疫病の蔓延した戦場
「その疫病で敵が弱った隙に乗じて、マディアルグ家は窮地を脱出ってことか?」
「隙を見て脱出したんじゃないぜ、敵が全滅したんで勝者になったってコトだよ」
「全滅?」
「結果がえげつなかったみたいだがな。もちろん城を囲んでた敵兵は全滅。城の周辺を守ってた味方の守備兵も全滅。森に潜んでゲリラ戦を仕掛けてた味方勢力も、一切合切みんな疫病に襲われて全滅だ」
「酷いな...」
いやいや、それでもマディアルグ家の城の内部には奇跡的に疫病が伝播しなかったってか?
だったらコレって普通の疫病発生とは、まるっきり逆だな。
「その時は敵対勢力の親玉達が全軍を集めた総力戦の陣頭指揮をとってたおかげで、残りの相手は地方に残ってる有象無象の集まりになった。で、周囲の敵が死に絶えたんで城を打って出たマディアルグ家の一族が、主のいなくなった土地を次々に支配して最後に勝ちを納めたってワケだ」
「なんて言うか...疫病のおかげで勝利とか真っ当な戦争じゃないな...いやまあ、戦争に真っ当も何もないかもしれないけどさ」
「こんなもん戦争とすら呼べねえよ。揚げ句にルリオンの...当時は小さな街と村があるだけの田園地帯だったそうだが、そこらの住民も全滅」
「まじか!」
「マジだ。敵は一人残らず消えたけどよ、同時に領民も家畜も全滅した上に森の木も畑の作物も全部枯れて、周辺は飢饉になったそうだぜ」
どう考えてもおかしい。
どんなに致死率の高い疫病だとしても、罹ったら最後、一人残らず死ぬなんて病気は聞いた事がない。
一割か、せめて五分くらいの人は生き延びそうなものだよ。
「最悪って意味が分かった気がする。しかし疫病ねぇ...家畜はともかく、畑の作物や森の木まで枯れて疫病もへったくれも無いだろうに」
「でも、他に説明つかないだろ?」
「それもそうか。ヒュドラの毒なんて想像の範疇外だよな...」
「まあともかく、降って湧いた疫病のせいでマディアルグ家は勝ちを拾い、他の豪族達は死に絶えた。もともとサラサス建国の戦いは他国や他民族との争いとか独立とかじゃなくって純粋な勢力争いだ。他の豪族が勝利してても、この国の大きな範囲っつうか、括りは変わらなかったんじゃねぇかな?」
「ひょっとしたら国の名前が違ってたかもよ?」
「せいぜい差はそんくらいだな」
「でもスライ、マディアルグ家もそんな酷い戦いをして勝ち残ったのに、よく国を建て直せたな?」
「マディアルグ家は死の土地になったルリオンを捨てて、占領した他所の土地の食料を徴発して生き延びたのさ。勝者ではあったけど歓迎されてたワケじゃねえ。地方の豪族や農民達を脅して賺して、なんとかやりくりしたんだろう」
「その無理が祟った揚げ句に王位簒奪ねぇ」
「サラサスにやたら貴族家が多いとか、爵位を金で買えたりするのとかも、その名残かもしれねえな」
「なんでだい?」
「不満のある奴を宥めるのに金が払えないなら、名誉とか権威とか、そんなもんで誤魔化すしかねえだろ?」
「あー、なるほど」
「で...マディアルグ家がルリオンに戻って来たのは疫病から十年ほど経ってからだ。その頃には草木も普通に育ってたらしい」
「じゃあ、十年でヒュドラの毒が消えた訳だな?」
「毒が消えるのに本当に十年かかったのか、それともマディアルグ家がルリオンに戻るだけの力を建て直すのに十年かかったのかは分かんねえケドな」
「たしかに」
「ともかく、立ち枯れてた森の木々を薪にして、開墾と燃料調達を同時に出来たそうだ。そうしてルリオン周辺の田園地帯やブドウ畑の下地が整って今に至る、ってワケだな」
「おおぅ...伐採の手間が省けったってコトか...」
毒のせいで周辺の森が枯れてたから開墾が捗ったのだとすれば、なんて言うか皮肉なもんだ。
「そう言やぁライノ、マディアルグ家の戦いで、一貫してる事が一つあるぞ」
「へえ?」
「何一つ予定通りじゃねえってことだな。考えた計略や作戦はことごとく失敗して連戦連敗、偶然だけで勝ちを拾ったんだよ」
「相当な言われようだな」
「だってなぁ、アプレイス殿に乗ってルリオンへ向かった時、平野部に入る手前でそこそこ高い山脈を越えただろ?」
「海際まで岬みたいに山並みが突き出してた場所だな?」
