介添人を引き受ける
翌朝、あてがわれていた客室で目を覚まし、パルミュナと二人で豪華な朝食を頂いていると、シーベル子爵が折り入って相談があるとやってきた。
「いや、実は今日の婚約式で二人の『介添人』を誰がやるかで紛糾しておりましてな」
「介添人ってのは、主役を世話する付き添い役ですよね?」
「結婚式の場合はそうですが婚約式の場合は少し違いまして、若い二人が無事に婚約を誓うまでの道を逸れないようにする花道の案内役。そして、二人を狙う恋敵の襲撃から守る守護者という意味がございますな。まあ古い逸話に基づく風習ですが」
エドヴァルにはないな、そんな風習。
「それが紛糾なんですか?」
「その役は誰しもやりたがるわけでございます。名誉なことですからな。しかし、今回は二人ともリンスワルド家の家人ですからシーベル家としては一歩引かざるを得ません。準備万端を任せて頂いただけで十分に名誉なことですし」
「はあ...」
「ここにはお二人の親族もいないので、普通であればスタイン殿の介添人は上司のヴァーニル殿で、トレナ嬢の介添人はやはり上司であるメイド頭かハウスキーパーの方、そして宣誓の立会人を姫君と共に私にやらせて頂くというのが、最善の組み合わせでございましょう」
「では、それでいいのでは?」
「そこが紛糾しておるのですよ」
「どうしてです?」
「メイド頭の方は『自分は遠征中の代役だから』と辞退したそうです」
「なるほど、それで?」
「で、いっそエマーニュ殿はと言うことになりましてな。エマーニュ殿はまあまあ乗り気なのですが、ジットレイン殿もやりたがっていて、ならば譲ろうと。しかし婚約相手は騎士ですから、『魔道士』殿が未来の妻の介添人というのはいかがなモノかという意見もあり...」
「ねー、なんで介添人が魔法使いだと、いかがなものなの?」
「いや魔法使いはいいんだ。『魔道士』だからなんだよ」
「へ?」
「職業上の立場って言うか、同じ主君に使えていても騎士と魔道士ってのは微妙に相容れないものなんだ」
「えっー、だってみんなシンシアちゃんと仲いいじゃん!」
「違う違う、決して対立してる訳じゃないんだ。と言うか尊敬し合ってるだろうさ。ただ、なんて言うか...シンシアさんってあんなに可愛いけど、表向き『魔道士』でいる限りは、騎士の誰かから求婚されることはないだろうな」
「そーゆーもんなの?」
「そんなもんだ。仕事観が違うって言うのかな...まあ、リンスワルド家は色々フリーダムだから分かんないけど、他の貴族の家だったらまずそうなる」
「ええ、クライス殿の仰る通り、そういった感覚は多くの家で残っているでしょうな。当家の騎士団も似たようなものだと思いますぞ」
「でしょうね...で、どういう塩梅に?」
「仮に妻側の介添人をエマーニュ殿にお引き受け頂くとして、では、それに釣り合う夫側の介添人は誰かというと、ヴァーニル殿はかなり遠慮されておりますな。曰く『錚々たる方々が揃っているのに自分ごときの出る幕ではない』と仰り、出来れば辞退したいと。とは言え今度は、これらの方々を差し置いて『では自分が』と言い出せる者も、そうおりません」
わー、面倒くさそう・・・
貴族っぽーい・・・
「そこで姫君が言うには、クライス殿と妹君に引き受けて頂ければ万端丸く収まるのではと」
そう来る?
「いや、どういうことです?」
「スタイン殿にクライス殿が付き、トレナ嬢にパルミュナ殿が付きそうということでございますな」
「それより僕らは厳密にはリンスワルド家の者じゃないんですが?」
「あの二人はクライス殿と妹君の真のお姿を知っているとのこと。姫君が言うには二人にとってこれ以上の名誉はないと。本来ならば宣誓の立会人こそお願いしたいところですが、恐らくクライス殿は目立つことを嫌われるゆえ、介添人の方がよろしいでしょうと」
介添人でも十分以上に目立つと思います!
