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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者: 達
第2章 代行者たちの宴
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第11話 代行者たちの宴


「あの赤髪の冒険者は不在ですか?」


 最初に口を開いたのはメツテル・デーメテクトリ。

 ルフは長机に座る三人を観察する。

 真ん中に座るメツテル。

 手前に座るのは、彼と同じ橙色の髪と翡翠色の瞳を持つ女の子。

 多分妹か何かだろう。


 そして一番奥に座る男……


「ユーゴ君は少し野暮用でな。しかし……まさか当主ではなく、フィンポカ・アルフィニアが出て来るとはな」


 国王の言葉を聞いて、奥に座る男が口元を緩めた。

 白髪のオールバックと少し濁った緑色の瞳。

 歳は五十代半ばくらいだろう。

 顔に入った皺は年相応の威厳を持っていた。


「我が当主は少し体調を崩しておりまして……私はただの代理です。デーメテクトリ家にとっても、王族にとっても跡取りを決める大事な会談ですから」


「成程な。そちらが納得しているなら構わん」


 そう言って国王が一番奥に座る。

 次にソプテスカ。最後にルフだ。

 三人に向かい合う形で座り、会談はスタートした。

 かと言って、正直着地点が見えない。


 ソプテスカは婚約を受けいれる気は無いし、メツテル・デーメテクトリは求婚を諦めるつもりは無い。

 王女の婚約者である肝心のユーゴは不在だ。

 話が進むのか怪しい。


「まずは妹を紹介しましょう。ユピー・デーメテクトリ。僕の実の妹です」


 紹介されたユピーと呼ばれた少女が会釈。

 歳は十代後半くらい。

 この場に居る中で最年少と言うことになりそうだ。


「あの流星の女神様にも会えるなんて、ボクは感激です!」


 ――ボク? 変な一人称だな


 ルフは心の中で勝手に呟く。

 兄のメツテルを真似しているのだろうか。


「あなたの噂は王都まで届いていますよ。『双竜剣の使い手』にして、剣の天才少女が居ると」


「王女様に褒められるなんて嬉しいなぁ」


 ユピーが照れくさそうに頬を掻く。

 武器の流通を取り仕切っているがゆえに、デーメテクトリ家は代々武器の扱いに長けた者を多く輩出した。

 

 確か次代はかなりの豊作と噂されているとソプテスカから聞いた。

 その理由が、古代兵器を扱うメツテルと双竜剣の使い手であるユピーの存在だ。

 長いデーメテクトリ家の中でも突出した二人の才能に周囲は期待を寄せている。


「デーメテクトリ家が誇る若き才能たちです。歴代でも屈指の強さを持つことになるのは、容易に想像できる」


 フィンポカが静かに、だけど自信を持ってそう言った。

 

「だからソプテスカ(娘)を貰いたいと?」


「そうです国王様。メツテル様なら王女様にも釣り合うでしょう。名も無き冒険者よりも、若き才能に未来を預けてはみませんか?」


「国王様。僕は必ずソプテスカ様を幸せにしてみせます。だからお願いします!」


 メツテルが頭を下げる。

 本当に彼らはソプテスカと婚約したいように見えた。

 しかしこの頑固な姫様がそれを認めるかどうか……


「ソプテスカ。本人たちはこう言っておるがどうする?」


「何度も言いますが婚約する気はありません。私は自分の意志で生涯仕える男性を決めます。そしてそれはもう決まっています」


 凛々しくもハッキリとした口調。

 もう少し遠回しに断るかと思っていたので少し意外だった。

 それともしつこい相手に痺れを切らしたのだろうか。


「この場に居ない冒険者を取るのですか? ソプテスカ様!」


 メツテルが机を両手で叩く。

 かなり感情的になっている。

 対するソプテスカは顔色一つ変えようとしない。

 

 ――何かを探っている?


