守るべきもの
俺としてはパルミュナが大精霊の立場よりも俺を大切に思ってくれてるという、嬉しいというか幸せな状況なんだけど、それを拒否して説得するというのは難易度高すぎだぞ・・・
あー、もう!
俺は、椅子から立ち上がってパルミュナの頭を抱き寄せた。
そう言えば、俺の出自を教えて貰った時、東西の大街道の瓦礫の片隅で、こうやって俺がパルミュナに頭を抱きしめて貰ったことがあったなあ・・・
「なあ、パルミュナ。俺は別に死ぬつもりはないぞ? ただ、そういう危険もあるってだけで、それはポリノー村だって、ガルシリス城だって同じことだったろう?」
「ドラゴンは別格だよー。たとえ大精霊だって中途半端に顕現している状態じゃあ、簡単にどうこうできる相手じゃないんだよー?」
俺の胸に顔を埋めたままでパルミュナがぶつくさ言う。
ガルシリス城に向かった時、俺に発破を掛けるために『ドラゴンなんて、あっという間に倒せるようになるよー!』なんて言ってたのは、一体どこの誰やら・・・
心配してくれるのは、お兄ちゃん嬉しいけどな?
まずは、みんなでエルスカインについて知ってる話を持ち寄って次の行動を検討しよう・・・って感じで考えていた会合だったけど、エルスカインが『闇エルフ』の直系の子孫かもしれないという姫様の情報とパルミュナの推測が合わさると、とんでもない話になったな。
その挙げ句に『ドラゴン探し』か。
自分で言い出しておきながら突拍子もないよな。
姫様も眉間に皺こそ寄ってないものの、かなり深刻そうな表情になってるし、俺に『エイテュール伯爵』を紹介した時とは別人のようだ。
美人であることに変わりないけどね。
と言うか、エマーニュさんが移動して姫様とシンシアさんの並びの空いてた椅子に座ったんだけど・・・
この三人が一列に並ぶと凄い光景だよ。
うーん、花に喩えると姫様が白百合で、シンシアさんが鈴蘭で、エマーニュさんが薄桃色の薔薇って感じ?
いや、女性に対してこんな想像をするのも失礼か。
ラスティユの村で『美形だー、みんな揃って美形だっー!』ってテンション上げてたあの時の俺が、いかに初心だったのか。
なんてまあ・・・いまはそれどころじゃない状況だけどな。
これはちょっとした現実逃避だ。
実際ドラゴン怖いし。
「ライノ殿、口を挟んでもよろしゅうございますか?」
俺がパルミュナの頭を抱えていると、姫様が妙に重みのある声で問いかけてきた。
「もちろんですよ! むしろ、こういうのはみんなで気安く意見を出し合わないと!」
「では、ここは話をまとめやすくするために、友人関係は脇へ置いて、各々の立場に基づいてお話しさせて頂きましょう。よろしいでしょうか?」
「ええまあ?」
「まず、ライノ殿の勇者としての役目は、魔力の奔流が異常になりつつある原因を見つけ出し、それを正してポルミサリアを覆う奔流の乱れを収めること。それで、よろしいでしょうか?」
「そうですね。特に濁った魔力が澱んでいる場所を探して、その原因を排除することが大切だって考えてましたよ」
「しかし、その途中にエルスカインという予想もしていなかった存在を見いだし、その行いが奔流の乱れに影響を及ぼしているのではないかと感じるに至ったと」
「です。しかも、いまの乱れは序曲に過ぎない...エルスカインを放置しておけば世界が壊れる...大袈裟に感じるかもしれないけど、まあそんな印象ですかね」
「大袈裟とは思いません。わたくしや皆も同じように感じております。リンスワルド領の占有など、先ほどのお話通りに経過点に過ぎないでしょう」
「良くも悪くも、ですけどね」
「ですので...ことは私の命やリンスワルド領を守るという範疇に収まらないと思っております。いえ、むしろ私やリンスワルド領よりもポルミサリア全体の平穏を優先すべきです」
「いや、まあ...だからと言って姫様たちを後回しにすることは俺には出来ないですよ」
「ありがとうございます。本当に、本当に、そのお心には感謝と友情を捧げます。しかし...友人としてではなく立場でお話ししたいという理由もこれでございます」
「えっと、それはつまり?」
「つまり勇者様としての行動には優先順位があってしかるべき。そして、御自らの知己を守ることよりも世界を救うことを優先して頂くことこそ、我ら勇者様の臣下としての願いです」
姫様のその言葉に、シンシアさんもエマーニュさんも強く頷いた。
でも俺からすれば、それは違うな。
