パルミュナと石つぶて
よろめくグリフォンが振り回す尻尾を避けつつ後ろ側に回り込もうとした時、とつぜん聞き慣れていた声が暗闇に響いた。
「お兄ちゃん! アスワンの革袋に手を入れてー!」
慌てて周囲を見回すが、パルミュナの姿はない。
「えっ、どういうことだ? って言うか、お前どこにいるんだ?!」
「いいから早くー!」
相変わらず、前振りも状況説明も抜きだなパルミュナ!
慌ててグリフォンの足下からいったん飛び下がって柵の外に出る。
革袋からなにを引っ張り出せば良いんだよ?
いま入ってるのは、ほぼ食材だぞ!
意味も分からずガオケルムを持ち替えて、腰に結びつけてあるアスワンの革袋に手を突っ込む。
・・・えっ?!
革袋に突っ込んだ俺の手を、華奢で柔らかな手が掴んでいる。
「そのまま引っ張り出してー!」
声は確かに革袋の内側から響いていた。
「お、ぉおぅっ!」
革袋の中のパルミュナの手をしっかりと握り、外に引き出すイメージと共に引っ張り出す。
次の瞬間、俺の横には大量に買い込んだ食材ではなく、箱の前で別れた時と同じ姿のパルミュナが立っていた。
「ふっかーつ!」
「お前なんだよそれ、復活とか縁起悪い。って言うか説明!」
「じゃあ、こっちに復帰?」
「おお、それそれって、そんなこと言ってる場合じゃねえわ!」
「分かってるーって言うか、だから来たのー」
「アレ、どうにか出来るのか?」
「お兄ちゃんと一緒ならねーっ」
「よし、頼むぞ!」
「抱っこしてー!」
「おい?」
「マジー」
まあ、こんなときに冗談言うパルミュナじゃないことは分かってる。
たぶん。
「横抱きで良いのか?」
「アタシの頭を右側にしてね」
「了解だ」
とりあえずガオケルムをいったん革袋に仕舞い、その場でパルミュナを横抱きにして抱え上げる。
パルミュナは自分の左手を俺の首に回して身体を支え、右手を空に伸ばした。
「右手を伸ばしてー!」
そう言われて、抱っこした肩と背中を支えている俺の右手を前に向けて伸ばすと、パルミュナは自分の右手で俺の手首を掴んだ。
俺の左手は、パルミュナの足とスカートをしっかりと抱えている。
「いっくよぉー!」
そう言えば、この気の抜けた掛け声は、前にも聞いたな・・・
どんっ、という衝撃を感じた。
何かがぶつかったのではなく、いきなり身体全体が動いたかのような衝撃・・・そして、パルミュナを抱いたまま、俺は宙に浮かんでいた。
マジか?
昼にダンガの背中に乗せて貰ったときは、内心『まるで飛んでるみたいだ!』って思ってたけど、これは正真正銘本当に飛んでる。
生まれて初めての経験だけど、不思議と恐怖はないな・・・パルミュナに任せているからか。
それに間違いなく浮いてるのだけど、足がぶらぶらしているとか、パルミュナにしがみついてるって訳でもない。
まるで、見えない土台が空中にあって、その上に乗っているかのように安定している。
前方では、最初に飛び上がったグリフォンが、伯爵の馬車に張られた防護結界を空から打ち砕こうと、足の爪と嘴で果敢に攻撃している。
まだ姫様の馬車の結界は大丈夫か。
広場にはしっかりした魔法陣を構築していたようだし、姫様自身も魔力を供給しているならば、そう簡単に突破されないとは思うが・・・
果たしてどのくらい保たせられるか。
グリフォンのクラスになると物理も魔力も半端なく強いし、魔力攻撃に対する防御力と肉弾戦での防御力を併せ持っている。
それこそ、いまの俺の魔力では、ガオケルムでさえ一太刀で足を切り落とせなかったほどに。
パルミュナには何か策があるんだと思うけど、時間の猶予はそう長くないだろうな。
「お兄ちゃん、石つぶて出して! 大きめでね!」
「お、おう」
空中に浮かんだ状態で、言われるがままに手の平の上に精霊の土魔法で石つぶてを生成する。
レビリスと別れた後に、街道を二人で歩きながらアスワンの箱にぶつかるまで延々と練習していた魔法だ。
「狙ってねっ!」
パルミュナの言ってる意味は分かる。
この石つぶてでグリフォンを狙えってことだろうが・・・
いや、これって食材にウサギやヤマドリを仕留めるとか、せいぜいそんな威力しかないぞ?
いまの俺の練度じゃ、たぶん鹿でも厳しい。
グリフォンとかこんなの当てられても気にしないってレベルじゃね?
だが、パルミュナはお構いなしだ。
「いいー?」
「お、おう! 狙いはバッチリだ...けどな?」
「充填するねっ!」
パルミュナが叫んだ。
途端に、手の平の上の石つぶてが真っ赤に光り始める。
コレ、凄まじい密度の熱魔法だ!
だが、俺の手の平にはわずかな熱さも感じない。
さすが大精霊の魔法制御技術なんだろうな。
「撃ってー!」
その声を聞き、石つぶてをグリフォンに向けて解放した。
石つぶてを飛ばす感覚は、手に持った石を投げるのとは全然違う。
四方八方から力の魔法でぎゅうぎゅうに押しつけた状態の石つぶてに対して、一カ所、狙ったある一方向に向けてだけ、言葉通り、その力を解放した『穴』を空けると、石つぶてはその方向に吹っ飛んでいく。
威力と命中率は、石つぶてを押しつけておく力の強さと、上手く目標に向けて石が抜け出ていく経路を、どれだけ正確に作り出せるかにかかっている。
パンッという乾いた音と共に、真っ赤に焼けた石つぶては狙い通りにグリフォンの胴体に吸い込まれ・・・
次の瞬間、爆発した。
「キュォーーーンッ」!
