噂を追ってみたい
俺はダンガたち三人を伴って、ケネスさんたちがいる部屋のドアをノックした。
「ライノです。ちょっと話したいことがあるんですけど、いまいいですか?」
「おう、入ってくれ!」
元気の良い返事が返ってくる。
「お? 雁首そろえてどうした? まあとにかく座れよ」
「さっき、食堂で聞いた話なんですけどね、どうしても気になったんで相談しようと」
「ん? あの噂のことか?」
「そうです。行方不明者のいない行方不明の話です。」
「破邪として興味を持ったか?」
そう言って、夕べのようにニヤリと笑う。
「まあそんなところなんですけどね。ちょっと経緯がありまして、俺にとっては気にかかる話なんですよ...」
俺は、それから旧街道での出来事をみんなに説明した。
ダンガたちにも一緒についてきて貰ったのは、この説明をまとめて聞いて貰うためでもある。
説明する内容はもちろん『公式報告』の内容で、エルスカインはもちろん、俺や大精霊のことも内緒だ。
ケネスさんたちが役人の一種だってこともあるけど、それ以上に、言えばすべてが信憑性ゼロになるからな・・・
真実を教えるとすれば、俺が勇者だってこともバラさなきゃいけなくなる。
「ふーむ、その壊れかけた『幻影を見せる魔法陣』があった地下室に、雨水と一緒に魔力が入り込んで澱んだ。それで、場所も時期もバラバラに雨水というか魔力のたまり方次第で、不安定な動きをして旧街道の領民に幻影を見せていた、というわけか?」
「ざっくり言うとそんなところです。これはキャプラ公領地長官の正式な依頼で行われた調査なので報告が上がっていますし、破邪衆の寄り合い所にも写しがあるはずです」
「キャプラの長官って言うとエイテュール子爵だな。ここの伯爵の分家だけあってまともな、失敬、立派な人物だと聞いている。となると、元々の発端も根拠のあることだろうし、ライノたちが見つけて壊した魔法陣が元凶だったってのもそうなんだろう...で、俺たちが調査した森の奥にも、なにかそんな類いのものがあって、村人に幻影を見せていたんじゃないかって話だな?」
何かあるんじゃないか?っていう推測は本当です。
ごめんなさい・・・
「かもしれないって推測です。ただ、最近あちらこちらで魔力の澱み方が激しくなってきていて、魔物や魔獣が生み出される数がどんどん増えています。それこそ、ダンガたちが旅に出たのだって、元はそれが理由ですから」
「ああ、ダンガは故郷が大変なんだそうだな...それに、公国の各地で魔獣や魔物の報告が増えてきていることは確かだ」
「俺が考えた可能性は二つです。一つは、ガルシリス城跡の魔法陣みたいなものが森の奥にあって、それが最近の魔力の乱れで再起動しちまったという可能性。もう一つは、本当になにかを企んでいる奴らが森の奥にいて、村人たちが踏み込んでこないように、妙な噂を立ててたって可能性です」
「最初のは分かるが、二つ目のはどうなんだろうなあ? 何か企んでるなら、普通は見つからないようにするだろう? 仮に誰かいたとしても、ちょくちょく姿を見られた時点でダメな奴らじゃないか?」
「普通に考えるとそうなんですけどね。ただ、魔獣だったら騎士団や破邪が呼ばれるじゃないですか? でも『人の姿を見た』ってだけならそんな話にならないですよね」
「そりゃ当然だ」
「魔獣や魔物でもなく、ただ不思議だよねってだけなら、それで終わりだし、実際の被害者がいないから騎士団も動かない。でも、地元の人間たちは気味悪がって森に近づかなくなりますよね?」
「んーっと、事件にはならないけど、嫌がられるとか、怖がられるとか、そういうことか?」
「ええ。ひょっとすると、その森に人が寄りつかないようにしたかった。だから、気味悪がられて地元の噂にするために、わざと村人の目につくように行動した・・・って可能性はないですかね?」
「うーん...まあ確かに、俺たちが訪ねた先の村人はヤケに怖がってビクビクしてたがな...不気味ではあるよな」
ケネスさんは唸ると、腕を組んで黙り込む。
しばらく俯いて考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「仮にライノの推理通りだとしても、どうやって確かめる?」
「ダンガたちがいます」
「ん?」
「アンスロープ族は人の匂いを追えるそうです。森に出入りしている奴が本当にいるのなら、匂いが残っている可能性がある。見えないし聞こえないけど、ダンガたちなら追える可能性があります」
「そうなのか? そんなイ...えっと鋭い嗅覚をもっているのか?」
「はい、僕らアンスロープ族の嗅覚は、イヌやオオカミと変わらないって話ですよ」
おおっとー! 自分でイヌって言ったあ!
