アンスロープ兄妹の功績
姫様・・・つまり、レティシア・リンスワルド伯爵は俺をにこやかに屋敷に迎え入れると、お召替えのために屋敷の奥へと消え、代わりにヴァーニル隊長が笑いながら近づいてきた。
周囲を見回すが、ダンガたちの姿が見えない。
「ヴァーニル隊長、ダンガたちはどこに?」
「アンスロープの御三方は、この玄関前にお越しになるのはイヤだと仰いまして、ほかの騎士たちと一緒に通用門の方へ向かわれました」
あー、気持ちは分かる。
と言うか、俺も可能だったらそうしたことだろう。
「ではクライス殿、パルミュナ殿! 早速でございますが、お部屋へ案内いたしましょう。まずはゆっくりと旅の疲れを癒していただき、その間にお食事の準備などいたしておきましょう。さ、さ、どうぞこちらへ!」
護衛隊長が自ら客の案内役を務めるとか、いいのだろうか?
多分、俺を案内する役のはずだった家僕っぽい人が、こちらに進みあぐねてあわあわしている。
途中での襲撃を警戒して、あえて先触れを走らせていないようなことを言ってたし、お屋敷の人々に詳細な事情はよく分かってないはずだ。
なにしろ姫様も一緒にいま戻ったばかりで、俺がここに来ている事情や予定なんて全く知らなかったんだから、完全なノープランだろうね・・・
それでも、家令と思しき初老の男性が、周囲の人たちに素早く指示を出している姿が目の端に映る。
さすが伯爵家、緊急時の対応力が高いな。
ヴァーニル隊長自身は裏表がないと言うか屈託のない人柄だと昨日今日で分かっているが、さっきの姫様の爆弾発言と併せて、事情を知らない屋敷の人々には何から何まで想定外の出来事だろう。
ちょっと周囲から向けられる好奇の視線が怖い。
・・・珍しい生き物か俺は?
いや実際それもあながち間違ってないか。
リンスワルド家極秘事項だけどハーフエルフの勇者だからな!
うん、珍しい生き物だ。
さておきヴァーニル隊長と、その前を先導する家僕の一人と一緒に屋敷の中に入って行った。
廊下にはしっかりと絨毯が敷かれ、両壁には領地の情景と思われる美しい風景画がいくつも架かっている。
普通、貴族の屋敷に掛かってる絵ってご先祖様の肖像画とかじゃないのか?
裕福な屋敷にしても風景画とは珍しいな・・・
これだけの大きな絵を描かせるには、お抱え絵師にやらせたとしても、相当な絵の具代がかかるだろうに。
やはりリンスワルド伯爵領はかなり経営順調というところか。
豪華な廊下を延々と進んで案内された部屋は二階にある客間で、かなり広い続き部屋だった。
つまり最上級の客間だよね、ここ?
広いよ、広すぎるよ。
多分、伯爵家が『上席』にあたる客を迎えた時に使う部屋とか、そういう場所なんじゃないだろうか?
「ヴァーニル隊長、この後ダンガたちと話をしたいのですが、ここに呼んで頂くか、もし彼らがここに来るのが嫌だったら、私が向こうに行きますから、どこか適当な場所を貸して頂けませんか?」
「承知しましたクライス殿。ただ、先ほどのご様子からすると、御三方はここに来るのは厭がられるかもしれませんなあ...伺ってみますが、気が向かれないようでしたら、どこか空いている部屋を用意しましょう」
「すみません、よろしくお願いします」
俺達がその客間に入ってから間を置かず、大勢の小間使いや家僕の人が、ティーセットやらなんやらを持ってわらわらと傾れ込んできて、色々と室内のセッティングを行い始めた。
有事対応というか、急な来賓即応部隊の方々だな。
所在なく突っ立っていた俺とパルミュナに椅子が勧められ、ほとんど座ると同時に香り高いお茶の入ったティーカップが目の前のテーブルに置かれ、その脇に焼き菓子らしきものが盛られたトレイが添えられた。
仕事が早いな。
「ていっ!」
「いったーい」
「ちゃんとお礼を言わんか!」
ものも言わずに焼き菓子に手を伸ばしたパルミュナの頭を小突き、代わりにメイドさんに礼を言ってお茶を頂く。
姫様の馬車の中で、手ずから入れて貰った奴と同じ香りのお茶だ。
ホッと一息付けて美味しい。
色々な意味で。
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とりあえずお茶を飲んで寛いでいる間にヴァーニル隊長が部下をアンスロープ兄妹のところに向かわせてくれたが・・・
やはり極度に緊張している様子で、出来るだけ屋敷の中に踏み込みたくないらしい。
結局、ダンガたち三人は城の本館ではなく、離れにある客間に泊まることになったそうで、俺たちもそっちに顔を出すことにする。
まあ彼らは本来、正真正銘、普通の村人だ。
俺みたいに勇者という特殊な立場もなければ、姫様からエルスカインの情報を得たいという意図もない。
外国の領主、しかも伯爵の屋敷に連れてこられても、緊張して居心地が悪いだけだってのは仕方ないだろう・・・
連れてきたのは俺だけどな。
すまん・・・
パルミュナもダンガたちに会いたいというので、さっそく案内されて二人で行ってみると、『離れ』という言葉のイメージと全く違って、そこだけで完結している立派なお屋敷だった。
要は『別館』って感じだな。
想像では、ラスティユ村で泊めて貰ったエスラダ村長の家の客間をイメージしていたんだけどね?
