サラサスに潜む魔手
「実際、フェリクス王子がホムンクルスにされて生き延びてる可能性はあるけど、いま時点では何とも言えないな」
エルスカインにとっては役に立たなければ捨てるだけだし、使った後の事はどうでもいいからな。
逆に、どんな判断をしたかは予想しづらい。
「生きててくれたら思いっきりぶん殴れるだけどよ!」
「気持ちは分かる」
「でもまぁヤツの使い道が思い浮かばねぇな...いまの王家をどうこうしても、代わりの神輿に担ぐには軽すぎる」
「酷い言われようだ」
「ホントにそうなんだよ。王族つっても庶子だし本来の王位継承権は低い。だからこそ、いまの王子達と陛下をまとめて皆殺しにする暗殺計画に乗ったんだろうけどよ、二度と同じ手は使えねえだろ」
「逆に言うと、いまの国王や王子達を皆殺しに出来れば...暗殺じゃ無くって事故とかで...再登場したフェリクス王子が返り咲ける余地はあるのか?」
「んー?...いや、ねぇな。そもそも人望がねえ。暗殺未遂の件も極秘にされたとは言っても上位貴族には知られてる。まぁマトモに考えれば、家臣達も誰もついて行かねえよ」
「そうか。じゃあ出てくるとしても別の手段だな」
「あんのか、そんな手段?」
「さあ? でもエルスカインが後ろに付いてるなら無いとは言えないかな。魔獣を五百匹くらい連れて王宮に乗り込んで来たら、誰も逆らえないんじゃないか?」
俺がそう言うと、スライはぎょっとした顔を見せる。
「はぁ、実際ありそうなのがキツイな。あの犀の魔獣だのグリフォンだの出してくる奴だもんなぁ...」
「そんな方法で玉座に座っても、その後まともに国家を掌握出来るとは思えないけど、それはエルスカインにとって『知ったこっちゃない』からね。すぐに王家の谷を掘り返して『獅子の咆哮』を回収した後は、野となれ山となれだろうさ。サラサスは内乱状態になるかもしれない」
「だよなあ...ライノはどうするのがいいと思うんだ?」
「何をだい?」
「ひょっとしたら、俺達が『獅子の咆哮』の中身に辿り着く前にエルスカインが動き出すかもしれないだろ?」
「そうだな。元アクトレス号に乗ってたホムンクルスが、ヴィオデボラでのヒュドラ回収に失敗した事にはエルスカインも気が付く。これから急激に動き出す可能性はあるだろうから、絶対にタチアナ嬢を王都に近づけない方がいいな」
俺がそう答えるとスライは神妙な顔でうつむき、そのまま黙り込んだ。
何を考えているのか、なんとなく予想が出来るけど・・・
少しの間の後、スライが顔を上げる。
「なあライノ。俺は数日前までサラサス王国なんざどうでもいいと考えてた。二度と足を踏み入れる事もねぇと思ってたしな」
「だろうと思ってた」
「それに俺はアランに『勇者は一つの国や勢力に肩入れしたりはしない。どちらの味方につくなんてこともない』なんて偉そうに言ったけどよ...でも、いまの俺はタチアナやアランの暮らす、この国が嫌いじゃねぇ。アイツらには動乱に巻き込まれたりせずに幸せに生きて欲しいんだ...」
「うん、分かるよ」
「これはサラサスって国の危機だ。勇者にとって筋違いなのは重々理解してる。でも...なんとか力を貸してもらえないかライノ? このサラサス王国をエルスカインなんかにグチャグチャにさせたくねぇんだよ、頼む!」
「水臭いなぁスライ。俺は常々言ってるだろ?『勇者としての役目よりも、個人の感情と関係を優先する』って」
「じゃあ?」
「当たり前だ。それにこれは国同士の勢力争いなんかじゃなくて、エルスカインとの戦いなんだぞ? 友人の故郷の危機を見て見ぬふりなんかしないさ」
「恩に着るよ!」
「それこそ水臭い。俺は自分に出来る範囲の事をするし、身近な人間に役立つ事を優先する。それは大精霊も知ってる。正義云々って言うよりもさ、俺は世の中から嫌な事を減らして楽しい事を増やしたいんだ。結局、勇者の役目なんて伸びすぎた魔力の草刈りだからな!」
「わかった。でも礼は言いたい。有り難うライノ」
「ああ。もしここで『ボス』って言われたらちょっとむくれてたかもな」
「良く言うぜ」
「ともかくやれるだけの事をやってみようよ」
「そうだな...とは言ってもよ、何からどうするのが良いのやら見当もつかねぇが...」
エルスカインが急激に動き始める可能性はある。
こっそり王家の谷を探って『獅子の咆哮』の中身を・・・それがヒュドラの毒を使った魔導兵器だと突き止める事が出来たとして、そこからどうしたものやらだ。
さすがに不可視状態で発掘作業って言うのは無茶だな。
俺達の姿が見えなくても、発掘してる状況は見えるもの。
それともアプレイスにドラゴン姿を晒して貰って、兵たちが恐れをなして逃げて行った後で作業するか?
