行商人の行方
その日の夜は、峠から下ったところにある草地にシーベル騎士団と共に宿を取った。
近隣にあるのは普通の農村だけで大きな宿があるわけでもなく、村から離れた草地に密集して野営のための陣を張るスタイルだ。
こういう旅にこそ、姫様の大きな特装馬車が本領を発揮するんだろう。
「なんか、みんな仕事が早いねー。すっごーい」
「ああ、伯爵家の人たちは揃って仕事が早いってのもあるけど、馬車を止める場所の整地や必要な食材とか、事前に全部手配を済ませて準備してあるんだって」
「それもそっかー。伯爵様のご旅行だもんねー」
「だな。それにヴァーニルさんが言ってたけど、姫様の要望で、今回は基本的にできるだけ人里を離れて野営する方針でってことらしいよ」
「えー? それってもしかするとさー...」
「ああ、もしもエルスカインに襲撃された場合、出来るだけ無関係な人を巻き込まないようにって配慮だ。あいつらもデカい街なら変な行動はしづらいだろうけど、小さな街や村なら皆殺しにしかねないからな」
「ホント、そーゆーとこって姫様らしいよねー」
「まったくだ。考えの深さに頭が下がるよ。それになにしろ人数が多いからな。下手に宿を借りると分散しちまう」
「だったら、固まって陣を張って幕営してる方が安全ってことねー」
「ああ。俺たちとしてもイザって時に守りやすいし動きやすいからその方がいいよ」
ついでに聞いた話によると、そもそも南北の本街道が完全に整備されて以来、こっちの街道は通行量が減っているそうで、大きなと言うか貴族が泊まれるレベルの宿屋がある街は少ないという。
でも南北本街道の整備って、特にキャプラ川への架橋とかエドヴァルまでの整備とか、東西大街道とフォーフェンの振興とか、全部ノルテモリア家とエイテュール家のリンスワルドファミリーでやってるんだよね。
それについて姫様からちゃんと聞いたことはないんだけど、自分の本拠地を通る街道よりも王都とフォーフェン、そして東西南北の交易コースを最短で結ぶってことを優先した辺りに、リンスワルド家の考え方が如実に表れてる気がする。
「でもさー。先々の準備が全部手配できてるってことは、この先の行動があいつらに筒抜けの可能性もあるってことよねー?」
「もちろんそうだ。でも、ぶっちゃけ、どこでどう襲われようと俺たちで頑張るしかないんだよ。伯爵様ご一行だぜ? 影武者や囮もなしに、こっちがどんなにこっそり動こうとしたって絶対に突き止められるさ。隠密行動できるのなんて十人くらいがせいぜいだ」
「それもそっかー」
「ダンガやレビリスも頼りになるけど、あいつらを死なせたくはないし、そこらの魔獣以上のモノが出てきたら相手させられないだろ?」
「うん」
「で、仮に王都までの間にそんなモノが出てくるとしたら、結局はひたすら戦い続けるしかないからな。ただ、そうはならないだろうって気もしてる」
「それはお兄ちゃん流の勘?」
「油断じゃないぞ? いつ攻めて来られても迎え撃つ覚悟はあるからな?」
「そこは分かってるよー」
「ただな、エルスカインって恐ろしく用意周到なタイプだと思うんだよな。前回の襲撃だって最期にグリフォンを出してきたのはともかく、スパインボアとブラディウルフの二段構えで、たぶん第二波のブラディウルフ達も最初から用意してたんだと思う」
「言われてみると慎重すぎ? って言うか石橋を叩きすぎー!」
「でもな、俺にしてみれば、むしろグリフォンまで動かせるほど強大な力の持ち主が、なんでそんなに慎重なんだって不思議なくらいだ」
「あれ? 言われてみるとそっかー。大抵のことは力押しでいけそうなのにねー」
「だろ? で...想像だけど、エルスカインは姫様の心を乗っ取るか『事故』扱いで殺すことをまだ諦めてないと思う」
「え? だってもうバレてるじゃん!」
「姫様や俺たちにはな。だけど、ここにいない大勢の家臣やフォーフェンにいる官僚、他の貴族や領民にとっては知らぬ話だろ? それに奴が姫様のホムンクルスをまだ創れるつもりでいるなら、心を乗っ取ったり行方不明にして死体を手に入れるチャンスは今後もあると思ってるんじゃ無いかな?」
「なるほどねー。すぐに死ぬとしても精神を乗っ取っちゃえば、後はなんとでもなるって考えてそー」
「そういうことだ。その代わり王都からドラゴン探しに出発した後は、隠密性とスピードが勝負だろうけどな」
「なんか分かった! りょうかーい!」
今回はポリノー村の逆だな。
