アーブルで向かった先
フェリクスの乗る馬は時々休憩しながらの速歩で一定の速度を保ったまま淡々と川沿いの街道を南下し、数刻後にようやくアーブルの外れまで辿り着いた。
以前、アプレイスに運んで貰った時にはアッと言う間だったのに、速歩とは言え馬の速度に合わせるとこんなに遅いのか・・・
なんて言うか、いつも当たり前に運んで貰ってるアプレイスに改めて感謝だ。
いまフェリクスが差し掛かりつつあるのは、大きな街道の交差点だ。
ルリオン市街とアーブルを結ぶ川沿いの街道と、海岸に沿って平野を東西に横切る街道との交差点はアーブルの街よりも手前にある。
さて、ここから更に南下して市街地に入るか、それとも左右どちらかに折れて別の目的地へ進むのか・・・?
「おっとライノ、フェリクスが街道を曲がって川を渡るぞ!」
「ってコトは市街に入らないつもりか...」
「みたいだな」
「どっかで転移門を使うんじゃ無くて、このまま馬でエルスカインの拠点まで行ってくれたら楽なんだけどね」
「まあな。シンシア殿やパルレア殿はどうする?」
「フェリクスの行き先に目処が着いたら、俺がその近くに転移門を開いて呼び寄せればいいさ」
「姉上は?」
「大規模な戦闘になるなら来て欲しいんだけど、あっちで王宮の防衛を任せたい気もする」
「確かにな...あれれ? おいライノ、フェリクスのヤツ、橋を渡り終わったらまた対岸を川沿いに進み始めたぞ? 結局は街に入るのかよ!」
「なんでわざわざ橋を渡ったんだろうな...」
「こっちの川岸のどん詰まりって、俺たちが最初に降り立った練兵場だよな。そこに目当てがあるのか?」
「かもな...それか、街の中心部を通りたくなかったのかもしれない」
「なんでだ?」
「さっきアプレイスも言ってただろ。街中で馬を走らせてると衛士に見咎められるかもって? 速度を落とせばいいけど、夜中に市街地で騎乗してるヤツは目立つだろうからな」
「手配書が回ってる訳じゃねえけど、もしも見咎められたら身分を示すのが面倒ってことか?」
「もっとも貴族の服を着てるから、そこらの衛士が難癖付けてくることは無いだろうけど、万が一って事もあるしなあ...」
「ま、追ってれば分かるさ」
フェリクスは一定の速度を保ったまま川岸を走り続け、とうとう河口間際の練兵場まで来たが、そこに入る訳でも無く海岸通りを進み始める。
「うーん、何処に行くんだ? 遠くに行くなら手前の街道を進んでただろうから、街のどこかに目的地があるはずだろ?」
「桟橋とは逆だし、このまま行くと...あっ!」
「何だライノ?」
「ひょっとしてドックのアヴァンテュリエ号か!?」
「おぉぅ...ありうるな」
「エルスカインの配下に雇われた奴がアヴァンテュリエ号に破壊工作を仕掛けてたし、あそこには転移門を仕込んだ丸テーブルもある。そこを狙っていても不思議じゃ無いな!」
「でもよライノ、アヴァンテュリエ号にはパルレア殿が結界を張ったからフェリクスは入れねえだろ?」
「フェリクスは結界のことを知らないんじゃないか? 実質的にエルスカイン側に伝わってることは、細工を施してた下手人が捕まったってコトだけだろ」
「なら、ドックまで行っても中に入れなくて終わりだな?」
「ともかく、ドックに入ろうとするかどうかだけは見届けよう。その先は奴の行動次第で出たとこ勝負だ」
「もしフェリクスがアヴァンテュリエ号に行くとしたら、その丸テーブルに仕込んだ転移門が使いたいからだろ。で、使えないとなったら他にアテはあるのかって話だよな?」
「まさか王宮には戻らないと思うけどね」
「自室の丸テーブルに仕込んであるって転移門か?」
「アレはシンシアの中継装置が起動して向こう側を潰したから、もう使えないよ。それにフェリクスの口ぶりだと、王宮の丸テーブルからは魔獣を呼び出すつもりだったみたいだけど、その拠点はホムンクルスを造ってる場所とは違うように思えたからね」
「向かうとすれば、ホムンクルス工房の方だろうぜ」
「でも、そこが凄く遠い場所...馬で何日も掛かるような場所なら諦める可能性もあるか...」
「そりゃあライノ、さっきアイツは『死んで戻った方が手っ取り早かったかも』なんて言ってたぐらいだからな?」
