宣誓魔法の使い方
そこに、ジットレイン魔道士が仲裁案を出してきた。
「こういうのはいかがでしょう? まず、私も含めてここにいる四人が無期限の宣誓魔法の元で、ホムンクルスに魂を渡さないことを誓います」
「つまり...エルスカインが提示してくるであろう、永遠の命というか、終わり無い延命の誘惑を拒否するわけですか?」
「そうです。それに宣誓魔法は術者が解除することが出来ますが、仮に私のホムンクルスが作られても、ニセモノの私に宣誓魔法の解除は出来ないでしょう」
「なるほど、それは安心ですな!」
「さらに宣誓の際にクライス様の宣言を入れて頂きます。これによって、本物の私が何らかの手段で操られて宣誓魔法を解除しようとしても、クライス様の同意がなければ不可能になります」
おおぅ、相変わらず俺の心理的負担が高いような気もするが・・・
まあ、姫様の人生を背負うよりはいいか。
「その上で、姫様がクライス様に恭順を誓えば、隙はありません」
あれっ?
最初に戻った! って言うか仲裁案かと思ったのに・・・
もっとガチガチになってないかこれ?
どーすんだ俺。
確かに、ジットレイン魔道士の案だけでは、本人の裏切りは防げてもニセモノの登場は阻止できない。
必要なのは、そのニセモノを判別する手段だよな・・・
姫様の言うように恭順を誓ってもらえば、両方同時に防ぐことが出来るけど、それは同時に、その人のこれからの人生を、俺という存在に縛ることにもなる。
それに、あまり想像したくないけど俺がやられた後は意味なくなるし。
「もー、ややこしく考えすぎー!」
いきなり革袋の中から声が響いた。
四人が驚いた顔で椅子から半分腰を浮きかける。
落ち着くように手で合図して、パルミュナに声をかけた。
「おっ、もう起きたのかパルミュナ?」
「お兄ちゃんの焦りが伝わって目が覚めたー。まだ眠ーい」
「あー、すまんな...で、なにか上手い方法があるのか?」
姫様の人生を背負う的な事をイメージして焦ってたのか俺。
ヘボくない?
「本人が望むならだけど、アタシが宣誓魔法を掛けてあげるよー。精霊の宣誓魔法で誓いを立てれば、人の魔法じゃ解呪できないでしょー?」
「なるほどな。じゃあ、姫様の城に着いたら頼むか」
「今やったげるよー」
「お前、魔力は大丈夫か? まだ眠いんだろ?」
「あー、お兄ちゃん心配してくれるんだー」
「まったくの棒読みだな!」
「宣誓魔法くらいなら大丈夫。お兄ちゃん引っ張り出してー」
「おう分かった」
革袋に手を入れるとパルミュナが指を絡めてきた。
そのまま手を握って引っ張り出す・・・と、次の瞬間にはパルミュナが俺の膝の上に鎮座ましましていた。
そう言えば俺自身も座ったままだったよね。
えーっと・・・
東西大街道で精霊の世界を垣間見せて貰った時と同じ体勢だけど、今回は衆人環視の中と言うか・・・
四人がテーブルを挟んで、驚きのあまり目を見開いている状況だ。
かなり気まずいなコレ。
「よし、立てるかパルミュナ?」
「むりー」
「えっ?」
「キツいからこのままでいさせてねー」
くそう、人前でそう言われると無碍にできんだろうが!
「あー、皆さん。その、コイツが大精霊のパルミュナです。俺の妹と思ってやって下さい」
「ライノの妹のパルミュナでーす。よろしくねー!」
「人の膝の上で足をバタバタさせんな! 行儀悪いぞ?」
「はーい」
あまりにも威厳も緊張感も無い大精霊の振る舞いと発言に、四人ともどうしていいのか分からない感じで固まっている。
まあ、いきなり跪くとかにならなくて、却って良かったのかもな。
うん、そう思おう。
「えっと...そちらの方が...その、先ほどの大精霊さまなのですね?」
やはり姫様が最初に立ち直った。
踏んでる場数の歴史が違うもんな・・・言わないけど。
「そうですが、パルミュナと呼んであげて下さい」
「承知いたしました。ではパルミュナ様...」
「様付けとかで呼ばれない方がいいでーす」
「は、はい。ではパルミュナ、さん。その、我らに宣誓魔法を掛けて下さるというお話ですが、それはどのように?」
「えーっとねー。要はエルスカインにニセモノを作られたり、魂をホムンクルスに移されたりしなければいいんでしょー?」
「仰るとおりでございます」
「だったらさー、自分の身体に忠誠を誓って」
「はい?」
「魂が自分の肉体に忠誠を誓うのよー。生ある限りこの身体から離れることは無く、肉体に死が訪れた時は現世に留まらず輪廻に向かうって」
「え、パルミュナ、それでいけんのか? ジットレインさんの案と似てる感じだけど?」
「だいじょぶよー。そっちの案だと本人の意思に関係なく、無理矢理に魂を引き剥がされたりする可能性が残るけど、これなら生きている身体から魂を引き剥がすこと自体が出来なくなるし、死ねばこの世に未練を残さずに、すぐに輪廻の円環にもどっていくからさー」
