襲撃を待つ間
襲撃を待つ間
謁見、と言うにはかなりフレンドリーな様相だったが、実はリンスワルド伯爵その人だった姫様との会談を終えて、俺は村長の家に戻った。
姫様にも、今夜夜半から明け方に掛けて、再度の大規模な襲撃がある可能性は高いと言うことも隠さずに話したし、こちらとしてできる限りの準備を整えた後は、敵の出方を待つしかない。
なんとなくの勘なんだけど、ケネスさんにも話したように、今夜が山場って言うか、勝負所になりそうに思えるんだよね。
逆に言うと、ここを乗り切れば、エルスカイン側も一時的には手詰まりじゃないかって気がする。
もちろん、諦めるって事は絶対にないだろうけど、しばらく時間は稼げるんじゃないだろうか?
出来れば、その間に俺自身が勇者としてもっともっと強くなっておきたいところなんだが・・・
いや、そんなことよりも、まずは今晩を乗り切れるかどうかだ。
借りている村長の家に戻り、暖炉の脇に固まっていた三人に声をかける。
「レミンちゃんは俺がケネスさんと話してたのを聞いているから分かってると思うけど、やっぱり今夜中に次の襲撃がある可能性は、とても高いと思うんだ」
「さっきの食事中に聞いたからね。覚悟は出来てるよ」
「うん、今度はちゃんとやるよ!」
「ただ...いまこの村で最も守られている状態にあるのが姫様だ。相手もこっちが身構えてることを分かって襲ってくるんだから、生半可なものじゃないと思う」
「ブラディウルフとスパインボアの大群以上って事でしょうか?」
「たぶんね...数で押してくるのか、もっと強い手駒を出してくるのかは分からないけど、いま出せるだけの全力で来るとは思う。連中も、今日を逃したら次はもっと難しいって分かってる」
「ブラディウルフより強い魔獣って、どんなのかな?」
「例えばだけどウォーベアとか? あとはスローンレパードとかアサシンタイガーみたいに、ずる賢く立ち回る、扱いにくい連中とか」
「うーん...一対一なら虎系が相手でも戦えると思うけど、今日のブラディウルフみたいに大群で来られると厳しいかな...」
これはダンガの言うとおりだろう。
「むしろ、どんなのだろうと送り込めるだけの数を出してくると思ってた方がいい。だから、もし無理だと思ったら逃げてくれ」
「えっ、そんな訳には...」
「ダメだ。ダンガたちに逃げて貰えないと俺が困る。もちろん理由はあってな、ここから先の話は内緒話だ。いいな?」
三人が揃って頷いた。
すでに俺の精霊魔法や革袋の事やらなんやら、秘密を守る約束はして貰っているので問題ないだろう。
「こういう言い方をすると変なんだけど...たぶん、あの視察団で一番強いのは姫様だ」
「えっー!!!」
「うそ!」
「そうなの!」
三人三様の驚き方だけど無理はないな。
「本当にここだけの話だぞ。姫様の魔力量は半端じゃない。俺の見立てだと、昼に会った筆頭魔道士よりも姫様の方が強い」
「凄いな...」
「それに姫様は武術も相当な腕前だ。これは破邪の経験で立ち振る舞いを見て分かったことだけどな」
「見るからに華奢な、お姫様なのに...」
「まあ基本、魔法を使う人の強さは見た目じゃ分からないよ。前に話した俺の妹なんて、その代表みたいなもんだ」
「そっか...そうだね」
「と言うわけで、ダンガたちには、なにがなんでも姫様を守るって言う目線で行動して貰う必要は無い。こう言っちゃなんだけど、護衛の騎士よりも姫様の方が強いわけだからな?」
三人同時に、神妙に頷いた。
「じゃあ、俺たちはどうすればいい?」
「今日の昼みたいに、いなせる相手が襲ってきた時だけ、敵の数を減らして騎士たちの被害を抑えることを目標にしてくれ。ただし、一対一で勝てそうにない相手が出てきたら、絶対に挑むなよ。いいか、これは約束だぞ?」
「ああ、分かったよ。ライノには従うって約束してる」
「うん、今度はちゃんと言われたことを守るから」
「分かりました。でも、ライノさんも無理しないで下さいね?」
「ありがとう。ケネスさんの忠告通り、もし勝てそうにない相手だったら、俺も三人と一緒に逃げるとするよ」
「はい!」
さて、勇者でも勝てそうにない相手ってなると、なにが出てくるのか問題だけどね。
相手がエルスカインだって事を考えると、身体を持ってる魔物系が出てくることだってあり得ない話じゃないからな・・・
今夜、どんな奴らが来るのか、来ないのか。
仮にそれが、いまの俺では勇者の力を出し切っても勝てない相手だった場合、この三人はちゃんと逃げてくれるだろうか?
