伯爵家の筆頭魔道士
俺は、一風変わった風体の筆頭魔道士に面食らった。
若いエルフの女性、それも見た目だけなら子供と言ってもいい若さ。
ぶっちゃけ顕現していたパルミュナよりも若いくらいだ。
まあ・・・
でも『エルフで魔法使い』だからな・・・
見た目に惑わされちゃダメなんだろうなってことは分かる。
その辺りの感覚は、パルミュナのおかげで耐性が付いたかな?
そんなことを思い浮かべていると、目前の魔道士少女が突然足を開いて腰をかがめた奇妙な姿勢になり、片手を俺に向けて思いも寄らぬ言葉を発した。
「ご免下さいませ。お初にお目に掛かりますが、遍歴破邪のライノ・クライス殿はそちら様でございますか?」
なんだとっー!!!
俺は咄嗟に昔取った杵柄というか、ほぼ条件反射的に対応していた。
すぐさま少女と同じように、両足を開いて腰を落とした姿勢を取る。
片手は膝におき、もう一方の手は掌を上にして前に出し、相手の紹介を誘うような感じだ。
「手前でございます。どうぞよしなにお願いいたします」
「そちら様、御師匠様でいらっしゃいますか」
「ただの印持ちでございます」
「自分より発しますので御控えなさってくださいませ」
「そちらさまこそ御控えなさってくださいませ」
「私は旅のしがない魔道士でございます。御控えくださいませ」
「自分もしがない印持ちでございますれば、どうぞ御控えください」
「御言葉の行き交うばかりでございます。どうか御控えくださいませ」
「では御言葉に従って控えさせて頂きますのでご免ください」
ケネスさんやヴァーニル隊長が、いったい何事かと目を点にしている。
変だよね。
すごく変だよね?
俺いま、とっても変なやりとりしてるよね、分かってるよ?
でも、やらないわけにはいかないんだよコレ。
途中でやめられないの!
お願い見逃して!
「御控え下さいましてありがとうございます。今回初めてのお目通でございますが、手前はアルファニアから参りましたシンシア・ジットレインと発しますれば、ご賢察の通りしがない魔道士でございます。どうぞお見知り置きのうえ、行末万端懇意に願います」
「ご丁寧な御言葉ありがとうございます。自分は遙々エドヴァルから旅して参りましたライノ・クライスと発しまして、取るに足りない駆けだしの印持ち破邪でございます。おおせの如く、そちら様とは初のご挨拶にございますが、行末永く懇意に願います」
実は、この妙ちくりんな挨拶も破邪同士の連携の一種だ。
寄り合い所の無いような小さな街や村でも、そこに破邪が住んでいる事さえ知っていれば、尋ねていって食事を振る舞って貰い、屋根の下で眠らせて貰うことが出来る。
つまり『一宿一飯の恩義に預かる』ことが出来るって奴だ。
まだ印を貰ってない修行中の身であっても、この挨拶をちゃんとやることさえ出来れば破邪の見習いと認められて、同じように一宿一飯を得ることが出来る。
俺も遍歴の修行中には行く先々で随分と世話になったし、もちろん師匠の家に暮らしていた時には、通りすがる沢山の破邪や破邪見習たちを世話してきた。
そのほとんどの相手とは、二度と会うことも無いだろう。
挨拶が終わると、少女と言っていいのかどうかは不明だが、可愛い魔道士はスッと姿勢を戻してニコリと笑った。
「クライス様、お付き合い下さってありがとうございます!」
「いや、本当に驚きました。まさかこんなところで、それも魔道士の方からこの挨拶を頂戴するとは予想外ですよ」
「私は破邪では無いのに急に問い掛けてしまってすみません。でも、クライス様はお優しそうな方だとお見受けしたので、きっと怒られないかな、と。どうしても一度やってみたかったんです! すみません!」
本来、破邪同士で無ければやることの無い挨拶なんだけど、こんな可愛いお嬢さん? に、ニコニコしながら言われると邪険にしにくい。
「そうでしたか...それにしてもどちらで、この挨拶のことを知られたんですか?」
「アルファニアにいた頃に仲良くなった遍歴破邪の方に教えて貰いました。この挨拶がちゃんと出来れば、印を持って無くても、旅先の破邪の家にお伺いして一宿一飯でしたっけ? 食事と宿を世話して貰えると」
まったく・・・
本当は破邪の修行してる奴以外には教えちゃ駄目なんだぞコレ?