胴体に、樽が入りそうな大穴を空けられたグリフォンが絶叫する。
シメられた鶏みたいな声を出しやがって・・・
いや、まあ、あれでも羽根と嘴があるし鳥なのか? グリフォン。
「なんだいまのっ!?」
「石つぶてにねー、熱とお兄ちゃんの力をそのまま限界まで込めた状態で撃ち出したの! 相手にぶつかって砕けた時に、その力と熱が同時に発散されてパァーンって感じ?」
「なんからよく分からんけど凄いなっ!」
「続けていくよー!」
「おうっ!」
急いで手の平に石つぶてを生成する。
この程度の大きさなら、連続で生成しても大した負荷はないな。
「いいぞっ」
「充填完了っ!」
「喰らえっ!」
真っ赤に焼けた二発目の石つぶて・・・と呼んで良いのかどうか、もはや『石』とかいう概念から逸脱している気もしないでもないが、さっきと同じく乾いた音と共に手の平から飛び去り、狙ったグリフォンの体に吸い込まれた。
今度の狙いは、胴体と首の付け根の辺りだ。
再び、パアァーンと空気が炸裂する音がして、グリフォンの胴体に大穴が空いた。
「グックォッーンーーー」!
今度の悲鳴こそは、まさに断末魔という感じだな。
グリフォンの首はほぼ千切れかけていて二度と持ち上がることもなく、そのまま力を失ったグリフォンは羽ばたきを止めて地面に墜落していった。
すぐに、もう一匹のグリフォンがすぐに襲いかかってきた。
まだ、足と尻尾には二匹のスパインボアが食らいついているが、無視することにしたらしい。
「次はアレ!」
「よし、いいぞ!」
横抱きにしたパルミュナを抱えたままで空中に浮き、手の平に石つぶてを生成する。
我ながらシュールな姿だ。
って言うかどう見ても戦闘中って様子じゃ無いよな?
「充填っ!」
「おりゃあっ!」
どうも、石つぶてを打ち出す時の俺の掛け声が下品だな。
まあ、そんなことを検討している場合でも無いけど。
炸裂音と共に、グリフォンの片方の羽が根元からが吹き飛んだ。
まだ息はあるが、バランスを失ったグリフォンが噛みついたままのスパインボアを道連れに地上に落下する。
「よし、もういっちょ!」
「充填!」
「ていっ!」
「キュックゥーーーン」!
地面でのたうつグリフォンに、追撃の破裂石?を撃ち込んでとどめを刺した。
改めて地上を見ると、沢山のブラディウルフが走り回っているが、ダンガたち三人が、それを片っ端から叩き潰している。
ブラディウルフたちも、もはや隊列に襲いかかると言うよりは、ダンガたちから逃げ回るというムーブに見えるな。
「来たよ!」
パルミュナの声で視線を戻すと、最初に俺が足を切り落としていたグリフォンが向かってくるところだった。
左足と前足の爪先を失ったあの姿勢から飛び上がって向かってくるとは、大した奴だ。
「いいぞ!」
「充填っ!」
真っ正面から向かって来たグリフォンが、俺とパルミュナに向かって嘴を開いた。
こっちに炎を吹きかけて焼き落とすつもりだな?
「行くぜっ!」
パシュンッという乾いた音と共に俺の手から撃ち出された真っ赤な石つぶては、大きく開いたグリフォンの嘴の中に、そのまま真っ直ぐ吸い込まれていった。
そして一瞬の後、断末魔の声すら上げる間もなくグリフォンの頭が破裂して吹き飛ぶ。
まるでかき消されたように頭を失ったグリフォンの身体は即座に魔法の浮力を失い、その位置からほとんど垂直に落下していく。
そのまま、ドンっと大きな音と共に地面に激突した。
あ、ちょっと下の家が壊れたか?
すまん。
ふう・・・
それにしても一時はどうなることかと思ったが、パルミュナのおかげで助かった。
「お兄ちゃんって狙うのも撃つのもうまーい」
「おう、ありがとうパルミュナ!」
「どーいたしましてー」
「そうだ! 転移魔法陣を壊さないと、追撃が送り込まれてくるかもしれんぞ!」
そのままパルミュナと空中を移動し、先ほど飛び上がったスパインボアの柵のところまで戻った。
パルミュナに少し高度を下げて貰い、用心しながら柵の内側を覗き込んでみるが、転移門は完全に閉じている様子だ。
魔法陣の発していた光も、地下から湧き上がってきていた魔力も、もはや欠片も感じ取れない。
スパインボア養育場の地下に隠されていた転移魔法陣は、すでに完全に消失していた。
「これってさー、ここに送り込んだグリフォンが全部やられたから、慌てて向こう側で自壊させたって感じねー」
「自壊? どういうことだ?」
「えーっとねー、あのグリフォンを送り込んで来ていた元の場所そのものを破壊してるの。たぶん、ぜーったいに痕跡を辿られないように、その基地? アジト? それ自体を消滅させて放棄したんだと思う」
「まじか...」
なんて言うか、敵ながらやることが大胆だ。
生半可な相手でないことは重々承知しているつもりだったが、引くも攻めるも徹底的だな。