Part-1:リンスワルド伯爵家 〜 伯爵の居城へ向かう
襲撃から夜が明けて、東の空が白み始めた頃に、アサムに匂いを辿って村人たちの避難場所まで知らせに行って貰った。
ウッカリしていたけど、村長や村人たちは狼姿のアサムを見るのが初めてで、気軽にひょいと顔を出したアサムを見て、すわ魔獣の襲撃かとパニックになりかけたらしい。
『護衛の騎士が村人と一緒にいなかったからヤバかったかも・・・』
とはアサムの談だ。
村のあちこちに横たわるグリフォンやブラディウルフの死体に目を剥く村長や村人たちへの説明は騎士団員に任せて、四人で朝食を取った後、さして多くはない荷物をさっさとまとめたダンガが、この先の行動を提案してきた。
「ライノ、念のために襲撃を警戒しながら移動するって事だったら、俺たち三人は狼姿で隊列についていった方がいいと思うんだ」
「えっ、でもそれじゃあ伯爵の屋敷までずっと自分の足で歩き続けることになっちまうぞ? 大変じゃ無いか?」
「俺たちは狩人だよ? 一日のうちに山を一つや二つ歩いて越えるくらい普通だよ。しかも狼姿なら大して疲れない」
ああ、まあ、そう言われてみればそういうもんだな、狩人って。
俺の父さんだって、それくらいの勢いで歩いてたと思う。
「俺はどっかの馬車に乗せて貰うつもりなんだ。なんだか悪いなあ」
「俺たちの仕事だろ? 気にする必要なんて無いさ!」
「そうか...まあ確かにダンガたちが狼姿でいてくれれば、一気に沢山の敵が襲いかかってきても安心だからな。じゃあ、すまんが頼む」
「よし、任せてくれ!」
「頼んだ。ただし、昨日と同じで、勝てそうにない敵が見えたら絶対に挑まないでくれよ。それこそ俺が相手をすべきだ」
「分かった! 気をつけるよ」
「それと、なにか怪しいものに気が付いたら、その正体を確かめる前に俺に教えてくれ。いいか絶対に逆じゃ無いぞ? 怪しいと感じた時点で、確かめに行く前に教えてくれな?」
「了解だ!」
結局、申し訳ないと思いつつも、ダンガたちには狼姿で馬車の隊列と一緒に歩いてもらうことになった。
「俺たちの荷物って、どれかの馬車に積んで貰えたりするかな?」
「それは俺が持っていくよ」
その場で三人の背負子を革袋に収納する。
伯爵の館に着いた後でなら、ダンガたちのこれからの旅について相談しあう機会は十分にあるだろう。
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そして俺は馬車の中。
なんだか、最初にポリノー村を訪れた時の村人救出で、俺だけ服が濡れてないままだったことを思い出してしまうな。
あれも心苦しかったが・・・
姫様とヴァーニル隊長が気を遣ってくれたのだろう、いま、馬車の中には俺一人だけだ。
出発間際の荷物や人員の振り分けの際、ヴァーニル隊長に、『俺はどれかの馬車の屋根の上でいいですよ。襲撃を見張るのにも丁度いいですし』と言ったら、『この人はなにを言ってるんだ?』という感じで目を剥かれた。
「滅相もありません。襲撃に備えるのは我ら騎士団の役目にございますれば、ゆ、クライスさ、殿は、馬車の中でごゆるりとお過ごしくださいませ。それに正直、実際に襲撃があった際にはお手を借りない訳にもいきますまい」
「...えっと、じゃあお言葉に甘えるとします。ただ、何か怪しいことでもあったら遠慮なく声をかけてください」
「承知いたしました」
昨夜の襲撃を退けた以上、わざわざ森の中の道を遠回りして進むこともあるまいと言うことで、いったん街道に戻ってから本来のコースで館へ向かうと言うことだ。
恐らく昨夜、撹乱のために送り込まれてきたブラディウルフたちが、本来は取りこぼしを防ぐための罠というか、第二波の襲撃役だったのではないかと思う。
しかし、昨夜の再襲撃でグリフォンまで撃退され、姫様の身体の入手に使用するつもりの双方向転移門を破棄した段階で、エルスカイン側は仕切り直すしかなくなったはずだからな。
それにしても、一人きりの馬車の中は、なんとなく物寂しい。
窓越しに御者さんと会話するのも気が引けるし、パルミュナは昨夜から革袋に入ったままだ。
いまも、そのまま革袋の中にいるのか、それとも精霊界に引っ込んだりしているのか分からないが、もし寝ているのだったら指通信で起こしてしまうのも悪いので、声をかけづらい。
不思議だなあ・・・
単なる遍歴破邪として旅をしていた時代には、一人でいるのが普通というか、師匠以外の誰かと一緒に旅をすることなんて考えられなかったのに、いまは、この大人数の隊列の中、一人で過ごすことに寂しさを感じるなんて。
