星の日の市で買い物
翌朝、ダンガたち三人と一緒に村の中央にある広場に向かった。
「で、どんなものを買う感じなんだい?」
「そうだな...ケネスさんの話だと宿は期待できないし、たぶん、ぶっ続けで野宿になる。集落を辿って森を調べるのに余裕を見て五〜六日ってところかな? その食料と消耗品、それに小道具が幾つかってところだ」
「四人分の食料だから結構な大荷物になりそうだけど、俺たちは重い荷物に馴れてるからできる限り持つよ」
「うん、山奥まで踏み込んだ時に限って、デカい鹿とか猪とか仕留めちゃうことってあるんだよね」
「大丈夫さ。まずは持てる範囲で買っていこう」
実は、昨夜一晩考えた上での結論として、この三人には俺の秘密を教えるつもりでいる。レビリスのような同業者とはまた違う意味で、信頼できる人たちだと思ったのだ。
「それから買い物の仕方なんだけどな。できるだけ買う相手をバラバラにしたいんだ」
「どういう意味だい?」
「例えば、ドライソーセージを十本買うとしたら、一つの店で十本まとめて買うんじゃなくて、十の店を回って一本ずつ買っていく」
「えっ、そんなことしたら高くつくよ! まとめ買いして値切れなくなるもの」
「その代わり、十人の相手に話を聞けるだろ?」
実は、市場での買い物というは物品の補充と言うだけじゃなくて、情報収集の点でも重要なのだ。
特に今回の件は噂話が元になってるから、地元の領民たちの噂を聞いて回る重要性は言わずもがなだ。
「そういう理由なのか...」
「ああ、特に今日みたいな市が立つ日は、村に住んでる商売人だけじゃなくて、近隣の集落からも色々な産物を売りに来ている人たちが多いだろう? だから、なるべく店構えの粗末な...そうだな、地面に布を敷いて品物を並べてるだけのような人からも品物を買って、ついでに怪しい噂話のことをそれとなく聞くんだ。もちろん、ただの世間話っぽくな」
「なるほど! ライノって賢いな!」
「いやあ、俺も師匠に教えて貰った方法なんだよ。とりあえず、最初は俺と一緒にいて、どんな風に話を聞き出すか見ててくれ、自分にもやれそうだったら手分けして話を聞けばいいし、難しそうなら無理しなくていい」
「分かったよ!」
「うん」
「はい、一緒に見てます」
まあ、話術って言うのは向き不向きがあるし、俺自身も人に教えられるほど流暢だとは思ってないさ。
++++++++++
それからあちこちの店を回り、三人とも両手に持つのがやっとというほどの食料を買い込んだ結果、情報の仕入れに一番活躍していたのはレミンちゃんだった。
ですよねー。
そりゃあ、レミンちゃん可愛いもの!
鼻の下を伸ばした男たちだけじゃなくて、おばさん連中だってレミンちゃんにはニコニコ接して、『お嬢ちゃん、耳が可愛いねえ!』だの、挙げ句に『うちの息子の嫁になってくれないかねぇ?』なんて言われてる始末だよ。
もう俺も途中からレミンちゃんに任せてました!
