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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第2章 代行者たちの宴
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第10話 夜明け


 ――コンコン


 部屋に響く金属音。

 固く尖った何かがガラスの窓を叩いている。

 ルフはベッドの上で身体を起こす。

 まだ半分閉じている目を擦り、視線を窓に移すと赤い毛並を持った小鳥が居た。


「ユーゴか……」


 ベッドに入ったまま、窓の鍵を外して小鳥を招き入れる。

 掌に小さな身体を乗せた。

 赤い毛並を優しく撫でて、魔力を流すと小鳥が光を放つ。

 光は一枚の紙へと姿を変えてしまった。

 小鳥はユーゴが持つ使い魔であり、遠方と連絡をとる際に使う手段でもあった。


「どこに行ってたんだが」


 ため息混じりに二つ折りになった手紙を開く。

 大した内容ではないが、昨日何処に泊まったかの報告だけだ。

 昨夜はヴォ―テオトル・アルパワシの家で世話になったらしい。


 ベッドから出て素足で絨毯の上に立つ。

 ヒンヤリとした冷たさが身体を駆け巡る。

 まだ太陽が顔を見せたばかりの夜明け。

 肌を撫でる様な冷気に身体がブルッと震えた。


 もう一度ベッドに戻ろうかな。

 そんな考えが頭をよぎった。

 きっとユーゴなら即決だ。

 そもそもベッドから出ないかもしれない。


「あれ?」


 ルフは手に持った手紙に違和感を覚えた。

 最後の方だけ折り目がついている。

 行にすれば三行ほどだが、明らかに意図的に折られていった。

 まるで文章を隠すかのように。

 細い指で紙を伸ばすとそこには追加で書いた文章があった。


 内容は今回の王都招集に関して、あくまで自分たちは保険であると言うこと。

 いざという時まで動かなくていいと言うものだった。


「真面目なのか、怠け者なのか……」


 どうやら昨日の社交会の間に国王より説明を受けていたらしい。

 指示通りと言えばそれまでだが、いつもの発言から考えると働きたくないようにも思えた。

 ルフは部屋の隅に置いていた装備を手に取った。

 腰に短剣をぶら下げ、背中に破弓を背負う。

 魔法が付加された白い外套を身に纏えばいつもの格好だ。


 気がつくと足元の影が次第に振り払われていく。

 窓の方を向くと山の端から太陽が王都を照らしていた。

 美しいその光景は、今から起こる宴の祝福だろうか。

 

 それとも……


 ――災厄の暗示だろうか















「ふぁー……ねむ……」


 出てしまった欠伸を再びしまう。

 ルフに連絡用の使い魔を送るためだけの早起きだ。

 肩をコキと鳴らすと後ろから気配。


「朝から庭で身体を動かすとは、勤勉な人ですね」


 振り返ると部屋着に大剣を手に持つヴォ―テオトル。

 今俺が居るのはアルパワシ家の庭だ。

 庭と言っても目の前には樹しかない。


 どうやらアルパワシ家は名ばかり貴族らしく、家は王都から少し離れた山の中にひっそりとコテージのようなものだった。

 二階建ての造りで住み心地自体は問題なさそうだ。


「相棒に連絡を忘れていただけだよ。昨日は君の弟と妹の相手をしていたからな」


「あの子たちも久しぶりの客人だったもんですから」


 ヴォ―テオトルが大剣地面に突き刺してそう言った。

 爽やか笑顔は好青年そのものだ。

 さすがは三人兄弟の長男だな。


「下の子たちも騎士になるのか?」


「いえ。オレが騎士になることじたい、母は反対でしたから。多分騎士団には入れないでしょうね」


 ヴォ―テオトルの母は、突然泊まりに来た俺を快く迎えてくれた。

 下の子供たちも愛想よくしてくれて、驚くくらい心地が良かった。

 そんな母親がヴォ―テオトルの騎士団入隊を反対しているとは思わなかった。

 関係は悪く思えなかったし、普通に話していたからだ。


「意外だな。騎士の名家と呼ばれるアルパワシ家にそんな事情があったなんて」


「過去の栄光ですよ。父ですら周囲の反対を押し切って騎士になりましたから。だけど死んだ……三年前の海都決戦で死んだんです」


 三年前の海都決戦。

 五人の神獣の子と五体の神獣が人魚の国の海都に集結して、竜聖騎士団・冒険者なども五か国の全戦力が参加した戦争だ。

 俺たちが倒した神界からやってきた神である『魔帝』が率いる、神族種と呼ばれる人型の魔物との全面戦争。


 多大な犠牲を払い、魔帝を倒して勝利を収めた。

 海都は半壊、竜聖騎士団にも多くの犠牲者が出てしまった。

 その中にヴォ―テオトルの父は居たらしい。


「偉大な父親だな」


「そうですね。だけどオレには分からないんです」


 ヴォ―テオトルが大剣を見る目を細めた。


「あの戦争は人智を越えたモノだと聞いています……人間が介入できるものではないと。ましてや騎士団の中でも下の方の力しか持たない父では、死ぬ確率の方がはるかに高い。それでも……父は戦地へ向かうことに迷いはありませんでした」


