森に続く道へ
デュソート村から少し進むと、聞いていたとおりに南の森の方へと進んでいく道があった。
集落っぽい名前をいくつか書いた案内札が立っていて、その中には噂の出所らしきポリノー村という名前もあったので間違いないだろう。
「この道を行けばいいんだな? で、森の集落をぐるっと大回りして、最後はまた街道に出るのか...」
「らしいですね。フォーフェンに向かうにはただの遠回りな道なので、用も無く向かう人はいないそうです」
「よし、まあ行ってみようか!」
三人の荷物も身の回りのもの以外は俺が背負い袋に預かっているので、ダンガたちも足取りは軽い。
俺が預かっている荷物は、いざとなったら、さっき渡した報酬で買い直して貰えばいいものばかりだ。
こう言ってはなんだが、元々彼らが持っていたのは質素なものばかりなので、三人分の装備を全部新品で買い直しても、大銀貨一枚でおつりが来るだろうな。
と言うか、おつりの方が多いんじゃないかな?
・・・そう考えるとパルミュナ用に買った衣類って凄い値段だよ。
まあ、アスワンから金貨を貰ってるけどね。
のんびり歩いて、昼にもならないうちに一つ目の集落に着いたが、特に妙な雰囲気はない。
野良仕事をしている人に声を掛けて見ても、消えた人の噂など知らないということだった。
集落の入り口で番をしているような人もいないし、のどかなものだ。
何より、ぐっと精神集中してみると、そこかしこに『ちびっ子』たちの気配がポツポツとあって、濁った魔力など漂ってないことが分かる。
通り過ぎて、一旦昼食がてらの休憩を取り、しばらく歩くと二つ目の集落。
やはり、まだデュソートに近いから集落の密度が高い。
ここにも怪しい気配は欠片もなく、森からの空気も澄んだものだ。
道から野良仕事をしている人が見えたので声を掛けてみたが、『この先の村でそういう噂が出てると聞いた』という感じで、いかにも他人ごとだって態度。
三つ目のラスカ村では、これまでの村よりは少し警戒している態度だった。
むしろ、噂の中心というか出所とおぼしき四つ目のポリノー村に対して、迷惑意識を抱いている様子があからさまに見て取れる。
ただ、村自体の雰囲気は穏やかで、俺やダンガたちの感覚には、奇妙な部分などなにも引っ掛かってこなかった。
ここまでの状況はケネスさんから聞いた話と同じだ。
「どこも村や森に怪しい雰囲気なんて全然なかったですね」
「それにしても、いい森だよなあ...この辺りの集落の狩人は生活しやすそうで羨ましいよ」
「うん、ここから見た感じだと奥の山も険しくないから、獲物を追って行くのも、肉を持って帰るのも、酷い苦労はしなくてすみそうだよね」
現役の狩人らしい意見だ・・・腕が疼くのかも知れないな。
さっきの村人に聞いた話では、四つ目のポリノー村までは結構な距離があると言うことだったので、途中で野営地に良さそうな場所を見つけたら無理せず夜明かしをしようと決めていた。
暗くなる前に野営地を決めて準備を整えるという鉄則通り、適当なせせらぎの流れている河原で火を炊く準備を整える。
四人もいるうえに、ダンガたちは山歩きにも慣れている狩人なので手際がいい。
俺がアレコレ手を出したり指示出ししたりしなくても、あっというまに野営の準備が整っていた。
ダンガとアサムが集めてきた薪もたっぷりで、朝まで不安のない量だ。
早速、自慢の銅鍋を出して夕食の準備に取りかかる。
なにしろ、フォーフェンで買い物が出来なかった鬱憤を晴らすかのように、アスワンの革袋をフル活用して買い物をしてきたから、食材は豊富だ。
四人で手分けしたから大量に買い物してるのもごまかせたし、腸詰めや塩漬け肉だけではなく、生肉と生野菜まである。
これ、ちょっとした宴だよ?
