黒い壁と慰霊碑
「大きな街だなスライ。ミルシュラントの王都『キュリス・サングリア』より広く見えるよ」
「そうだなあ...こっちの方が街としては古いんだ。大戦争のはるか前から存在してるしな。それにルリオンから海岸まで川沿いにずっと人が住んでるから、街の切れ目がハッキリしてないせいもあるな」
「市壁はないのか?」
「あるけどそりゃあ中心部だ。街がまだ小さかった頃に作られてるから、とうの昔に収まりきれなくなってらぁ。そこはいま『旧市街』って呼ばれてるぜ」
市壁も城壁も意義は同じで、本来は外敵の侵入を防いだり、出入りする人々やモノを管理するための存在だけど、スライが言ったように『中のモノを外に出さない』ために使ったとしても有効だろう。
「ところでスライ、王家の谷は丘陵地帯にあるんだろ? だったらルリオンの市街地と王宮は離れてるって事か?」
「おう、あそこを見てみなよ。アプレイス殿の頭の左側...緑色の帯が見えっだろ? あれが市街と王宮を隔ててる緩衝地帯だな」
「なんだか陣地みたいな雰囲気だな」
「実際そうだぜ? もしも敵国にルリオンまで攻め込まれたとしたら、あそこが最終防衛線ってヤツだな」
「いまどき籠城戦なんて起きるのかなあ?」
「さあな? けどよ、昨日まで平和だったから明日からも平和だなんて、誰も言い切れねぇだろ?」
「...ああ、そこは仰る通り、だなスライ」
残念ながらスライの言葉は正しい。
俺だって一年前なら、この先もずっと野山で魔獣を狩るような人生を送ると思ってたし、勇者になってからも最初の頃は、溢れた魔力を刈り取るだけの簡単なお仕事くらいに考えてたのに・・・
エルスカインの存在があらわになってきた事で、何もかも変わってしまったな。
「どうするアプレイス殿? 暗くなるまではまだ間があるけど、不可視状態のままいきなり王家の谷に降りるのか? それとも周囲でしばらく様子を探るか?」
「俺はどっちでもいいよ、ライノはどう思う?」
「このまま中に降りようアプレイス。むしろ陽がある内に王家の谷の様子を見ておきたいんだ」
「了解だライノ」
アプレイスが翼を傾けて丘陵地帯を囲う城壁の外周に沿って飛び始めた。
上空から見ると城壁の範囲は本当に真ん丸・・・
まるで丘陵地帯のでっぱりひっこみを完全無視して、慰霊碑を中心にコンパスで円を描いたかのようだ。
「スライ、真ん中当たりの小山が慰霊碑と黒い岩壁だよな?」
「ああ、そうだな」
黒い岩壁・・・間違いなく凝結壁だな。
それが慰霊碑の背後にそそり立っているけれど、墳墓のように丸くこんもりと盛り上がった小山の断面がバッサリと切り落とされて、そこの切断面が黒い壁として見えているような感じだ。
「岩壁って凝結壁の黒い板が突っ立てるってワケじゃなかったんだなスライ殿」
「アプレイスもそう思ったか? 俺もチョイ想像と違ってたよ」
「ライノもそうか?」
「ああ、でもこれなら慰霊碑の素材も後ろの黒い崖から切り出したみたいに思えるよな?」
「だろ? 慰霊碑に大した事は書いてなかったと思うけどな...」
「じゃあ手前の広い芝生のところに降りよう。ライノとスライ殿も今の内に不可視結界を動かしといてくれよ」
「わかった」
「着地したらすぐに背から降りるから、アプレイスも人の姿になってくれ」
「おう!」
周辺にエルスカイン絡みの怪しいモノがなさそうな事を確認した後、例によってアプレイスが小鳥のごとくフワリと芝生に降り立った。
もしも周辺を警備している兵士がこちらを見ていたとしても、なにも気が付かなかっただろう。
俺とスライもすぐにアプレイスの背から降りて、周囲の様子に気を配る。
問題ないな・・・コチラに視線を向けられている様子は全く感じ取れないし、何かが動く気配もない。
ま、エルスカインの手下達さえ突破する精霊魔法の不可視結界を、そこらの兵隊に見破られる訳もないけどね。
「まず俺が慰霊碑の脇にある茂みまで行って身を隠すよ。大丈夫そうなら呼ぶから、それまで二人ともここにいてくれ」
「わかった」
「了解だライノ。不可視のままでコッソリ行こうぜ」
まずは慰霊碑の脇にある植え込みに向けて、そっと進んだ。
しばらく植え込みの影に身を隠して周囲の様子を再び探ってみるけど、様子は変わらず・・・誰も俺達には気が付いてないようだ。
< どうやら大丈夫そうだアプレイス。 こっちに来てくれ >
< あいよ! >
スライは指通信が使えないから、いったん不可視状態を消して茂みの隙間から手を出し、ハンドサインを送ってみる。
スライもすぐに意味を理解して俺にハンドサインを返してきた。
スライは不可視のままだけど、俺にはフワッと見えているから問題ない・・・って言うか、スライは自分が不可視状態だって忘れてるよね?