「いや、それはないですね!」
「は?」
俺がためらいなくサクッと返したので、姫様が面食らっている。
「そういう考え方は俺には受け入れられないですよ。だって家族や身近な友人すら助けられなくて、なんの意味があるんだって思うんで」
「ですが、それが勇者としてのお役目だと...」
「もちろんそうだけど、そもそもアスワンやパルミュナと話して勇者を引き受けたのも、人々を苦しめる邪を打ち破る『破邪』という仕事の延長だと思ったからです」
「世界よりも家族や友を優先されると仰るのですか?」
「まあホラ、そんな大袈裟な判断って言うか、少数の知人と沢山の民衆とどっちを取るみたいな話じゃないですよ? 出来ること手の届くことから少しずつやっていくってぐらいの意味です。実際、エルスカインを止めるためにだって、なにが優先かなんて判断できないですからね?」
「そう言うものでしょうか?」
姫様が不可解そうな表情を見せる。
やっぱり、ピンと来ないかなあ・・・
「えーっと、例えばですね、『世界』って、どこまでの範囲ですか?」
「範囲、と申しますと?」
「文字通り地理上の意味です。ミルシュラントにルースランドやエドヴァルまで含めた西岸諸国全域ですか? ボルドラスより東の土着部族が支配する未開の原野や、海の向こうの南方大陸はどうでしょう?」
「そこは、ポルミサリア全体という風に漠然と考えておりました」
「人族の住むポルミサリア全部と言っても、俺にとっては見たこともない土地と人々ですよ。もし、ミルシュラントの混乱を治めるために南方大陸が犠牲になる仕掛けがあったとしたら、どちらを助けるべきですか? 人数の多い方ですか?」
「正直、わたくしには計りかねます」
「俺も同じです。どっちみち俺にも『正しい』判断とか選択とか出来ないと思うんですよ。なにが正しくて、なにが優先かなんて...どうせ正解なんて分かりっこないんだから、その時の自分に身近なことから向き合っていくべきだと思ってるんです」
「正しい選択はそもそも存在しないと?...」
「まあ、そういうことですね。自分に出来ること、手の届くことからやっていくしか無いって思ってますから」
「なるほど...理解致しました」
「それと、ついでだから偉そうなことを口にしちゃいますけど、俺は、なんであれ『勇者が言うことだから反対しない』という人とは一緒に行動しないつもりです。そういう人に囲まれてしまうと、俺はきっと魔獣が飛び出してくることに気がつけなくなると思うので」
「それは、お師匠様からの教えのことですね?」
「ええ。だから、むしろ『それじゃダメだ』と、俺に警告してくれる人と一緒にいたい。パルミュナだってそうです。意見が食い違っても、それを話し合って解決できるから一緒に行動できるんです」
俺が、ポリノー村で姫様からの『恭順の宣誓』を受け取ることに、もの凄く躊躇いを感じたのは、こういう理由もあるんだよな・・・
「なるほど。ライノ殿の仰る意味が良く分かりました。わたくしの正義は浅はかだったようです」
「や、や、そんなことはないですよ姫様! だから、どっちが賢いとかよく考えてるとか、そういう話じゃないって思うんですよ。姫様だって、俺とシンシアさんと、どっちから一人しか助けられないって状況だったら、シンシアさんを助けるでしょう?」
「そ、それは...」
「いや違うな...俺よりもシンシアさんを助けて欲しいです。姫様には、そうして欲しいです。大義のために家族を犠牲にするなんて人じゃなくて、自分の一番大切なモノをちゃんと大切にする人であって欲しいなって思います。だって友人ですからね!」
「ライノ殿...」
「あーすみません。なんか偉そうなこと言っちゃいましたね、俺」
俺なんか、姫様にとっては本当に若造だろうからな。
トモダチ宣言の後で、折角の善意を否定するような生意気な事まで言って、ちょっと申し訳なかったかな? とも思ったけどね。
これは俺の本音だもの。
嘘はつけない。
「いいえ、そんなことはありません。わたくしは、勇者様の知己となれました。臣下として認められました。そして...思いも掛けなかったことに友人だと仰って下さいました。これはわたくしとリンスワルド伯爵家の喜びであり誇りです。これからの生、この思いだけで、あらゆる困難に打ち勝ってゆけます」
いやいやいやいや・・・
なんだかまた大袈裟な話になってきてませんか?