「ホムンクルスに魂を抜き移すこと自体が不可能になるわけか!」
「そーゆーことー。体の外で魂を扱えなくなるの」
「おおっ!」
「素晴らしいです!」
「注意点は二つねー。ひとつ、後でやっぱりホムンクルスの体を使って生き延びたいと思っても、もー無理。ふたつ、一時的にでも魂を肉体から引き離すような魔法も一切使えなくなるのー」
「一つ目は分かるけど、二つ目は、どういう意味なんだ?」
「魂を肉体から離して飛ばす離脱分身系の魔法とか? いまも使われてるかどうか知らないけどさー」
「パルミュナさま、さん。それで全く問題ございません。是非、わたくしにかけて下さいますよう、お願いしたく存じます」
「わたしもお願いします」
「無論、自分にも」
「お願い致します」
「いいわよー。じゃあ行っくねー!」
パルミュナの掛け声で、椅子に座ったままの四人の足下に、すでに見慣れてきた宣誓魔法の魔法陣が現れた。
「あなたの魂は、命ある限りその身体から決して離れないと、誓いますかー?」
「はい」
四人が同時に答えると、魔法陣が青く光って承認したことを示す。
「肉体に死が訪れた時は現世に留まらず、すぐさま輪廻に向かうと、誓いますかー?」
「はい」
再び魔法陣が青く光り、次に一度だけ赤く輝いてから消えた。
「これで大丈夫ー。もう、誰もあなたたちの魂をホムンクルスに写し取ることは出来なくなったからー」
「ありがとうございます! だいせ...パルミュナさん!」
「すまんなパルミュナ。ただ、死んだ身体を使って作り上げた単なるニセモノを作るのは、これだけだと防げないよな?」
「それは無理だねー。でも、ニセモノはすぐに見分けられるよ?」
「えっ、どうやって?」
「死ぬか解呪するまでは、精霊の宣誓魔法が四人の身体の中に残ってるでしょー? その魔法紋を自分で呼び出せばいいのー」
「ん?」
「あ、分かりました! こういうことですね!」
俺の頭には疑問符が浮かんだが、ジットレイン魔道士にはすぐに分かったらしい。
椅子から立ち上がったジットレイン魔道士の足下に、いまパルミュナがかけたのと同じ魔法陣が浮かび上がった。
「そー、イメージすれば呼び出せるでしょ?」
姫様とヴァーニル隊長、それにエマーニュさんも少し戸惑ったあと無事に魔法陣を呼び出せた。
「こ、これでよろしゅうございますか?」
「あ、なるほど...」
「本来はこれで、どんな宣誓魔法がかかってるか分かるんだけど、ニセモノにはこれはないからさー。もし目の前の相手が怪しいって思ったら、『宣誓の魔法紋を見せて』って言えばいいの。出せなかったり、拒否してきたらニセモノだってことー!」
「すごいなパルミュナ、バッチリだ!」
「後ねー、ここにいる四人以外でも、魂を持ってないニセモノのホムンクルスなら、すぐに見分けられるよー?」
「へえ、それはどうやりゃあいいんだ?」
「その場で新しく宣誓魔法をその人の『魂』に掛けてあげればいいのさー。そうするとタダのニセモノには魂がないから宣誓魔法がかからないの。声だけ『はい』とか『いいえ』って返事をしても、魔法陣が反応しないからすぐに分かるってことー」
「パルミュナ、すまんが最後に一つ聞いていいか? ここにいる四人はもう無理だとしても、すでに『魂も移されたホムンクルス』がどっかにいる可能性はあるよな?」
例えばルースランド王家の一族とかな・・・
「そーね」
「それを見破るのはどうすればいいんだ?」
「そいつらは自分の意志で動いてるから、魂に宣誓魔法掛けられるのは絶対に拒否するよ?」
「拒否しなかったら?」
「いまみんなにやった魂への宣誓を掛けるだけー。拒否すれば限りなく黒だけど、ハイって答えたら、その瞬間に魂が現世から飛び去るから、ホムンクルスも消滅ー」
「おおっ! 全部一挙に解決だ! 凄いぞパルミュナ!」
「ほめてー」
「勿論だ、褒める褒める。さすが可愛い自慢の妹だぜ!」
「えへー!」
「本当にありがとうございます、大パルミュナさまさん! これで最大の不安が無くなりました!」
姫様のテンションが高い。
かなり深刻な懸案事項が、これで解決だから無理もないか。
「どーいたしまして姫さまー。魂に宣誓魔法をかけるのは娘さんに頼めば大丈夫だからねー」
「娘さん?」
俺はなにげないパルミュナの発言に引っ掛かった。
「あっ! 申し訳ありません勇者様、いえクライス様! 決して欺すとか欺くつもりでは無かったのですが、ご説明するタイミングを逸してしまいまして。申し訳ございません!」
「はい?」
展開が読めずに俺がきょとんとしていると、ジットレイン魔道士がぽつりと言った。
「私のことです」
「え?」
「私の本名は、シンシア・ノルテモリア・リンスワルドなんです」
「...あー...そういう...」




