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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第三部:王都への道
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牢屋で一芝居


「うっ!」


カルヴィノを押し込んである牢の前に立つ衛兵が突然呻き声を上げ、首筋に手を当てて崩れ落ちた。

端から見ていたら俺の魔法で不意打ちされたと見えるだろう。

実際には、俺の合図で気絶するフリをして貰っただけだけどね。


俺は牢の前に歩み出て、鉄格子の前に倒れている衛兵の体をまさぐり、鍵束を探し出した。

檻の中のカルヴィノが驚いた顔でこちらを見ているのが分かる。

もちろん、コイツが牢の中で目を覚ましたという報告を受けてから芝居を始めたんだからな。


俺は鍵束をガチャガチャ言わせて目的のものを探しだし、カルヴィノの牢の扉を開けた。

「早く出ろ」

「あ、あんたは?」

「見ての通りだ。いいから早く出ろ、時間が無い」


俺は騎馬戦に臨むシーベル家の騎士の扮装をしていた。

馬上用の追加装甲こそ外してあるが、全身を覆う鎧を身につけた上、すっぽりと頭を覆う兜を被っていて、細い隙間から眼がのぞいているだけだ。


「し、しかし...」

「ここにいて死罪になりたいなら好きにしろ」


もし、これでカルヴィノが俺の正体というか気配に気が付くようなら、何らかの手段でエルスカインと繋がっているんだろう。

その時には一戦交える事になるかもしれないが・・・逆に俺の中身に気が付かないようなら取り入る隙があるかもしれない。


この作戦を相談したとき、シーベル子爵はカルヴィノを評してこう言った。


『こう言っては身も蓋もないですが、カルヴィノは単純な男でしたな。頭が切れるとか先を読むタイプではない。あやつを息子の従僕として付けていたのは、余計なことを喋らない物静かな男だったからです』


++++++++++


カルヴィノは極度に緊張しながらも牢からよろめき出てきた。


「ど、どうしてここに?」


「お前が捕らえられたのをボーマンから聞いた。丁度いいことに明日はリンスワルド家の騎士団と親善試合をやることになって、皆その準備でてんてこ舞いだ。いまなら目立たずに城を出られる」


「ですが、あ、あなたは一体?」

「カルヴィノ、俺がそれに答えられると思うか? お前は自分の真の(あるじ)の名を口に出来るのか?」

「う、いや、それは...」

「口にはできんだろう? あの方の元で動く者は誰でも同じだ」

カルヴィノはそれで納得したのか、俺の後ろを黙って付いてきた。


余計な物音を立てないよう、鎧そのものに対してパルミュナに静音の結界を掛けて貰っておいたが、それより、こんな大仰な鎧を着込んでいても意外とスムーズに動けるもので感心したよ。

だって全身鎧を着たのなんて生まれて初めての経験だからな・・・


ビクビクしながら俺の後ろを付いてくるカルヴィノを上手く誘導し、今時分は使われてないらしい炭置き場の戸口からひっそりと外に出る。

そのすぐ脇には、ボーマン氏が用意してくれた荷馬車が置いてあった。


「乗れ。荷台に上がったら姿勢を低くして荷物の中に潜り込んでろ」

「ああ、わかった」

カルヴィノは慌てて荷台によじ登ると、荷台に積んである帆布の山に潜り込んだ。

俺は御者台に上がり、できるだけそっと馬を動かして通用門へと向かう。


通用門にいる衛兵は一人だけだが、もちろん彼も宣誓魔法を受けてるお仲間だ。

たいへんお疲れ様です!

ご協力ありがとうございます!

とは口に出さず、その男に向けて石つぶてを投射すると、彼は小さな呻き声を上げて倒れ込んだ。


『なにかぶつけられたら、気絶するフリをしてくれ』と言ってあるからな。

だって、あの石つぶてじゃ小鳥も落とせないよ。


「よし、これで城外へ出た。もう顔を出してもいいぞ」

「あ、ああ。そうか、もう大丈夫なのか?」

カルヴィノが返事をしておずおずと帆布の山から這い出てくる。

「ここからは少し飛ばすから掴まってろ。万が一追っ手を出された時の事を考えて距離を稼いでおきたい」

「分かった」


月が明るいので馬を走らせるスピードを上げ、シーベル子爵と打ち合わせておいた川沿いの漁師小屋へと向かった。

「なあ、その、聞いていいかな?」

「ダメだ。聞かれてもなにも答えられん。分かってるだろう?」

「ああ、うん。そうだな...」


しばしの沈黙を載せて、荷馬車が走り続ける。


やがて漁師小屋が見えてきたとき、俺は腰に下げた革袋の中から用意しておいた財布を取りだし、カルヴィノに向けて投げ渡した。

「忘れないうちにこれを渡しておく」

中には大銀貨がたっぷり入っている。

受け取ったカルヴィノは怪訝な顔をした。


「これは?」

「当面の活動費だ。どう動くにしても必要だろう?」

「ああ、助かるよ」

「その財布はシーベル家の紋章入りだ。ひょっとしたら持っていることで余計な詮索を受ける可能性もある。中身は適当なモノに入れ替えて財布は何処かに捨ててしまえ」

「わかった」


漁師小屋に近づくとシーベル子爵の言っていたとおりに、その手前で道が二股に分かれていた。

俺は道の分かれ目で馬車を停め、御者台から降りる。

「ここから先はお前がこの馬車に乗っていけ」

「いや、あなたはどうするんだ?」


「どのみち俺も城には戻らん。仲間だと言うことは知っていたからあそこを出るついでに助けたが、お前が次にどうすべきなのかは知らない。それを聞く気も無い。後は自分で行動してくれ。俺はこの先で川を渡ってから王都に向かう」