こちらへ向かってくるスライの身のこなしの滑らかさと、遮蔽物を上手く使って進んでくる様子は、さすが歴戦の傭兵か・・・仮に不可視結界がなくても、彼一人なら大抵の場所に忍び込めるんじゃないだろうか?
二人が俺のいる茂みに到着してから、さらに待ってみたけど周囲に変化は全く感じられない。
「これなら普通に喋っても大丈夫そうだ。意外に警備が甘いのか? いや油断大敵かな...」
「そりゃあライノ、現王家にとってみりゃココはただの墓標だぞ? しかも前王家が建立したんだから、いまの国王陛下達にとっては他人同然で、もう思い入れのカケラすらねぇよ」
「中身を知らなきゃそんなもんか...」
「慰霊祭だって一種のお祭りとして、王都の民が楽しみにしてるから惰性で続けてるだけだしな」
「祭りはいいよな!」
「おう、アプレイス殿も祭りが好きか? 慰霊祭に合わせて屋台やら興行やら色々あって面白いぜ! 俺とアランもソッチが目当てだったけどな」
あーそっか、アプレイスの好きな大衆演劇って祭りに付き物の興行だもんな!
「それにしてもライノ、傭兵達の使うハンドサインなんて良く知ってたな。勇者には使いどころが無いだろ?」
「え? 俺は逆に『破邪の使うハンドサインまで知ってるなんてさすがスライ!』とか思ってたんだけど?」
「マジか...まぁひょっとすると元の出所は同じなのかもしれねぇぜ?」
「あり得るな」
ともかく茂みを出て黒い壁に近づいても問題なさそうだ。
「よし、壁際に行って見よう」
「了解だ」
近寄ってくまなく見てみたけれど、黒い凝結壁の壁にも何もおかしいところはない。
いやいや、こんな小山の一角を裁ち落としたような断面が、ぴったり凝結壁で覆われてるってコトがそもそもおかしいんだけどね・・・それは置いといて、だ。
凝結壁の『岩壁』は慰霊碑の背後にそびえているから、景観の一部と言うか、そういう意匠で祭壇風に造成したのだと思い込むだろうけど、もしもこの慰霊碑が建っていなかったら、誰が見たって『その奥に何があるんだ?』って疑問を持つに決まってる。
ああ、そうだ・・・奇麗な真円を描く城壁の中心になるのは、慰霊碑ではなくこの小山の方なのだ。
慰霊碑は、単にその前に置いたに過ぎない。
獅子の谷でなにかが使われた後に、だ。
慰霊碑の位置はアラン殿が言っていた通りで、真っ黒な凝結壁の壁を背負って立っている感じだけど、よく見ると土台の部分は石組みで嵩上げしてあって、碑銘板はその上に置かれていた。
慰霊碑そのものも黒い石で出来ているので違和感がないと言うか、背後の壁と同じ石で作ったと思う人が多いだろうな。
だけど、見上げるように大きい慰霊碑は本物の・・・奇麗に加工されているけど普通の石だ。
戦争の犠牲者へ向けた慰霊の言葉が刻み込まれた表面は、きっと出来立ての時には鏡のように磨かれていたんだろう。
長年風雨に晒されたせいで、いまでは表面にざらついた曇りが出ているけど、刻まれている文字自体は今でもくっきりと奇麗に読み取れた。
文字の彫りに目を凝らしてみると、えぐれた部分はつやつやと滑らかで光を反射しているように見える。
どうやら石鑿で彫ったのではなくて、俺の土魔法みたいな、なんらかの魔法で彫られているらしい。
ありきたりな鎮魂の言葉がならんでいるけど、戦争や疫病のことについては何も書かれていない。
ダラダラした修飾語を削ってギューッと要約すれば、何処の墓地でも見掛けるような、『安らかに眠れ』っていう感じの碑文だな。




