レビリスと姫様
くだらない会話を交わしながらみんなで大笑いしていると、廊下に控えていたメイドさんがドアをノックした。
「クライス様、姫様がお見えです」
「あ、お入り下さい!」
姫様と一緒に、いつも通りに侍女のフリをしたエマーニュさんも入ってきた。
ひょっとすると、レビリスが到着したことを聞いて二人で顔を見に来たのかな?
「姫様。レビリスを紹介しますよ」
「おいライノ、姫様って...」
レビリスが椅子から腰を浮かしながら俺の顔を見る。
「先に言っとくけど跪くのナシな? 彼女がリンスワルド伯爵だ」
「へっ?」
「お目にかかれて光栄ですわレビリス・タウンド殿。わたくしが当代のリンスワルド伯爵家当主、レティシア・ノルテモリア・リンスワルドにございます」
「え? ええっ、いや! は、はい! えっと、はくさく様におかれましてはグキゲン麗しく...」
「噛んだなレビリス。とにかくそういう杓子定規な挨拶って言うか、関係性はナシだ。姫様は間違いなくリンスワルド伯爵家当主だけど、俺の友人だ。つまり、レビリスの友人でもある」
「無茶言うなよライノ! 俺は勇者でもなんでもなくってただの破邪なんだぞ?」
「それ言ったら、俺たちなんかただの狩人だよ?」
おおっ、ついにダンガにもツッコむ余裕が出てきた!
「タウンド殿にも友人として仲良くしていただければ僥倖です」
「は、は、はい。あ、こ、こしらこそよろひくお願い致しますうる」
「噛みまくってるぞレビリス?」
「し、仕方ないだろ!」
「まあ慣れるさ。それと彼女がエマーニュさん。この屋敷では姫様の侍女のフリをしてるけどな...本当は姫様の従妹で、彼女こそがエイテュール・リンスワルド子爵家のフローラシア・エイテュール、その人だ」
レビリスが息を飲んだ。
「へ? は? いや、なに、それ、どういぅこと?...」
「エイテュール長官って、みんな顔を知らないだろ? 実はこうやってノルテモリア家と行き来したり、お互いに役目を入れ替えたりして過ごしてるんだよ」
「エマーニュとお呼び下さいタウンド殿。御姉様同様に、私にも懇意にしていただけましたら光栄ですわ」
「ははっ! 光栄にございます伯爵様、子爵様!」
ついにレビリスが耐えきれずに膝をついた。
「だから、そういうのナシだって、レビリス」
「いや無茶言うなってライノ、俺はキャプラ公領地の出身なんだよ! とにかく御領主様なんだからさ!」
「面を上げてお立ち下さいタウンド殿。驚かせてしまったことは申し訳なく思います。ですが、タウンド殿はライノ殿のご友人で、すなわち私どもにとっても友人でございます。どうか市井の身分の話などお忘れ下さいませ」
どうにもぎこちなさが隠せないレビリスに姫様が話しかけた。
「タウンド殿。ライノ殿のご友人として、わたくしどもにもレビリス殿と呼ばせて頂くことをお許し頂けますか?」
「ゆ、ゆ、許すだなんてそんな滅相もないです!」
「ではレビリス殿、申し上げたいことが...」
そう言って姫様はレビリスにむけてすっと姿勢を正した。
チラリと姫様と視線を交わしたエマーニュさんも優雅な動きで姫様の横に出ると、二人並んでレビリスに向きあう。
レビリスはなにが起きてるのか分からなくて顔色が真っ青だ。
「ガルシリス城跡でのエルスカインのたくらみと、それに伴う旧街道地域の混乱と低迷...どちらも本来であればリンスワルドの一族として解決できなければならない問題でございました。レビリス殿が危険なガルシリス城への案内を自ら引き受けられ、ライノ殿と妹君を手助けされたこと、しっかり聞き及んでおります」
「いや、あれは単に成り行きで...」
「この場でリンスワルド一族を代表致しまして、レティシア・ノルテモリアとフローラシア・エイテュールより、レビリス殿に感謝を申し上げたいと思います。レビリス殿、先のご助力まことにありがとうございました」
「えっ?!」
そう言うと二人が揃ってレビリスに頭を下げた。
凄い、二人のお辞儀の角度がほとんどズレてないぞ。
ちょっとだけラキエルとリンデルを思い出したよ。
「えぇっ! ええ、え、いや、えっと...?」
レビリスはどう反応していいか分からずにしどろもどろだな。
俺としては予想通りだけど、絶句しているレビリスの表情が見物だね!