「ああ。でもフェリクスのホムンクルスの身体が消えると、シンシアの埋め込んだ探知魔法も消えて追跡できなくなる。そうなるとココまでの準備や努力が全部パァだよ」
「仕方ないさライノ。そん時は拠点を探る別の方法をイチから考え直そうぜ? どのみちマディアルグ王とエルスカインが『獅子の咆哮』を諦めることは無いんだから、待ってりゃ必ず向こうからやって来る」
「せっかく攻勢に出れるチャンスだったんだけどなぁ...」
「なあライノ、アイツがアヴァンテュリエ号に入れないとしたら、理由は結界だけか?」
「いや、ペルラン隊長の騎士団もいるから結界なしでも厳しいな。それでも、なんとか忍び込む方法はあるかも知れないけど」
「アイツは、アヴァンテュリエ号を勇者が徴用するって建前で警護隊が任命されてることも知らないんだよな?」
「だよなあ...」
「だったら、モロに突っ込んでくるんじゃねえか?」
「フェリクスが警護隊に捕まったりしたら、超面倒だ...今度は地下牢って訳には行かないし、騎士に被害者を出したくないよ」
「それより自害するかもな」
「数刻、馬を走らせれば目的地に着くって考えてたから長旅の準備もしてないし、いまからブリュエット邸に戻って路銀を調達して...なんて考えるよりは、アッサリ死んで戻る方を取りそうだ」
「凄い発想だぜ」
「戻るってもなぁ...本当に...」
そこまで言いかけた時に、不意にアプレイスが急加速した。
思わず舌を噛みそうになる勢いだ。
「どうしたアプレイス?!」
「なら俺がフェリクスの馬を足止めする! その間にペルラン隊長の騎士団に話をしてコッソリ警備を中止させるんだ。それからパルレア殿を転移門で呼び寄せて結界を解除しろ」
「その手があったか!」
と言いながら思った・・・先に気がつけよ、俺!
アプレイスは、一瞬でフェリクスの馬を追い越して、アッと言う間にドックに到達する。
「いけライノ! 俺は気配で馬を驚かせてフェリクスを落馬させるか、ダメなら馬を気絶させる」
この際、馬が可哀想なんて言ってられないな。
ドックの真上で俺はアプレイスの背から飛び降りて静かに着地した。
船の周囲には警備の騎士が立っているのが見えるけど、不可視結界に包まれている俺たちには当然気が付いていない。
俺を降ろしたアプレイスはそのまま河口側へ向けて引き返して行く。
うまくフェリクスを足止めしてくれるといいが・・・
< パルレア、シンシア、二人とも聞こえるか? >
< ん...? なーに、お兄ちゃん >
< 御兄様? >
< 二人とも、今すぐアヴァンテュリエ号のドックに転移してきてくれ >
< え? え? >
< 頼む、今すぐだ! >
< わ、わかったー! >
< 向かいます! >
転移門の有る場所に行くと、すぐにパルレアが現れた。
俺は言い忘れてたけど、ちゃんと不可視結界を効かせてから転移してきたのは感心だな。
少し遅れてシンシアも現れる。
髪に少しだけ寝癖が・・・ごめんなシンシア。
「パルレア、フェリクスがもうすぐここにやって来る。ここに入れるように害意を弾く結界を一時的に解除できるか?」
「あ、うん。出来ると思う」
「よし頼む。シンシアは俺と一緒に来てくれ。フェリクスが警戒しないように警護の騎士達に撤収して貰う。その後は丸テーブルだ」
シンシアは、丸テーブルという言葉で俺の意図を汲み取り、だまって頷いた。
夜中だから造船技師達の作業場は真っ暗だが、その脇に設えられている警護隊の詰所には明かりが灯っていた。
警護隊の騎士達は全員が俺の顔を見ているはずだけど、今夜の当番兵が覚えていてくれてればいいんだけどね・・・
不可視結界を解除し、軽く扉をノックして返事を待たずに開ける。
中に座っていた休憩中の騎士が二人、闖入してきた俺の方を何事かと睨み付け、それから一拍おいて、弾かれたように椅子から立ち上がった。
「ゆ、勇者さまっ!」
「いいいい如何されましたかっ?」
おお、どちらも俺とシンシアの顔を覚えていてくれたようだ。
俺も、この二人の顔には王宮で先鋒隊と顔合わせをした際に見覚えがある。
何にしても、身元の証明というか説明が省けて有り難い・・・夜中に騎士の詰所に飛び込んで、『俺は勇者だ!』とか言うハメにならなくて本当に良かった。




