Part-3:マディアルグ王 〜 シンシアの名付け
ワイバーンの背に乗る時、シンシアは『ちょっと飛んでみます』と軽い感じで言っていたのに、いざ飛び立った後は縦横無尽に空を駆け回ったという感じだった。
ワイバーンがいきなり宙返りを始めた時には少しヒヤッとしたが、それもシンシアの指示通りだったらしい。
その後も横にクルクル回ったり急降下したり、曲芸のように様々な飛行をワイバーンに行わせた。
もちろん宙返りしても落ちそうになったりはしなかったし、必死でしがみついているという様子もなかったから、シンシア自身の魔法で身体を固定していたのだろう。
恐らく銀ジョッキを天井に固定したりする時に使っている固着の魔法だと思うけど、そう言えば、あの魔法を最初にシンシアが使ったのもヴィオデボラへ向かった時に、アプレイスの背に馬車を固定するためだったな。
平然と馬車を置いたり、十人以上が好き勝手に寝転がったりして過ごせるアプレイスの広い背中と違って、ワイバーンの場合は収まりの良いポジションが限られそうだし、『鞍が欲しい』というシンシアの感想は、純粋に居心地の良さを向上させたいってことだろう。
いっそ、背中にカウチでも置かせて貰ったら寛げていいんじゃ無いか・・・?
ともかく、シンシアが十分に飛び慣れたと見えてからは、アプレイスも律儀にワイバーンの後ろを追うのを止めて、少し離れた低空から見守るというスタイルに変えていた。
「なあライノ、あれ、もう見守ってなくても大丈夫なんじゃねえか? そもそも姉上が黙って行かせてる段階で危険は無いって判断されてるしなぁ...」
「まあ、でも万が一って事はあるから」
「そりゃあな」
「お兄ちゃんってばシンシアちゃんには過保護だもーん!」
「だよな。俺の姉上といい勝負だよ」
「そこまでは...いや、それでいい。うん、それでいいんだよ俺は!」
「開き直りやがった」
「まー、お兄ちゃん兼、婚約者だし?」
「そういうコトだ! それはともかく、そろそろ王宮の方に戻ってエスメトリスにも声を掛けよう」
「姉上ならさっきから真後ろにいるぜ?」
「えっ?!」
アプレイスにそう言われ、驚いて後ろを振り返るとエスメトリスと目が合った。
そしてドラゴンの顔でニヤリと笑ったような気がする。
不可視にしてもいないのに、この距離で気配を感じさせずに飛んでいたのか・・・さすが色々と凄いなエスメトリスは。
< シンシア、そろそろ王宮に戻ろう。オブラン卿から進捗を聞いて次の準備をしておきたい >
< わかりました御兄様。不可視にして一緒に戻りますね >
すぐにワイバーンとシンシアが不可視結界の中にくるまれる。
並んだまま飛んで屋上庭園の上空まで戻り、まず先にシンシアとワイバーンを着地させた後に、俺とパルレアが飛び降り、続けてアプレイスとエスメトリスが空中で人の姿に戻ってから庭園に舞い降りた。
事情を知らない人の目から見たら、ワイバーン軍団がサラサスからちゃんと退去していく様子をアプレイスとエスメトリスが見届けてから戻って来た、という様子だろう。
降り立ってしまえば、オブラン宰相が屋上の人払いを維持してくれているので人目の心配はない。
「随分と調子が良さそうだったなシンシア!」
「はい! とっても素直に、私の御願いした通りに飛んでくれました! すごく素敵な子ですよ!」
「うん、そいつは何よりだ」
「それで、エスメトリスさんに伺いたいのですけれど...」
「こやつに何か気になることでもあったか?」
「いえ、この子って自分の名前を持ってないみたいなんですけど、やっぱり名前は無いんでしょうか?」
「うむ、ワイバーン同士で名を呼び合うことなど無いゆえ、こやつに限らず個体ごとの名前など無かろうな」
「でしたら、その...私が名前をつけても構いませんか? 名前がある方が呼びやすいですし...」
「おお、シンシアがこやつに名付けをするか! うむうむ、一向に構うまい。むしろ喜ぼうな」
「だったら、私がこの子に名前を付けますね!」
シンシアはパァっと満面の笑顔を浮かべるとワイバーンの方へと向き直った。
「では貴方の名前をつけさせて下さい。でも、もし私の考えた名前が嫌だったら言って下さいね?...それで貴方の名前ですが『シエラ』という名前を考えました。古い言葉で『疾風』や『強風』というニュアンスがあります。どうでしょうか?」
シンシアがそう言うと、ワイバーンが翼を広げて顔を上げた。
これ喜んでるよな?
