第12話 王都急変
「どうして無名なんですか?」
ヴォ―テオトルが後ろからそう聞いて来た。
川の水を両手で掬い、顔を洗う。
模擬戦で火照った身体がスッと冷えていく。
「俺は怠け者なんだよ」
後ろのヴォ―テオトルにそう返すと、眉間に皺を寄せて不満そうだった。
模擬戦で俺に全敗したのがかなり悔しかったらしい。
だけど彼の動きは大したものだった。
洗礼されていて無駄がない。
だけど実戦を想定した多種多様な動きは、流石の一言に尽きる。
火属性の魔術を使ってはいないけど、闘術を含めた動きは俺も全力に近かった。
神獣の子の動きについて来られるだけ、彼も立派な化け物だ。
「ユーゴさんのおかげで、久しぶりに有意義な朝練が出来ました」
「俺は久しくキツイ朝だったよ」
苦笑気味で返すとヴォ―テオトルが「フッ」と鼻で笑った。
「ホント……不思議な人だ……」
ボソッとそう呟いた彼に何も返さず、近くの樹にかけてあった赤い外套を身に纏う。
顔を上げると太陽が一番高いところに近づいている。
もうお昼前か。結構時間を使ってしまったらしい。
今頃ソプテスカは会談中だろうか。
俺も参加する予定だったんだけど、遅刻は確定だ。
「ヴォ―テオトル。もう昼前だけどお前は大丈夫なの?」
「え!? 本当ですか!?」
今気づいたのかよ……熱中しすぎだ。
心の中で慌てる目の前の少年にそうツッコム。
ヴォ―テオトルは慌てて家の中に入ると、着替えを探しているのかバタバタと音が聞こえる。
あの慌てるあたりは、普通の十代の少年だな。
顔を上げると気持ちのいい晴天。
青く澄んだ空から降り注ぐ太陽は、心地よくて眠りを誘う。
欠伸を一つした時、太陽の中に翼竜の影が見えた。
竜の国ではよく見られるワイバーンだろう。
日中ならば飛んでいる姿はよく見られる。
「あれ? 近づいて来る……」
太陽の中の影が徐々に大きくなっていく。
どうやらこの辺りに着地する気らしい。
会談に遅れた俺を迎えに来た? それともヴォ―テオトルの大遅刻?
どちらにしても遅刻したことは確定だから怒られる。
ちょっとだけ憂鬱だ。
「誰も乗ってない?」
降りて来たのは二人乗り用の橙色の斑模様を持ったワイバーン。
地面に着地すると羽を閉じて、頭を下げた。
「あれ? どうしてワイバーンが?」
振り返ると団服を着て、大剣を背負ったヴォ―テオトル。
額から滴り落ちる汗が爽やかだ。
「さぁ? 遅刻した俺たちを迎えに来たのかな?」
「どうしよう……フォルちゃんに怒られる……!!」
ヴォ―テオトルの身体が小刻みに震える。
普段からどんな怒られ方をしているのか……想像しただけで少しだけゾッとした。
「使い魔だ」
そんな俺たちの間に茶色い毛並を持った小鳥が降りてきた。
手を差し出すと枝木代わりに舞い降りた。
俺がネイーマさんに渡した魔力紙による使い魔だが、いきなり使うとは何事だろう。
小鳥の使い魔に魔力を流すと、光を放ち半分に折られた紙に変貌する。
紙を開くとそこには一文だけ書かれていた。
――王都にて緊急事態
「ヴォ―テオトル。すぐに乗れ。王都に飛ぶぞ」
「何かあったんですか?」
「王都で緊急事態らしい。多分このワイバーンは救援用だ」
王都で何か問題が発生して、どういうわけか外部に誰も出られない状況。
その中でなんとかワイバーンと使い魔だけ飛ばしたのだろう。
街全体の機能が低下している?
ギルドと竜聖騎士団の両方を抑えられた?
王都が襲われたとしたら煙か何かが見えるはず。
目を凝らしてもそれらしき物は見えなかった。
「誰がそんなこと……」
「行って確かめるだけだ」
ヴォ―テオトルにそう返して、俺たちはワイバーンに跨った。
俺が手綱を握り、パシッと翼竜の橙色の体躯を叩くと羽が広がる。
力強く羽を動かすとフワリと身体が浮いた。
逸る気持ちを抑えて、俺たちは蒼天の空へと出発した。
「流石は竜聖騎士団最年少の隊長だ。ここまでの被害が出るとは……」
男の言葉にフォルは舌打ち。
ワイバーンが離着陸する空港。
黒装束を身に纏った者たちが血の上に死体で転がり、凄惨な戦闘の後であることを示していた。
その全ての死体を生み出したフォルは、目の前の男に対して剣を構える。
「おっと動くな。姉の美しい身体に傷がつくぞ」
中年の男がそう言って、意識を失い地面に転がる姉のネイーマに剣の先を向けた。
相手の狙いが不透明だ。人質を取って脅すつもりなのか、それとも皆殺しか。
「何が目的なの? 武力行使、竜聖騎士団が動くよ」
「騎士団の宿舎も抑えている。動くことはできないだろう。それはギルドも同様だ」
周りの黒装束を着た男たちが武器を構える。
数は数十人。しかし訓練された者の動きだ。
――本気で王都を占領する気?