むしろ、主役と立会人の次に目立つポジションじゃないでしょうか!
「えーっ素敵ねー! ねえ、お兄ちゃんやってあげようよーっ!」
予想はしてたけど、やっぱりパルミュナが食いついた。
これ、まさかパルミュナの希望通り、婚約式に飛び入りってことになるのかな?
「それと、出来ましたらクライス殿には、演武大会の時にも少々お手伝い頂けないかと」
「いいですけど、なにか?」
「はい。クライス殿は破邪として長い経験をお持ちだとか。騎士達に、日頃とは違う戦い方を少し見せてやれないものかと愚考致しまして」
「いやシーベル卿、俺は演武大会に出るつもりはないですよ?」
「大丈夫です。もちろん、トーナメントの進行とは全く関係ありませんので...なんと言いますか、ほんの余興のようなものです」
「まあ、それなら...」
演武大会自体が婚約式の余興だったはずだけど、余興の余興って事?
++++++++++
なんだかシーベル子爵よりもパルミュナに押し切られた感じがしないでもないけど、流れで介添人を引き受けることになってしまった。
とりあえず、服装は俺もパルミュナも普通通りというか出立前に姫様が誂えてくれたもので問題ないって事なので、そのままサミュエル君とトレナちゃんに声を掛けに行くことにした。
昨夜急遽用意された控え室に入ると、あらかじめ言い渡されていたのか、準備を手伝っていたメイドさん達がささっと退室し、主役の二人が残される。
二人はすでにいつもの服装から、シーベル家が用意してくれたらしい衣装に着替えていたけど、うーん、一言で言って豪華。
サミュエル君はまるっきり貴族のご子息って雰囲気だし、トレナちゃんもお仕着せのメイド服じゃなくてそれっぽいドレス姿。
いつもの可愛い成分に加えて、綺麗成分が七割増しって感じだ。
対照的なのは二人の表情で、ガッチガチに緊張している様子のサミュエル君に対して、トレナちゃんの雰囲気はなんというか幸せいっぱい元気いっぱい・・・まるで、トレナちゃんの周囲の空間にお花畑が浮いてるみたいな錯覚に囚われそう。
「やあ、二人とも素敵だなあ」
「ねー、ホントに羨ましいー!」
「あ、ありがとうございます」
「とっても嬉しいです! ありがとうございます!」
「もう、完璧にお似合いのカップルだよ。午前中に婚約式を上げたら、午後に結婚式を挙げてもいいくらいだね」
「二人もすっごく似合ってるし、カッコイイし、可愛いし、うらやまー!」
「恐縮ですクライス様、パルミュナ様。わざわざお声がけ頂けるなど身に余る光栄」
「いや、二人と相談しておかなきゃって思ったからね。今日の婚約式で二人の介添人を俺とパルミュナでやらせて貰うことになったから」
「え?」
あ、かなりビックリしてる?
「慣れてないから、介添えがちょっと格好悪くても許して欲しい」
「いや、ま、まさか...クライス様とパルミュナ様に、私たちの介添人をお引き受け頂けるので?」
「うん、不慣れだけどよろしくね」
サミュエル君とトレナちゃんは感極まる表情を見せた後、なにも言わずに二人で俺の前に並ぶと、いきなり跪いて頭を垂れた。
あー、やっぱりそう来ちゃったかー・・・
「クライス様、パルミュナ様、サミュエル・スタインとトレナは、生涯この日を忘れません。お二方に祝福され介添えを賜れるなど、夢のようでございます」
これ、俺が色々言うのも野暮だよな?
