第1話 [2025/4/18 12:18][その女、お嬢様にして]
はじめまして。初回は第3話まで公開します。
変なお嬢様が出てきますが、見た目よりだいぶ重めの変身ヒロインものです。
よろしくお願いします。
[2025/4/18 12:18][茨城県南西部][かすみの国際総合高等学校][職員室]
冗談じゃないですわ、
しんと静まり返っていた。カーテンの隙間から差し込む光に埃が漂っていた。ぼんやりと、ふっと息を吹きかけたら何もかも掻き乱してしまえないかと夢想する。
「何が、冗談じゃないって?」
年嵩の男がポカンと私を見上げた。スチールデスクに置いた腕、見るからに安物の、少し古びた腕時計がカチリと鳴った。
いけない、いけない、思っていた言葉がどうやら口から出ていたようだ。
ああ、因みにワタシの方の私ではなく、私はワタクシである事、そこの所、忘れないように。
「全てが、何もかも全てがですわ、鹿目先生」
「・・・まず、俺は鹿目じゃないし、そもそも先に手を出したのはお前って話じゃないか、白石」
氷雨色の縦ロールを指先でたなびかせ、白サテンのショートグローブに包まれた指先を左右に振った。
「せんせ、忘れてますわよ?桂花院、桂花院咲良子とお呼び下さいまし」
ちっ、ちっ、メトロノームみたいに揺らした指先にリズムをつけると『鹿目』先生のこめかみに青筋が浮かぶ。
「・・・いくら友達が絡まれてたからって、暴力沙汰は擁護できんぞ」
「暴力だなんてイヤですわ、ちょっと指先でコツンですのよ?」
「指先コツンで肋骨が折れるか!」
「おほほほほ」
パニエの内ポケットから羽扇を広げた。
口元を覆い、笑う。
おほほほほ、
「せんせ、ご存知なくて?真のお嬢様を極めし乙女は指先で林檎も粉々にするそうですのよ?」
それに比べれば私、全然大した事ないわ。
だって私、拳を使わねば同じ事ができませんもの。
※※※
私、桂花院咲良子の道を阻む者なし。
リノリウムの廊下にヒールを打ち鳴らして歩けばセーラーを着た乙女が、部活のジャージを着た男子がモーゼの如く道を空けますの。
三年B組の教室に戻って来た私は自席の机に引っ掛けていたリボンのクラッチを肩にさげたところで声をかけられた。
「白石、あ、桂花院、さん」
小柄な眼鏡の、可愛らしい文学少女がおずおずといった様子で、私は毎朝鏡の前で練習しているアルカイックなスマイルでそれに応える。
「あら、四ノ宮さん、お怪我はなくて?」
「う、うん、大丈夫だけど、先生はなんて?」
「う〜ん、どうにも停学の方向で話がつきそうですわ」
まったく、イヤですわ。多勢に無勢はこちらの方だったと言うのに。でも四ノ宮さんにちょっかいかけてた不良もどきの肋骨を折って全員に土下座させたのは流石にやり過ぎだったかしら。
でも与し易いと囲んで意のままになんて、男子の風上にも置けませんわ。
それを捨て置くのも真のお嬢様を志す者として・・・、
いや、それはもう一つの方か、
「そんな」
「仕方ありませんわ。先生方にも都合ってものがございますものね」
「わ、私のせいで」
「気に病む事はないわ。私が好きでやった事だもの」
曇りが晴れない四ノ宮にかけるべき言葉を思案し、思いついたどれも私『桂花院咲良子』には相応しくないように思えて、だから結局、いつも通り微笑んで誤魔化す事くらいしか出来なかった。
「という訳で私、皆さんより一足早くゴールデンウィークを頂きますの。セバスチャン、セバスチャン!」
手をパンパンと叩くとクラスの男子生徒達が顔を見合わせて「今日のセバスチャン当番って誰だっけ」などと相談ぶっていた。そのうち一人が小走りに駆けてきた。
「はいはい、暫定セバスチャンは俺って事で」
「午後は早退しますの。先生方にはよしなに頼みますわよ」
「ほいほい」
「では皆さん、ご機嫌よう」
練習した角度、練習したタイミング、もはや一つ一つを意識すらする事もなく、完璧な動きでスカートのドレープを靡かせて教室を後にした。
下駄箱で外履きのヒールに履き替えて、まだ日の高い校庭を横切って校門を出た。道を挟んで向かい側、バス停でまだしばらく先の次の便を待ちながらガードレールの向こう、なだらかな坂がどこまでも続く山間の先を見下ろした。
田畑から疎らに建つ家屋、マンション、徐々に焦点を遠くするにつれて道路の車線は増え、建物も高くなってゆく。高層のビルが目立つ辺りの向こうに新幹線の高架が架けられていて、折よくレールの音を響かせ過ぎ去って行く。
地方都市と呼ばれる中ではありふれた光景だった。
私が本格的にお嬢様をやり始めたのは五年くらい前からだった。ディズニーのプリンセスに憧れていて、誕生日に両親に連れてってもらったランドでプリンセスの格好をして記念写真を撮った。
『うわ、似合ってねえ』
口さがない弟の台詞が今でも脳裏にこびりついている。お前だって・・・いやいや、貴方だって仮面を被ったライダーなんちゃらの、不恰好なベルトを巻いてご満悦だったじゃない。私にだけ水をさすなんて、あんまりじゃないかしら?