うーん・・・頼めばアプレイスはやってくれるだろうけど、ドラゴン族の風評被害を増やす事になるのはものすごく嫌だな。
それに、自分の命を捨ててもドラゴンに立ち向かってくる勇敢な騎士だっているだろう。
かつて、愛する妹クレアはそうした。
リンスワルド騎士団のヴァーニル隊長だって間違いなくそうするだろう。
サミュエル君だってシルヴァンさんだって・・・いや、むしろあの騎士団の知ってる顔の中で、ドラゴンに背を向ける人が思い浮かばないよ。
そう言う人達に怪我をさせるような事は避けたい。
やっぱり、ここはコソコソせずに正面から攻めた方が良いのかもしれないな。
となると・・・
「なあスライ、やっぱり俺をサラサスの国王陛下に紹介してみるか?」
「えぇっ!」
「王家の谷を探るなら、やっぱり王家の許可を得るのが一番妥当だ。王家そのものをエルスカインがどうにかしようとしてるなら、こっちは正攻法でそれを防ぐのがいいと思う」
「そりゃぁそうだけどよぉ...」
スライの表情が複雑だ。
アラン殿が国王との会見を提案してきた時に真っ先にスライが却下したのは、彼自身が貴族の一員として王族の事も良く知っているからこそだろう。
まあ確かに、姫さまやジュリアス卿は例外的な存在だよね・・・
「具体的にどうするかはチョット考えるとして、それが一番手堅い方法だって気がするんだ。直感だけどさ」
「そりゃライノの言うことは分かる」
「要は俺が大精霊から借りてる勇者の力を国王陛下の私利私欲って言うか、権力欲のために使わせなければいいんだよ。別に俺がサラサス軍に参加するとかって訳じゃないしね」
「いや、問題はそれを陛下に分かって貰えるか、だぜ?」
「まあね。分かって貰うって言うか、納得して貰うって言うか...口で説明しても難しいのは仕方ないと思ってるけどさ」
俺自身、自分が『勇者である』と誰かに説明して納得して貰う事に困難を感じるのだから致し方ないけどね。
もちろんラクロワ家で見せたような精霊魔法で驚かせる事は出来る。
でも、それは勇者自身の存在意義とはなんの関係も無いモノだ。
俺自身も、借りてきた大精霊の力を自分のモノのように人に見せる事に忸怩たる思いがない訳じゃあ無いのだ・・・
「そうできるなら、それが一番いいよな...」
「大精霊に借りてる力の片鱗を見せれば、俺が勇者だってコトは信じて貰えるだろうけど、なぜ国王に会いに来たか、獅子の咆哮がどう言うものか、そこは誤魔化さずに説明するしか無いと思う」
「だな...ま、ともかく陛下との会見は、アロイス兄さんと親父殿に相談する。それと今日はもう一つ、疫病の話もあるぜ」
「獅子の吐息が、実際に何を引き起こしたかだな?」
「そうだ。こいつはまあ、一言で言えば...」
「一言で言えば?」
「最悪だな」
「それなりの話を聞く覚悟は出来てたんだけど、尋常じゃなさそうだ...」
「ああ。サラサス建国時の紛争で、マディアルグ家の一族はいくつもの失敗が重なって本拠地の城まで追い込まれた」
「あの王宮かい?」
「いや、当時の城はもっと丘陵の奥の方で丘の天辺にあったらしいな。今時の瀟洒な城じゃねえ。本当の戦用の城だ」
「籠城戦やるような無骨な奴だな」
「そういうこった。ま、そこまで攻め込まれてホントに籠城戦になっちまったワケだけどよ、城の周りを敵に囲まれて何十日目かに、なぜか『周囲の土地』で疫病が発生したってワケだ」
昔の戦争では、長い籠城戦で水源が枯れたり汚染されたり、あるいは食料の状態が悪化したりで、城の内部で酷い疫病が発生して自滅するってのは割と良く聞く話だったらしい。
ただし、それも普通は『城の内部で』だな・・・周辺じゃ無くて。




