貴賓室に潜む
驚いている詰所の騎士達に、ともかく事情を説明する。
「夜分に驚かせて済まない。実は急な御願いがあるんだ。えっと、スライ...ラクロワ子爵を通して指示を出してる暇が無いんだけど、聞いて貰えるかな? 重要なんだ」
「もちろんでございます!」
「助かるよ。実は即刻警備を中止して、騎士達全員は目立たないように隠れて欲しい。ある嫌疑の掛かっている人物がこの船に向かっていてね。油断させて、ワザと船に踏み込ませたいんだ」
「では勇者さま、この船が警備されてないように見せ掛ける訳ですな?」
「その通り。ソイツはもうココに向かっていて時間が無いんだ。外の人達を、今すぐに撤収させて貰えるかい?」
「かしこまりました! 大急ぎで撤収させます!」
そう言うと、慌てて外に走り出していく。
ギリギリ間に合うか?
頼むぞアプレイス、パルレア・・・
騎士達が戻ってくるのを待っていると、アプレイスからの指通信が来た。
< ライノ、フェリクスを落馬させるのに成功したぜ。馬は気絶してるけど怪我はしてない >
< 怪我をしてないってのは、馬かフェリクスか、どっちの話だ? >
< 両方だ >
< ああ、有り難う。馬が気絶したならここまで歩いてくるってワケだな >
< いま、フェリクスが馬を起こすのを諦めてソッチに向かい始めたけど、徒歩ならかなり掛かるだろう。警備隊を撤収するのは間に合いそうか? >
< もう動いて貰ってるから大丈夫だ >
< 結界は? >
< パルレアが解呪してる。アプレイスもコッチに戻って来てくれ >
< 了解だ >
警護隊の騎士は四人が一組で当番に当たっているらしい。
乾ドックに上げられている船の周囲を、右舷、左舷、船首、船尾、それぞれ一人ずつが受け持って侵入者を見張っていたようだ。
さっき詰所から飛び出していった二人の騎士が、その四人を連れて戻って来た。
「勇者さま、全員戻りました。この後は如何すればよろしいでしょう?」
「俺達が合図するまでは、出来るだけ気配を隠せる場所にいて欲しいんです。詰所でもいいですし、造船所の建物の奥でも構いません」
「馬は?」
「海岸通りから歩いてドックに入ってくる者に見える位置ですか?」
「いえ、建物の反対側ですから大丈夫です」
「じゃあ、そのままで」
「承知いたしました。我らは工廠の奥で静かにしておりますので、万事済みましたらお声掛け下さい」
騎士達には奥へ入っていて貰い、再び不可視結界を作動させてシンシアとアヴァンテュリエ号に向かっていると、空から人姿のアプレイスが降りてきた。
「首尾はどうだライノ?」
「行けると思う。って言うか有り難うアプレイス。フェリクスが来る前に、先に船の中に入ってしまおう」
「渡し板がねえな?」
「不審者が警備の目を掻い潜って船内に入り込まないように、夜は外してあるのさ。四面に騎士が立ってるから見てない隙間は無いはずだけど、そう建前通りには行かないからね」
「なるほどな!」
「フェリクスは一人だから渡し板を持ち上げられないかもしれない。奴が侵入しやすいように、今の内にセットしておこう」
「わざわざ不審者が入りやすいようにするって面白いな!」
アプレイスと二人で長くて重い渡し板を持ち上げ、音を立てないように、そーっと地面と舷側の間に橋を渡す。
ただ、真っ暗な中でシンシアにこの板の上を歩かせるのは気が進まない。
「シンシア、ちょっと飛ぼう」
本格的に飛び上がるほどの距離でも高さでも無いので、横抱きにするのでは無く腰の下に手を回して腕に座らせるような形で持ち上げる。
シンシアを抱き上げた状態でふっと浮き上がり、静かに甲板上に着地すると丁度、ハッチの下からパルレアも浮き上がってきた。
「結界の解呪も終わったよー」
「おう、有り難うパルレア。ひょっとして解呪する時の魔力が外に漏れないように少しずつ削ってたのか?」
「あー、お兄ちゃんが分かってくれてて嬉しー!」
「おう!」
ニコニコしているパルレアの頭を撫でながら船内に入る。
今回の目的は貴賓室だ。
「このまま不可視で部屋に居座ってて大丈夫かライノ?」
「地下牢でもフェリクスが俺たちに気が付いた様子は無かったし、銀ジョッキにもまったく気付かなかったから問題ないだろう」
「そうですね御兄様」
「こっちの銀ジョッキは?」
「円卓に仕掛けてある銀ジョッキは、フェリクスの後を追う前に外部魔動装置を外しておきます」