その破邪のやつ、きっとこの魔道士さんの可愛さにほだされたな。
鼻の下を伸ばしやがって、しょうがない野郎だぜ・・・
俺も山道を歩いてた時に『破邪あるある』話の流れでパルミュナに教えたけど、兄妹だからノーカンだ。
たぶん。
「まあ、そんな感じですね...ともかく、どうかよろしくお願いします。それと、彼女は俺の仲間でアンスロープ族のレミンです」
何事が起きたのか分からずに面食らっていたレミンちゃんが気を取り直して軽く礼をすると、筆頭魔道士も同じように礼を返してきた。
礼儀正しい人ではあるらしい。
「ジットレイン殿、こちらにおられるのが公国軍治安部隊遊撃班のテリオ騎士位殿です。テリオ殿は、フォーフェンの街で姫様の馬車に魔法的な仕掛けがされた可能性を発見して、急を知らせにやってきて下さった」
ヴァーニル隊長は、いまのやりとりは関知しないことにしたようだ。
やはり賢明な人である。
「それは誠にありがとうございます。あれは、本来であれば私が気づかなければならない類いの事。恥ずかしながら、微弱な魔力を検知することが出来ず、今回の失態を招いてしまいました」
「いやいや、あれは仕方ないでしょう? 微弱すぎますよ」
「そう言って頂けると気が休まりますが、見落としたことは事実ですので...」
でも本気で仕方ないことだと思うんだけどなあ。
あの魔法薬そのものが発する魔力の強さは、そこら中にある汎用の魔法石と大差ないからね。
あれに引っ掛かっているようでは、ランプからコンロから、様々な実用品を片っ端からひっくり返して調べないといけないことになってしまう。
身辺警護の理屈から言えばそれが正しいとしても、現実的な運用じゃないだろう。
だからこそエルスカインは、魔法陣の類いでは無く、魔獣だけが反応するように匂いに込めた魔法を使ったんだろうが・・・
ん?
なんだろう、なんか気になる。
「筆頭と言いましても、まだ伯爵家に雇用されて一年目の若造です。どうか皆様のご指導ご鞭撻を頂戴したく...」
「えっ 一年目?」
「えっ 何か?」
「あ、いや、失礼しました。就任一年目にして筆頭をなさっているとは、凄いことだと感心いたしまして...申し訳ありません!」
慌てて取り繕った。
でもいまの言い方だと明らかに『筆頭になって一年目』じゃ無くて『魔道士として雇われて一年目』だよね?
と言うことは、養魚場の橋の頃にはいなかったと・・・?
「ええ、実は二年ほど前に少々不幸な出来事がありまして、当時伯爵様にお仕えしていた魔道士が揃って辞任するという結果に。それで、今いる魔道士は私を含めて、みな新参なのです」
「そうだったんですか...知らぬ事とは言え失礼を申しました」
「いえ、どうかお気になさらず」
思わず『辞めた魔道士たちはどうなったんですかっ?』と聞きそうになったが、危ういところで自分を押し留めた。
いまは橋の事故とスズメバチのことは脇に置いておこう。
それにジットレイン魔道士が二年前のことに言及しても、ヴァーニル隊長はニコニコしているままだし、特に禁忌な話題でも無いらしい。
「ジットレイン殿が広場に魔法陣を制作して敵検知と防御の結界を張るので、姫様の馬車を中心に陣形を作り、今夜を乗り切りたいと思う」
さっきは移動中だったから、いわば魔道士の人力だけで防護結界を張るしか無かったんだろうけど、あれはブラディウルフたちの『数の暴力』で突破されていたからな。
ここの広場に陣形を組んで、同時に本格的な魔法陣をしっかりと構築して動かせば、魔道士一人の人力とは比較にならない強度の防護結界を張っておけるはずだ。
と、思いたい・・・
「ただクライス殿はご存じかと思うが、魔法耐性の強い魔獣が相手の場合、普通の魔道士による術は通じない可能性がある」
そうなんだよね・・・
それもあって、エルスカインは魔獣を使って暗殺を行おうとするんだろうな。
普通の魔道士は人族の魔法使いや思念系の魔物が相手ならともかく、魔法耐性の強い魔獣相手じゃあ攻撃でも防御でも心許ない。
だからこそ破邪の魔法が特別ではあるんだが、それでも結局、力押しでくるデカい魔獣相手だと、最後は刃物で物理戦闘だ。
「了解しています。対人戦闘は騎士団の方々にお任せしたいと思いますが、魔獣や魔物が現れたら俺の方で引き受けますよ」
「心強いですな。頼みましたぞクライス殿」
でも考えてみると精霊魔法って結構『物理』を操ってる魔法だよな?
人族の魔法みたいに効果や対象がフワッとしてないというか・・・
精霊魔法は、はっきりと水で浄化したり固体を生成したり、遠くのモノを押したり引いたり。
熱のように目に見えないとしても、やっぱりそれも物理だと思うし。
うん、よくよく精霊魔法は魔獣相手に向いてる魔法だって思えるぞ。
ありがとうパルミュナ、そしてアスワン。