ワイバーンだから当然ながら竜系統というか、もっと有り体に言ってしまえばトカゲ系の顔つきだ。
なのに表情が分かる・・・
もちろんアプレイスもエスメトリスもドラゴン姿の時でも表情豊かだから、その流れでワイバーンが表情豊かでもおかしくないのかもしれないけど・・・なんて言うか、ワイバーンなのに子馬みたいな様子だよ。
「えっ、この名前で嬉しいんですか? 良かったです!」
やっぱり言葉が通じてるのか?
通じてるよな・・・シンシアの言葉をワイバーンが理解しているだけならエスメトリスの話からも納得できるけど、シンシアの方もワイバーンの意志を汲み取れているのが凄い。
と言うか、やり取りがある様子自体が、俺にはサッパリ分からん。
「シンシア、そのワイバーン...『シエラ』だっけ?」
「はい!」
「じゃあ準備が整うまで、シエラには、ここで一人で休んでて貰って問題ないかな?」
「ええ、大丈夫だと思います。念のために不可視結界を張っておきますね」
万が一の事故で『シエラ』の姿を他人に見られることが無いように不可視状態にしておき、俺たちは揃って部屋に戻った。
++++++++++
お茶を入れて一息つく間もなくオブラン宰相が部屋にやって来る。
もはや俺たちの出入りをメイド達に監視させてることを隠そうともしてないな・・・まぁ、こちらとしても手間が省けるし、別に嫌でも無いけどさ。
「勇者さま、首尾はいかがでございましょう?」
「しっかりした賢いワイバーンをエスメトリスが選んでくれたので、万事上手く行きましたよ。予定通り、今夜にはブリュエット嬢の屋敷へ向かえます」
「では上々というところですな。王宮でも皆が飛び去っていくワイバーンを見ておりますので、『そのうちの一頭がこっそりと舞い戻ってきた』と言う流れも信憑性が高まるでしょう」
「ブリュエット邸の動きは?」
「王宮から密かに...本人達は密かに行動しているつもり、という事でございますが、本日もブリュエット邸やルフォール侯爵家に追加で伝令が走っておりますな。件の王宮警備隊隊長が指示を飛ばしておるようです」
「一回だけなら『縁者への気遣い』とかも有り得ますけど、二回も伝令が飛んだって事は、確実に関係が維持されてますね...」
「はい。その伝令がブリュエット邸を訪れるのを見届けた上で、こちらからもブリュエット邸に『面通し』の立ち会いを依頼する旨、使者を送りました」
「返答は?」
「無論、承諾しましたな」
「うわぁ、限り無くグレーですね...だったら、今夜にでもワイバーンを使ってシンシアの魔道具を届けさせましょう。もし受け取ったらジャン=ジャック殿の読み通り完全にクロってことです」
「面通しのためにブリュエット嬢が王宮にやって来るのは明日の午後の予定で御座いますが、私どもの方でやっておくべき事は何か御座いますか?」
「ブリュエット嬢が地下牢を訪ねてきた時には、王宮警備隊の志願兵以外はその場にいないように仕組んで下さい。警備隊の隊長にも立ち会わせると、なお良いと思います」
「かしこまりました。彼には『危険な相手なので隊長自ら陣頭指揮として立ち会って欲しい』とでも言えば、喜んで出てくるでしょうな」
「じゃあそれで御願いします。フェリクスが上手いこと転移門に吸い込まれたら、牢内に残っている転移門の紙を、なにか適当な理由を付けてブリュエット嬢に渡してしまえばいい」
「遺品と言うのは少々違いますか...警備隊の隊長に『不穏なものかどうか調べておくように』とでも命じて渡せば、ブリュエットの手元に届くでしょうな」
「いいと思います。それとブリュエットには魔石を二つ渡しておきます。転移門を起動させるのに一つ、もう一つは回収した罠からフェリクスを引っ張り出すために使います。そのあたりのことは手紙に書いておきますよ」
「フェリクスを引っ張り出すのに別の魔石が必要であれば、警備隊長が興味本位で魔法陣を開いても問題ありませんな?」
「ええ、だから生きている魔法陣とは見えないはずです。あれの中身を見抜けるのは転移門の存在を知っている者だけですよ」
「承知しました」
後は・・・深夜にワイバーンの訪問を受けたブリュエット邸の使用人達がパニックを起こさなければいいんだけどね?




