失う間際に感じた、自身の命に手がかかっている感覚、あれは気合いとか根性とか、まして訓練でどうにかなるものではないはずだ。あれを一度経てしまったら、きっと元には戻れない。


 たぶん、ダメになってしまう人も多いはずだ。


「・・・自信満々だな」


 そう返す久我に、何となく彼はその経験はないのだろうな、と思った。そして、ふと、ああ、だから”ブルースカッド”だったのか、と、シグとステアー達があんな馬鹿みたいな格好で、挙げ句の果てに歌うなんて、でも、不思議と、本当に不思議と、ああしていると力が湧いてくるんだ。


 久我は俯いて「これは独り言だが」と、ちっとも独り言じゃない調子で言った。


「例の小学校、近々やるつもりだ」

「やる?」

「ああ、最近できたうちの突入部隊がな、人質救出を想定した実戦という体の訓練ってのが上の腹だと思う」


 なるほど、それは朗報だが、


「頼むから余計なことしてくれるなよ?巻き込まれたくなかったら、年明け数日は弟は登校させるな」

「お手伝いしましょうか?」

「・・・だから、余計なことはするなって言っただろ」


 巻き込まれても知らねえぞ、そう言って背を向け去ってゆく久我の背にぽつりと呟いた。


「もう、今さら遅いですよ」

読んでいただきありがとうございます。

次回は5/7(木)21時更新予定です。

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