ダイニングルーム
「冗談はともかくー」
「ともかくじゃなくて、時と場合を選んでくれ。だいたい俺は庶民だぞ? 姫様やシンシアさんとアヤしい関係になれる訳ないだろ」
「じゃあ、レミンちゃんなら庶民だから大丈夫!」
「お前なあ、『じゃあ』ってなんだよ失礼な...まあレミンちゃんって可愛いい女性だし、実際、いい奥さんになれそうだけどな」
ただし、手を繋ぐ程度でも他の女性と関わったら即座にバレて追及される恐れもあるが・・・
「かわいーよねー! すぐ気持ちがお耳や尻尾に出ちゃってるの!」
「本音が分かりやすくていいよな。商売には不向きだろうけど」
「人は騙せないよねー。でも、あの三人って人を騙すことなんて考えたこと自体なさそーな感じー」
「そうだろうな...で、本当にバカ話はこれくらいにして、お前はどう思う?」
「そーねー。アタシも気になるのは確かかなー。アスワンの考えは良く分からないところもあるけど、エルスカインって放っといてもいい存在じゃない、という点では一致してるかなー?」
「そうか。それと例の養魚場の事故の件な? あれも姫様と途中までは話したんだけど、やっぱりエルスカインの仕業らしいし、後で経緯を詳しく聞きたいと思ってる」
「えー、晩餐の席で聞くのー? それって失礼じゃないー?」
「おっ、珍しく急に礼儀正しそうなセリフを!」
「お兄ちゃんのためを思ってさー」
「そりゃありがとさん。まあでもさっき話したように、本当の両親が事故に遭ったわけじゃないそうだし、ことエルスカインに関することはお互いに隠し事せずに話した方がいいかなって思うんだ」
「それってー、お兄ちゃん自身やガルシリス城のことも含めて?」
「ああ。どうせ俺とお前が勇者と大精霊っていうワケわかんない兄妹だってことは姫様に知られてるんだし、もう姫様は味方として考えていいかなって思ってる」
「そうねー...ここの人たちなら、むやみに人心を集めるみたいなことにはならないかなー」
「よし。じゃあそれについては合意ってことで」
「もしも意見が逆だったとしても、アタシはお兄ちゃんに従うよー?」
「いや、それじゃダメだ。前にも話したと思うけど俺はパルミュナを信頼しているし尊重したい。もし意見が食い違うなら、なぜ食い違うか、ちゃんと話し合いたいんだ」
「へへっ、そーゆーとこもお兄ちゃんらしいなー。だから大好きー」
「照れるぜ。まあとにかく、姫様には腹を割って話そうと思う」
「うん。いーよー」
「あ、だけどコレは俺についての話であって、精霊としての立場って言うか秘密って言うか、良く分からないけど、パルミュナが話したくなかったり、話さない方がいいと思ってることは口に出さなくていいからな?」
「ん、なんで?」
「ほら、言うべきタイミングってのもあるだろうし、精霊界の話とか伝えにくいこともあるだろ?」
「わかったー。じゃあそのあたりは柔軟にねーっ!」
すでに俺たちの一番の秘密を知っている姫様と何らかの形で共同戦線を張ることになるとしたら、お互いに腹を割って話しておきたい。
むしろ、パルミュナには姫様に弟子入りして魅了術の修行をしてこいと言いたい。
・・・いや違うか。
考えてみれば、修行した結果で変なのについてこられてもお兄ちゃん困っちゃうな・・・
前言撤回だ。
++++++++++
今後の姫様との接し方について、パルミュナと大枠で合意したところで晩餐の用意が出来たとメイドさんから声がかかった。
おや?
この娘さんは、ポリノー村で姫様の馬車にお邪魔したときに、村長さんの家まで呼びに来てくれた人だ。
名前を聞く機会はなかったな・・・
「ねえ、お名前はー?」
ホントこういう時にパルミュナは躊躇しないね。
「姫様付の雑用係を承っております、トレナと申します。今後ともよろしくお願い致します」
トレナさんはちょっとはにかんだような笑顔を見せて頭を下げた。
どうでもいいけど、ここの屋敷内の使用人は女性比率が高いな。
さっきダンガたちの離まで案内してくれた家僕の人や、家令や執事っぽい人たちみたいな男性陣ももちろんいるけど、普段、表に出てきている人は女性が多い。
やっぱり、主が女性だとそうなるもんなんだろう。
当然ながら視察団に帯同してた治癒士も女性だったもんな。
これは必須というか、そうじゃないと駄目だろうけど。
それに騎士団にも使用人にも、ぱっと見でエルフだと分かる耳先の尖った人がチラホラいるけど、もし姫様と同郷で耳先の丸い人も混じってるんだったら、見た目以上にエルフ率が高い可能性もあるのか・・・
ともあれ、案内役に連れられて行った先は正餐用の部屋だった。
まあ、覚悟はしていたけどね。
正直、貴族の正餐に参加したことなんか人生で一度もないので、ルール、マナー、コモンセンス、すべての知識がゼロだよ?
