淀子の記憶喪失 その四
私は皆に喧嘩が強いことで恐れられていたし、嫌われていた。
何度も私を討伐しようとする者達は現れたが、誰も私に勝てた者はいなかった。勿論、高校二年生となった今では、私を倒した人間は三人もいるけど、その人達に負けたことは別に怖くなかったんだ。
だけどその前にも、私を倒せた人間は一人いる。
小学三年生の頃の話。私の一番身近な人で、とても私を倒せそうに見えない、平凡を体現したような容姿や見た目の女子小学生に。
それが、初だった。
初は地味な容姿や見た目故に存在感が薄かった。
逆に私は力の強さ故に、どうしても注目を集めてしまうのだ。
生来私は、人の気配を読むことにも長け、不意打ちなどをされようが簡単に回避することができた。
その戦いぶりから、私は喧嘩ではなく、正面戦闘の天才と周りに呼ばれるようになった。
だけど、初の不意打ちだけは予測出来なかった。
気付く前に自分の体に触れられて、妙な寒気までしたものだ。
私に殴られることを初は恐れることが多いが、逆に私は初に本気を出されて、自分が何も出来ずに殺されることを恐れていた。
そして、今。
殺されそうになっている。
淀子の視界に過去の記憶が映っていたが、それはいつの間にか消えていた。
今は過去の記憶を思い出している暇などない。
目の前の戦いに集中しなければ。
淀子は、そっと息を吐き出した。
「こんなにも簡単に肩に命中するとか、お前はつまらないな」
「そっちこそ、私に殴られるのいつも怖がってたくせに、でかい口叩くようになっちゃってまあ」
今の初には負け犬の遠吠えでしかないであろうセリフを発してから、淀子は再び地を蹴った。
――あいつはいつも、私が一発殴れば気絶している。だから、一発でも強攻撃を当てれば勝ちだ。
テレポートじみた動きで初に接近し、右拳を顔面に突き出す。
左に躱される。だがこの右拳の攻撃は重要じゃない。
左の一の腕を、初の首に当てる。
初は首を抑えながら硬直し、その隙を突いて右拳で殴り飛ばす。
「ぬあっ!」
初は回転しながら吹き飛ばされた。
「とった!」
だが次の瞬間。
初は何事も無かったかのように立ち上がった。
「え?」
「甘いですね。まだ初さん、本気出してないじゃないですか」
そうだった。
初はポケットにもう一丁拳銃があった。左ポケットから、もう一つの拳銃を取り出す。
二丁拳銃スタイルになった初は、何故か様になっている。
拳銃さえなく、目が虚ろでなければただの平凡な女子高生にしか見えないのに。
今、二丁の拳銃を構える虚ろな目をした少女は、百戦錬磨の暗殺者のようだ。
二丁の拳銃の銃口が同時に淀子に向けられる。
交互に銃弾が放たれるが、それを躱しながら、淀子は駆け抜ける。
そして彼我の距離がおよそ十センチにまで狭まり。
「これで、終わりだ!」
淀子は右の拳を突き出して、今度こそ止めを刺そうとする。
その瞬間。初は両手に持つ拳銃を天に投げた。
何!? 肉弾戦でもやるつもりなのか?
初は次の瞬間、左掌を伸ばして淀子の顔を掴んだ。視界は初の手で塞がれる。
そしてそのまま、地面に後頭部を叩きつけられた。
今まで、初に殴られて痛いと思ったことは一度も無かった。恐らく初も、自分が一番強いということは知らなかったのだろう。
初が左掌を離し、淀子はよろよろと立ち上がる。
リミッターが外れ、本気のパンチを初に向かって突き出す。
対して初は、右足で左脇腹に回転蹴りを放つ。
淀子のパンチは初にかわされ、回転蹴りに対応出来ず、初の右足が左脇腹にめり込む。
「がッ!」
左脇腹からの破砕音が、淀子の耳に響く。
そして淀子は、その場で倒れた。
初は銃口を倒れる淀子に向けて、口を開く。
「もう諦めろ。これ以上戦ったところで、意味など無い」
「ああ。そうだね・・・・・・。
あんたの勝ちよ、初」
トリガーに人差し指を乗せ、初はそのまま発砲した。
否、発砲しようとした。
初は銃を撃てなかった。
何故なら、淀子は脇腹を左手で押さえながら立ち上がり、右拳を初の右頬に突き刺したからだ。
「なーんてね。私が今まで卑怯なことしなかったと思う?
洗脳される前のあんたなら、こんな安いフェイクに引っかかんなかったよ」
「何、だと・・・・・・」
「さーて! しばらく眠れえ!」
淀子は殴られて意識が朦朧としている初の顔に、再び拳を叩きつける。
初は吹き飛ぶことなくその場で倒れ、もう立ち上がらなかった。