「いや、あれは旧街道生まれの者として当然って言うか、フォーフェンに籍を置く破邪として当然のことをしたまでです! いくらなんでも伯爵様と子爵様からお言葉を頂くほどのことでは...」
「レビリス、おまえの地元への愛情がなかったら、俺とパルミュナだってガルシリス城の真実を突き止められたか分からないし、エルスカインの関与に気づかないままだった可能性もあるんだ。胸を張っていいと思う」
「そんなことないさ。俺なんか、なんの役にも立ってないのに!」
「そういうお前が、俺とパルミュナを支えてくれたんだし、姫様と知り合う切っ掛けを作ってくれたんだよ」
緊張と戸惑いでげっそりしているレビリスを宥め、とりあえず姫様とエマーニュさんにも、一緒にテーブルを囲んで椅子に掛けて貰う。
こうやって一堂に面子が揃ってくると、シンシアさんとヴァーニル隊長に声を掛けてないのがちょっと心苦しいな。
「レビリス殿は旧街道地域のご出身でいらっしゃいましたね?」
エマーニュさんが薔薇の花が咲いたような微笑みでレビリスに問いかけた。
「はいっ、あ、さようでございます!」
「敬語はナシでお願いしますね。互いに窮屈でしょう?」
「ええっと。はい。旧街道の南側にあるホーキン村の出身です」
「ホーキン村ですか。視察で通ったことがありますので、おおよその位置は分かりますわ。魚の養殖が盛んで、魚を使った料理が名物にもなっていましたから」
「ご存じでしたか! ええ、山の上の湖とか村の周囲でも養殖が盛んで、魚の料理や加工品が人気なんですよ!」
姫様がそれに口を挟んだ。
「私も一度伺いましたわ。実は、リンスワルド家の養魚場を造成する際に、あのあたりで行われている養殖事業も参考にさせて頂きましたので」
「そうだったんですか! いやあ、なんか嬉しいって言うか、鼻が高いですね!」
おっとレビリスってば、御領主様たちが自分の地元に眼を掛けてくれていたことを知っていきなりハイテンションになった。
さすが郷土愛に溢れる男である。
「ところでレビリス殿はハーフエルフだと伺いました。旧街道沿いは人間族の集落が中心だと思っておりましたが、ホーキンの辺りではそうでもないのですか?」
「いえ、基本はホーキンも人間の村です。純粋なエルフは婿入りした俺の父親だけですよ」
「まあ! そうでしたの」
「俺の親父はあそこの山地の反対側って言うか、本街道の近くにあるラスティユって村の出身です。逆にラスティユはエルフ族だけの村ですけどね」
「...存じております。そうでしたか、レビリス殿はラスティユ村の縁者だったのですね」
姫様の物言いに、ちょっと含みがあるな。
何か、紙を買う以外にラスティユ村との経緯でもあるんだろうか?
「事情があって、あまり表沙汰にはしていないのですが、ラスティユ村を創立したのはリンスワルド家の縁者なのです」
「ええっ!!!」
俺もレビリスも驚いた。
「初代リンスワルド伯爵が叙爵されてここに領地を得た後のことです。その子供の一人が貴族として生きるよりも、エルフらしく自然のままに生きたいと出奔し、いまのラスティユに居を構えて村づくりを始めました」
「そ、そうだったんですか...」
「はい。その後、大戦争で荒廃した各地から、噂を聞きつけたエルフの難民がぽつぽつと集まり始めたのですが、中には村ごとまとまって移住してきた人々などもいて人数も増え、やがてエルフ族の村としてリンスワルド領でも知られた存在となったのです」
なんと。
「なるほどなあ...綺麗で、優しくて、精霊たちにも居心地が良くて...姫様の一族が作った村なら納得ってところですね!」
「いえ、それは違いますわライノ殿。当家のものは、あの村の起点になる場所を作ったに過ぎません。リンスワルド家の事業として手を入れたこともありませんし、ラスティユ村の素晴らしさは、正真正銘、あの村で育った方々の心根の美しさと努力の賜かと思います」
うっ。
なんか、領主としての器の大きさを見せられた感じ・・・
「ですので、これからダンガ殿たちが作る村も、きっとラスティユのように素晴らしい場所になりますわ」
姫様がそう言ってニッコリと微笑むと、本当にそんな村になると確信できてくるから不思議だよ。




