フォーフェンに手紙を出す
とりあえずメイドさんが戻ってくるのを待つ間、ダンガたちと新しい村づくりに関する他愛ない会話に没頭する。
どうせ後からエルスカイン絡みの面倒な話というか不穏な話をしなきゃいけないことは明確なので、楽しい会話は、楽しい会話だけでまとめておきたい。
三人もニコニコしながら、どんな村を作りたいか夢を話してくれる。
意見が割れていると言うほどでは無いけど、どちらかというとダンガは狩人らしく『山裾の森派』だな。
もちろん色々な要素に左右されるけど、木々に覆われた山裾の森は、基本的に生き物の種類が豊富だからな。
ただし、ダンガの考えは単に獲物が一杯獲れるというシンプルなモノでは無くて、農作物の出来が悪い不作の時でも、森の恵みに頼ることで飢饉を免れることが出来るだろうという、けっこうシリアスな読みに基づいているところに感心した。
レミンちゃんは兄の意見に賛同しつつ、いまのルマント村の畑と同じ規模の農地を、ゼロから森を切り開いて作るのは大変すぎるという観点から、可能であれば『森の縁にある草原』が推しだな。
少人数から始めて、何年も掛けて少しずつ切り開いて村を育てていくのであればダンガの意見通りでいいのだけど、一気に村の全員を連れてくるとすれば無理があると言うか養えないから、まずは手早く畑として開墾できる土地の広さを重視すべきだという意見で、これも納得。
アサムはもうちょっと発想が柔軟で、『大きめの川の脇の平野』がいいという。
なぜかと聞いたら、川の側なら水に困ることがないし、池を作って魚を育てたり畑に水路を引き込んだりも出来る。
それにリンスワルド領は色々な土地があって肉も麦も安く買えると聞いたから、自分たちで狩りをして自給自足をするよりもお金になるモノを育てたりして、無いものは領内の他の村から買えばいいじゃないか? という発想だ。
これもなかなか良い着眼点だな。
特に何でも自分たちで作ろうとせずに、買えるモノは他の村から買った方がいいって意見には、ラスティユ村の方針を思い出した。
「やあ、みんな、色々ちゃんと考えてるんだなあ...俺だったら、ただ景色がいいとか雰囲気がいいとか、そういう適当な理由だけで決めちゃいそうだよ?」
「でもライノさん、それも大事な判断だと思いますよ? 住んでる場所が気に入るかどうかって、とっても大切なことだと思いますから!」
「アタシもそー思うな! 雰囲気って大事ー!」
阿呆っぽい俺の感想をレミンちゃんとパルミュナが慰めてくれたよ・・・
まあパルミュナの言う『雰囲気』ってのは、常人とはかなり視点が違う気がするけどね?
しばらく五人でわいわい話していると、ドアがコンコンと軽やかにノックされた。
「クライス様、いまお邪魔しても差し支えございませんでしょうか?」
ん、この声はひょとすると侍女のエマーニュさんじゃないか?
「ええ大丈夫ですよ、どうぞ!」
もしやと思ったが慌てて返事をすると、やはりドアが開いて入ってきたのは姫様だった。
「クライス殿がこちらにお越しだと知らされましたので、手紙の件を直接伺おうと、急ぎまかり越しました」
「あっ、すみません姫様! そんな緊急な話じゃなくって、ダンガたちの新しい村の場所探しを、フォーフェンにいる破邪の友人に手伝って貰えないかと思って、それを問い合わせるだけの手紙なんです」
「左様でございますか。では、手紙を届ける使者を出しましょう。早馬でしたら、一昼夜でお届けできるかと存じますし、口頭で済むことでしたら、使者に直接伝えさせることも出来ます」
「いや、そんなにお手を煩わせ...」
と言いかけたら姫様が被せてきた。
「問題ございませんクライス殿。自分が仕えている方のお役に立つことこそが臣下の喜びでございます」
えーっと・・・なんて返事すればいいんだろうコレ。
姫様になんと返そうか言いあぐねていると、パルミュナがひょこっと口を挟んできた。
「ねーねー姫様姫様、その早馬って手紙以外のものも運べるかなー?」
「はい。人が持って馬に乗れる大きさでしたら問題ございません」
「だったらさー、お兄ちゃんの手紙と一緒にコレを渡して欲しいんだけどー、お願いしてもいい?」
パルミュナがそう言って姫様に指差して見せたのは、俺の腰にしっかりと結びつけてある革袋だった。
「ちょーっと待てパルミュナ。それをレビリスに渡してもアイツは中身の出し入れが出来な....って、お前まさか、自分がその中に入って届けられるつもりか?!」
「うん!」
「やめんか恐ろしい! 万が一にでも、途中で早馬が事故に遭ったりしたらどうするんだ!」
「その時は、アスワンに頼んで新しい革袋を作って貰えば大丈夫だよ」
「そんなことは二の次だ! てゆうか、お前にもしものことがあったらどうするんだって言ってるんだよ」
「えー、お兄ちゃんしんぱ...」
「やかましいわ! 大体お前が直接行って、レビリスになにを届けるつもりだ?」
「きっとレビリス驚くだろーなーって思って。面白そうだから!」
「却下だっ!」
「えーっ」
ホント、なんでこう精霊ってのは悪戯ごとが好きなんだろうね?
