詩集と転移門
「誰もいない自分の部屋なのにさー、革封筒をテーブルに置きっぱなしにしないってゆーことはー?」
「貴重品扱いってコトだ。これは完全に信じたな!」
「やりましたね御兄様!」
「作戦せーこー?」
「ここまではな。後はブリュエット嬢任せなのがチョイと歯がゆいけど」
ブリュエット嬢が『疑わしい』だけの人物だったら騙すことに良心の呵責を感じただろうけど、ここまでの行動からして完全に『エルスカイン側』だ。
そうとなれば、俺も容赦をするつもりはない。
「あ、本を一冊手に取りましたね」
「アレに魔法陣の紙を挟むつもりなんだろう。タイトルは...なんだろう?」
今では銀ジョッキ越しの視界でも鮮明なので、表紙の文字自体は一瞬目に入ったんだけど、文章として良く分からなかった。
立派な革表紙で想定されていて、それなりの厚みがある本だけど、かなり古そう。
「たぶんですけど...あの本は『詩集』だと思います」
「おしゃれー」
「随分と上品だな。意外だよ」
「そうですか?」
「フェリクスの母親なら英雄譚とか歴史書とか選びそうな気がしたのに」
「結局は牢への差し入れですからね。万が一にも見咎められないように一番、当たり障りの無さそうな本を選んだのだと思います」
「そーゆーコトかー!」
「それに御姉様、牢獄に入っている人は暇を持て余すそうなので...」
「えーっとシンシアちゃん、つまり?」
「つまり、最後まで読んだら終わりになる物語よりも、何度も読み返して自分の頭の中で想像を膨らませられる詩集や書簡集の方が、長期間の暇つぶしには向いているのかも知れないなと」
「なるほどね...それでフェリクスに詩集か...って、いやいやアイツには不自然だろ?」
「本人達にはさー、何か意味があるのかもねー?」
「それはあるか。フェリクスがホムンクルスになる前は、普通に親子だったハズだもんな」
「それに、万が一本人に渡すことを拒否されても、詩集なら『一篇だけ読み聞かせたい』なんて言って、地下牢に持ち込むこともやりやすいでしょうから、穏便な選択だと思います」
「ほー、シンシアちゃんってば、かしこーい!」
「今回は誰にも邪魔されないだろうけど、普通ならそうだよな。『顔検分』って大義名分があるとは言え、そもそも会えるってコト自体が特例だ」
画面に映っているブリュエット嬢は詩集を抱えてソファに戻ると、革封筒から再び魔法陣を描いた紙を出して本に挟んだ。
だが、すぐに開いて取り出すと、なにやら手元でゴショゴショし始める。
「ブリュエット嬢も王宮内に協力者がいることは理解しているはずです。だって顔検分の立ち会い依頼が来て、それからすぐにシエラが脱出用の魔道具を持って訪れたんですから」
「偶然には有り得ないタイミングで、しかもアレ、普通の魔法使いには到底用意できないシロモノだからな」
「オブラン卿が言っていたルフォール侯爵家のように、混乱に乗じて王宮の主導権をたぐり寄せようという輩もいるのでしょうね。その手合いはエルスカインとは無関係でしょうけど、ブリュエット嬢には心当たりがあるのでしょう」
「いや無関係って言うか、むしろ口車に乗ってホムンクルスになっちゃう奴らじゃ無いか?」
「あ、確かに...」
「軽い気持ちでホムンクルスになりそうな人って言えばさあ、俺はスライの双子の兄貴に実際に会うまでは、もしもその二人がホムンクルスだったらどうしようってのが、結構な悩みだったんだよね」
「うん、アタシもお兄ちゃんの気持ち分かるー!」
「ですよね...友人の家族『だった』相手を斬るなんて事にならなくて本当に良かったと思います。スライさんも、それにヴァレリアン卿やアロイス卿もなにも言わないでしょうけど、それでもこちらの心が痛むのは同じですから」
「だよなぁ...」
「でも、いつかは私たちにもそういう日が来るのかも知れませんけど」
「きっとダイジョーブ!」
「勇者を続けてれば、やむにやまれない状況ってのはあるだろうさ。その時はその時だ」
俺たちが話している間に画面の中のブリュエット嬢は、いったん取り出していた魔法陣の紙を再び本の中に挟もうとしている。
ちょっと見ただけでは分からないように、どうやら最終頁の綴じ部分にうまいこと挟み込もうと奮闘してるらしい。
「ちょい手間取ってるけど、あれなら本を振っても落ちないだろうな」