これもパルミュナと一緒に歩くようになってからのことだ。
時折、窓の外を狼姿のダンガやアサムやレミンちゃんが通り過ぎるのが目の端に映る。
馬たちももう、ダンガたちの狼姿に怯えてないようだ。
出発時はちょっとドキッとしたけどね。
たまたま、先頭から戻ってきたダンガと、後ろから上がってきたレミンちゃんが俺の馬車の真横で会話しているのを耳に挟む機会があった。
『レミン、俺はこの先の尾根の陰に、なにかが隠れていられそうな場所がないか先に行って見てくるから、その間はお前が隊列の先頭にいてくれ』
『分かりました、兄さん』
どうやら、単にポジションを交代しているのではなく、周囲の森の中や前後の警戒まで含めた哨戒活動をしてくれている様子だ。
この三人なら敵が姿を隠していても匂いとか気配で気づくだろうからな。
本当に有り難い。
仮に怪しいモノを見つけても無茶だけはしないで欲しいと思うが、そこは何度もしつこく言い含めたので大丈夫だろう。
さしあたって特にすることもなく、かといって揺れている馬車の中で装備の手入れをする気にもなれず、エルスカインの企みは『なにがゴール』なのだろうか? とかをつらつらと考えてみるが、なにを仮定してみても、今ひとつ説得力というか明快さに欠ける。
やっぱり、相手の情報が少なすぎるな・・・
リンスワルド家の居城に着いたら、姫様の知っているエルスカインの情報を、もっと詳しく聞いてみる必要があるだろう。
などとボンヤリ考えながら馬車に揺られていると、ディソートの街を通り抜けた辺りで、左手の指先がぷるぷると震えて、小指と親指の先がぼうっと光った。
パルミュナの指通信だな、ようやく目が覚めたか。
いきなり革袋から叫ばずに、ちゃんと指通信してくる節度がお兄ちゃん嬉しいよ?
指を握って顔の横に当てると、脳内にパルミュナの声が響いた。
< お兄ちゃん、いま革袋から出ても平気ー? >
< ああ、馬車の中は誰もいないから平気だ >
< わかったー、じゃあ出るねー >
と、次の瞬間にパルミュナは俺の膝の上にちょこんと座っていた。
そうでした・・・
いまも座ったままだったね、俺。
昨夜と同じ姿勢で膝の上に鎮座ましましているパルミュナの腰を両手で持ち上げて、俺の隣に座らせ直した。
「えーっ!」
「えー、じゃない。もう魔力回復して動けるだろうが」
「だって、アスワンに引きずり込まれてからずっと離れてたから、久しぶりにお兄ちゃんにベタベタしたかったのにー!」
「ずっとって言ったって、ほんの数日間じゃないか」
「だって、レビリスと別れてから兄妹水入らずでいた時間なんて、ホンの数刻だったよー?」
「そう言えばそうか。水入らず云々なんて会話もしたなあ...」
「なにー、その懐かしい思い出みたいな言い方っ!」
「だからほんの数日前だろ?」
「くっ、いいもん。離れてた分、これからまたベタベタするからー!」
「だから長い間だったのか、あっという間だったのか、どっちだ?」
「りょうほー」
「意味分からんぞ?」
「えーっとね、アスワンに引き摺り込まれてからさー、アタシは結構働いてたのよねー」
「ふーん......」
「なにその疑いの目っー!」
「冗談だよ。で、精霊界で何やってたんだ?」
「アスワンに頼まれてさー、奔流の乱れ方がどう変わってきたかを絵図に起こしてたの。大変だったんだから!」
「へえ。そりゃ大変そうだ」
よく分からないけど雰囲気的に緻密な作業っぽいし、あまりパルミュナの得意な系統とは思えないのは確かだな。
「何週間もかかったんだからねー」
「いや、だから別れたのはほんの数日前だろうが」
「現世と精霊界は時間の流れ方が違うのー! って言うか、時間の過ごし方を変えられる? かな?」
「そうなのか? どういう意味かさっぱり分からんが」
「とにかくさー、早くお兄ちゃんに会うために頑張ったんだから!」
「アスワンは俺に、今度パルミュナに会うのは俺が王都に着く頃だって言ってたぞ? こっちの時間でもそんなに掛かりそうなことを数日で済ませちまったのか?」
「だから時間の密度を高めて頑張ったんですー。マジで健気な妹なんですー」
「良く分からんが、とにかく偉いぞパルミュナ!」
「えっへー!」
そもそもパルミュナがあっちの世界で頑張ってくれてなかったら、昨夜の襲撃に間に合わなかった可能性もあるのか・・・
「...ま、ともかく。昨夜は本当にありがとうなパルミュナ」
「まかせてー」
そう言って、わざとらしく得意顔をしてみせるパルミュナの頭にそっと手を載せる。
可愛い妹よ。
そのとびっきりの笑顔だけで、お兄ちゃんは十分に癒されてるよ。