獅子の咆哮
「スライ、どうやら現王家に石版を磨き直す気はなさそうだな?」
「気にしてねぇだろうなぁ」
「なんて書いてあるんだスライ殿? 良く読めんぞ」
「古い言葉も混じってるからな。えっと、『獅子の咆哮に呑まれ、サラサス建国の礎となった全ての兵と民の魂に平穏を』だな」
「怪しいよな?」
「怪しいねぇ」
「獅子ってのがリオンなんだろスライ殿。だったら『獅子の咆哮に呑まれた』って言葉は『この街の犠牲になった』って意味にも取れるけど、なんかもっと直接『獅子に殺された』風にも思えるよな?」
「そうだなあ...」
もしもここにアスワンを連れてくる事が出来たら、この土地の記憶を読んで正解を教えてくれるんだろうけど・・・彼が眠りについている今はそうもいかない。
「むしろソッチが元になって、この辺りの土地が『ルリオン』って呼ばれるようになったとしても納得出来るね」
「裏側も見てみようぜライノ。秘密の出入り口とかあったら笑えるぜ?」
「笑えないよアプレイス」
「まあな...」
「それに、見て分かるような仕掛けがあれば現王家だって気付いてるさ。バシュラール家の別荘くらいの隠ぺいはされてておかしくない」
「確かに」
「そこはどんな仕掛けだったんだライノ?」
「転移門だよ。いくつかの『鍵』を組み合わせないと存在すら分からないようになってたな」
「ふーん...じゃあここに隠されてるかもしれねぇ『獅子のなんちゃら』も、旧王家が握ってた『鍵』がないと開かねえ可能性は高いな?」
「現王家が知らないって事は、その鍵の有りかも分からないんだろうなあ...」
「だったらチョイやっかいだぜ」
「まあ悩んでても仕方ないよスライ。とにかく探ってみよう」
碑銘板の裏側に回ってみたけど、物理的にも魔法的にも怪しさを感じるものは何もない。
あえて言えば、下側に細長く削り取ったような跡が残ってるぐらいか・・・乱暴な作業で、表の銘文の滑らかさとは相いれないものがある。
「この削り跡ってさ、なんか三行分くらいの言葉を消したって感じだよね?」
「そうだなあ。旧王家への賛辞でも掘ってあったとすれば、現王家が削らせた可能性はあるかもな。どのみち一般人には見えねえ場所だし」
ふと思い立って、その削り跡に触れてみた。
表の碑が魔法で刻まれているとすれば、同じ時に刻まれたこちらの言葉も同じ魔法で彫ってあるに違いない。
指先に魔力を乗せて、石版の削り跡に流し込んでみる。
そっと少しづつ・・・魔力で覆うのではなく、そこに元からあった『魔力の使われた微かな痕跡』を補強するような感じで・・・少しずつ、少しずつ。
「それ、なにやってんだライノ?」
アプレイスが微妙な表情で俺の手元を見る。
アプレイスには、俺が指先から石版に向けて魔力を流し込んでいるのが感じ取れるんだろう。
「ダメ元でちょっと実験だよ」
決して元の痕跡をかき乱す事がないように、焦らず少しずつ魔力を流し込んでいると、やがて補強された痕跡が目に見えるように浮かび上がってきた。
やはり文字らしきものが刻まれていた痕跡が残っている。
残っているんだけど・・・なんだっけ、この文字?
「ダメだスライ、俺には全然読めないよ」
魔法で彫られた痕跡から文字らしきモノが浮かび上がったのはいけれど、その浮かび上がったものが読み取れない。
なんとなく見覚えがある気はするんだけどね・・・
「こりゃまた古い語法だな」
「古語か?」
古語だったらシンシアかマリタンを連れて来るべきかな?