いったん買い物を一区切りし、とりあえずは人混みを離れるために、村の外れまで来て地面に荷物を降ろす。
日に日に暖かくなってきているので、これだけの荷物を抱えて歩いていると、それだけで汗ばんでくるほどだ。
「やあ、結構な量だけど、これでも六日分には届かないかなあ?」
「ドライソーセージも結構重たいよね」
「もう暖かい季節だから、農家の売り物も干し野菜じゃなくて生野菜が多かったですね。どうしましょう?」
まあ、六日分って言えば一日に二食でも十二食だし、優雅に三食食べてれば十八食だ。
それが四人分だもの、結構な量になるよね。
「大丈夫さ。秘密の技があるから」
「秘密の技? なんだいそれは」
「ダンガとアサムには、秘密を守るって約束して貰ったけど、もちろんレミンちゃんもお願いな」
「は、はい?」
「これから見せるものも魔法の一瞬なんだけど、あまり人には知られたくない技なんだよ。でも三人のことは信用してるから見せていいって思ってる」
そう言って、俺は背負い袋の口を開いて、買い込んだ食料を中の革袋に詰め込み始める。
最初は三人とも、俺が次になにをするのかとじっと見つめていたが、ただ淡々と俺が食料品を袋に詰めていくだけなので、徐々に怪訝そうな顔になって来る。
最初に気がついたのはレミンちゃんだった。
「あ、あれ? ライノさん、その背負い袋、もう凄い量を入れてるはずなのに全然膨らんでない...」
「レミンちゃんは分かったか? 実はそういうことなんだ」
「いや、どういうこと...?」
ダンガとアサムはキツネに摘ままれたような表情だ。
俺は背負い袋の中から、アスワンの革袋を引っ張り出して見せた。
「収納魔法の一種なんだよ。出し入れするのに魔力は必要だし、俺以外の人間には使えないけど、この革袋に何でも詰め込んでいくらでも持ち歩けるんだ。量も重さも関係ない」
「凄いな! さすがはライノだ!」
「ホントだね! さすがだよ。やっぱりライノさんって凄いなあ!」
「ライノさん、そんな凄い人だったなんて...」
シンプルに褒めて貰えて恐縮です。
本当は俺の力じゃなくて大精霊の力を借りてるだけだけど、いま、その説明をしても彼らも戸惑うだけだろうからな。
「そういう訳で、まだまだいくらでも買い込める。この魔法で仕舞ったものは腐らないから、生肉でも生野菜でも何でも大丈夫だ。残りの肉や野菜は、村の商店でも買おう」
「分かった!!!」
三人にお金を渡してかなり買い込んで貰ったが、俺の背負い袋はそのすべてを飲み込んでも見た目が変わらない。
カモフラージュとして背負い袋が少し膨らむように、わざと革袋の外に出してある薄い毛布を除けば、本当にぺしゃんこだ。
必要そうなものを一通り買い込んでから、俺たちは人気のない村はずれまで移動した。
そこで小川の脇にある、地面がむき出しの空き地に座り込んで、これからの行動を相談する。
レミンちゃんが聞き取りした噂の場所を、棒で地面に線を引きながら説明してくれる。
「ケネスさんから聞いた話と合わせると、ここからいったんリンスワルド城の方へ少し向かうと、途中で分かれ道があるそうです。それで、そこから南の森に入る道を辿ると、噂の出所になってる集落が森の中に点在しているらしいですね」
「森の中か...大きな集落は無さそうだね」
「元は狩人と炭焼きの住み着いていた場所らしいですね。南の森を奥深くまで入っていったところで、あまり通る人はいないそうですけど、逆に少し街道を戻ると同じくらいの距離のところに枝道があって、結局、南の森をぐるっと一周してそこに出てくるそうです」
「その枝道の辻は、昨日、僕らが通り過ぎたたところだよね?」
「そうだと思います」
つまり、どちら側から南の森に入っても一周して出てこれるって事か。
一番怪しい話のあったポリノー村は昨日通り過ぎた枝道から入った方が近いけど、どうせ、全部の村を見て回るつもりだし、このまま進むか。
それにダンガたちは、そのあとフォーフェンに向かうんだから、わざわざ街道を戻る必要は無いな・・・
