それぞれの故郷
レビリスの到着した日は姫様に我が儘を言って、俺とパルミュナもそのまま離れの食堂でダンガたちと一緒に六人で夕食をとった。
食事は全部まとめて一気に配膳して貰い、飲み物もダイニングテーブルの側で各自が自由にお代わりできるように準備して貰ってある。
あとは友人同士の気安い話で盛り上がるだけ。
「ねーレビリス! 見て見てー!」
パルミュナがそう言って、これ見よがしに俺の腕にしがみつくと、次の瞬間に革袋に飛び込んだ。
「わっ、なに!」
幾らパルミュナが大精霊だと知っていても、目の前で忽然と姿を隠したら驚くよな。
「ここー、アタシここにいるのー!」
革袋の口からパルミュナの声が響いて、レビリスの目が点になる。
「ええええぇっ...」
「この革袋はな、もう一人の大精霊に作って貰った空間魔法って言うか収納魔法って言うか、そういうシロモノなんだよ。なんでも中に入れておけば入れたままの状態を保てるし、パルミュナは精霊だから自分で自由に出入りも出来る」
「そーなの! この中って居心地いーんだよ? お兄ちゃんにくっ付いたまま運んで貰えるしー、楽チンよー!」
いや最近お前が、四六時中そこに出入りしてるのはそういう理由か?
「凄いな...正直、度肝を抜かれたさ...」
「でしょー!
再びパルミュナが革袋から出てくると、得意満面で言う。
どうしても、レビリスにこれをやって驚かせてみたかったんだな・・・
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すでにレビリスとダンガたちはすっかり打ち解けて四方山話に花を咲かせている・・・と言うか、レビリスがミルバルナと南部大森林&ルマント村の話を聞きたがっているという方が正しいな。
あいかわらずレビリスは色々な土地の情報を欲しがるというか、旧街道地域の復興というか経済的な振興に繋がるネタがないかにご執心のようだ。
ミスター地元愛め!
いつのことかは分からないけど破邪を引退したときは、故郷でなにか新たな『ホーキン村名物』の生産でも企画して取り仕切ってるのが似合いそう・・・
「いやあ、南部大森林ってさ、話を聞けば聞くほど一度行ってみたくなるなあ!」
「そう言って貰えると嬉しいけど、俺たちは一族揃って故郷から逃げだそうとしてんだよな...もちろん本来は良い土地だって思ってるけど」
「魔獣が急激に増えてるって話かあ...」
「うん、それがどうにもね...」
「俺は旧街道とフォーフェンの周りしか知らなくて良く分からなかったんだけどさ、この前ライノと一緒に岩塩採掘場に行ったときに、そこが他の土地より、やったら小さな魔獣が多いってことを教えられてさ。気になってはいるんだよなあ」
「ルマント村の周りだと、数より危険度かな。デカくてアブナい連中が急に頻繁に出てくるようになった」
「頻繁ってどんくらいさ?」
「うーん...俺がガキの頃は数年に一回、スローンレパードみたいなのが里の近くまで迷い込んでたぐらいかな?」
「まあ、そのくらいなら何処でも似たようなもんか」
「それがここ数年は、年に数回くらいそういうことが起きるようになって、運が悪いと畑にいた村人がやられちまう」
「えっとさ、犠牲者ってけっこう出てるのか?」
「ここ二年で三人が殺されてるよ」
「おおぅ、急にそれは多いな!」
「やっぱりそうだよね...出てくる数っていうか、増え方のスピードが速くって、絶対このままじゃマズいって思ったんだ」
「うーん、なんて言うかさ...魔獣も魔物も増える速さがある一点を超えるとさ、そっからは爆発的に増加し始めるって話は聞いたことあるんだよな」
「怖いなあ...」
「まあな。俺の知ってる範囲じゃ実際に起きた話は聞いたことがないけどさ、大昔は何度も起きてたって話だったね」
ダンガとレビリスの会話を聞いていた俺は、心の奥で、ふと何かが引っ掛かった。
「なあパルミュナ、それも奔流の乱れが原因だよな?」
「たぶんねー」
「それってさ、前にライノとパルミュナちゃんが話してたことだよな? って言うか、そもそもライノが勇者になったのは、その奔流の乱れの影響を治めていく為なんだよな」
「影響って言うか、原因って言うか...なんにしても普通じゃない状態の場所を元に戻すって感じだな」
「じゃあ、ライノさんがやってるみたいに、溢れ出てきた魔獣や魔物をどんどん刈り取れば元に戻るのかな?」
「故郷に戻って試すなよアサム? 気持ちは分かるけどな」
「うん」
「結局、原因を散らさないと駄目なんだと思う。放っておけば濁った魔力はどんどん集まって澱んでいくもんだし、そういう魔力の溜まった場所には魔物も出やすくなれば魔獣も集まってくる」
