ビュッフェでの相談事
「しかし子爵殿は道中の危険は承知した上で、それでもライノ殿に許されるならばわたくしたちにご子息を同道させたいと」
「それにしても急な話ですね...ええっと、それが困るっていう意味じゃないんですけど、なぜ危険を承知でわざわざ我々と王都に同行する必要があるんですか?」
「今後、ご子息は治療を受けるために王都の屋敷で過ごされるそうです」
「治癒士に掛かるために、わざわざ王都に?」
「はい。子爵殿のご母堂様は大公家の縁者で、その孫に当たるゲオルグ殿も大公陛下にとって親族となります。病の話を聞いた大公陛下が王宮付きの治癒士をここに派遣して下さると仰ったそうですが、それはあまりに申し訳ないと、ご自分から王都に出向くことにしたそうです」
「なるほど、それなら無理なく診療を受けられますね」
「ですので、すでに出立の準備を進めていたところだったそうです。ちょうど頃合い良く、あらかたの用意が済んだところにわたくしたちが訪れたので、この機会にと」
でも子爵家付の治癒士だって相当な腕前だろう。
それでも治せなかった病気というのは、かなり厳しいのかもしれない。
「さらに、子爵殿が仰るには最近領内で不穏な動きがあるのだそうです。シーベル家の騎士団が護衛に付くとしても、リンスワルド家と一緒の方が道中の危険も少ないだろうとの考えだそうです」
うーん・・・
確かにリンスワルド家の大行列に紛れている方が安全だっていう発想は分からないでもない。
身辺警護は自前の騎士団に任せるだろうし、単純に護衛の戦力が倍増すると考えてもいいわけか・・・
ただ、それもエルスカインという存在がなければの話だけど。
「ちなみに不穏な動きとは?」
「今日はお見えになってませんが、シーベル卿にはお二人の弟君がいらっしゃいます。卿は、そのうちのお一方がご子息の病に乗じて家督を狙っているのではないかと考えているそうです」
うわあ。
それこそ先日話した『お家騒動』って奴か!
いかにも人好きのする雰囲気のシーベル子爵といえども、身内の揉め事からは逃げられないもんなんだな・・・
こっちの隊列に混ぜて欲しいって言う子爵の意図もそれなら分かる。
ご子息が『リンスワルド家の隊列』に参加しているとなれば、弟派閥も絶対に襲撃できないからな。
襲撃すれば即刻、領主間の侵略問題になって大公陛下も黙ってはいないだろうし、下手をしたら爵位を取り上げられて領地没収まであり得るから、跡目を継ぐどころじゃない。
この大行列を襲う盗賊なんかいるわけないから、ゴロツキや犯罪集団のせいにして誤魔化すのは不可能だろう。
「ああ、子爵殿に他の子供がいないのであれば、ご子息が亡くなられた
ら領地の統治権は自分のものになると。その後は自分の子供たちに継承させて本家に返り咲けるみたいな?」
「事実ならば、そういう謀りごとでございましょう」
「身も蓋もないというか、殺伐としてますね...」
「人族とは、そういう性質の魔獣でございますゆえ」
「たしかに」
姫様たちは例外だろうって言いたくなるけど、この儚く思えるほどの美しさを湛えた姫様自身さえ、自分たちが武人の家柄だと公言してるんだもんな。
世の中わからん・・・
しばらくすると、一通りの料理を確保したシーベル子爵やパルミュナたちが揃って戻ってきた。
さすがに『手に手に皿を持って』という事ではなく、五人の後に続いて給仕係が沢山の皿が載っているワゴンを押してきている。
料理台の側で色々な人と話し込んでいたのか、あるいは俺が姫様から状況説明を受ける時間を稼いでいたのか?・・・
きっと後者だな。
「はい、お兄ちゃんの分はこれねー。アタシとお揃いなの!」
「おっ、ありがとうな。美味しそうだ」
うん、料理のチョイスはいい感じだな。
リンスワルド家の前菜のように芸術的に美しいわけではないけど、色々な料理が少しずつ載せてあって食欲をそそる盛り合わせだ。
パルミュナも中々センスあるな。
姫様、エマーニュさん、シンシアさんの前にも、トレナちゃんが選んだらしい料理の皿が並べられる。
「では頂きましょう」
姫様の言葉でみなが皿の料理に取りかかるが、『晩ご飯』と言うよりも、ワインと一緒に色々な味わいを楽しむというスタイルで、あくまでも優雅だ。
考えてみれば、貴族のパーティーって生まれて初めて参加した訳だけど、こんな感じなんだなあ・・・
豚の丸焼きが付いた中庭の宴会とどっちがいいかは言わぬが花だけど。
「ところでシーベル卿」
パルミュナの選んだ料理とワインを頂きつつ、会話が途切れる間を狙って話しかけてみた。
「なんでございましょうかな?」
「姫様からご子息の話を伺いましたが、なにか難しい病を患っていらっしゃるとか?」
「さようです。当家の治癒士も原因が分からないと申しておりましてな。毎日、治癒を掛けて症状を和らげてはおるのですが、抜本的な解決にはなっておりません」
「それで王都へ治療に?」
「ええ、ですので是非リンスワルド家の隊列に息子も参加させて頂ければ、王都への道のりも一層安心できるものになると考えて、ご相談した次第です」
うーん、なんか気になる。
