転移先目印の残し方
パルミュナを抱えて部屋に戻り、とりあえずベッドの上に横たわらせる。
まだパルミュナはぐったりしている演技を続けているが、部屋に入ったときに少し薄目を開けて様子を見たことに、俺が気づいていないとでも?
「部屋に戻ったぞ。ほら、なにか食うか? お菓子も少し残ってるぞ?」
テーブルには、午後に持ってきてくれたおやつの焼き菓子が少し残っている。
メイドさんを呼べばすぐに飛んできて何かしら用意してくれることは分かっているが、深夜にそこまで人手を煩わせるのは気が引けるからなあ。
「えー、動けなーい。お兄ちゃんが食べさせてー」
「嘘を・つ・く・な」
「ひっどーい」
「いや、お前、最後の呪文のところで、引き寄せた奔流から魔力を吸い取ってただろ?」
「バレてたーっ?!」
「ガルシリス城の時と同じ流れが見えたからな。奔流から引き出した魔力を魔法陣に流し込む途中でちょろまかしやがって」
「うーん、よもや見抜かれていたとはー」
「なに言ってんだか...でも、今日も本当にありがとうな」
「えー、お礼なんか言わなくっていーんだよ? だって、お兄ちゃんのために出来ることはやるさー」
「嬉しいよ。でも妹とか大精霊とか、立場っていうか立ち位置っていうか、そういうのは全部抜きにしても俺はパルミュナに感謝してるし、ありがとうって言いたいんだよ」
「へっへー、ちょっと照れるけど分かったー!」
「ぶっちゃけ、ただ感謝するだけじゃ無くって、俺にも可愛い妹のために出来ることが、なんかあればいいのになあって思うけどな」
「えー、勇者を引き受けてくれたじゃん! 十分だよー!」
「そりゃ違うな。勇者は大精霊のために引き受けたことだろ? そうじゃなくて兄として妹のために出来ることって意味だよ」
「...んー、ずっと一緒にいてくれれば、それでいーかなー」
「そっか? でもそれはお前に頼まれなくても俺の気持ちとしてそうしたいと思ってるからな。まあ今は、もっと日常的なことでって話だな。ワイン買ってくれとか、ジャムやイチゴのタルトが欲しいとかあるだろ?」
「でもここにいると、そーゆーのに不自由しないからねー」
「それもそうだな...」
「だから今度、また二人で歩くようになったときに買ってー!」
「おう、もちろんだ!」
「いぇーい」
「そうだパルミュナ、後で聞こうと思ってたんだけど、俺が自分で飛び先の転移門をマーキングするのって、具体的にはどうやればいいんだ?」
「じゃー、おでこくっつけるからそこら辺に立っててー」
またあれか。
種類が違っても魔法陣を写し取るやり方は同じなんだな。
ベッドから起き上がったパルミュナは突っ立っている俺に歩み寄ると、両手を伸ばして俺の頭を引き寄せ、自分の額にくっつけた。
「魔法陣の形式が違うだけで、呼び出し方は同じー」
なるほど・・・
頭の中にパルミュナから移された魔法陣が浮かぶ。
俺の能力でぱっと見ただけでも、防護魔法陣よりも遙かに複雑な術式だってことが分かるな。
まあ、こうやって移されたから持っていることは出来る。
でも、自分で構築するのは絶対にムリ!