こっちはいつ襲撃が来るかと構えて油断してないけど、エルスカインにとっても虎の子のグリフォンをまとめてアッサリ始末された以上は、俺たちのパフォーマンスを見極めることが優先だろう。
それまでは・・・
あるいは本当にドラゴン級の攻撃手段を手にするまでは・・・
小手調べのような動きはあるとしても、派手には攻撃してこないだろうってのが俺の読みだ。
パルミュナが結界を張った翌朝、慌てて逃げ出した行商人ってのが、その調査役だったか、新たに調査役を仕込むかの任務を受けてたんじゃないかって気がする。
ポリノー村に災いをもたらした『ジーター』って名の行商人と同じ奴かどうかはまだ分からないけどね。
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夕食は姫様の居間として張られた天幕で、いつもの面子で一緒に取ることになった。
天幕と言っても壁や天井が布製と言うだけで、広くて豪華だ。
師匠の家の居間より広いし調度品の質など言うまでも無い。
しかも昼食の時と違って、ここではちゃんと折り畳みの大きなテーブルと椅子まで設置されている。
隊列後尾に付いてくる荷馬車の数がやたら多いだけのことはあるな。
本当は、シーベル騎士団のハルトマン氏にも声を掛けたらしいが、恐縮して辞退されたという。
ヴァーニル隊長曰く、『姫君と晩餐を共にしたなどと言うことが御領主様に知られたら絶対に恨まれます』と言ってたそうだ・・・
意外に気さくな人らしい。
結果、身内だけになった食事があらかた終わりに近づき、デザートが出る頃になって姫様がエルスカイン関係の話題を切り出した。
最初に言わないのは、きっと食事が不味くならないようにって気遣いだな。
「ではコーネリアス、例の行商人の話を皆様に」
「はっ。結界に恐れをなして逃げ出した可能性があることから、その行商人と何度も会っている家僕の者に手伝って貰い、人相書きを作成しました」
「それ、ひょっとすると...」
「はい。早速ポリノー村にその人相書きをもって確認に向かわせたところ、ファーマ村長はそれが魔獣を手配したジーターという男に間違いないと」
やっぱりか!
それにしても、あの襲撃が失敗した後なのに、のこのことリンスワルド邸に次の仕込みに向かわされたのか?
いや、だからこそ無関係を装えるかどうかの偵察かな・・・
「当家では、その行商人はマクナブという名前で記録されておりましたから、ジーターというのはポリノー村だけで使っていた偽名でしょう。さらに騎士団からの情報によりますと、いったんフォーフェンに入った後、東西大街道をさらに西へ向かったそうです」
「良く足取りを追えましたね? フォーフェンなんて往来自由であんなに賑わっているのに」
「領内で通行人の検分は致しませんが、まったく見ていないという訳でもありません。公国軍に所属する街の衛士隊と、騎士団の駐在員は連携して不審者を監視しておりますので」
あれ?
ひょっとして俺も不審者として見られてたかな・・・?
まあ本気で監視されてたら俺かパルミュナが気が付くだろうから、見逃されてたんだろう。
俺も遊撃班のケネスさんたちに不審者扱いされた前科はあるけど、本格的な不審者ってのは岩塩採掘場の悪党二人みたいな、ああいう手合いだよな?
「人相書きを見た公国軍の衛士の一人が、逃げた翌日の夕刻にフォーフェンから西へ向かった行商人を見かけたそうです。馬が疲弊しきっており、当人も異様に憔悴した様子だったので印象に残っていたと」
うーん、ロクに睡眠も取らずにリンスワルド邸から逃げ続けたのか・・・
だけど、そこまで強くパルミュナの結界に『あてられた』って事は、金で雇われただけの使いっ走りではないような気もしてくる。
「コーネリアスの報告通りに西へ向かったとなれば、そのままキャプラ公領地を抜けてルースランドへ向かったと考えるのが自然でございましょう」
不穏な国。
ロクな噂のない国。
かつて、魔獣に対抗できる破邪を王家の管理下に置こうと試みた国だ。
それに姫様は、すでにルースランド王家の一族がエルスカインの手によってホムンクルス化されていると睨んでいる。
奴らが証拠隠滅や跡を辿らせないことに異様に執着してるのは、手を出してる諸外国の相手に、国家間の問題として付け入る隙を与えないため、と考えることも出来るだろう。
どんなに怪しくても、証拠なしに糾弾は出来ないからな。
「俺も姫様の言う通りだと思いますね。やはりエルスカインの本拠地はルースランドにありそうです」
印象で相手を判断するなと言われても、ここまで材料が揃うとさすがにね?