「ところで、小耳に挟んだ感じだと、人が消えたって噂話を知ってる人は、半分もいなかった感じだよなあ...」
「そうですね。『へー、そんな話があるんだ!』って驚いてた人なんかもいて、そっちの集落に関係の無い人には伝わってない感じでした」
「うーん、こりゃあケネスさんたちが調べても空振りだって思ったわけだな。たぶん、定期的に回ってる行商人なんかがいなかったら、とても領外まで話が出なかっただろうね」
「どうするライノ? やっぱり調べに行ってみるかい?」
「ああ、もちろんだ。行ってみて、なにも無ければ無いで平和だってことだもの。魔獣や悪党にいて欲しいわけじゃあないし、のどかでなにも無いのが一番さ」
「はっはっ、そりゃ違いない!」
「えー、ライノさんぐらい強かったら怖いものなんて無いだろ?」
「いやいや、それは違うなアサム。俺が師匠から教わった中で一番大事にしている言葉は、『魔獣は一番予想してないときに、一番予想してなかった場所から飛び出してくる』ってことだ。怖いという気持ちをなくした破邪はすぐに死ぬぞ?」
「えっ...」
「まあ今回は、そこまで危険なことだと思ってないけどな?」
正直、この三人を連れてエルスカインと事を構えるつもりはさらさら無い。
アンスロープ族の嗅覚で村と森の境目を探って貰い、本当に消えた人の気配があるのか無いのか、それだけ確認できれば引き返すつもりだ。
いまは、アンスロープ族特有の能力を少しだけ借りられればそれでいい。
後は、王都に着いてからアスワンやパルミュナと相談して決めてもいいし、アスワンの口ぶりなら、一旦王都の屋敷に着いてからは、転移魔法陣を利用して、またここに戻ってくることは難しくないはずだからな。
とは言え・・・若いアサムに不用心になられても困るから、ちょっとだけ脅しておく。
「それはともかく、ダンガにはこれを渡しておくから持っててくれ」
「ああ」
俺は昨夜のうちに用意しておいた小さな革袋をダンガに渡した。
昨日までは、フォーフェンで買った岩塩の塊を入れていたやつだ。
ダンガは何気なくそれを受け取って、予想外の重みに意表を突かれたらしく、ズシャッと地面に手を下げそうになった。
包みの重さにビックリした顔をしている。
「これは?」
「開けてみてくれ」
ダンガが革袋の口を開いて、そのまま固まった。
「お、おい、これって!...」
「そいつは報酬の前渡しってやつだな」
「この中から、日数に応じて受け取るってことかい?」
「いや、それ全部が報酬だよ」
「お、おお、多すぎるだろ!」
「三人分で危険手当込みだからね。俺がいまアサムに言ったことはホラじゃないよ」
「それにしても...俺たちの分相応を越えてるよ」
「俺の気持ちも含まれてることは認める。でも、いいから受け取ってくれよ。いまの俺にはそれくらい払うことが出来るんだ」
「...本当にいいのか? 」
「俺はダンガやアサムやレミンちゃんに無事に旅を続けて欲しいし、幸せに生きて欲しい。俺たちが出会ったのはなにかの縁だし、俺は、深い関わりを持った相手には出来ることをしたい。それだけなんだ。受け入れてくれ」
ダンガはしばし葛藤している表情を浮かべていたが、どうやら納得してくれたようだ。
しっかりと頷いて財布の紐を締め直す。
「で、フォーフェンの街に着いたら、破邪衆寄り合い所に行って欲しい。騎士団の詰め所の近くだから人に聞けばすぐに分かる。そこに破邪のレビリスって男がいるから、俺の名前を出して呼び出して貰ってくれ。今回の経緯と結果は、そいつに報告してくれればそれでいい」
「分かった。必ずそうするよ」
「頼む。レビリスにあったら、まず最初にこの手紙を渡してくれ」
同じく昨夜したためておいたレビリス宛ての手紙も渡す。
三人の事情と経緯も綴って、もし出来れば力になってやってくれと頼んである。
「そいつは本当に信用できる男だから、ダンガたちも、どんなことでも相談できるぞ?」
「そんなに親しい相手なのかい?」
「俺が妹と同じくらいに信頼している奴だよ」
あとでレビリスには、養魚場や採掘場の件も含めて、世話を掛けたお礼をしなくちゃな・・・