 ソプテスカの橙色の瞳は、メツテルに向けられているがまるで彼の深淵を覗いているようで、言葉など全く気に留めていない。


「ねぇ~、こんな無駄な話し合い、いつまで続くの?」


 収集の付きそうにない空気を喰い破ったのは、妹のユピーだった。

 彼女は椅子に深く腰掛け、首を上に向けていた。

 大きくため息をして正面に顔を据える。


「王女様は兄様と結婚する気は無いんだよね?」


「もちろんです。私の意志は変わりません」


 ソプテスカの言葉を聞いたユピーが口端を吊り上げる。

 直後に放たれるのは殺気。

 それをハッキリと感じ取ったルフは、腰に付けた短剣に手を伸ばした。


「ユピー様。早まったことはお止めください」


 フィンポカの固い声が静かに響いた。

 声を張り上げているわけでもないのに威厳ある雰囲気に背筋が寒くなる。

 彼は手元にあった杖を手に取り、ゆらりと立ち上がる。

 踵を返して部屋の端へと歩いて行く。


「ソプテスカ王女のお気持ちはよく分かりました。しかし国王様は今の状況をどうお考えなのですか?」


 こちらに背中を向けたまま、初老の男が問う。


「今の状況だと?」


「そうです。三年前に現れた神獣の子。彼らの台頭による影響で五か国は一つになろうとしている。そんな今の状況です」


「争いがなくなるのは良いことではないか。三年前の戦争で我らは共通の敵に対して一つになった。団結できると証明されたのだ」


 世界を滅ぼそうとした魔帝と、その眷属である神族種と呼ばれる魔物を倒す為に、五か国は一つになった。

 神獣の子を筆頭にして……


「確かにそれは素晴らしいことです。しかし……竜の国(我ら)に神獣の子は居ない。圧倒的な力を持つ神獣の子が国家間の抑止力となっているのも事実。もしも国同士の戦争になれば、真っ先にこの国は滅ぶでしょう。竜の神獣の子は死んだのだから……」


 竜の神獣の子は死んだ。

 世間では三年前の戦争では戦死したことになっている。

 本当は前日に騒ぎすぎて、ぶっ倒れただけというのは一部の者しか知らない。


「だから才能に恵まれたメツテル・デーメテクトリと王家(ソプテスカ)を婚約させ、戦力の増強でもする気か?」


「そうです!」


 フィンポカがバッと振り返り、杖で力強く床を叩いた。


「この国には必要なのです! 神獣の子に匹敵する……もしくは上回る存在が!」


 床を叩いた杖の先から黒い影の様なモノが伸びる。

 あっという間に部屋の壁を覆って、室内が薄暗くなった。

 視界は確保されているが、外の景色が見えない。


 部屋の周りを覆う黒い影からは今まで感じたことの無い種類の魔力を感じる。

 どうやらかなり特殊な結界のようだ。


「これで外部には何も見えないし聞こえない。腹を割って話をしようではありませんか、『灰色のサヴィトス』!」


 名前を呼ばれた国王の表情が僅かに険しくなる。

 

 ――灰色のサヴィトス


 上位冒険者にも匹敵するその剣技により、国王はそう呼ばれている。

 かつて起こった戦争の際は、数々の侵略者から国を守った英雄。

 老いた今でもその逸話は語られている。


 ――だからと言ってこれ以上は……


 ルフが短剣に手を添えて立ち上がった時だった。

 いつの間にかユピーが長剣を抜いている。


「おっと。動かないでね。流星の女神さん」


 切っ先をこちらに向けて無邪気な笑み。

 どうやらフィンポカが結界を張ったと同時に動いていたらしい。


「ルフ・イヤーワトル。彼らの望みをまずは聞こうではないか」


「この状況でそんな呑気なことを言っている場合ですか! サヴィトス国王! これは立派な反逆行為ですよ!」


 ルフの言葉を聞いてもなお、サヴィトス国王は立ち上がろうとはしない。

 まるで相手の真意を見抜くために毅然とした態度をとっているようにも見えた。


「僕たちの要求は二つ」


 未だなお、椅子に座ったままのメツテルが指を二本立てた。


「一つはソプテスカ王女との婚約を認めること……そしてもう一つは、竜の神獣の子に関する情報を開示することだ」


 竜の神獣の子(ユーゴ)に関する情報開示?

 さっき自分たちで死んだはずと言っていたのにどうして……


 相手の意図が分からないルフは、横目でサヴィトス国王を見た。

 彼の険しい表情は以前変わらず、その瞳は真っ直ぐフィンポカへと向けられていた。


「竜の神獣の子に関する情報開示だと? そんなもの我が持っているわけなかろう。神獣の子(彼ら)は何者にも束縛されぬ存在。それに死んだ者の情報などどうする?」


 竜の神獣の子は死んだとされている以上、サヴィトス国王の意見は至極真っ当だった。

 それに冒険者をしているだけで、一年間は大きな事件に絡んでいるわけではない。


「僕たちは竜の国に住む者として要求しているのです」


 メツテルがようやく立ち上がり、自分の目の前に座るソプテスカを見下ろす。

 翡翠色の瞳の奥で彼の感情が揺れている。

 失望。絶望。落胆。

 そんな負の想いが見て取れた。


「三年前の戦争で竜の国は王都に直接被害を受けました。その時は竜の神獣(アザテオトル)が力を貸してくれた」


「他国も同じように被害を受けています。竜の国(私たち)だけが被害者を名乗ることは出来ませんよ」


 メツテルの言葉にソプテスカはハッキリと答えた。

 そう三年前の戦争の時は、各国に神族種が直接先制攻撃をかけてきた。

 事前に察知していた神獣たちにより、防がれた攻撃である。

 魔帝アムシャテリスとの開戦を告げる戦火だ。


「その戦争に関しては、ソプテスカ様の言う通りです。では! 一年前の『災厄の七日間』は!? 他国から一方的に戦地に選ばれ、『竜峰』に住むドラゴンたちの力まで貸し出した! 結果は失敗に終わった! 『黄昏の僻地』は二度と人の住めない土地になりました!」