「ですね。仮に中身を検分されたとしても、頁をパラパラ捲られるくらいなら平気でしょう」
「普通なら、隠して渡すって言うと武器とか鍵開け道具とか、そういう類いだもんな。まさか金属製品じゃ無くて、折り畳んである紙が脱出用具だとは考えないだろうね」
「魔石はどうやって渡すのでしょうね?」
「投げるーっ!」
「マジでソレだな。顔検分する距離まで近づけるなら檻越しにだって投げ込めるだろうし、仮にそれを咎められても、転移門と魔石をフェリクスに渡してしまえばブリュエット嬢の勝ちだ」
「ソレってブリュエットも捕まるじゃん!」
「だろうな。でも島流しが決まった後の行動を聞くに、ブリュエット嬢はフェリクスさえ逃がせるなら、後は自分が捕らえられても気にしないと思うよ?」
「そうですね...彼女はホムンクルスでは無いみたいですし、自分の意志で動いているのでしょうけれど、なんだか...行動だけ聞くと操り人形みたいです」
「そうかも知れないし、そうじゃあ無いかも知れない」
「と、言いますと?」
「母親だからな。姫様だってシンシアのためならなりふり構わないかもしれないだろ? 自分や領民よりもシンシアを優先するかもしれないし、むしろ俺はそうであって欲しいと思ってるけどね」
「そう言えば以前、お母様とその話をしてましたね」
「ああ。俺自身の優先順位がそうだからな」
「きっと...私もです」
「うん」
「アタシもだからーっ!」
「知ってるよパルレア。お前は以前、本当にそうしたからな?」
「てへっ」
「え? クレアさんが一人で悪竜を退治しに行ったのって、国と領民を守るためだったのでは無いのですか?」
「チョット違うの」
「クレアはな、俺を悪竜の元に行かせないために、一人で先に出たんだよ。そのままだったら、まず俺が悪竜退治に出るだろうことは分かってたからな」
「まーねー」
「そうだったんですね...」
「前にも話したけど、実際に純粋な剣の腕前はクレアの方が俺より上だったんだから、まあ発想は分からんでもない」
「腕ってゆーか、技術だけはねー!」
「意味は無かったケドな! なにしろアレ以降の俺って言うかヤニスはクレアの仇を取るために、自分から悪竜の後を追い掛け回したんだから」
「えー、ひっどーい!」
「冗談だ。でも、あの時の俺は自分の命よりも、クレアの仇を取る方が大切だったんだよ」
「お兄ちゃんも、無駄死にする前にアスワンに会えてホント良かったよねー」
「言い方! お前も微妙に酷いな」
あの迎賓館での対話以来、いまでは俺もクレアも、こんな気軽に悪竜のことを話題に出来る。
『胸のつかえが取れた』ってのは、本当にこういうことを言うんだろうな・・・
冗談交じりの打ち明け話をしている間に、ブリュエット嬢は魔法陣を上手い具合に詩集に隠すのに成功したらしい。
手元の本を目の高さに上げて色々な角度から眺め、それで満足したらしく詩集ごと革封筒に仕舞い込んだ。
「あれでセット完了みたいですね」
「よし、これ以上は見てる必要も無いだろうし、王宮に戻ろうか」
「そうですね」
「おなか空いたー!」
「メイドさんに頼めばすぐに何か出てくるよ。あそこの銀ジョッキはどうする?」
「恐らくブリュエット嬢の寝室は隣の続き部屋だと思いますし、廊下に出る扉も、庭に向いた窓も閉まっていますから外には出せません。明日の朝、様子を見て外に出します」
「まさか、ずっと見張ってる気か? 寝不足になるぞ」
「いえ、銀ジョッキ改二号に加えた新しい機能で、銀ジョッキ側の視野に入る『動くモノ』に反応して私に合図することが出来るんです。メイドさんがブリュエット嬢を起こしに来たら分かるでしょう」
いつの間にそんな凄いコトを・・・
ホントにシンシアが魔道具に向ける情熱は、留まるところを知らないな。
「それは凄い...じゃあアプレイス、悪いけど王宮に戻ってくれるか」
「了解だライノ」
「あ、私はシエラと一緒に戻りますね!」
そう言うが早いか、シンシアはアプレイスの隣に浮かんで静かに待っていたシエラの背に跳躍した。
あれだけ賢いんだから、シンシアが背に乗って指示なんかしなくても素直にアプレイスの後ろを付いてくると思うんだけど?
まあ、それは言うだけ野暮か。
シンシア自身がシエラと一緒に自由に跳びたいんだろうからな・・・