「そうだ。あれと同じような山がルリオンの先を超えて、東側の平野部の縁にもある。つまりルリオン一帯のだだっ広い平野ってのは東西の両脇を長い山脈に挟まれた盆地みたいな場所なんだ。で、北側は丘陵地帯だけど、街道は川沿いに伸びてその丘陵地帯を越えていく感じだ」
「つまり?」
「つまりルリオンの平野は地形的に外敵から守られてんだよ。大軍を侵攻させるなら丘陵地帯の脇を越える川沿いの街道を進ませるか、大船団で海から来るしかねぇ。東西は山に阻まれてるからな」
「ああ、要するにマディアルグ家は、そんな地の利を抱えていながら本拠地まで攻め込まれたと?」
「そう言うこった。それまでの戦にはことごとく失敗してるのに、毒だか瘴気だかで勝ちを拾ったマディアルグ家が、随分と年数が経ってからルリオンに舞い戻ってきたのは、あそこがそれだけ良い場所だからなのさ」
「なるほどねぇ...」
「俺はなぁライノ、昔は『王位簒奪』なんて同義にもとる行いだって思ってたんだけどよ、今回のことで建国の経緯やら疫病の実態やら、城壁の建設で領民を酷使した事やら分かって、むしろメシアン家の謀反が道義的な行いに思えてきたぜ」
「かも知れないぞ? スライ、慰霊碑の裏の削り取られた銘文があっただろ?」
「ああ」
「昔のメシアン家がなんで消させたのかはともかく、アレはやっぱり『使用上の注意』だと思う。つまり、マディアルグ家は必要があれば、また『獅子の吐息』を使うつもりでいたって事だし、それをもっと効率良く使うために城壁を作ったんだと思うよ」
「ひでぇ...危険物の番人って言うよりも、罠の管理者か」
「そんなところだな」
「くそぅ、どうあれ王家の谷を掘り返さないワケにゃあ行かねえなぁ...なんとかして親父殿に国王陛下との会見は段取りを付けてもらうよ。でも、王都まではウチの馬車で片道十日ほどかかるから、返事が来るのは早くても四週間か五週間後だ。日取りは陛下の都合次第だから確約は出来ねえけど」
「スライ、だったらルリオンの街外れに張った転移門を使えよ。スライがヴァレリアン卿やアロイス卿を連れて一緒に転移メダルで飛べば問題ないだろう?」
「それ、問題ないって言うのか?」
「スライが一緒なら大丈夫だから、追加でメダルと魔石をいくつか持って行ってくれ。ただ絶対に他人の手に渡らないようにしてくれな? 使い終わったら回収しといてくれると有り難い」
「もちろん了解だ。親父殿と兄上に転移門のことを教えていいんだったら往復の日程は関係なくなるから、会見日程は融通が効くだろうけどな」
「それと念のためだけど、タチアナ嬢とアラン殿にも防護メダルを身に着けて貰っておいた方がいいと思う。彼女もフェリクス王子と縁があるのは事実だし、どういう計略で狙われるかは予想が付かん」
「そうだな。俺もあいつらが危ない目に遭うのは防ぎたい」
「だろ?
「じゃあライノの言葉に甘えるとするよ」
「さすがに馬車ごとルリオンに飛ぶのは無理だろうけど、向こうに着いてからはなんとかなるかな?」
「街まで歩いて馬車を借りるさ。言い訳は適当にできるだろ」
「ちょっと遠いぞ?」
「ライノ、普通の人は転移したり空を飛んだりしねぇ。その程度の距離は歩くもんなんだよ」
「ま、まあな...」
「会見の日取りはいつでも構わないのか? 場合によっちゃあ慌ただしくなるかも知れねぇけど?」
「いつでもいいよ。少々待たされるとしてもセイリオス号の改修にはまだまだ掛かるしね。で、ついでに新しい手紙箱とラベルも屋敷に持って帰ってくれよ。送り方はリンスワルド牧場からの場合と変わらないから問題ないと思う」
「了解だ。手紙で済む時は使わせて貰おう」
手紙箱と転移メダルの追加を持ったスライがアルティントのラクロワ邸に戻った後、俺は『サラサス国王陛下との会見』をどんな風にするか考え始めた。
この際、『勇者の力を見せびらかすのは嫌だ』なんて奇麗事を言っていられないのは仕方がない。
だったらチョコチョコと証拠というか勇者の力を小出しに見せていくよりも、むしろ最初から圧倒的に感じて貰う方がいいかも知れないな・・・
それに次回、王家の谷に行く時は、絶対にシンシアとパルレアも一緒に来て欲しいからな。
それも含めて相談してみるか・・・