・・・状況次第だとは思うけど、正直、期待薄かな?
さっきはああ言ったけど、俺自身が逃げ出そうとしない限りは、この三人は踏みとどまってしまうかも・・・
だったら、俺も秘密を抱えたままでいたくはない。
よし、決めた。
「三人に頼み、いやお願いがあるんだ」
「なんだい急に? ライノの頼みなら聞くに決まってるじゃ無いか?」
間髪入れずにそう答えてくるダンガの両脇で、相変わらずアサムとレミンちゃんがブンブンと音がしそうな勢いで頷いている。
「うーんとな、要はこれからもずっと、いまと変わらないような友達関係でいて欲しいって事なんだけどな?」
「それ、頼むようなことじゃないだろ? 俺たちがライノから見放されるならともかく、俺たちの方が離れたくなるわけ無いだろう?」
「あー、まあ、なんていうかさ...これから俺は、自分の秘密を話そうと思う。もちろん悪いことじゃあ無いんだけど、理由があって隠してたことがあるんだ」
「やっぱりライノさんってきぞく...」
レミンちゃんが誤解しかけたので首を振って否定した。
「違うよ。でも、これを聞いても、俺に対する態度を変えずに、いままで通りの友達関係でいてくれたら嬉しいと思ってな...」
「そうなのか...」
「ああ」
「分かったよライノ、約束する。俺たちはずっとライノの友達だ」
「ありがとうな。ところで、ダンガたちは勇者って存在を知ってるか?」
「話には知ってるよ。何か大きな災厄や困難が起きたとき、人族を助けるために現れるって聞いてる」
「まあ、そんな感じだろうな。勇者の魂が、人々を助けるために精霊から力を借りると勇者になる...で、実は俺が、その勇者なんだよ」
「は?」
「ライノさんが勇者?」
「そそれって、どどどういう...」
「そのままの意味さ。俺は大精霊から力を借りてる勇者なんだよ。他の人には使えない魔法を使えたり、普通じゃ無いスピードで動いたり出来るのもそのおかげ。どれも俺自身の力じゃ無くて、精霊から借りた勇者の力ってやつなんだ」
ダンガもアサムもレミンちゃんも、どう反応していいか分からずに固まっている感じだ。
レビリスのようにいきなり跪かれるなんて事にはならなく済んだけど、真偽の判断も含めて反応に困ってるんだろうな。
やっぱり最初に復帰したのはダンガだった。
「じゃ、じゃあ...ライノ、は、勇者さま、なんだ?」
「そうだけど『様』なんて付けて欲しくないし、付けられると嫌だ。だからさっきお願いしたんだ。俺が勇者だからって態度を変えずに、これまで通りに友達として付き合ってくれるか?ってな」
どうやらするっと信じてくれたらしい。
「わ、分かった。これまで通り、がいいんだな...」
「うん。俺は勇者である前に、友人でいたいと思ってるから」
「そう、そうか...うん、友達なんだよな。友達だから、なにかあっても態度変えちゃいけないよな...」
「そういうことだ。レミンちゃんとアサムも頼むな?」
「あ、はい...」
「ああ...わかりまっった」
噛んだなアサム。
「勇者さま扱いとか、絶対に止めてくれな?」
「ああ」
「俺からの話ってのはこれなんだ。あー、話してスッキリした!!! やっぱり隠し事って性に合わないよ。これで気楽になったぞ!」