多分相手の数はそう多くない。
王都一つを完全に占領するには人数が足りないはずだ。
だからピンポイントで三か所を抑えた……
「竜聖騎士団を抑える為に宿舎。次にギルドを占領して冒険者たちを……外部に漏れるのは防ぐために空港を……随分と慎重なんだね」
「竜聖騎士団の戦闘力は身に染みているからな。隊長一人でも数十人ではないと抑えられない。とてもじゃないが全軍は相手にするのは分が悪い」
「どれくらい持つだろうね? 特に騎士団の宿舎なんて」
「王族を拘束した状態で動くほど騎士団もバカではないだろう?」
男の言葉にフォルは悟る。
相手は貴族だ。多分首謀者は王族と会談中のデーメテクトリ家。
――つまりこれは内乱?
今朝ギルドに到着したら、出入り口がすでに抑えられていた。
その場で排除してもよかったが、冒険者たちが動かないことが気になる上に、中の様子が分からない状況では手が出しづらかった。
次に空港で騒ぎが起こっていると聞きつけて、ネイーマと二人で向かうと黒い装束の男たちの襲撃を受けていた。
乱戦の間にワイバーンと使い魔を放ったが、いつ外に居るヴォ―テオトルとユーゴ届くのか。
多分王都の出入り口も抑えられているから、空からしか増援が期待できない。
長期戦は向こうも嫌なはず。
だから王族を人質に……
フォルは構えた長剣を下ろした。
今は大人しくしているのが賢明かもしれない。
出来るだけ時間を稼ぐため……
そんな消極的な考え方が浮かんだとき、上から火の槍が落ちてきた。
六本の火槍は石造りの地面に突き刺さると魔法陣を描いた。
「なんだ!? 身体が重く……」
目の前の男が驚き、フォルの身体にもズシっと重たさが伸し掛かる。
顔をなんとか上げると、太陽の中からワイバーンが降りてきた。
人影が飛び出して、ネイーマの傍に居る男へと向かって行く。
「とりあえず人質を解放してもらおうか」
赤髪の男がそう言って、黒装束の男に飛び蹴り。
空港から弾き飛ばしてしまった。
「お兄ちゃん!」
「よう。お前の彼氏も一緒だぞ」
ユーゴがそう言うと足元の魔法陣が消えた。
どうやら火属性の魔術を応用した結界だったらしい。
「彼氏って誰のこと……」
「オレはまだ彼氏じゃないですよ!」
聞き慣れたヴォ―テオトルの声。
振り返ってみると、周りの黒装束を倒した彼の姿があった。
拘束されていた人たちも解放されており、一瞬で片付けしまったらしい。
「大丈夫フォルちゃん!?」
「ちゃん付け……まぁいいか。今回はありがとうね」
自分の部下にそう返して、剣を腰の鞘にしまう。
目の前ではユーゴがネイーマに治癒魔法をかけていた。
さて、これからどうするべきか。
「あれ……? ユーゴさん?」
薄く目を開けたネイーマさんが俺を見てそう返す。
幸い大きな外傷は見当たらない。
気を失っていただけだから、頭を強く殴られたのだろう。
「はい。ユーゴです。遅れてすいません」
「いえ……間に合っていますよ。フォルは無事ですか?」
「ええ。彼氏候補と何か話しています」
そう言って俺はフォルとヴォ―テオトルに目をやった。
二人は何か話し込んでいる。
多分これからの動きに関してだろう。
「俺も働かないとダメですかね?」
「はい。力を貸してください」
腕の中で横になるネイーマの笑顔。
人助けが金にならないのは悲しい現実で、美人の笑顔だけでは食べていけなのもまた、悲しい事実だった。
「今回はネイーマさんのせいで働きそうですね」
「私でよければ……何かお礼をしますよ?」
俺の腕から出た彼女がふらつく足取りで立ち上がる。
まだ全快とはいかないらしい。
「今度ご飯をご馳走してください。それで手を打ちましょう」
「楽しみですね」
ニコッと微笑む彼女はまさに天使だった。
いつまでもそんなバカな話をしていたいが、状況が状況だ。
「フォル! 占領された個所は?」
「残りはギルドと竜聖騎士団の宿舎。それに外に繋がる各門だけ! ただ向こうは王族を人質にしているみたい」
「どうしますか? フォル隊長とオレで竜聖騎士団の面々を解放しますか? 相手は王都全体を支配しているわけではない。その内、異変に気がついた冒険者たちが抵抗を始めると思いますが?」
ヴォ―テオトルが空港から王都を見下ろしながら提案してきた。
確かに竜聖騎士団を解放すれば、王都の騒ぎは沈静化されるだろう。
ただし今回は王族が向こうに居る。
多分デーメテクトリ家が王家を人質にとっている。
具体的な要求が無いのは、今交渉中だからか?
ルフが居ると思うから、最悪の事態は避けているはずだけど……
「城に向かおう。多分冒険者の人たちは自力で何とかすると思う。王族を取り返せば、竜聖騎士団も動けるし、まずは助け出さないと解決しない」
フォルが方向性だけ打ち出してくれた。
確かに王族を取り戻さないことには、いつまで経っても解決しないか。
ギルドや竜聖騎士団にも自分で戦える者が居る。
自力でなんとかしてもらうしかない。
それに王族を取り戻せば、竜聖騎士団が暴れることだろう。
そうなれば一気に形勢は逆転する。
「フォルの案で行こう。城へはどうやって行く? ワイバーンで上から強襲するか?」
「目立つのは避けたいから地下道を行こうと思う。城の中に直接つながる道があるんだ。隊長クラスしか知らない道だから、相手も無警戒だと思うよ」
緊急脱出用の秘密路と言ったところか。
城の内部に侵入すれば、あとはこっちのもんだな。
動けるようになったネイーマさんを連れて、俺はフォルとヴォ―テオトルと共に城へと足を向けた。




