デュソート村へ
デュソート村まで全員揃って歩き始めたが、八人っていうのはさすがに大所帯だ。
互いに肘付き合わせるほどくっついて歩く訳でもないので、自然と少しだけ散けてくる。
気がつくと、ルカウさんが一人きりで先頭を歩いていた。
恐らく、日頃も斥候役をやっているんだろう。
続けて俺とダンガにテリオ班長、二〜三歩遅れてアサムとレミン、しんがりがジットさんと顔を腫らしたデンスさんだ。
「あれ? そう言えば遊撃班の皆さんは、いつも馬を使わずに歩き旅なんですか?」
「いや、普通は遠距離は軍馬を使うが、今回は山に入る可能性が高かったんで手前の街で置いてきた。フォーフェンかパストの街に行けば、また馬を借りられるだろう」
「ああ、そうですね。東西の大街道沿いの街なら大丈夫そうです。それにしても、領地を越えて追わなきゃいけない犯罪なんて大変そうですね」
「ミルシュラントは他の国とちょっと違うらしいからなあ...衛士隊は公国軍治安部隊の直属、つまりは大公陛下の直属だが、各地の騎士団は領主が勝手に叙任できる、言うなれば領主の子飼いだろ?」
「ああ、だから領主に都合の悪いことは取り締まれないと?」
「平たく言えば、そういうことだな。さすがに大昔みたいに騎士団自身が悪党まがいのことをやってたりというのは無いにしても、地元の商人とつるんで私腹を肥やす、という程度はいまでも偶にある話だ」
「でも、そんなのを下手に追求したりしたら、ご自分が危なくありませんか? いや、だから見逃せって話じゃ無いでしょうけど」
「だからこその大公陛下の勅命なんだ。もしも俺たちに手を出したら、それは法的には大公陛下の親衛隊に手を出したことと同じになる。例え背後にどんな貴族がいようと国家反逆罪からは逃れられないからな」
うわー、マジか!
昨夜の俺って、どんだけヤバかったのよ。
テリオ班長が物わかりのいい人じゃなかったら色々アウトだったよ!
「そ、そ、うなんですね」
「それに大公陛下はとても出来たお方だ。貴族の立場を利用した不正など絶対に見逃さないお人だからな。俺たちも安心して仕事が出来るのさ」
勇者が一般人と戦ったら不正行為とか言われないよね?
立場は隠してたし。
「ところでクライスは、破邪になってどのくらいになるんだ?」
テリオ班長が聞いてきたので素直に答えた。
「修行を始めてからざっと八年ですね。一応は一人で仕事を受けてもいいって師匠に認められて印を貰ってからは、まだ三年です」
「確か、印って言うのは、一人前の証拠みたいなもんなんだよな?」
「そんな感じですね。貰うにはあらかたの修行を終えてから、自分の師匠だけじゃなくて、同系列の師匠筋の数人にも認められないとダメです」
「じゃあ、あれだな、人によっては師匠が甘々で楽に貰えるってことも無いのか?」
「そこは、地域性みたいなモノもあるから断言できないですけどね...」
なんとなく、フォーフェンの破邪衆寄り合い所にいた面々と、ウェインスさんの逸話を思い浮かべてしまう。
ごめん、レビリス・・・
「ただ、中途半端な奴を一人前と認めてしまうと、それを認めた側の力量も『つまり同じレベルだな』って見做されちゃうんですよ。だから普通はどこの師匠筋も弟子に対して中々厳しいもんです」
「ああ、分かるなそれは! 兵士のレベルは指揮官のレベルだ。周りはそう認識する」
そう言うと、テリオ班長はいきなり後ろを振り返って叫んだ。
「そうだなロベル!」
「はっ!」
「俺に恥をかかせないように精進しろよ!」
「はっ! 頑張ります!」
あー、日常的にそんな感じなんだな、デンスさん・・・
昨日の行動からしても、おっちょこちょいと言うか直情型というか、人の話をあんまり聞かないタイプっぽい雰囲気はする。
この冷静沈着なテリオ班長が『怪しかったらとりあえず斬りかかってみろ』なんて指示を出したはず無いもんね。
「軍隊でも似たようなもんでな、どこの部隊でも教官ってのは鬼みたいなもんさ。しごきにしごいてしごき抜かれるんだよ。なにしろ現場で新兵がへまをやらかすと、まず一番に『そいつはどの教練隊出身だ!』って言われちまうからね」
「部下の不始末は、師匠って言うか上役の不始末って訳か...そいうところは軍隊でも変わらないんだなあ」
「その方がいいのさ。逆に上官の不始末を部下に押しつけるように成ったら、軍は弱くなる」
「なるほど。それは納得ですね」
「まあ軍隊には序列があるから能力だけで上下関係にはならないけどな。建前だろうが血筋だろうが、序列を無視すれば軍は崩壊する。貴族や領民の地位を無視すれば国が立ち行かなくなるのと同じさ」
