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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第三部:王都への道
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黒い部屋


開いたドアの向こうは真っ黒なモヤに埋め尽くされて室内が見えない。

何かが不穏だと思って身構えていたとは言え、まさかこれほどとは・・・


一拍の後、そのモヤの塊から何本もの黒い腕が飛び出してきた。

革袋からガオケルムを取り出して抜いている暇はない。

反射的に体が動き、室内から飛び出してきた黒いモヤの腕を拳で跳ね返す。

手の先に意識を集中したお陰で、突き出した拳は岩よりも硬い状態だ。

拳を受けたモヤの腕は、そのまま空中で霧散して消えた。

だが俺やリンスワルド家の四人はともかく、シーベル子爵や家僕たちに防護結界はない。


「パルミュナ!」

「へいき!」


まとめてみんなを護って貰おうとパルミュナに声を掛けたら、すでに両手を広げて周囲に防護結界を張っていた。

おう、仕事が早いな妹よ!


入り口に近い場所にいた家僕とメイドたちはモヤに取り憑かれてしまったが、浄化は後だ。

意識を集中して防護結界の反発力を高めると同時に、俺の反応速度がブーストされて、周囲の景色が水の中で動いているようにゆっくりとしたものになる。

『モヤの腕』は正面にいる俺と、一番近いところにいた家人たちを的確に狙ってきていたな。

と言うことは、この黒いモヤの中からこちらを見ていると言うことだろう。


ひょっとして山あいの道で山賊になっていた破邪たちや、ハートリー村の村長さんに取り憑いていたモノの本体は、こういう奴だったのか?

となると、まずは、この部屋の中にいる『本体?』をなんとかしないとな・・・

だって水で流せる量じゃないだろ。


次々に伸びてくる黒い腕を一つ残らず殴り飛ばして霧散させながら、俺は隙を見てガオケルムを取り出す。


そのままパルミュナ直伝の防護結界を信じて、開いたドアから部屋の中というか、どす黒く渦巻くモヤの中に向けてジャンプした。

飛び込みざまにガオケルムを抜き放ち、右手に刀身、左手に鞘を持った状態で着地する。


さすが大精霊の防護結界だ。

黒いモヤは俺に触れることが出来ずに周囲で渦を巻いてる。

防護結界が俺の体を中心に球体のように形作られているせいで、まるでガラスの泡に閉じ込められて、溶けた墨にでも浸かっているかのような感じ。

まあ実際には泡に閉じ込められてるんじゃなくて、モヤを閉め出してるんだが・・・


しかし、迂闊に刀を振るわけにもいかない。

室内の様子はなにも見えないけど、黒いモヤで埋め尽くされたこの部屋の何処かにシーベル子爵の息子がいることは確実だし、彼自身はエルスカインの手下だとも限らないからな。

うっかり斬ってしまいました、じゃあ洒落にならん。


精神を集中して渦巻くモヤを凝視すると、煙のようなモヤの動きに法則性が見えてきた。

恐らく、その起点に『本体』的なモノがあるはずだ。


意を決して、いつでも周囲を薙ぎ払えるように右手の刀を顔の左脇に構え、左手で逆手に持った鞘の先端を突き降ろしながら、そこにいる何かがご子息そのものでないことを祈りつつ、その中心に向けてジャンプする。


「ウグェッッ!!!!」


着地と同時に突き降ろした鞘の先端が何かにめり込んだ感触と同時に、けたたましい叫び声が巻き起こった。

そこにいたのが『本体』なのか、はたまた『発生源』かは分からないが、ガオケルムの鞘を突き立てられて苦しい悲鳴を上げ続けている。


いや、刀身じゃなくて鞘の方だし、別に刺さってないだろ?

なんでそんな断末魔みたいな悲鳴を上げてんだよ!


などと思いつつも、油断なく刀を構えたままモヤの中心らしき場所に向けて、二度、三度と鞘を突き降ろした。

「グゥェッ! グヘッ!」

鞘を突き降ろすたびに、『それ』が大蛙が潰されるみたいな声を上げつつのたうち、同時に黒いモヤの流れが乱れて弱くなる。

四度目に突き立てた後に、そのまま鞘を押し込んだ状態で精霊の水魔法を発動した。


鞘を握った手を伝って直下に精霊の水が(ほとばし)ると、水に触れたモヤがたちまち薄くなって蒸発するかのように消えていく。


そして黒いモヤが霧散して視界が開けた後・・・

精霊の水でずぶ濡れになった一人の若い男が、背中に鞘を突き立てられている状態で床にのびていた。


うーん・・・誰か知らないけど、子爵の息子だとは思えない服装だからセーフ!


++++++++++


元凶だったらしい男が気を失ったせいか、部屋の中に充満していた黒いモヤはすっかり消え去り、後には最初の印象とは真逆というか、驚くほど清廉な印象の部屋が現れていた。


広々としていて、品の良い椅子やテーブル、書棚にライティングビューローといった調度品が幾つか置いてあるが、ゴテゴテした装飾や金銭的な価値をアピールしているかのような芸術品の類いはなにも見当たらない。

壁に掛かっているタペストリーも実にシックで調度品とマッチしている。


貴族の部屋というと、もっと絢爛豪華な空間をイメージしていたんだけど、ぶっちゃけ、失礼ながら父君とは真逆の趣味じゃないか?