さっそくレミンちゃんに木の枝を削った焼き串を作って貰い、切り分けた肉を次々に刺していく。
それにフォーフェンで仕入れた塩をたっぷりと振りかけて、焚き火の周りに均等に立てておけば、じっくりと炙り焼きが出来る寸法だ。
鍋の方には精霊の水を入れて・・・そっか、つい習慣で川のそばを野営地に選んだけど、飲んでも美味しい精霊の水があるなら別にどこでも良かったな・・・まあ、いいや。
大鍋には、肉、パースニップ、フェンネル、セルリーを小さく刻んで火に掛ける。
後は辛すぎないように抑えめに塩を入れて弱火で煮込むだけだ。
スープが煮えて肉に火が通るのを待つ間に、地面から大きめの石を取り除いたりして、できるだけ平らになるように調整して毛布を敷けば寝床の完成だ。
ごろりと横になって、少しずつ明るさを失ってきた空を木々の間から見上げながら、のんびりと寛ぐ。
「なあライノ、落としたり盗られたりとか、もしものことを考えて、さっき受け取った金を三人で分けて持っていたいんだ。ここで出してもいいかな?」
「ああ、そりゃもうあれはダンガたちの財産なんだから、好きに扱って貰って構わないさ」
「わかった。じゃあ、アサムとレミンも自分の財布を出せ」
アサムとレミンがダンガの前に来て、それぞれ自分の財布を出す。
それがチラリと横目に入ってしまったが、予想通り二人の財布はほとんどぺちゃんこだった。
ダンガが塩入れだった革袋を出して、地面に敷いた布の上にその中身を丁寧に並べると、アサムとレミンちゃんが目を見開く。
「あ、兄貴、こ、これって...」
「これが、さっきライノから受け取った俺たち三人分の報酬だ。三等分して持っていよう。使うときは適当に出し合えばいい」
「でも、こんなに...」
そう言ったレミンちゃんがはっとした表情で俺の方を見る。
「あの、ひ、ひょっとしたら、ライノさんって...本当は、き、貴族さまなんでしょうか?」
レミンちゃんがそう言うと、ダンガとアサムが、ビクッと身体を硬直させた。
「いや、ちがうよ。貴族でも騎士でもなくて、本当に破邪だよ」
「で、でもこんなに...」
大事なことなので二回言ったのか? レミンちゃん。
「俺が庶民としては破格のお金を持っているのは事実だけど、まあ、ちょっとした事情があってな。もちろん正当な理由だけど...実は、俺が王都に向かっているのも、そこに親戚から相続した屋敷があるからなんだ。先々どうなるかは分からないけど、当面はそこに妹と一緒に住むつもりだ」
ここは、パルミュナ謹製の言い訳ストーリーを使わせて貰おう。
内心、アスワンを親戚扱いするのはどうかとも思うが。
「そうだったんですね...」
「ああ、そんなわけだから懐具合にはまだまだ余裕がある。そのお金だって、持ってる財産を無理に吐き出したって訳じゃないから、レミンちゃんたちが気にする必要は無いんだよ」
「で、でも、私たち、たった二日前に出会ったばかりで、しかも羊が買えるほど高価なお薬で命を助けて貰って...その上こんなに...」
「出会ってわずか二日って言えばその通りだ。普通なら相手が信用できるかどうか、見定めるにも短すぎる期間かもしれない。でも、俺はもう三人を友達だと思ってるし、一度友人になったら、付き合いの長さだけが重要じゃない。そうだろ?」
レミンちゃんはコクリと頷いた。
同時に耳がピコっと動いたのが可愛い。
「と言うわけで、俺は自分に無理のない範囲で、俺のやりたいことをやってるんだ。そこは変わらないのさ」
俺は毛布から身を起こして、焚き火の周りの地面に刺してある炙り肉の串を一つずつ回転させていく。
肉の表面には溶けた脂が滲み出ていて、塩と肉汁が混じり合って串から滴り落ちる。
自分で言うのもなんだが、これは凄く美味しそうだ。
「昨日、一昨日と話を聞いていて、三人の路銀がもう底をつきそうだってことは感じたんだ。実際そうだよね?」
「はい...」
「だったら、今回の仕事を頼もうって思ったんだ。俺にもメリットがあるし、みんなも助かるだろ?」
今度は三人揃って頷いた。
何気ない風を装ってはいたけど、彼らにとって金銭面がかなり深刻な状態というか問題だったことは明らかだ。
「それになあ...友達になれたダンガにもアサムにも、それに、せっかく破傷風から助かったレミンちゃんにも、この先辛い思いなんてして欲しくない。みんながどっかで路銀が尽きて行き倒れるなんてことがあったら、俺は、どんなに後悔してもしたり無いよ。あの時、無理にでもお金を渡しとけば良かったって、そう思うさ」
どうも三人の目を見て話すのが照れくさくて、俺は炙り肉の焼け具合を確かめるフリをして、串を何度もクルクル回す。
「だから俺は、自分が後悔しないために、それを渡した。それが俺に出来る最善策だからだ」
「分かったよ、ライノさん。この借りはきっといつか...」
勢い込んで言うアサムに最後まで言わせない。
「違うよアサム。これは貸しじゃない。友達同士の間で金を貸し借りするのは良くないんだ。でもな...村に嵐が来て友達の家の屋根が壊れたら、見ないふりなんかしないで修理を手伝うだろ? だって友達だから」
「う、うん」
「そんなもんさ。嫌な言い方だけど、いまの俺には出せる金があるから出した。屋根の修理を手伝うのと大して変わらないんだよ...よし、肉もいい具合だな! この話はこれで終了だ。メシにしようぜ?」