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神獣の子~英雄の過ごす日々~  作者:
第2章 代行者たちの宴
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第6話 麗しき我が姫に捧ぐ

 

 ネイーマは複雑な気持ちで並んで歩く男の横顔を見た。

 前見た時よりも少し伸びた赤い髪と同色の瞳は、真っ直ぐに前だけを向いている。

 女装をしたら見間違えそうなくらい整った顔立ちは、いつも遠くから見てきたものだった。


 ――あぁ、少しでも長くこの時間が続けばいいのに


 決して声に出さないよう、心の中でそう呟いた。


 その時、突然彼がこちらを向き目が合った。

 ドキっと一瞬心臓が高鳴るが表情に出ないように抑える。

 そして彼は自分の足元に目を落とす。


「すいません。ヒールなのに歩くペースが早かったですね」


「え? そ、そんなことは……」


「無理しなくていいですよ。左腕の掴む手に力が入っていましたから」


 彼はクツクツと笑い、歩くペースを少しだけ遅くしてくれた。

 本当は違う理由で手に力が入ってしまったのに、勘違いが嬉しい方向に傾いた。

 彼に悟られないよう、緩みそうな頬に力を入れる。

 こんな小さな願いは叶うのに、どうして大きな願いは決して叶わないのだろうか。


 ――私……やっぱりこの人のこと……


 飄々としていてお酒好きの自由人。

 思わず世話をしたくなるのは、女の性だろうか。

 そして戦う時だけ凛々しくなる姿に胸が高鳴るのも……


 罪な男が実際に存在するのなら、彼は間違いなくそうだろう。

 もしも彼氏になってくれたら、それはそれで苦労が絶えなさそうだ。

 事実流星の女神と呼ばれるルフ・イヤーワトルは、色々と苦労しているらしい。


「ルフさんも今回の社交界に参加するのですか?」


「その予定ですね。だけどルフ(あいつ)の場合、立場的には人魚の国重要人物ですから、王族と一緒に居ることになるかもしれません」


「その時ユーゴさんはどうされるのですか?」


「適当にご飯やお酒を摘まみながら、隅っこにいますよ。どうせ王族たちとルフを除けば竜聖騎士団の一部とネイーマさんしか知り合いは居ませんから」


「私の知り合いはユーゴさんだけなので、よかったら一緒に居ませんか?」


「俺としてもそっちの方が助かりますけど……いいんですか? 変な勘違いをされても」


「何がですか?」


「ほら、男同伴だと貴族の男たちが寄り付かなくなりますよ」


「あんまり貴族の人とは気が合いませんから。知り合いの人と一緒の方が気が楽です」


「ネイーマさんがそう言うのなら喜んで。あなた程の美人なら貴族相手に自慢が出来ますね」


「お世辞はやめて下さいっ」


 彼の脇腹を少し抓ってみる。

 ユーゴの眉間に少しだけシワが寄った。

 そんな彼の反応よりも、心臓の鼓動が早くなるのが気になる。

 彼の身体に軽く触れるだけで緊張する自分を少しだけ叱りたい。


「結構真面目に言ったんですけどね」


「ユーゴさんは色んな女の子にそう言うとルフさんから聞いていますから」


「あいつ……また勝手なことを……」


 ユーゴが眉間に手を添える。

 落ち込む姿が少しだけ可愛らしい。

 きっと自分の知らない姿をまだ彼は持っているはず。

 傍に居られたのなら……彼のパートナーになれたのなら、その姿も見ることが出来たのだろうか。


 さっき彼は言った。


もしも(・・・)パートナーとして参加できるのなら、周りに自慢できますよ』


 万が一パートナーならば、自慢が出来る。

 つもりそれは自分と彼の距離が一定で縮まらないことを意味していた。

 知り合い以上、友達以下。

 それが彼との距離感。


  会うのはギルドの中だけで時々ダサリスたちとご飯に行くところに同席するだけだ。

 それだけで距離を縮めることは不可能だと分かってはいる。

 だけど彼は常に王都に居るわけではない。

 各地を旅して、人を助ける為に魔物を倒して、お酒を飲んで……

 そんな自由を愛する人なのだ。


 ネイーマは彼の左腕を掴む手にまた少しだけ力を入れた。

 気がついたユーゴが口を開く。


「どうしました?」


「今日の私はユーゴさんのパートナーと言うことでいいのですか?」


 普段と同じように聞けているだろうか。

 本当は心臓がバクバクと音を立てていることを彼に見抜かれていないだろうか。

 彼の目を見て言わないのは、照れ隠しだと気づかれていないだろうか。


「もちろん。俺でよければ喜んで」


 そう返した彼の声は、明るく聞こえた。

 心の中で小さくガッツポーズ。

 そして『本物のパートナー』である彼女へ謝る。


 ――ごめんさないルフさん。今日だけ私の我儘を許して下さい。
















 俺とネイーマさんが城へと続く階段を上りきると竜聖騎士団の面々が貴族たちを案内していた。

 華やかに彩られた金持ちたちの宴。

 高そうな生地に身を包んだ貴族たちを見ていると、自分の格好がいかに不格好なのか突き付けられる。


「ユーゴさんはその恰好で参加される気ですか?」


「まさか。ソプテスカ王女からは用意すると聞いています」


 貴族たちの出入りが激しい今の状態では、王女であるソプテスカは出てこられないだろう。

 もしかすると今頃色々と準備で忙しいかもしれないし。


「あ! 見つけた!」


 聞き覚えのある声。

 小太りした貴族の間から出てきたのは、ネイーマさんの妹であるフォル。