「さすがにソレは一緒に飛ばせないか」
「ええ。高純度魔石のストック容器みたいな役目ですから。これまで常に銀ジョッキ側へ魔力がフル充填されていましたから、これからは長時間、不可視で飛ばしていても大丈夫です」
そう言ってシンシアは、銀ジョッキと外部魔導装置を繋いでいた魔力伝達の綱を切り離した。
「ちなみに、銀ジョッキ内部にある高純度魔石のカートリッジは、もしもの場合は精霊爆弾として機能しますよ?」
「なにそれ怖い! ってか、いま初めて聞いた気がするぞ!」
「ヴィオデボラでの教訓から、改二号を設計する時に付け加えたんですけど、まず使うことは無いだろうと考えていましたから...」
「ホント、シンシアって時々アグレッシブだよね」
「いえ、それほどでも...」
正直、褒め言葉として言ったつもりは無かったんだけど、微妙にシンシアが照れてる感じを見せたので、そのまま黙っていることにする。
「ところで御兄様、転移門が動いたらすぐにフェリクスを追えるように、私は別の部屋に行って銀ジョッキの操作台を用意していた方が良いですか?」
「いや...ここで奴の行動を一緒に見てて貰う方がいいと思う。不可視結界の中で操作台を扱えば問題ないだろう」
「わかりました」
「うん。後はフェリクスを待つだけだな」
「なあライノ、もしここに入れなかったらフェリクスは本当に自害したかな?」
「じゃないかな」
「考えてみると、死ぬコトへの恐怖が消えてるってのは凄いよな...まっとうな生き物じゃねえ」
「だってアプレース、ホムンクルスは真っ当な生命じゃ無いもん!」
「そりゃそうだなパルレア殿」
「とは言え、ホントに死んで魂だけで戻れるのかどうかは分からないけどね。マディアルグがそう思い込んでるだけで、実際は予備のホムンクルスを目覚めさせてるだけかもしれない」
「それって各々が『本人』なのか『別人』なのか区別が付けにくいな...」
「俺としては、仮に複製されてて身体と魂がそっくり同じでも、『その身体で経験したことの記憶』が失われるのなら実際は『別人』で、やっぱり『死』は『死』なんだと思うけどね」
「ライノが言いたいことは分かる。人族にはたまに事故や病気で『記憶喪失』ってのになる奴がいるって聞いたけど、ソレと同じだろ?」
「そうだな...」
「身体が同じでも、そこまでの人生を全く覚えてないんなら生まれ変わりと同じだもんな」
「そんな話だよ。結局『その人物』っていう存在を定義してるのは肉体よりも魂や、その人が積み重ねてきた記憶だと思うからね」
「じゃあ逆に、物理的には別の身体でも、魂と記憶を引き継いでりゃあ本人と言えなくも無い、ってハナシか...」
そう言ってアプレイスがチラリとパルレアの方を見やった。
俺やクレアは大精霊と関わりを持っているという特殊性があるから、普通なら輪廻の円環から現世に戻る・・・つまり、新たに赤子として産まれ直す時点で消えるという過去生の記憶があることに、自分でもそれほど驚いてはいない。
言ってしまえばクレアなんて、そもそも今世では『産まれて』すらいないのだし。
だから、たまにジェルメーヌ王女のように中途半端な記憶を残して生まれてくる人がいることも、あって不思議じゃ無いと思うし、俺自身のライムール時代の記憶だって、最初の頃は恐ろしく朧気な印象に過ぎなかった。
もし、パルミュナがクレアの魂を掬い上げて俺と一緒にいてくれなかったら、ずっと朧気な印象のままだったんじゃ無いかと思う。
「あ、フェリクスがドックに入って来たよーっ!」
窓から外を見張っていたパルレアが声を上げる。
来たか!
< よし、このままフェリクスの行動を見守ろう >
< 銀ジョッキを浮上させます >
シンシアが銀ジョッキを丸テーブルの上から浮上させた。
天井ギリギリなら、テーブルの上にフェリクスが立って乗ったとしても銀ジョッキに頭をぶつける心配はないからね。
< 足音がする。もうすぐ入ってくるぞ! >
蝶番の軋む音を立てながら扉が開くと、フェリクス=マディアルグのホムンクルスがずかずかと貴賓室に踏み込んでくる。
俺たちは当然明かりなんか点けていないので室内は真っ暗だけど、フェリクスは迷わずに丸テーブルまで歩み寄ると、その表面をそっと手で撫でた。
もし、ここでフェリクスの追跡が途切れたら、また守勢に回ってしまうことになってしまう。
なんとかエルスカインの喉元へ辿り着きたいところだ。