破邪の装いと街娘の旅装のという、なんにしても簡素な服装の二人にとっては、超の字が付くほど場違いな空間だが、こればかりは如何ともし難いので考えないことにする。
それよりも、俺とパルミュナが控えの部屋に入った時には、すでに俺たち以外の全員が待っていたことが衝撃だった。
これ、あえて俺たちが最後になるように声掛けの時間を調整したな?
俺とパルミュナが部屋に入ると、姫様がスッとソファから立ち上がって微笑んだ。
さっきはダンガたちに偉そうなことを言っていたくせに、やっぱりこういう貴族らしい振る舞いに直面すると緊張してしまう俺・・・
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いいえ、逆にお待たせしたくなかったので、お声掛けするのを最期にさせて頂きました」
姫様はそう言って、またにっこりと微笑まれると、俺たちを奥のダイニングルームに誘った。
俺たちの他は姫様とエマーニュさん、それにシンシアさんとヴァーニル隊長だけか。
つまりポリノー村の馬車の中で話した面子だな。
俺たちを気遣って、最低限の面子に押さえてくれたんだろうけど、秘密保持の面からも有り難い。
シンシアさんとヴァーニル隊長は、二人とも夜会服に着替えていてかなりカッコいい。
ヴァーニル隊長の礼装はいかにも騎士団の重鎮という威厳を漂わせているし、シンシアさんのドレス姿も、むしろローブを着ていた時よりも子供っぽさが減っている。
あの、いかにも魔道士っぽい重々しいローブが、逆に身長の低さとアンバランスな感じでシンシアさんを子供っぽく見せていたんだな・・・
こうやって姫様と似たような意匠のドレスを着ていると、背は低いものの子供と言う雰囲気ではなくなっているし、姫様の見た目の若さもあって、娘と言うよりは妹と言われた方がしっくりくるだろう。
ダイニングルームに入っていくと、三十人くらいは座れそうな長テーブルに、六人分のセッティングが施してあった。
テーブルを挟んで手前側に三人分、奥側に三人分。
俺とパルミュナはどっち側かな?・・・とか悩むまでもなく、姫様とシンシアさんとヴァーニル隊長は、さっさと手前側の椅子の前に立つ。
俺とパルミュナはエマーニュさんに先導される形で奥の席に向かい、各々の椅子に到着したところで、向こう側の三人が椅子の背に手をかけた。
ああ、エマーニュさんは晩餐の間、俺たちって言うかパルミュナをサポートしてくれるポジションなんだな。
「では、お掛け下さいませ。今日は人数を少なくしましたので、あまり広い部屋では寒々しいかと思い、こちらの小さい方の部屋を使わせて頂くことにしました。どうかお許し下さい」
この部屋でもメインダイニングじゃなかったんだ。
なにをどう許せばいいのか分からないよ・・・
「いやあ、すみません。本当に生まれてこの方、最初は農村の子供として育って、破邪修行を始めてからは師匠と男所帯でガサツに暮らしてきたものですから、礼儀作法とかの常識をまったく身につけていなくって...」
「どうか、お気になさらず。そんなことを気にせず過ごして頂くことこそが、わたくしどもの願いですので」
「助かります」
「クライス殿と妹君のお好みを伺う機会がありませんでしたので、今日はこちらで考えた料理を用意させて頂きました。もし、口に合わないものが出て参りましたら、気にせず皿を脇へ除けて下さいませ」
まあ、俺もパルミュナも嫌いなモノなんて無いから大丈夫だろう。
なにしろ、まるで味付けや食材の違うものが多い南方大陸とかでも、食べられないって思うことなんかなかったしね。
給仕の女性が、まず俺とパルミュナにワインを注いでくれる。
あー、やっぱり貴族の食事だと水やエールとかじゃなくてワインだよね。そうだよね。
パルミュナの眼が赤く鮮やかなワインの注がれたグラスにじっと惹き付けられている。
長年の間に、ワインぐらいはいくらでも飲んでいそうだけどな。
なにかワインに対しては特別に思うものでもあるんだろうか?
それとも、市井じゃ滅多に見ることのない、透明度の高い硝子製のワイングラスの方に興味を引かれてるのかな?