「はい。お兄ちゃんの服だよ」


 彼女はそう言って小袋差し出した。

 それを受け取り、中身を確認する。

 確かにこの場で着ても問題なさそうな服だった。


「ありがとう。助かったよ。あと呼び方戻したんだな」


 フォルが「しまった」と言いたそうな顔をした。

 どうやら無意識のうちに普段の癖が出たらしい。


「お願いだから部下の前では言わないでね! 隊長としての威厳が無くなっちゃうから!」


 フォルが必死にお願いしてくる。

 成程ね。威厳を出す為に俺の呼び名を変えていたのか。

 今朝あった時に対応が冷たかったのも納得だ。


「あいよ。それよりも愛しの彼は?」


「愛しの彼?」


 フォルが顎に手を当てて首をコテンと倒す。

 本当に誰か分かっていないらしい。


「ほら、ヴォ―テオトル・アルパワシですよ。この前家までフォルを迎えに来た」


 ネイーマさんが助け舟を出す。

 何故か嬉しそうなのは気のせいだと思いたい。


「愛しの彼じゃないよ。今はフォルの部下」


 ヴォ―テオトル。

 お前の恋路は茨だらけだぞ。

 まだまだゴールには程遠い彼に心の中でエールを送った。


「それじゃあ着替える部屋まで案内するね。ついて来て」


 そう言ってフォルが踵を返す。

 俺とネイーマさんは彼女の小さな背中を見失わないようついて行く。

 城の裏から中へと入り、慌ただしく働いているメイドさんたちと廊下ですれ違う。


 いつもなら止まって挨拶をする彼女らも、今は軽く会釈する程度。

 流石に高名な貴族たちが集る場となれば、いつもの様な余裕はないらしい。


「ここで着替えてね。脱いだ服は袋に入れてそのままにしといて、後でメイドさんたちが回収に来るから」


 フォルが一つの部屋の扉を開けた。

 客人用の部屋なのか、ベッドが一つと窓があるだけのシンプルな部屋。

 額縁に入れられた絵だけが高級感を漂わせていた。


「ありがとうな。フォルも頑張れよ」


「お兄……ユーゴさんもお姉ちゃんをよろしくね」


 途中まで言いかけたのなら、またお兄ちゃんと呼んで欲しかった。

 とりあえず着替える為に袋の中身を確認する。

 前の世界では言えばスーツに近い黒い服が見えた。

 赤い外套を脱ぎ、服をベッドの上へと投げ捨てる。


「ユ、ユーゴさんっ、私が居ること忘れていませんか!?」


 振り返ると両手で顔を覆ったネイーマさん。

 ただし指の隙間からは、睫毛の長い瞳が覗いている。

 動揺しているのか、頭の上に付いた猫耳が上下に激しく動いていた。


「すいません。俺は別に見られても大丈夫なので」


「そ、そうなんですか……?」


「ええ。減るもんじゃありませんし」


 放浪者のような服から正装用の服に着替える。

 鏡の前で変なところが無いか確認するが、ネクタイの無い黒いスーツのような格好で特に問題は無さそうに思えた。


「ユーゴさんって、意外と固い格好も似合うのですね」


 ネイーマさんが目を丸くしてそう言った。

 まるで俺が普段からだらしないような格好をしているように聞こえて、とても心外だ。


「いつもだらしない格好をしているわけではないんですけどね」


 ネイーマさんにそう返して、袋の中に服を入れる。

 赤い外套も小さく折り畳んでなんとか収納することに成功した。

 フォルの話だと後でメイドさんが回収してくれるとのことだったので、とりあえず紙袋は机の上に置いておいた。


 盗まれて困る物は、竜の神獣()の形見でもある赤い外套くらいだろう。

 本気になれば見つけるのは容易だし、それほど神経質にならなくてもいいか。


「では会場に急ぎましょうか。もう始まっているでしょうし」


「はい。寂しく部屋の隅ですけど」


「悲しいこと言わないで下さいよ。一曲踊ります?」


 そう言って天井を指さす。

 城内にはさっきから音楽が鳴り続けている。

 多分大広間とか会場になっている所では、貴族たちが音楽に合わせて踊っているのだろう。

 もちろん俺はあんまり踊れない。


「恥ずかしながら私は……」


 ネイーマさんの猫耳がペタンと倒れて、顔を伏せる。

 あんまり踊りは得意じゃないらしい。


「まぁ、俺も苦手なんですけどね」


「え!? 誘ってくれたのでてっきり得意なのかと」


「合法的にネイーマさんの身体に触るチャンスかなと思っただけですよ」


「………ユーゴさんって、いつもそんな感じなんですか?」


 顔を上げたネイーマさんがジト目で見つめてくる。


「さぁ? どうでしょうね」


 彼女の視線に微笑みで返す。

 すると誤魔化されたのが心外だったのか、彼女の表情が「ムッ」と少しだけ強張った。

 遊んでみると意外に面白い反応をする人だ。

 今度からもっとからかってみよう。


「別に私じゃなくても、可愛い子なら誰でもいいみたいですね」


 彼女がプイッと顔を逸らす。

 少しご機嫌斜めらしい。

 それとも拗ねているだけかな。


「男は皆そういうもんですよ。だけど今のこの場において、俺のお姫様はネイーマさんだけです」


 そう言って、掌を上に向けて彼女へ差し出す。

 ネイーマさんはその手に視線を移すと、口元を抑えて笑ってくれた。


「今夜だけは離さないで下さいよ」


 彼女の小さな手が俺の掌に乗せられる。

 その柔らかい手をギュッと握って、彼女の瞳を見つめた。


「かしこまりました。麗しき我が姫よ」


 ニコリと微笑んでくれた彼女と共に、部屋を出て社交界の会場へと向かった。


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