「ねえコレってさー、十分に立派なお屋敷だよねー?」
「だよなあ...」
パルミュナの言うとおり、自前の玄関を持つ二階建ての大きな館だ。
俺たちが案内された『本館』と同じ城の敷地内に立っているからこそ『離れ』と呼ばれてるんだろうけど、これが単独でどっかに建っていたら、貴族のお屋敷だと言われて普通に信じるよ。
言うなれば、自分の家臣一同をまるっと連れて遊びに来た貴族が、気ままに長期間滞在できるような・・・
そんな景勝地の別荘みたいな用途が思い浮かぶな。
まあでも、本館の客間で寝泊まりするよりは気楽なんだろう・・・
たぶん。
玄関前には二人の衛兵が直立不動で立っていて、こちらの姿を認めるやいなや、さっと敬礼しつつ扉を両側から開いてくれる。
建物の中に入ると、ホールには家僕の男性と小間使いの女性数人が立ち並んでいた。
喉が渇いたでも小腹が空いたでもお湯が欲しいでも、客人の要望に即応するための人たちだが、俺たちが屋内に踏み込むと同時にお辞儀をしてきて顔を上げようともしない。
ダンガたち、緊張しすぎてなければいいが・・・
二階に上がって客間の前に来ると、俺が中に呼びかけようとするより先に案内役の家僕の男性が扉を叩いて声を上げる。
「ダンガ様、こちらにクライス様がお見えでございます。扉を開けてもよろしゅうございましょうか?」
あー、これは緊張するよな。
あとで姫様に言って、ちょっと緩めて貰おう。
「あ、ああ、ああ、ぁ開けて下さい」
ダンガ、思いっきり緊張してた。
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「ライノ、こ、これはさすがに度が過ぎてるんじゃないか?」
俺が部屋に入った途端、三人が縋り付くような目を向けてきた。
居心地以前に緊張しすぎて倒れそうだな。
「あー、姫様としてはダンガたち三人は恩人で俺の友人だからなあ...貴族の感覚で客扱いしてもてなそうとすると、どうしてもこうなっちまうんだろう」
とりあえず、村を出る時に預かっていた三人の背負子を革袋から出しながら宥める。
しかし・・・
確かに、この部屋の豪華極まりないカーペットと、その上に置かれた粗末な背負子との対比を見ると、三人が泣きそうな気分になっているのは分からないでもない。
ここで背負子を出すのも恐ろしく場違いだったな、俺。
「ここでも襲撃者を警戒するんだったら、狼姿のままでいられるように、空いてる厩とか倉庫の軒先とかを借りれるといいかな? っとか考えてたんだ。そしたら、狼姿のままで、この部屋に連れてこられたんだよ!」
たぶん姫様としては、三人がどちらの姿でも気ままに過ごせるように、あえて本館じゃなくて離れの客間をあてがったんだと思うけどな・・・
それにパルミュナ風に言えば『兄妹水入らず』で寛ぎやすいし。
その客間のレベルがちょっと凄すぎたって感じかな?
「最初は、泥足のままで廊下に入るのも躊躇われて...部屋の中で座っていいのかどうかも分からなかったです...」
「お、俺たちは、ただの狩人って言うか村人だよ? ルマント村じゃあ領主様のお屋敷なんて敷地に近づくことさえなかったのに...」
三人ともかなり動揺しているな。
もう人間形態に戻ってるんだけど、いまも椅子じゃなくて床に座り込んでるし・・・
ここは続き部屋になっている客間の手前で、応接というか談話室のような作りになっているのだけど、三人とも、ウッカリ何かに触れたりしないように、あらゆる調度品から一番離れた場所を選んで座り込んでいる感じだな。
重ね重ね、すまん・・・