ケネスさんも慌てて言い直したし、俺も勝手にタブーな言葉かと思ってたんだが・・・
「もし、森で妙な気配を何一つ感じないなら、それはそれで、怪しい奴らなんかいなくて、一つ目の可能性みたいな何かがあるのか、それとも近隣の村人たちが揃って変なキノコでも食べて幻覚を見たのかって話でしょう。それだけでもダンガたちに確認して貰う価値はあると思います」
「なるほど...確かにそうか...だがライノ、ぶっちゃけた話をさせて貰うが、いま俺たちの手元資金じゃライノほどの破邪を雇うのは無理だ。本隊に戻って申請を出せば通るとは思うが、お互いそれに一ヶ月も掛けてるわけにもいかんからな...その知恵は有り難かったが」
「大丈夫ですよ。まず、俺の報酬は不要です。なんでかって言うと、これの依頼が無くても別枠で出るからです。実は、フォーフェンの破邪衆寄り合い所で、養魚場から岩塩採掘場を含む、リンスワルド領で魔力の澱みや魔獣の出る気配がないかを調べる依頼を受けてるんです」
「えっ、そうなのか?」
すみません、ちょっとだけ嘘が混じってます!
でも、そういうことにしておいた方が、話がスムーズでみんな幸せなので許してください。
「ええ。二人で手分けしてて、いま、もう一人は採掘場の方へ上がっています。俺の方は、気になることがなにもなければ、そのまま王都へ行っていいし、なにかあれば報告する、と、そういう手はずになってます」
そして俺は、ウェインスさんから出して貰ってある正規の依頼状をケネスさんに見せた。
レビリスは『通行手形みたいなものだよ』と言っていたが、まさかこんな感じで使わせて貰うことになるとは予想外だ。
「今回は俺がフォーフェンに戻る必要も、手紙を出す必要もありません。その森の調査が終わった後で、ダンガたちに破邪衆寄り合い所に行って貰って、報告を出せばそれで済みます」
それに別枠って言うか、対象を限定しない活動資金を大精霊から受け取っているというのは事実だしね。
「ダンガたち三人の報酬も最終的にはこっちで調整しますから、ケネスさんから申請を出して貰う必要はありませんよ?」
「そうか...そういうことなら、是非手伝いをお願いしたいところだが...よし、もう一度、あの辺りに行ってみるか」
「いやあケネスさん、行くのは俺たちだけでいいですよ。いまのところ、これは治安部隊の仕事じゃなくて破邪衆寄り合い所からの依頼ですからね。もしも、治安部隊の出番になるようなものがあの森にあったら、それこそ寄り合い所から衛士隊や騎士団に報告が上がります」
「うーん、それもそうか。なんか中途半端な調査を押しつけちまうみたいで心苦しいが、ライノは本当にそれでいいのか?」
「構わないですよ。なんて言うか、行き掛かりって感じです」
「はっ、お前は本当に気安くぽんぽんと周囲の問題を受け止めていく奴だなあ...」
「破邪ですから」
「そんなわけあるか!」
「まあいいじゃないですか。明日はケネスさんたちも買い物しますか?」
「いや、俺たちは大して必要なものがない。フォーフェンに着くまでの食料は、衛士隊の詰め所に保管してある官給品の携行食を持ち出せるからな」
「そうなんですね。じゃあ、俺たち四人は、明日の『星の日の市』で適当に買い物を済ませてから、噂の集落に向かうことにします」
「分かった。じゃあ俺が委任状を一筆書いとくよ。もし聞き込みに行った村で変な風に思われたら、それを見せると少しは態度がマシになるかもしれん」
あー、ケネスさんも私服兵をやってると、色々あるんだろうな・・・野盗と間違えて喧嘩を売った俺が言える台詞じゃ無いけど。
「それと今のうちに、その森の中の集落に関して分かっていることだけでも伝えておこう。まあ、デュソートの南の分かれ道さえ間違えなければ、跡は一筆書きで辿れるような場所だけどな」
俺たちはケネスさんの署名入りの調査委任状を受け取った後、小一時間掛けてケネスさんから情報を貰ったのだった。