フェリクスを逃がす手段
ジャン=ジャック氏が、『そうでしょうとも!』と言いたげに深く頷く。
「それは勇者さま、逆に言えばフェリクスのバカはいずれ助けが来ると思い込んでる訳ですな?」
「むしろ信じてるって感じですね。島から脱出した時と同じなんでしょう」
「だったら、救援のフリをして...」
「さすがにエルスカインの配下のフリをするのは厳しいですよ。この件に関して俺たちの持ってる情報は少ないですからね。フェリクスに何を聞かれても答えられませんし、すぐにバレるでしょう」
以前、シーベル子爵城の地下牢から従者だったカルヴィノを逃がした時は、アイツが末端の下っ端だったから『何も聞くな』で誤魔化せたけど、さすがに自分が主導権を握ってるつもりのフェリクス相手にそれは通じないよな・・・
「そりゃ確かに。ついフェリクスのことは良く知っているように思ってしまいますが、我々が知っていたのは『表向きの顔』ってだけですものねぇ...あれで表向きの顔だったって言うのも凄まじいですケド!」
「ともかく、持ってる情報が少ないのは我々の方ですよジャン=ジャック殿」
「うーぬぬぬ...しかし勇者さま、さっきの話からするとフェリクスのバカは城壁の外の状態を全く知らないと言ってもよろしいので?」
「そうですね。ワイバーン達は、俺の放った攻撃で混乱して散り散りになっただけだと思ったみたいですから。俺も彼から情報を聞き出そうと思ったので、あえて否定しませんでした」
「では、ワイバーン達がすでにエスメトリス殿の支配下にあるって事は分かってないんですよねぇ?」
「彼自身はその時点で気を失っているから後のことは知らないし、すぐに地下牢に放り込んじゃったんで、城壁の外にワイバーン達が縮こまっていることも見てないですよ。ワイバーンには条件付けしてあるから、またこの城を攻撃しに戻ってくるはずだと言ってましたね」
「おや、ソレは好都合」
「でもココに送り込むはずだった魔獣達が全滅していることは教えてます。俺としてはホムンクルスを造ってる場所を確定したかったので」
「となると...追っ払われたワイバーンが戻ってくるという話なら彼も飲み込むかもしれませんな?」
「いやいやいや、さすがにワイバーンが地下牢まで助けに来るってのは無理でしょう?」
「それはモチロン。ですからワイバーンに城が攻撃されているっていう混乱状態を演出してフェリクスが逃げる隙を作る...という流れにするのです。勇者さまやシンシアさまが使われている転移魔法を利用すれば、地下牢からフェリクスを直接逃がすことも出来るのでは?」
うーん、ジャン=ジャック氏の案はいいアイデアなんだけど、二つ難点があるな・・・
一つは、誰であれ逃がし役がエルスカインの手下を演じるのならば、『どこへ逃げるか』を知っていないと不自然だってコトだ。
そもそも『橋を架ける転移門』の場合は、あらかじめ決められた二カ所の間を繋ぐモノなのだから、逃げる先が決まってないっていうのは有り得ない。
もう一つ、その転移門自体の問題もある。
彼を地下牢に放り込んだ時には事前に気絶させたから、俺たちが精霊魔法の転移門を使ったことは彼に気付かれていない。
それでも、精霊魔法の転移門と人族魔法の『橋を架ける転移門』はまったく原理の違うものだから、さすがのフェリクスでも不審に思うだろう。
「あー、ソレは無理なんですよ。エルスカインの使ってる転移魔法と、俺たちの使ってる精霊魔法の転移門はまるで違うんです。さすがフェリクスがバカでも気が付くでしょう」
「そうでしたか。じゃあ無理ですねぇ、残念至極」
「あの、御兄様...」
「うん?」
「ジェルメーヌ王女の部屋に置かれていた『罠の転移門』を上手く使えば、なんとかならないでしょうか?」
「あれで、普通の『橋を架ける転移門』だと思い込ませる訳か? でも転移門の行き先はどうする?」
「ペリーヌさんを閉じ込めていた状態を逆手にとって流用します」
「ん? 行き先を指定せずに閉じ込めるのかい? でも、それじゃあ逃がす事にならないだろ」
「ですので、転移門に閉じ込めた状態で罠ごと地下牢から物理的に運び出すのです。私たちがエルダンで『ワナに掛かったフリ』をした時と似た感じですね。外に出てから解放すれば、その後のフェリクスは自分の足でどこかへ向かうのでは無いでしょうか?」
「おぉっ!」
