人も魔獣も
実のところ、俺がアンスロープ族の変身について知っていると言うか、聞いていることはそれほど多くない。
「事実と合ってるかどうかは知らないけど、ほとんど狼と変わらないに姿になれるって聞いたな」
「それで合ってるよ。さすがにティンバーウルフよりはデカいけどね」
ダンガが狼姿になったら、一層迫力が出てかっこよさそうだな・・・
「それを聞いたとき、俺はアンスロープ族が羨ましかったよ」
「えっ、どうしてっ!!」
三人ともビックリした顔をしている。
そんな特別なことか?
「だって狼の姿で野山を走れるんだろう? カッコいいじゃないか。それに強そうだしさ。あ、もし俺がいま失礼なことを言ってるんだったらゴメンな?」
「そんなこと無い。いや、全然そんなこと無いよ! だけど、狼の姿になれることをカッコいいって言われるなんて思っても見なかった...」
「そうか? 強いものや速いものをカッコいいって思うのは種族が違っても、あまり変わらないと思うけどなあ...」
「そ、そうなのかな? 狼ってカッコイイのかな?」
「まあ、強そうなのが好きって言っても狼より虎が好きとか、ドラゴンかワイバーンかグリフォンかとか、細かく言い出すと趣味の違いみたいなところはあると思うけどね」
「じゃ、じゃあライノさんは、その...わ私たちが狼の姿になっても、け、獣のような下品な姿だとか、下等な種族だとか、おお思わないんですかっ?」
落ち着けレミンちゃん。
「そんなこと思うわけ無いだろ? それに俺、狼系は好きだよ?」
「ええっ?!」
「だって、ライノさんブラディウルフに...」
アサムがそこまで言い掛けて口をつぐんだ。
それもレミンちゃんが狼への変身を話題にしたくなかった理由か・・・
「ああ。『あのブラディウルフ』は憎かったな。でも、その仇は師匠が討ってくれたし、ブラディウルフって種族が憎いわけでも、ましてや魔獣全体が憎いわけでも無いさ。昨夜話しただろ?」
「でも俺たちはさ、魔法で狼の姿に変身できるけど、その姿って本物の狼って言うか『ふつうの獣の狼』じゃなくてさ、やっぱり魔獣だよね...人の姿から魔獣の姿に変わるだけなんだよ。俺たち半分は魔獣だから...それで、ライノさんの親が魔獣に殺されたって聞いてさ...」
つまるところアサムは、アンスロープが魔獣の血、それも狼の魔獣の血を引いていることを気にしていたわけだ。
それで、俺の両親がブラディウルフに殺された話を聞いてショックを受けたんだろう。
それ以上を言わせる必要も無い。
「俺は人族だから、人族の味方をしているだけだ。だからって魔獣を自分たちより下に見ているわけじゃないし、魔獣を無条件で敵だと思ってるわけでも無いよ。危険な相手だと思うことと憎むことはまるで違う」
「そ、そうなんだね...そりゃあライノさんはいい人だから...」
「アサム。さっき自分が半分魔獣だって言ったな? それも違うぞ」
「え、どうして?」
「俺も、アンスロープも、エルフも、人間も、みんな半分じゃ無くて全部が魔獣そのものだからだ」
「いや、どういう意味なの?」
「人族っていうのは魔獣の一種なんだよ」
「え?」
「人族って言うのはな、『猿の魔獣』なんだよ」
「はああぁっ?!」
「太古の猿に魔力が取り憑いて猿の魔獣が生まれ、なぜかそいつは他の魔獣みたいにパワーやスピードが上がる代わりに、知恵が強くなった。そうして人族が生まれたんだ」
「そうなの? 本当にそうなの?」
大精霊は、特にアスワンは嘘をつかないだろう。
「本当だ。猿の魔獣は知恵を付けて他の猿たちを圧倒した。だから『ただの獣の猿』が生きのびている場所は限られてるし種類もわずかだ。まあ、南方大陸にはいまでも沢山いるらしいけどな」
「そう言えば、サルとかヒヒって話には聞くけど、実際に見たことないな。南部大森林にもどっかにいるのかな?」
「どうかな?...まあ人族の間で種族が違っても子供を産めるのは、祖先が同じ魔獣だからだ。そこからどう枝分かれして、いまの種族の違いが出たのかは知らないけどな。恐らく祖先の一族が取り込んだ魔力の使い方の差とかなんだろうね」
「えっと...じゃあ、俺たちは...」
「だからアンスロープは、人っていう元が猿の魔獣と狼の魔獣から生まれたってことになるな。人と狼は普通じゃくっつかないから魔法が使われたってことだけど」
「どっちも魔獣同士...」
「ああ。そもそも最初から両方とも魔獣なんだから、気にするようなことじゃないのさ」
「知らなかった...」
「知ってるというか、理解してる人は少ないな。俺も昔は知らなかったし、それを事実として受け入れないという人もいるだろうよ」
「ああ、そうだよね...自分と魔獣が同じものって嫌な考え方だと思う人は多いんじゃ無いかな...」
アサムも、ついさっきまでそれで悩んでたんだしな。
「でもな、魔力を纏って魔法を使う生き物は魔獣と人族だけだろう?」
「あれ? 言われてみると、そうなのか...」
「こう考えてみればいい、『魔法を使える生き物は魔獣だけだ』って。そう考えてみると、人も魔獣の一種だって事が納得できるよ」
「なるほど! そうか、そうなんだ! 人も魔獣も同じなんだ!」
「そういうことだよ。人族と魔獣が争うのは、同じ魔獣でも種類が違うからってだけだ。魔獣側にしてみれば、人族ってのは、ずかずかと自分たちの縄張りに踏み込んでくる、他の種類の魔獣に過ぎないってことさ」
まあここらへん、全部アスワンからの受け売りだけどね?