と言うか、ハッキリ言って不穏な感じがする。
俺もパルミュナも、シーベル子爵自身には澱んだモノはなにも感じてないし、このホールにも妖しげな雰囲気はない。
料理もワインも美味しい。
そもそも敷地に入ったときから怪しい気配を感じたことも全くない。
それなのに嫌な感じが拭えない。
これは漠然と、『どこかで良くないことが起きている』ことを感じた時の胸騒ぎって奴だな。
となると・・・
「シーベル卿、いまもご子息はお部屋にいらっしゃるんですか?」
「ええ、とても人前に出られる状態ではありませんので居室で休んでおるはずです。部屋で横になっている限りは具合も悪化しないのですが、少し動くとすぐに疲れるようでしてな...ほとんど外を出歩けないのですよ」
「では、これからお部屋に伺って、ご子息に会わせて頂くことは出来ますか?」
姫様たちもシーベル子爵も、突然の俺の申し出に吃驚して固まった。
パルミュナも心配そうに俺の顔を見上げている。
「お兄ちゃん?」
「パルミュナも会った方がいいと思うぞ?」
その一言でパルミュナは俺の意図を理解したようだ。
「わかったー。じゃあ一緒に行くねー」
「ライノ殿、子爵殿のご子息に会うのは、そんなに急ぐべき事なのですか?」
姫様の言葉に非難のトーンはないな。
単に理由が分からなくて戸惑っている、というだけだろう。
ヴァーニル隊長は、なにか変だと感づいている風があるけど口を挟んでこないし、シンシアさんとエマーニュさんも、外では姫様の侍女と魔道士を演じているので、当たり障りのない話題以外には最初から入ってこない。
「ええ、明朝には出立してしまうわけですからね。夜遅くになってからよりも、先に顔合わせして互いの様子を知っていた方が良いと思いますから」
「たしかに仰る通りですわ。この際ですから、明日になって慌ただしくないように、みなで一緒に顔合わせしてしまいましょう」
姫様がそう言ったので、当然、シンシアさん、エマーニュさんとヴァーニル隊長も随伴することになる。
「そうですな...息子もきっとクライス殿にはお目に掛かりたかったはずです。皆様に見舞って頂けるというのならきっと喜ぶでしょう」
「では?」
「はい。すぐに準備させましょう」
そう言って、シーベル子爵はメイドの一人を手招くと、息子の部屋に行ってこれからリンスワルド家の姫様が伺うから身支度しておくようにと伝える指示を出した。
病床とは言え、貴族の息子が寝間着で客に会うわけにも行かないか。
手間を掛けたのはちょっと申し訳ないけど、早めに確認しておいた方がいいだろう。
いったんは微妙な雰囲気になりかけたテーブルだったが、俺がご子息に会うっていうのは、つまり王都へ同行することを肯定したのだと捉えたシーベル子爵の表情が一気に明るくなったので良かった。
「息子も喜びますよ。なにしろクライス殿は立派な方ですからな!」
「恐縮ですね。じゃあご子息の用意が出来たら部屋に伺わせて頂きます」
そりゃ宣誓魔法を受けているから『勇者』とは口に出来ないよな。
まあ、そんな事はともかくとして、俺が子爵の息子さんに会いたい理由は、パルミュナも察した通り、なにかエルスカインに関わる企みが背後にあるんじゃないかと勘ぐったからだ。
もちろん子爵がエルスカインの手下だとかそういう話ではなくて、息子さんの病気自体が何らかの陰謀に巻き込まれた結果なんじゃないかっていう直感。
それが、さっき急に感じた違和感というか不快感の元凶なんだよ・・・
もちろん俺の勘だから、『大ハズレ』だという可能性はあるんだけど?
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その後、ヴァーニル隊長も混じって途中で宿を取る街の情報などを聞いていると、子爵家の家僕が声を掛けに来てくれた。
「御領主様、若君の準備が整ったそうでございます」
「うむ、では参ろう。皆様お待たせしましたな。息子が部屋でお待ちしております」
そう言って子爵が立ち上がった。
ということは当然、自分も一緒に行くと言うことだな。
ついでに、さっきからサミュエル君とトレナちゃんは立ち上がったままで、どう振る舞うべきか指示待ちしているようだ。
「スタイン、トレナ、あなた方はここにいて下さい。今のうちに食事を済ませておく方が良いでしょう」
「はっ!」
「かしこまりました」
うん、家臣の扱いが細やかだね。
結局、いつもの六人で子爵の後をゾロゾロと付いて歩くことになった。
館の長い廊下を進んでから一つ階を上がり、さらに角の部屋の前まで来ると、数人の家僕とメイドさんが待ち構えている。
ここが、ご子息の部屋か?
特に変わったところもなく、妙な雰囲気や濁った魔力なども感じない。
振り向いて、ちらりとパルミュナと視線を交わしたが、同じ感想のようだ。
俺は数歩ほど歩み出て、ドアのすぐ前に立った。
「若君、リンスワルド伯爵家様のご一行とお父上がお見えです」
部屋の前で控えていた家僕の男性がドアをノックして声を掛けると、すぐに扉が開く。
そして俺は室内の光景に目を見張った。