でも、それがありふれた姉弟喧嘩に発展せずだったのは、ドレス姿でご満悦の私は、当時の私から見ても確かに似合っていなかった。何せ当時は小太りぷくぷく、精一杯のお洒落のつもりでやったツインテールも、何というか道化でしかなかった。
その日から私のお嬢様道が始まったのだ。
バスがやって来る。定期のICをタッチして座る。運転手も慣れたもので、ちょっとちらっと見て、私以外誰も居ない車内に向かって『発車します』と少し歪ませた声で告げた。
ダイエットはもちろん必要だった。しかし、同時に貧相な身体がドレスに似合わないのも理解はしていた。何せ私は生粋のプリンセスオタ、王子様が迎えに来るプリンセスはどんなに華奢に見えても女性らしい美しい曲線に満ちていて、それはありふれた東洋人に過ぎない私が漫然と肉を削っただけで手に入るものではなかったのだ。
だから限界まで身体を鍛えた。
大胸筋から臀部、脹脛から爪先に至るまで、心血注いだ曲線美を形作るのに薄皮一枚の贅肉も含まれてはいない。腹筋なんて括れを作る為に鍛え過ぎて、コルセットを挟まねば腹筋が浮き出てしまう。
そもそも、コルセットで括れを作れば良かったのだと、後になってから気づいた。
停車ボタンを押した。『降ります』と女の電子音声が響く。
パンがないなら、お菓子を食べれば良いじゃないって昔、本物のプリンセスが言ったらしい。でも、私にお菓子は要らない。パンすらも要らない。鶏むねとプロテイン、水があれば事足りる。
あとそれから、ブロッコリーも。
バスを降りると、ロータリーはどことなく騒然としていた。地方都市でそれなりの昼間人口を誇るとは言え、真っ昼間とあっては人も少ない、筈だった。
火事場、に近い雰囲気、しかし焦げ臭い感じでもない。
しかし、どことなく物騒な気配が漂っていた。
「お母さん!」
人だかり「ごめん遊ばせ」と掻き分けて、少し乱暴に退かされた男が不機嫌そうに振り返るも、突如としてあらわれた氷雨色の縦ロールに「うおっ」と逆に悲鳴じみた驚きの声を上げてしまう。
失礼な。こちとら、伊達や酔狂でお嬢様をやってるんじゃない・・・やってるんじゃ、なくてよ。
「近づくんじゃねえ!退け!退け!」
女の首に腕をかけた男がナイフを振り回していた。見窄らしい、追い詰められた生活ぶりが見てとれる見窄らしさだった。
「殺す、殺してやる!殺してやるぞ!」
「お母さん!」
小さな男の子、多分、五歳くらいだろうか。腰にプラスチックのおもちゃのベルトを巻いていて、見ればすぐ近くのベンチに包装を解かれたばかりの紙袋と化粧箱、特別な日の特別な買い物、こんな地方都市じゃなくてもありふれた、幸福さが透けて見える光景、そんなところだろう。
男の子が駆け出した。捕まっていた母親は恐怖に怯えながらも無謀な吶喊を始めた子供に恐慌に等しい顔の歪め方をする。
それはそうだろう。少年よ、気合いや根性じゃ現実は変わらんぞ?
・・・いや、変わらなくてよ?
私は手を伸ばして少年の襟首を持ち上げた。うわあああ、遮二無二に手足を振り回しながら壊れたチョロQみたいにから回る少年の、玩具のベルトのレバーを引いた。
『サイクロン、ジョーカー!!』
「現実を変えるのは心意気ではなくってよ?」
目を見開いて、充血した瞳で私を見ていた。
「何だテメェ!!」
震える切先を私に向ける男。やれやれ、なら何が変えてくれるんだと、辛い現実、苛む悪夢の何もかも、一体何が振り払ってくれんだと何故誰も聞かない?いつだって私はそんな問いにシンプルで誰も反論できない返しを用意してるというのに。
握った拳がみしりとショートグローブの生地を裂いて緩くする。
「て、テメェ、殺す、この女、殺すぞ!」
一瞬の隙をついて母親が男の手から逃れた。背を切りつけるが、浅い。最初から潰えていた命の綱を逃すまいと追いかける。
私はそれに向かって一歩、前に出た。
何が助けてくれるかって?
そんなもの、最初から握り拳に決まってますわ。
男の顔面を真正面から捉えた拳を振り抜いて、吹き飛んだ男に緩くなった白手袋を放った。
母親に抱かれながらポカンと私を見上げる少年に言った。
「好きになるなら龍騎までになさい。それより先はライダーとは言えません事よ」
続きは本日21時更新です。