「そこら辺は、破邪は緩いんでしょうね...師匠やその師匠筋とか、徒弟の枠組みはあるけど、破邪全体の中では上も下も強いも弱いも一切無いですから」
「上下はともかく、強い弱いはあるだろう? クライスが弱い方だなんて言われたらビビるぞ?」
「いや、破邪に強さの序列とかは一切無いんですよ。誰が一番強いかなんて相手によって変わるんで...魔獣か魔物か、魔物でも実体の無い思念の魔物か、長い時を積んで身体を得ているような魔物か、それによって、向いてる破邪も違うんです」
「強い魔物を倒せる奴が一番強いんじゃ無いのか?」
「三すくみってあるでしょう? あれですよ」
「ああ、強さの種類が違うとか、得手不得手が違うってことだな」
「そういうことです。破邪も一応は魔法の使い手だし、見た目がヒョロイから弱いなんて思ったら大間違いで...対人戦で強さを計ってもなんの意味も無いし、誰が強いかは状況次第ですからね」
「うーん、例えば...豪腕の剣士は魔獣に強いけど、魔物に強いのは痩せた魔法使いでとか、そんな感じか?」
「そうですね...例えば俺の妹はちっこいけど、魔法を放てば、ここにいる八人は俺も含めて跡形も無く吹っ飛びますよ?」
「そいつは凄いな」
「だけど、なにかの手段で魔法を封じられたりしたら、アイツはほとんどの相手に物理じゃ勝てないでしょう。だから魔法耐性の強い魔獣とかは危なっかしくて戦わせたくないです」
パルミュナがこの場にいないのをいいことに、ナチュラルに妹扱いだ。
あいつが魔法を放てば八人どころか街が消えるかも知れないけどね。
「なるほど...たしかに、強い魔法使いが世の中を支配してるわけでもないしな...」
「ですね」
「軍隊にいる魔法使いってのは特殊な専属要員みたいな扱いだから、あまり実感が無かったけど、どっちにしても魔法使いの強さなんて見た目じゃ分からないよな」
「そうでなかったら女の人なんて旅が出来ないし、世の中に野盗はもっと沢山いるでしょうね。でも、破邪の目線で言えば、野盗になるのはマヌケだけです」
「そういうもんか?」
「昨夜、テリオ班長やルカウさんとやり合って、最初に感じたのは違和感なんですよ」
「えっ、そうなのか? あ、班長なんて付けなくていい。ケネスって呼んでくれ。他の連中も名前呼びの方がいい」
「じゃあ俺のこともライノと」
「わかった。で、ライノが違和感を感じるってのはなんにだ?」
「こんな手練れが、どうして野盗なんてやってるんだ? って感じかなあ...」
「強さに違和感があるって意味なのか、それ?」
「本当に強い奴は、よっぽどの理由が無いと野盗にならないんです。魔法が使える野盗なんていませんよ。他に稼げる手段がいくらでもあるでしょう? 逆に弱すぎる奴は最初からなれない。で、野盗になるのは、中途半端な腕前で自信過剰な奴だけなんですよ」
「うーん、そうだな...生まれつき魔法の才能があれば魔法使いになっていい暮らしが出来るし、武芸でも魔法でも、地道に訓練して技を身につけるような奴は盗賊になったりするはず、無いか...」
「だから、野盗だの山賊だのは、泡みたいに生まれては消え、生まれては消えってのを繰り返してるんですけどね...長く生き延びる奴は滅多にいないけど、ちょっと暮らし向きが悪くなっただけで盗賊になっちまう馬鹿も後を絶たないので」
「なるほどな。端で見てるよりも、実は入れ替わりの激しい世界か」
「で、そういう奴らも、一人歩きしている奴をいい獲物だと思って襲った時に、それが魔法使いとかだったらそこで全滅するんです。俺の妹なんか襲ったら骨どころか灰も残らないですよ?」
「ちょっとグサッときたぞ。ライノが悪人だったら、俺たちも昨夜で全滅してたな...」
「破邪は特殊です。実際にやり合って思ったけど、普通の野盗相手だったら、ケネスさんたちが後れを取るとは思わないですけどね」
これはお世辞ではなく本音だ。
だからこそ違和感を感じて、四人の正体?を訝しんだ訳だしね・・・
正直、俺だって勇者じゃなければ、この四人を相手に互角にやれたっていう確信はないよ。
理由を言えないけど。
「ま、そいつは素直に受け取っておこう」
その後、レミンさんに無理をさせないように、途中で何度かの休憩を挟みながら歩いて、デュソート村に着いたのは昼を回った辺りだった。
紅一点のレミンさんは、いつの間にかみんなのマスコット扱いである。
まあ、可愛いからね。
これは決して、村にいたオオカミの血を引く生き物的な意味で可愛いということでは無く、純粋に人族の女の子として可愛いという意味である。