 メツテルがテーブルを強く叩き、声を張り上げた。


「結果的にそうなりました。しかしあの戦いで『厄獣』は数を減らして、より平和になったとも言えます」


 厄獣。それは災厄の名を冠する魔獣たち。

 魔獣は魔物よりも知能が高く、分類されない存在だ。

 言わば魔物たちの上位種と考えられている。


 神獣たちもまた、神の名を冠する魔獣と認識されていた。

 そして五か国に多大な被害をもたらして来た魔獣を『厄獣』と呼んでいる。

 現存する厄獣たちの数は三体のみ。


 残りは全て一年前に狩り尽された。

 黄昏の僻地と呼ばれる竜の国で……五か国の総力をかけて七日間の戦火に包まれて……


「戦力に関しては、『天馬の神獣の子』と『狼の神獣の子』が中心になりました……ただ、あの掃討戦には不可解な点がいくつかあります。竜峰にすむドラゴンたちへの協力を取り付けたのは? 広範囲に渡って残っている焼け跡は? 全て……竜の神獣の子が行ったことではありませんか?」


 メツテルが目を細めて今度はサヴィトス国王を見た。

 彼の言っていることは正しい。

 竜峰にすむドラゴンへの協力を取り付けたのはユーゴだ。

 もちろんユーゴとルフも掃討戦の最前線で戦っていた。


 しかしそれを知るのはごく一部の筈だ。

 どこの筋から情報を得たのか興味深かった。


「仮に竜の神獣の子が生きているとしよう……フィンポカ。そうだとして何がしたい?」


 若いメツテルの視線を軽く受け流して、最年長のフィンポカへ国王が言葉を投げかける。


「生きているのなら、サヴィトス国王を含めた王族はその力を独占していることになります。他国の神獣の子は表舞台に出て様々な貢献をしていると言うのに……」


「神獣の子(彼ら)の手綱を取れるとでも?」


「簡単ですよ。ようは力で従えればいい。世界を七日で滅ぼす炎を扱い、三年前に魔帝を殺して、最強と謳われる竜の神獣の子。その力さあれば、何も怖れることは無い! 『三大厄獣』も! 『聖獣』すらも!」


 フィンポカの声に熱が帯びている。

 神獣の子を従えようなんて、バカとしか言えなかった。

 規格外の力を持ち、人を超越した存在だからだ。

 しかし従えるのは結果であり、本来の目的は……


「あなた方、デーメテクトリ家の目的は竜の国の軍備増強ですね」


 ソプテスカの言葉に相手三人が等しく反応する。。

 竜の神獣の子が生きていようが死んでいようが、母国の戦力の底上げ。

 その為に王族を掌握してしまおうと言うわけだ。

 竜の神獣の子が生きているのならば、王族が独占していたことにして信頼を失墜させるつもりなのだろう。


 ――だけど……このやり方だと……


「目的は知れた。そして叶わぬこともな」


 サヴィトス国王がようやく重い腰を上げる。

 フィンポカを睨む鋭い眼光は、歴戦の猛者の風格すら窺えた。

 そして国王の言葉にはルフも同意だ。

 彼らの目的は絶対に敵わない。


「貴様ら三人だけの反逆行為、あまりに小さい。しかも前提条件として神獣の子を上回る力が今(・)なければ成立しない」


 そう。今この場(・・・・)で神獣の子を上回る力が無ければ、何もできずにただ無駄死にするだけだ。

 そしてそんな力は、まだ(・・)存在しない。


「勝算が無い勝負をする気はないですよ。灰色のサヴィトス、秘宝の再来、流星の女神……これだけの面々を相手にしてもね」


 フィンポカが再び杖で床を強く叩く。

 同時に黒い影が床全体に広がり、浮遊感が身体を包み込む。

 

 ――床が砕けた!? 一体何を……


 身体が落下する感覚をハッキリと感じるルフの耳にフィンポカの声が聞こえた。


「我々はこの国の代行者! さぁ宴を始めようぞ!!」


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