俺自身がどんな心持ちでいようと、端から見れば、やっぱり俺は勇者でパルミュナは大精霊なんだ。
以前にも似たようなことを思い浮かべた記憶があるけど、勇者と大精霊に関わりを持つとか、ましてや婚姻の門出を祝って貰えるなんてこと、普通なら起きるはずがないんだもの。
よし、ここは自分の役どころをちゃんと果たそう。
そう決めると、成り行きで仕方なく引き受けた役目なんかじゃなくて、俺自身として心の底からこの二人の門出を祝福したいって気持ちが強くなってきた。
それを現すのにはなにがいいだろう?
なんだか言葉で色々言っても偉そうなだけって言うか、所詮は人生経験も薄い俺の思いつきだしなあ・・・
そうだ!
「サミュエル君、俺はあのポリノー村で二人が俺を訪ねてきたときから、なんとなくお似合いの二人だなーって思ってたんだ」
「もったいないお言葉に感激でございます!」
「うん、なんか二人が素敵だからお祝いしたい。だから、これを俺からの婚約記念のお祝い品として受け取って欲しい」
俺はそう言って革袋からオリカルクムの短剣を出した。
ガルシリス城の地下でブラディウルフの首を貫いた短剣だけど、もちろん傷一つ付いてない。
結局、あれ以来は一度も使ってないんだよね。
戦闘にはガオケルム、日常作業にはオリカルクムのナイフがあるから、出番がなかったんだ。
それに最近は石つぶての技があるから、投擲用というのも必要ないし。
これを迂闊に投げると対象物を突き抜けちゃうし。
もうホント、ただ寝るときの枕元の飾り状態。
いや最近はそれすらも・・・
サミュエル君は小さな革袋からそれが出てきたことには気づかず、俺が腰に下げてきたとでも思ったらしい。
「こ、これをわたくしめに御下賜頂けるのですか?」
「うん、これってオリカルクムの短剣なんだ」
「な、なんとっ! オリカルクムですと...」
サミュエル君が絶句した。
「だから鍛練を積んで魔力を練るほど切れ味が増すからね。鍛えれば鋼だって思念の魔物だって斬れるようになるよ」
「し、し、しかし、そんな貴重なものをわたくしめごときに...」
「大切な人を生涯守り続けるためにもぴったりだと思うから、ぜひサミュエル君に使って欲しい」
「...はっ、かしこまりました! これをスタイン家の家宝とさせて頂き、必ずや一命に掛けて生涯トレナを守り通すとお約束致します!」
「いや、これはただの道具だからね。人の心より大切なモノじゃないから、そこだけは忘れないで」
「ははっ!」
「じゃー、アタシからはこれかなー!」
パルミュナはそう言うと俺の前に出て、跪いたままの二人の頭に両手を乗せた。
「じっとしててねー」
右手をトレナちゃん、左手をサミュエル君の頭に乗せて目を瞑る。
防護結界じゃないな。
じっと見ていても二人には特に変化と言えるようなモノはなにも無かったけど、しばらくするとパルミュナは二人から手を離して俺の横に戻った。
「もういいよー」
「パルミュナ、いまのはなんのおまじないだ?」
「精霊の祝福なのー! 目に見える効果はなにも無いけどねー、これからの人生で二人の周囲には、いつもちびっ子精霊たちがいてくれるよ?」
「おお、いいじゃないか!」
「でしょー? 周囲の空気も清廉になるし、悪意や邪念も寄りつきにくくなるから、幸運が増えて暮らしやすくなるかも?」
それを聞いてサミュエル君とトレナちゃんは顔を上げた。
「よもや、これほどの祝福を賜れるとは!...」
「あ、ありがとうございますっ!」
「ずっとお幸せにねー!」
思えば、パルミュナも最初に較べて随分と砕けたというか、人との関わりを躊躇わなくなってきたなあ・・・
いかん、跪いてる二人が感激のあまりボロボロと盛大に涙を流してる。
せっかくのトレナちゃんの化粧が、とてもよろしくないことに・・・
来賓即応部隊のメイドさーん! 大至急っー!