「いや、俗に言う古語じゃなくて南方大陸の文字だな」
「ああ、そうか! どうりで見覚えがあると思ったよ...でもなんで、南方大陸の文字が使われてるんだ?」
「うーん、いまポルミサリアで使われてる色々な魔法や技術も、元はそっちから伝えられてきたのも多いって聞くし、俺は南方大陸にさえ行った事ねえけど、アランなら良く知ってるだろうな」
「へぇー、そうなのか...」
「で、この浮かび上がってる文字だけどよ...まあ俺も正確には言えねぇけど、おおよその意味は...『獅子なる者の末裔マディアルグは、その咆哮を持って大地を焦土と化す。確かめよ、その行いを。確かめよ、吠ゆるべき時を。吐息の広がりは我らと彼らを等しく滅ぼす』って感じだな」
なるほど・・・バシュラール家の家訓とはまた雰囲気が違うけど、もしもスライがサラサス貴族家の御曹司として、しっかりした教育を受けてきていなかったら、誰もコレを読み解けなかったに違いない。
「この最初の一行『獅子なる者の末裔マディアルグは、その咆哮を持って大地を焦土と化す』ってのは、その毒ガスだかを敵に吹きかけるって意味だろうな。相手は見境なく全滅だと」
「それに焦土って言うからには、人が死んだってだけじゃなくて、土地そのものがダメになったとか使えなくなったってニュアンスを感じないか?」
「だろうな、毒で農地とかも全滅なんだろ」
「で、二行目の『確かめよ、その行いを。確かめよ、吠ゆるべき時を』ってのは、使いどころを間違うな、みたいな意味かな?」
「そう取れる」
「自分がやったことを振り返って反省しろと言ってるようにも取れるぜ?」
「それもあるか...」
「三行目には、『吐息の広がりは我らと彼らを等しく滅ぼす』って書いてるだろ。敵を滅ぼすとかなら、まあ当たり前のセリフに思えるけど、我らと彼らを等しくってのは穏やかじゃないよ。刺し違えるみたいじゃないか?」
「みたいっていうか、そのものだろう。無理心中だな!」
「つまり...使えば自分たちも滅びる?」
「そう言ってる気がする」
「でも、マディアルグ王家は実際に使ったけど滅びてないぜ? でなきゃ、こんな慰霊碑なんて建たねえよ」
「うーん、じゃあ軽々しく使うなって警告か?」
「それにしても、なんで、わざわざ見えない裏側に彫ったのかな?」
「反省文だからじゃないか?」
「いやアプレイス、殺戮を反省してるっぽいのは感じるけど、俺にはもっと即物的って言うか、『やるべき事』を指示しているような文章だって感じるんだよ。タダの直感だけどさ」
「なんでだ?」
「スライの訳した言葉通りに受け取れば、文章の言い方が『過去形』じゃないからかな?」
「ほぉう」
「確かに過去形じゃねえな」
「で、やるべき事、か...ならライノは、どんな解釈があると思うんだ?」
「例えばだけど、最初の一行は『兵器の威力と使用者の規定』で、二行目は『使用する状況とタイミングを確認しろ』と」
「じゃあ、無理心中は?」
「心中って...三行目は『使用上の注意』じゃないかな?」
「軽いな!」
「だって、毒ガスが広がったら敵味方関係なく殺しちゃうだろ? だから『必要以上に広げるな』って言ってるように思うんだよ」
「なるほど...」
「そうかライノ、それでこの城壁ってコトか! さっきここが池だって言ったのは正解だな!」
「うん。周囲の城壁は毒ガスを溜めておくための堰堤なんじゃないかと思う。城壁が普通の石組みなのは、単にエルスカインから技術供与されなくて凝結壁で作る事が出来なかったから、かもね?」
後ろの黒い壁はエルスカインの手下の魔法使いが手ずから作ったものだとしても、周囲の城壁を全部ってのは、さすがに数人しかいないホムンクルス達の手には余るだろう。
「ライノ、ちょっと考えさせてくれ...」
そう言ってスライが黙り込んだ。
考えをまとめようとしてる風に見えるから、サラサス貴族としてなのか傭兵としての経験からなのか、なにか思い浮かんだ事があるんだろう。
「まず周囲の城壁はライノが言うように毒ガスを外に漏らさないための堰堤だとする。巨大な毒の湖を作るような、か? で、ここに降りる前に王宮と市街の間に陣地になる緩衝地帯を見ただろ? あの陣地は敵を迎え撃つ最終防衛線だけど、もし突破されたら敵の軍勢を一気に王宮に向けて流し込むことになっちまう」
「玄関口、すなわち堰堤の切れ目にってコトだな?」
「そうだよライノ。俺は慰霊祭に参加したことがあるから、あそこを『通り抜けた』事がある。つまり王城正面の門が開放された時には、王宮の建物の中に入らずに敷地に入れるんだ。そのまま真っ直ぐに王家の谷まで行けるぜ」
「なら攻め込んだ敵は...」
「ココまで真っ直ぐ全力で突入してくるよな。で、敵が入った後で門を閉じたらどうなるか?」
「毒池の中の魚、だな!」
「この広大で空っぽの池の中に攻め込んできた敵を誘い込んで、そこで毒ガスを放出すれば全滅ってワケだ。ただし、気をつけないと自分たちも自滅する可能性があるぞ、ってな」
『中のモノを出さない』ってのは、こういう使い方だったのか?
幾ら戦争だと言っても、ちょっとエグすぎるんだが・・・