「分かった。じゃあ、この馬車は俺が貰っていくよ」

「ああ、それでいい。それとボーマンが言っていたが、シーベル卿は近々ゲオルグ殿を王都へ向かわせようと考えていたようだ」


嘘ではない。

もうゲオルグ青年を王都に向かわせる必要は無いけれどね。


「そ、そうなのか...うん、なんにしても助けてくれてありがとう」

「構わん。追っ手が来ないうちに早く行け」

「わかった!」


カルヴィノはあたふたと御者台に乗り移ると手綱を握って馬を出した。

『追っ手』という言葉に恐怖を感じたのか、結構な速度で荷馬車を走らせていく。

荷台に酒と食料、おまけに馬の飼い葉袋まで積んであることにカルヴィノが気づけば、途中で腹ごなしのために寄り道する必要も無い。

しばらくはノンストップで走り続けられるだろう。


何処へ向かったのかは、後で探知するけどね?


++++++++++


漁師小屋に入っていくと、粗末な小屋の中にはいくつかの椅子と低いテーブルが設えてあり、縄と木枠で組んだ寝台も壁際に設置されていた。

カマドの中には白い灰が残っているが、燃えさしもなければ薪も積み上げてない。

どうやら、この小屋はしばらく使われて無いらしい。


小さな椅子に座って鬱陶しい兜を脱ぎながら、ふと、棚池の連なるリンスワルド家の養魚場で管理人のバイロンさんに聞いた話を思い出した。

フォーフェンから連日連夜のように魚の買い付けに来ていた商人たちが、ある日ぱったりと顔を見せなくなったら、『好景気』に酔いしれていた川漁師たちはどうなるだろう?

この小屋が放置されている理由が、そんなことでなければいいのだが。


「面白かったねー!」

そう言いながら革袋からパルミュナが出てくる。


「いやあ、俺は汗をかきっぱなしだったよ。やっぱりこういうのって苦手だなあ」

「騎士の鎧って重たそうだもんねー。それに兜ってすぐ臭くなりそー」

「違うわ。鎧のことじゃなくって人を欺す演技がだよ」

「あー、そっち?」

「こういう時は、お前の胆力と流れるような『作り話力』が羨ましい」

「作り話力ってなによー。人を詐欺師みたいに!」

「いや、吟遊詩人だって似たようなもんだろ?」

「そー言えば、人を欺すときには嘘の量をホントのことの半分以下にしないとダメなんだってさー。そうすれば信用されやすいらしーよ?」

「知るか! そんなノウハウ実践する気は無いわ!」


事が上手く運んでほっとした安堵感に浸りつつ、例のごとく下らないやり取りを楽しんでいると、城の方角から馬車が走ってきて小屋の外に停める気配がした。


「パルミュナ、一応城内に戻るまでは中に入っておけよ」

「はーい」

パルミュナがさっと自分から革袋に戻ると、小屋の扉が外から開かれてレビリスが顔を見せた。


「お待たせー!」


「なんだ、レビリスが来てくれたのか。てっきり子爵の家来が来ると思ってたよ」

「いやあ姫様から話を聞いてさ、道も一本で難しくないって言うから、じゃあ俺が行くよって話になったんだ」

「そうだったか」

「掻い摘まんだことしか聞いてないけどさ、いまシーベル子爵様が信用できる家臣って限られてんだろ?」


「まあな。エルスカインの手下に宣誓魔法をくぐり抜けられてる可能性があるから、ちょっと用心しないとって感じだな」

「ふーん、そりゃ厄介そうな雰囲気だ。明日の婚約式と演武大会もそれに関係あんのかい?」

「いや、子爵家に連泊する言い訳になったってくらいだな」


「従者の女性陣が婚約式の話で大いに盛り上がってるぜ? まあ騎士団の連中は演武大会のことしか話題にしてないけどさ」


「ねーお兄ちゃん、アタシ達も婚約式に混ぜて貰おーよー!」

「わお、パルミュナちゃんもいたか!」

「レビリスお疲れー」

「いや兄妹で混ざってどうする?」

「だって楽しそーだもん!」

「婚約式に飛び入り参加って凄いよな」

「なに言ってんだか...まあとりあえず城に戻ろう」

「ワイン持ってきたけどさ、飲むかい?」


混沌とした会話を交わしながらレビリスの乗ってきた荷馬車に乗り込み、さっきの道を逆に走る。

考えてみると、結構な距離を走ってたな。


「で、首尾はどうだったのさ?」


「まあ上手くいったんじゃないかなって思うよ。俺の正体には気づかなかったっぽいし、銀貨と馬車を渡したら大急ぎで逃げていったからな」

「後はシンシアさんの魔法で何処まで追えるか、なんだっけ?」

「そうだ。エルスカインに気づかれた段階で終わりだけど、少しでも情報が手に入れられたら、まぐれの大当たりだよ」


「そりゃあさ、まさかこんなところでエルスカインの手下に出くわすとは予想外だもんな?」


ゲオルグ青年が呪いを掛けられて床に伏したのは、ポリノー村でスパインボアの畜産が始まるよりも前のことだ。

この二つは別々に進んでいた計画だろうし、シーベル子爵が姫様に声を掛けてなければ、間違いなく俺たちはなにも気づかずに素通りしている。


そのポリノー村に罠を仕掛けた行商人のジーターは、恐らくルースランドに向けて逃げていた。

果たして根城に辿り着いたのか、もっと言うならば辿り着いた後にエルスカインの手で始末されているのかは不明だけど。


カルヴィノも直接ルースランドに向かうだろうか?

それとも、どこか近辺に向かう当てでもあるのか、どちらだろうか?


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