 地面から抜いた大剣の刀身に彼の顔が映る。

 僅かにシワを寄せた顔は迫力があった。


「何が父を突き動かしたのか。死が待つ戦場へ行かせた理由をオレは知りたい。だから騎士団に入りました。幸いなことに『破術』が使えましたから」


 破術。五か国に伝わる禁術の一つにして、アルパワシ家が騎士の名家と呼ばれる理由となった業だ。

 今や噂程度になった禁術の全貌を知る者は少ないと聞いている。


「……神獣の子が憎いか? 間接的とは言え、父を殺した戦争に関与している」


「いえ、恨みなんてありません。結果的に神獣の子(彼ら)は世界を救いましたから。だけどあの戦争で竜の神獣の子も死んだ。竜の国に神獣の子は居ないんですよ」


 そう。竜の神獣の子()は世間的には三年前の戦争で死んだとされている。

 他の四人は各国に散り、今はそれぞれの道を歩んでいた。


「だから竜聖騎士団(オレたち)がちゃんとしないといけない。国を守る剣であり盾である騎士団が……!!」


 大剣を握るヴォ―テオトルの手に力が入る。

 確かに世間的には神獣の子が不在の竜の国は、戦力的に他国に劣る。

 各国で総力戦となれば一番不利かもしれない。

 それを騎士団は自覚しているらしい。

 いや。他の人たちだって気づいているだろうな。


「立派だよ。君は本当に……」


「そうですか? 多分騎士団員は皆思っているじゃないですかね?」


 なお一層立派だと思った。

 高い志を持つ竜聖騎士団(彼ら)が居れば、俺が自由にしていても大丈夫だろうな。


「もしもだけど、竜の神獣の子が生きていたらどうする?」


 俺の問いにヴォ―テオトルが右拳を固く握った。


「一発ぶん殴りますよ!」


 ええ……困るぜ。


「神獣の子に恨みは無いんじゃなかったのか?」


「だって世界が救える力がありながらそれを使わない。天馬の神獣の子や狼の神獣の子のように国の上に立てば、多くの人を幸せに出来るかもしれないのに……姿を眩ませているなんて、ダメに決まっているでしょ!」


 真っ直ぐだなぁ。

 ホントに呆れるくらい一直線だ。


「神獣の子だって人間だ。救えるのは手の届く範囲だけ……立場を得れば出来ない事もある」


 まだ拳を握るヴォ―テオトルにそう返す。

 正体を明かせば、俺は彼に殴られるかな。


「まるで知っているような口ぶりですね。流星の女神の従者ともなれば、神獣の子に会ったことがあるのも理解できますが……」


「買い被りすぎだ。俺はユーゴでそれ以上でも以下でもないよ」


 肩を竦めた俺にヴォ―テオトルが大剣を向ける。

 あれ? 何か気に障ること言ったかな?


「どうですか? 朝の運動でも? オレは純粋にアナタの強さに興味がある」


「嫌だよ。疲れるのは遠慮したい」


「だったらこっちから行きます……!!」


 もう何も聞いてくれそうにない。

 大剣を構えたヴォ―テオトルの足に魔力が集まっていく。

 地面を蹴ると同時に解放する気らしい。


「怪我しない程度にしてくれよ」


「それは約束できませんね!」


 騎士としてそれはどうなんだろう。

 そう思った直後、茶色い影が肉薄してきた。













「え? あたしも参加するの?」


「当然よ。ルフが居ないとユーゴさんが来ないでしょ?」


 横を歩くソプテスカが自信満々に微笑む。

 既に日は昇っており、デーメテクトリ家との会談の時間はもう間近だ。

 それなのにユーゴもヴォ―テオトルの姿も見当たらない。


「もう遅刻は確定だと思うけど?」


「遅れて登場するのはあの人の得意技よ♪」


 思わずため息。

 いつも良いタイミングで登場するのは間が良いのか、肝心時に姿が見えないのは間が悪いのか。

 正直分かりかねる。


「横に座ってるだけよ? 交渉は苦手だから」


「もちろん。でも……もしもの時はルフの力を借りますからね」


「りょーかい」


 ソプテスカの言葉に『けいれい』のポーズを返す。

 多分会談は破綻する。

 ルフは直感でそう思っていた。


 しかし危険を冒してまで今回の会談に臨む王族の覚悟を踏みにじるわけにもいかない。

 あくまで自分たちは保険。

 前への出過ぎは遠慮したい。


 城の中の廊下をしばらく歩くと会談の部屋についた。

 すでに国王は待機しており、部屋の前に立っていた。

 腰には愛用の長剣をぶら下げており、彼の警戒心が窺える。


「来たな。二人とも」


「父上、お待たせしました。間に合わないユーゴさんの代理でルフが参加します」


「うむ。相手は先に入っておる。向こうの数は三人だ。丁度いいかもしれんな」


 国王が扉に手を添える。

 勢いよく開けるのかと思ったら、添えただけで扉を開けようとはしない。

 珍しく迷っている。


「ルフ・イヤーワトル」


 静かに、そして意志の感じる声だ。


「はい。なんでしょう」


「もしもの時は、ソプテスカ()を頼むぞ。我は切り捨てても構わん」


「ならないですよ。その為の保険でしょう?」


「そうだったな。では……行くぞ」


 国王が扉を開く。

 眩い光に包まれて、ルフたちは会談の部屋へと足を踏み入れた。


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