「えーじゃないぞ。お前がちゃんと精霊界にいるか俺の側にいるならいいけど、そんなフラフラと一人で現世を出歩かれたら心配で堪らん。ていうか俺の心臓が持たんわ!」
「...うーん分かったー。そんなに心配ならやめるー」
「そうしてくれよ。アスワンだって、別にドッキリ悪戯やるためにこの革袋を作ってくれたんじゃないんだからな?」
こういう心配のタネって、強いから平気とかじゃないんだよな。
パルミュナは頼りになりつつも、アスワンの言い分も分かるというか、なにをやらかすか分からない不安定さもある。
しかし、コレは決して過保護などではない!
勇者としても精霊の安全確保は義務だからな。
「あ、あの...話の腰を折って申し訳ありません。いまパルミュナさんのお話に出たアスワンというお名前は...」
「ああ、すいません。俺に力を貸してくれてるもう一人の大精霊で、パルミュナの相棒なんですよ。実はこの革袋は、そのアスワンが作ってくれたものなんです」
「さようでございましたか...あの、ひょっとしますと、そのアスワンというお名前の大精霊様は、かつてライムールで?」
「あー、それが彼ですね。『聖剣メルディア』も彼が作ったらしいんですけど、その話はあまりされたくないそうですよ。なんだかライムール王国の、その後の顛末が彼には不本意だったらしくてね」
「そ、そるなんでごらいますか。か、かしこまりました。では、その話は口にしないように致します」
おー、珍しく姫様が噛んだ。
「ええ。で、手紙の方は早馬を出して頂くほど急ぎの話ではないので、普通に渡せれば大丈夫です」
「お手紙だけでよろしければ、いつでも向かわせます。筆記道具はそちらのライティングビューローに一式揃っておりますが、他にお好みのものやご入り用のものがあればお申し付けくださいませ」
姫様が間をつないでくれた。
早速、壁際に置かれているライティングビューローのところに行って扉を開いてみると、なんとも豪華な筆記道具のセットが揃っていた。
ペンも数種類あるし、インクもか・・・それに羊皮紙と紙。
紙の作り方はよく知らないけど植物の繊維を梳いたもので、束ねておいてあったのは薄くて表面が平滑な高級紙だ。
「おお、これは良い紙ですね」
でも、ちょっと見覚えがあるな・・・
「この筆記用紙も領内で作られているものですのよ。あまり生産量が多くないので、市場に出回る前に当家で買い取る分だけでほとんど無くなってしまうそうですが」
「ひょっとして、この紙ってラスティユの村で作られていたりしませんか?」
「まあ! ご存じでしたのね、さすがはクライス殿ですわ!」
やっぱり、エスラダ村長から貰った書状と同じ作りの紙だった。
「あ、いえ。たまたまラスティユ村に寄ることがあったので、ただの偶然です」
「まあ! そうでしたか。ご縁とは本当に不思議なものですのね」
姫様が、さも感心した風にしっとりと仰るが、俺としては『縁』と言うよりも、リンスワルド領内で感動するような事には、料理でも塩でも農産物にでも、ほぼ伯爵家の影響があるってことだと思うんだがな・・・
まあ、それは言わぬが花かな?