生まれてこのかた一度も貴族の私室になど踏み込んだことがないので、平均というか標準というか、一般的なモデルが分からないんだけどね。


「パルミュナ、もう大丈夫だと思うけど、お前も確認して貰えるか?」

「分かったー!」

廊下に声を掛けると元気よく返事が戻ってきた。

すぐに、パルミュナがみんなをゾロゾロと連れて部屋に入ってくる。


「外でメイドさんと家僕の人が取り憑かれてたけど、大丈夫かな?」

「苦しんでたけど、お兄ちゃんが部屋を真っ白にした途端にみんな気を失ったねー。もう大丈夫じゃないかなー?」

モヤの根っ子が絶たれたことで解放されているならいいが、後で一応は見ておこう。


「カルヴィノ! いったいどうしたっ!?」

子爵が俺の足下で気絶している男性を見て驚きの声を上げた。

カルヴィノって言うのが、この家僕のお仕着せ服を着た若い男の名前らしいが・・・

どうしたって言うか、コイツが元凶ですよ?


「詳しくは後で。それより息子さんの様子は?」


俺がそう言うと、子爵はハッとした表情で奥の間にある大きな寝台に駆け寄った。

ベッドの上には一人の青年が足を外に投げ出して横たわっている。

「ゲオルグ! 大事ないか!」

子爵が叫ぶと、寝ていた青年はむっくりと上半身を起こし、怪訝な顔をした。


「あれ...父上、お客様がいらっしゃるという話では?」

「寝ていたのか。具合はどうなのだ?」

「いえ、寝てはおりませんが...いや、なぜ私はベッドに? お客様が来るという知らせを受けて着替えていたはずなのですが...」

「具合は悪くないのか?」

「今日はずっと悪寒が続いていたのですが、いまは平気です」


ちらりとパルミュナを見やったが嘘はついてないらしい。

あー、部屋がモヤに包まれていた最中の記憶はないか。

だとすると、カルヴィノという家僕の男が俺たちを迎撃しようと準備し始めたところで、取り憑かれて意識を失ってたかな?


一応、寝間着姿ではなくて服は着ているが、足は裸足のままで靴下も履いてないし、上着のボタンも上の方は全部留まっていなくて、明らかに着替えの途中だった様子だ。


息子さんの身辺に濁った気配はないし、顔色もスッキリと良いくて健康そう。

そうなると、どう考えても、病気のこと自体からしてカルヴィノという男が仕組んでいたとしか思えない。


「お兄ちゃん、そのおにーさんも外の二人とおんなじだねー。ハートリー村の村長さんみたいに直接エルスカインに乗っ取られてたんじゃなくって、二次的な影響かなー」

「じゃあ、あくまでこっちの男が元ネタってことでいいんだよな?」


「だねー。そいつが本当のエルスカインの下請けで、そっちのおにーさんは末端で利用されてたって感じ?」

「お前なあ、組織犯罪みたいな言い方してんじゃねえ。あと、レディが子爵の息子さんをおにーさん呼ばわりすんな」

「はーい」


パルミュナは殊勝に返事をしたが、考えてみればエルスカインは窃盗団や街のゴロツキ集団とは違う意味で組織犯罪と言えなくもないか。

まだ正体が全然掴めないのがなんとも歯がゆいけど。


「シーベル卿、この男は何者ですか?」

うつ伏せのまま床に潰れている男を指差す。

「カルヴィノは息子に専属で付けていた従僕です。ずっと息子の世話を任せていたのですが、まさか、彼が悪巧みの黒幕なのですか?」

「黒幕ってのは大袈裟ですね。妹の言う通り、ただ使われていただけでしょう」


本当は、もっと直接的に『使われていた』存在だと思うが、その説明は後だな。


「なんと...まさかカルヴィノが...」

シーベル子爵はかなりショックを受けている様子だ。

そりゃあ信頼して何年も息子に付けていた従者が悪人の手先になっていたと知れば無理もない。


「なんたること...何年も息子の世話を任せていたというのに...しかし、カルヴィノも使用人として当家の宣誓魔法を受けておりました。当家の身内を害することは出来なかったはずですが...」


「そもそも父上、一体なにがあったのです? なぜカルヴィノが倒れているのです? それと、失礼ですが、そちらの方々がお客様なのですか?」


ゲオルグ青年は自分の置かれている状況がさっぱり掴めずに、不可解な表情で子爵に問いかけた。

記憶が断絶してるだろうし、そりゃあ本人からしてみれば、幻惑魔法を喰らってたようなモノか・・・


子爵は大きく咳払いをすると、さりげなく体を横に向けて姫様の方へ視線を向けた。

「ゲオルグ、大事なければ服装を整えよ。あちらにリンスワルド伯爵家の姫君と、そのお連れ様がいらっしゃる」

「え? はっ、姫君?! これは失礼を!」


ゲオルグ青年は弾かれたようにベッドから降り立ったが、それでようやく自分が中途半端な身なりのままであることに気が付いて、慌てて上着のボタンを留め始めた。


「いえ、どうかお気になさらず。ほんの少し前まで大変な状況だったのです...ですが、若君がご無事で何よりでした」

「ははっ、リンスワルド伯爵家の姫君におかれましてはご機嫌麗しく。このような姿でお目見えすること、誠に赤顔の至りにございます...」


「ゲオルグ殿、いまは非常時ですので杓子定規な挨拶は抜きに致しましょう。後ほど色々と伺いたいこともございますゆえ、まずはお体を休めて頂ければと思います」


「お心遣い頂き誠に恐悦でございます...しかし父上、一体、私に何があったのですか?」


「うむ、残念なことにカルヴィノが敵に寝返っていたのだ。つい先ほど、あろうことかカルヴィノが姫君のご一行を攻撃し、こちらにいらっしゃるクライス殿に成敗された」


「なんとっ!」


いや、カルヴィノ死んでないよ?


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