何処をどう弄ればどうなるのか見当も付かん・・・って言うか、防護魔法陣の比じゃない複雑怪奇さだなこれ。
立体的なイメージで脳内に浮かび上がっている転移魔法陣をグルグルと回しながら眺めてみるが、解読への道は果てしなく遠そう。
まあ、使えればいいのだ。
理解できなくても、とりあえずの支障は無いだろうし。
「でねー、ここを起動させると、その場所に転移魔法陣と結界を埋め込めるの」
そう言いながらパルミュナが俺の脳内の魔法陣に魔力を流し込んでくれると、即座に回路が起動して魔法陣が活性化された。
ただ、防護結界のようにすぐに結界が出現するわけじゃなくて、魔法陣の回路がなにかのパズルのようにコショコショ動いてる。
やがてパズルがカチッと嵌まった感じがして魔法陣の形が定まると、俺の足下に転移門の結界が浮かび上がった。
「これ、中でなにが動いてたんだ?」
「その場所に転移魔法陣を埋め込むための準備って言うか、計算かなー? 転移門って置く場所によって微妙に調整が必要なのよねー」
「へえ、そこまでやってくれるのか」
「屋敷にアスワンの置いた大元の魔法陣があるでしょー? それを探して、その方向とか距離とか...まあ上手く繋いでおくための設定みたいな感じ?」
「それを聞いただけで、俺には絶対にムリだなって分かった」
「慣れだよー」
「なわけあるか!」
そんな話をしている間に足下の転移門は光を弱めて、すうーっと消えていった。
パルミュナが流し込んだ魔力は、設置用というか起動させるだけの力だから、これは正常な振る舞いだと俺にも分かる。
「で、屋敷に戻りたくなったらここに来て、さっきの魔法陣を活性化させれば転移門が浮かび上がるわけだな? そのまま魔力を流し込めば起動して屋敷まで跳べると」
「そんな感じー。本当に跳ぶときは起動に結構な魔力を消費するから、それだけは気をつけてねー」
「おう了解だ。実際にどの程度堪えるかは、試してみないと分からんけどな...」
「んー、たぶん『箱』を開けるときよりちょっとキツいくらいじゃないかなー?」
「それって、お前を『箱』から引っ張り出した頃の俺だったら、一発で間違いなく死ぬよな」
「死ぬ前に屋敷の魔法陣に戻れれば、魔力が補充されるから平気ー」
いやいやいや、なんだその危険な賭は。
まあパルミュナの言うとおり、いまの俺ならそこまでのリスクは無しで屋敷に跳べるだろう。
たぶん、ぶっ倒れた状態のまま戻るくらいで済むはずだ。
「それに、屋敷の転移門を使うときは自分で起動する魔力が必要ないから、何処に行くのでも全然大丈夫よー」
「了解、とにかく、これで屋敷からこの部屋に跳ぶのはいつでも出来るようになったわけだよな?」
「うん。さっきアタシが結界を張った離の庭にも跳べるから、お好きな方でどうぞー」
「跳び先の選び方は...って、それは屋敷に着いてからでいいか」
「屋敷の転移魔法陣の上に立って結界を起動させたら、いま跳べる場所が浮かぶから、好きなの選んで意識を込めるだけー」
「ほう、それなら簡単そうだ」
「跳ぶ前に周囲の様子はうーっすらと分かるから、それから跳べば安全だよー」
そう言えば、ガルシリス城の地下で召喚されてきたアサシンタイガーたちも、転移の途中から俺の立ってる場所を把握してたもんな。
「ありがとうなパルミュナ。いまはお兄ちゃんもお前に頼ってばかりだけど、そのうちきっと自分の力でお前を守れるぐらいになってみせるからな。見限らずに待っててくれな?」
「へっへー、その気持ちだけで十分なのさー」
「でも、それぐらいになれないと、そもそも勇者としての役目を果たせないだろってことだしなあ」
「そんな、なんでも一人で背負い込まなくってもいーと思うよ? アタシやレビリスやダンガさんたちや姫様たちや、みんなで一緒に解決していけばいーじゃん...だって人の世は、みんなで作っていくモノなんでしょ?」
「ああ、そう言って貰えれば気が軽くなるな。俺は貰った力を最大限に鍛えて役に立てるだけだ。出来ないことは沢山あるだろうけど、出来ることをやらずに生きるのは御免被りたい」
とは言え・・・
いまの俺に出来ることなんてごく僅かで、実際はパルミュナに頼り切ってるから偉そうなことも言えないけど・・・
パルミュナが奔流からの魔力を吸い取ってダメージをリカバーしてるとしても、あの結界を施すのが、大精霊にさえ容易く出来ない大変な技だってことは、いまの俺には良く分かる。
ありがとうな、パルミュナ。
いつもそればっかり言ってるみたいだけど、自分がして貰えたことに慣れてしまったりせずに、感謝の心を忘れないのは大切なことだから言わせてくれな。
きっと、この先の旅路でも何度も言うことになると思うからさ。