「勿論、地下牢へ罠に改造した転移門を持っていき、フェリクスをそこへ閉じ込める段取りと、その後、罠を持ち出して外で解放する理由と言うかストーリーは必要だと思いますけど、直接エルスカインの拠点に送らなかった理由は誤魔化せると思うんです」
「なるほどな。それはいいアイデアのような気がするぞ。罠の改造にはどの位掛かるかな?」
「アレは稚拙な造りですので、それっぽく真似するだけなら一晩もかかりません」
「相変わらずだなシンシア」
「そうですか?」
「ともかく、その方向で考えてみよう。エルスカインは部下との情報共有を怠ってる様子があるから、あの罠を作った錬金術師がエルダンで消失したことは、まだフェリクスに伝わってない可能性も高いからね」
「後は具体的な手段と、その理由付けですね。誰がどうやって地下牢から持ち出すか...そこに自然な芝居が必要です」
そうだった・・・
ジャン=ジャック殿の案には、更にもう一つの難点があるのを失念していたよ。
つまり『誰』が、フェリクスの解放役をするのかだ。
「実行役と理由付けだな。これが一番の難問か...」
「ええ、もしもフェリクスに計略だと察知された時には非常に危険な状況になります。あの男が激昂してどんな行動を取るか、分かったものではありませんからね」
「俺たちは全員、フェリクスに顔を見られているけど、かと言って事情を知らない無関係な人を巻き込む訳にも行かない。ここはシーベル城の時と同じように、俺が変装してやるしか無いだろう」
「それはどうでしょうか...フェリクスは疑い深い男です。御兄様の演技では絶対にバレると思いますよ?」
「さり気なくシンシアも厳しい...」
パルレアとアプレイスになら何を言われてもどこ吹く風だけど、シンシアに真顔で言われると、ちょっと心が痛い。
俺の演技ってそんなにダメダメなのか?
「だよなあ。ライノ、これはシンシア殿の意見が正しいと思うぞ」
「でも他に方法が無いだろ?」
「魔法で姿を変えるなら俺でもいいんじゃねえか?」
「アプレイスは気配がなぁ...」
「くっ」
「まー、アプレースの気配はともかくさー。変身するために魔法を常に纏ってるのは、ホムクルスってゆーかエルスカインの配下相手だと見抜かれる危険が無いかなーって?」
「そうだなパルレア」
「でしたら私が変装します」
「却下だーっ! ダメ。ゼッタイ! シンシアは絶対に駄目っ!」
あんなに攻撃的で全能感に酔ってるようなヤツの相手をシンシアにさせるなんて危険すぎるだろう。
言語道断だ。
「ですが御兄様、もしもの時でも防護結界がありますし、そもそも私があのホムンクルスに魔法で打ち負ける心配は無いと思うのですけど?」
「いや、そういう事じゃなくてだなぁ...」
「シンシアちゃんダメよー。だって、お兄ちゃんが心配しすぎて、れーせーな行動を出来なくなっちゃうからねー」
「茶化すなパルレア」
「本当のコトだもん!」
「うっ...」
「ジョーダンはともかくシンシアちゃんもダメー。あのホムンクルスの性格は聞いてるでしょー? シンシアちゃんみたいな可愛い女の子が横にいたら、本来の目的なんか忘れて、よけーなコトし始めるに決まってるんだからさー」
「おお、つまりそういうことだよなパルレア! 変装したってシンシアが別人になるのは無理だよ」
「御兄様?」
「いやマジ、マジで! それにシンシア、相手を考えると魔法で変装する手は使えないんだぞ?」
「そうですね...」
「えーっとシンシアさま、チョット考えたんですけどね?」
「あ、はい。なんでしょうジャン=ジャックさん」
ジャン=ジャック氏がさり気なく隣に座るパトリック王の方を横目で見つつ、片眉を少しばかり上げて、悪戯っ気のある表情を浮かべている。
あぁ、日頃の調子が完全復活だな。
「面識の無い第三者がフェリクスを騙すからバレる心配がある訳ですよね? だったら、騙さなければ良いのでは?」
「え?」
「フェリクスと面識があって警戒されない人物に、自主的にやらせればいいんですよぉ。本人に騙すつもりが無ければフェリクスだって疑わないでしょ?」
「いやジャン=ジャックよ。そう簡単に言うが、誰がそうだと言うのだ。さきほど勇者殿も仰ったように、事情を知らぬ第三者をそそのかして危険に晒す訳には行かぬぞ?」
「いえ、そこは大丈夫ですよ。陛下も良く知ってる人物ですからね」
「なんと?...いやまさか?」
「ええ、ブリュエットおばさんにやって貰おうじゃないですか。アイツは絶対にエルスカイン側ですってば!」
おぉっと、そう来たか、ジャン=ジャック殿・・・