「人族は、知恵を付けた代わりに体力や魔力は弱まった。大抵の魔獣は生まれた時からそれなりの魔力を纏っているけど、訓練なしで生まれつき魔法を使いこなせる人族はごく一部だ」
「そっかー、なんだかライノさんの話で凄くスッキリしたよ!」
なんだか三人の顔が晴々としてるから、話して良かったな。
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なんだかんだで和やかな? 昼食を終えて歩き始めると、すぐに道は下り坂になり、ふたたび道の両側は深い木々に囲まれ始めた。
峠から見えていた距離感では、もうまもなく村の入り口辺りに着くはずなんだが・・・なんだ、この気配?
ダンガたち三人も、鼻をスンスンさせてるし耳もピコピコ動いている。
レミンちゃんの耳ピコピコってホントに可愛い・・・
いや違う、そういうことじゃなくって、この気配はなんか独特だ。
そこらの集落から漂ってくるはずのものじゃない。
「なあこれ魔獣の気配か?」
「そうみたいですね」
「猛々しい奴じゃなさそうだけど、嗅いだことのない種類だな」
「うん、気配はおとなしい...でも数が多いね」
ぐっと精神を集中して森の方を睨んでみるが、特に濁った魔力がそこらに澱んでいたりする気配はない。
ちびっ子たちの存在もほとんど感じないけど、旧街道みたいに『そこにいられない』ような雰囲気でもない。
単にこの場所が好まれていないだけって様子かな・・・
「とりあえず、村まで行ってみよう」
「だな」
遠目で見る限りでは村のある辺りも、森そのものの雰囲気はごく普通だ。
いくつかの家の煙突から煙が立ち上っているのは食事中ってことか。
ここからじゃ遠すぎてよく分からないな。
四人で少し散けて歩いているのだが、俺と村の方角の間にレミンちゃんが入っているので、村を見ているつもりで、ついレミンちゃんのピコピコ動く耳に見とれてしまうのが難点だけど。
いや違う。
それは俺の問題であって、村の問題じゃないぞ。
村に近づくと、集落へと入っていく分かれ道のところに、一人の男が座っていた。
小さいながらも腰には山刀を下げ、杖代わりのような棒を持っているところを見ると、一応は門番役なんだろう。
周辺に魔獣の気配がしているところを見ると、交代でなにかの警戒に当たっているというところか・・・
まずは声を掛けてみないことには始まらないな。
村の入り口で門番をしているらしき男性に、とりあえず挨拶をしてみる。
「こんにちは」
「やあ、こんにちは。皆さんは、ラスカ村の方から来なさったのかね?」
ラスカ村と言うのは、昨日通った三つ目の集落だ。
あの村に用があった人なら、そのままこの道を辿ってフォーフェン側に抜けるということもあるだろう。
「実はデュソートからこっちへ抜けてきたんですよ。俺たちは破邪なんですけど、こっちの集落の方で人が消えたように見えて実は消えてないとか、変な噂があったという話を聞いたんで、一応簡単な調査です」
「いや、儂らの集落から破邪を呼んだりはしとらんと思うが?」
「ああ、三〜四日前に治安部隊のケネスさんという方たち四人が調査に来たと思いますが、その引き継ぎです」
そう言って依頼状を見せると、明らかに男性の表情がこわばるのが分かった。
ケネスさんたちにも、こんな硬い態度を見せたのかな?
それとも治安部隊は良くて、破邪だとマズいのか。
こんなあからさまだと、かえって悪い噂に自分たちが関係していると思わせるようなもんだろうに・・・