「だよなあ。さっきの『一点を超えると』って話もさ、結局は駆除が追い付かなくなったって話だと思うしさ」
「その限界を超えると、もう少々の破邪や兵士が集まったところでどうしようもなくなるってことだろうな。逆に人が追い返されちまう...ダンガたちの故郷はまだそこまで行ってないけど、そうなる前に村を移そうって判断は、俺は正しいと思うよ」
「うん。もう、それしかないと思ったんだ」
「つまりさ、大元から絶たなきゃ駄目ってことだな...っても、なにが元かは知らないけどさ?」
「それが魔力の奔流が乱れた影響っていうか結果だよ」
「乱れた奔流を正すってことか?」
「いや、そこまでは俺にはムリ。澱みが詰まってる原因を取り除いたり、そこに溜まってるモノを散らしたりする程度だな」
「あー、それって要はさ、詰まった水路をドブ浚いするようなもんかな?」
「ヒドい例えだなレビリス! まあ大体あってるけどな」
「でさ、ドブ浚いを請け負った勇者として解決の目処あんの?」
「ない」
「言い切ったぁ!」
「いやだって本来、そんな一朝一夕にって言うか、俺一人の世代で解決できるようなもんじゃないよ」
「そう言われると、そういうもんか...」
「魔力の奔流はいつのまにか勝手に流れが動いたりするものらしいけど、大きいのは海流みたいに安定してるらしいぞ? っても自分の目で見たことないけどな」
「海流かあ、なるほどね...」
「お兄ちゃんの海流みたいって言う理解は正しいと思うなー。ながーい年月をかけて変わっていくモノだけどさー、お天気みたいに明日変わるってものでもないからねー」
変化はあるけれど、普通は急に起きることじゃあない。
それが、ここだけじゃなくて、あちこちでぽんぽん起きているんだ。
ケネスさんも、公国のあちこちで魔獣や魔物の発生報告が増えてると言っていたしな。
「ところが、それが急激に変わり始めてるのがいまの状況だ。で、俺はそれにエルスカインが関わってると睨んでる」
「まーねー」
「ただ、パルミュナが言ってたように、奴のせいで乱れてるのか、乱れたことに奴が乗じてるのか、そこはハッキリ分からんけどな...とにかく色々な人の話を聞くと、最近になって動きが激しくなってきてると思える」
「うーん、証拠もないし理由もわかんないけどさー、アスワンも、ガルシリス城でエルスカインが何やってたのか、すっごく気にしてるみたいだったなー」
「そうだよな。箱から出たときにもそのことを言ってたし、そこら辺をアスワンが詳しく調べてくれたら有り難いんだけどな」
「えーっ、アタシの意見はーっ!」
「もちろん俺自身の意見より尊重する。自慢の妹だからな!」
「えへー」
「で、レビリス。旧街道の化け物騒ぎが起こり始めたのが二年前からだったろ?」
「ああ、だいたいそんなところさ」
「で、ダンガたちのルマント村で、急に危険な魔獣が徘徊するようになったのも二〜三年前からだよな?」
「えっ? それって...」
ダンガたちが、急にぎょっとした表情になって息を飲んだ。
「もちろん証拠はないよ。証拠はないけど、俺はルマント村って言うか、南部大森林の何処かにもエルスカインの仕込んだ何かがあるんじゃないかって気がしてるんだ」
「うん、俺はライノの推理が正しいって気がするね...あのガルシリス城の地下にあった魔法陣みたいなモノが、南部大森林の何処かにあってもおかしくないって思うさ」
「じゃ、じゃあ、俺たちの村が危なくなったり、村人が魔獣に殺されたのもエルスカインのせいかもしれないのか?」
「かもしれない、だけどな」
「可能性は高いって思うだろライノ?」
「まあな...エルスカインは、あの魔法陣の魔力井戸だか網の目だかなんだかを『各地において』って言ってたからな」
「ああそうだった。それがミルシュラント公国の中だけって考えるほうが不自然さ」
「エルスカインの本拠がルースランドにある可能性も高いし、たぶん世界中に仕掛けてるって考えるべきだろう。逆に、それぐらいの規模じゃないとポルミサリア全体の奔流を乱すほどの影響になると思えないしな」
「それもそうか...」
ともかく話せば話すほど、エルスカインが奔流を乱している『元凶』だって思いが強くなってくるな。
ただ...昔、師匠から『何度も同じことを人に説明していると、自分自身がそれに疑いを持たなくなってくるから気をつけろ』って言われたことがある。
極端な場合、その中身が嘘でも、だんだん自分自身で嘘と本当の境目が曖昧になってきたりとかすることもあるらしい。
要は、人の脳みそなんてその程度の出来なんだから、自分も人も完璧だなんて思うなよ?ってことだな。
だから、あまり考えが凝り固まらないように気をつけようと思う。
それこそ、凝り固まった思考で『魔獣の飛び出る穴』に気がつけるはずないもんね。




